第54話:願わくは主の名は世界に崇め讃められん
メダリオンハーツ第三章:世界追憶編、最終の”ミサパート”突入!
いよいよ、クライマックスですっ。
三章ももうすぐ終わり……長かったっ。
―――――――― 奉献文――――――――
眩しい……。
ここは、何処だろう。
冷たい……。だけど、暖かい。
吹き抜ける風が肌を通る。
この感触は何だろうか。
手を握ってみる、少しザラ付いているが滑るような感触……、草だ。
目をゆっくりと開ける。
膨大な光に目が眩む。
あれは……、確か……。
「太……、陽?」
久々に見るその光の暖かさに胸がジンワリと熱くなる。
それを認識した瞬間、ガバッと飛び起きる。
すべての記憶が脳に流れ込む。
ルナートが大鳥から飛び降りて、塔龍の宝珠に短刀を突き刺して、宝珠が割れて光に包まれて――
それから……。それから、何かがあったんだ。どこかにいたんだ、俺は。
だけど、思い出せない。
思考が冴え渡ってくる。
この風景……。確か、氷雨の迷宮塔の入り口があった所だ。
だが、そこに広々と屹立していた迷宮塔は跡形もなく消えていた。
すると、ずっと傍にいた誰かに強く抱きしめられた。
「良かった……、ルナート。本当に良かった……っ!!」
ヒスワン姉ちゃんが大粒の涙を流しながら抱き寄せる。その涙は、もう氷結しない。
すると俺が起きたのに気づいたのか何人かの足音が近づいてくる。
「「スレイア!!」」
俺の名前を呼ぶ声に、意識は完全に目覚める。そして、懸命に目を凝らしてルナートの姿を探す。
……いた。
安堵の満潮が俺の心に打ち寄せてくる。
ルナートは身体中ボロボロになりながらも、誇らしげな表情で俺に笑いかけた。
「……お疲れ」
「ルナート……っ、良かった」
緊張の糸が完全に切れたのか涙が溢れ出していた。
達成感と安心感。
心の奥で渦巻いていた不穏な闇は消え、晴れやかで暖かい気持ちに包まれる。
高々と聳えていた巨塔は消え去り、天から差し込む太陽の光に俺たちを激戦の余韻に浸るのだった。
そこからは覚えていないくらいに歓喜の嵐だった。
迷宮塔の入り口だった付近には、大量の紋章具と金銀財宝が高々と積まれていた。
だが、その周りにはいくつかのモンスターの足跡もあり、倒し損ねたモンスターを何匹か世界へ放ってしまったのだろう。
俺達は歓喜の中、心のどこかでは泣いていた。この挑戦で死んだ者達のことを思い。
だが……、それさえ強く乗り越える精神を俺達は持っている。
アイアン・キングダムは死した仲間……。そして、嘗てのギルドリーダーの周りに集まりながら。
全員が涙しながら勝利を報告し讃えていた。
そして、俺の手の中にはクリスタルのように透き通った2対の狗爪……。紋章器【絶氷に閉ざす零爪クレスリズン】が、しっかりと抱えられていた。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
クルータムに帰還すると国中が待ちわびていたのかファンファーレが鳴り響き、さながら英雄の凱旋といった催しになっていた。
高々と聳えていた迷宮塔が光に包まれ消えたのを見て踏破を確信し色々と用意してくれていたみたいだ。
国軍や同盟を組み挑んだものの一度として踏破出来なかった氷雨の迷宮塔。この踏破は国にとってこれ以上ないほどの吉報だったのか、クルータム国の政令都市全土を上げ二大ギルドの踏破を労った。
そして、
「氷雨の迷宮塔の踏破……。そして、龍滅士・スレイアである新たな紋章器使いの誕生を祝って、乾杯!!」
「「「乾杯っ!!」」」
……と、ルナートのその一言で盛大な宴が始まった。
だけど俺たち<零暗の衣>からは3人……。エズラとサムエル、ナホムを失っていた。
暗く沈んでいた<アイアン・ギルド>もその宴の中で立ち直り、あいつらの代わりに楽しもう。
気持ちを切り替え、自分達は笑顔でこれからも生きる……と、失ったもの達へ伝えるように楽しんでいた。
ドンチャン騒ぎのような賛美は3日以上にもわたり、同じくらいの時間をかけ挑戦していた疲労が綺麗さっぱり拭い去られた。
まるで夢のような時間もあっという間にすぎ、迷宮塔の挑戦が遥か昔のように感じたのは、まだ踏破してから一週間と経っていないような時だった。
そして、その日は素材と金銀財宝を換金し目の前に積まれた未だかつてない大金に感極まり<零暗の衣>のみで再び一夜をかけて祝宴が催された。
紋章具や金銀財宝、素材、大金の山分けはおよそ二日に及んで行われた。
それから、一ヶ月程経った。
ちょくちょく依頼をこなしながら贅沢な生活を送っていた俺たちに、誰かはわからないが提案した。
「ここに居続けるのは少し狭しいし、何より飽きた!折角生きてるんだからもっと広い世界をみたい!」
……と。
その言葉に突き動かされ、ギルドの意志が定まった。
そこからは早く、早々に荷物を集めソマリナ修道院を後にした。宴の時に仲良くなった<秘密の花園>のメンバーに色々旅の心得を教えてもらったり準備を手伝ってもらったりし、通い続けていた<アイアン・ギルド>のメンバーに別れの挨拶を言い、ドナーブル達の墓で黙祷を捧げクルータムを後にした。
メルシナ大陸の西側はある程度行ったことがある、ということで東側へと向かい旅を始めた。
旅路の中で新しい発見や出会いを繰り返し、禁忌区域である、8年前に崩壊した経済都市レピアをレピア西都より北へ大きく迂回し、崩壊によって変わってしまった世界を見ながら旅を進めた。
ずっと、暗殺士として生き、クルータムに閉じこもっていた俺たちにとって初めて見る世界は汚く醜く……、だが広く美しく輝いていた。
レピア北都を超え、ヒルデアン山脈を超え、メルシナ大陸の中心をごっそり占めるレピア国を抜けた頃にはもう一年という月日が経っていた。
だが、俺たちはまだ黒い衣を脱ぐことはなかった。
まだ、それを脱ぐ資格がないと、心のどこかで思っていた。
人を殺し続けた罪は、きっとまだ俺たちの中では償いきれていないと感じていたからだろう。
それから、色んな国を、都市を巡った。
その旅先で色んな事が起こって、笑って、泣いて……、人の命の暖かさに触れた。
それは、本当の人間としての心を失い、殺す技術のみを得、人として大切な物を捨ててきた冷たく凍てついた俺たちを、静かに溶かしていった。
更に半年という月日が流れ、とある都市の依頼で……、マーニアとハガイが死んだ。
ただ……、その日は運が悪かっただけだ。
だけど、一緒にいたミーニアだけが助かった。
姉がいないと情緒不安定であったミーニアは初めて俺たちに心を打ち明けた。
酷く毒舌だったが、最後に俺たちのことを”友達”だと言い残し塞ぎ込み、一週間ほど経つとようやく本当の仲間としてミーニアと共にいられるようになった。
更に月日は流れ一年。
地図でいうメルシナの南東にあるベリオ国の政令都市、戦線都市ベリオローザで奇怪な国家依頼が集会所に貼り出されていた。
何でも一ヶ月ほど、国中で疫病や事故、自然災害が相次いでいるみたいだった。
更に夜、眠りにつくと必ず悪夢を見るということから何か不吉な事が起こっていると察知しその原因追究と発覚ごの原因消滅を国家依頼として発布していた。
俺たちはそれを聞きつけ、その国家依頼を引き受けた。
国王直々に説明を聞き、即座に捜索に乗り出した。
その国の人々は、言われてみればみんなどこか寝不足のように虚ろだった。
日没まで探し、宿に再集合した時、一日中文献を読み漁っていたミサが告げた。
「これはモンスター……。そして、人間の仕業だ、と」
詳しいことを聞くに、無念を残したまま死んだ人間に迷宮塔で生き残った階層ボスの子孫……。個系モンスター【グリザリアヌ】の仕業だと推察し、グリザリアヌが取り憑くことが出来るほどの怨霊、又は呪怨たぐいの紋章所持者であると勘ぐった。
戦線都市はかつて、最も戦争が繰り返された場所で一地区を丸ごと墓場にしていた。そこの霊気が以上だと教牧師のリックが伝え、その日の夜に墓地へ向かった。
案の定、墓場は息が詰まるほどの霊気だった。
そして、進んでいくと墓の前に男がいた。
その彼に声をかけるとグリザリアヌが飛び出し墓場一帯を覆いかつてのボス戦を思い出すような死闘の上なんとか勝利した。
ちなみに原因としては、妻を一人残しレピア崩壊に巻き込まれ死んでしまった後悔から亡霊となり妻を探し続けていたという。
そこにグリザリアヌが取り憑き、その亡霊の念の強さから国一帯に拡大し不況を齎したという。
結果、一夜のうちにその国家依頼をクリアし、A級ギルドへ昇格した俺たち<零暗の衣>はメルシナ大陸全土に名を馳せることとなった。
後にその国家依頼名は[グリザリアヌの墓場]と名付けられ、俺たち<零暗の衣>は[一夜殺しの黒衣兵]と畏怖を込め後世に語り継がれる伝説となった。
そこから、メンバーの中で個人としても名を馳せるものが現れた。
まずはユウ。これまでどの国でも半径500メーレ、更に弱力の爆弾しかなかったのだが、ユウの改造によって範囲、威力共に2倍にも増え炭鉱方面で更に活発化が進んだ。以前にも炭鉱都市レベルコなどで同様のことをしていたが今回は規模が違った。
そして、俺と姉ちゃんはそれぞれ《氷の番犬》、《氷の女王》という二つ名をもらった。
何でもとある依頼でヒスワンが全ての物を”凍結”の紋章で凍らせ、俺の”氷結”の紋章で意思を宿し解決したことからついたそうだ。
他にもキリーナは鍛治、スララは裁縫の技術面で革命的な開発をさせた。フルールのワイン保存の新発想やルナートの護身術、ミサの新考古説、心理説などで<零暗の衣>の名を知らぬ者はいないというところまで上り詰めた。
再び一年の時をかけレピア南都を通り俺たちはメルシナ大陸の西側へと帰還した。
そして、クルータムの隣国ビラガの政令都市、鋼鉄都市ビラガルドで一夜を過ごすこととなった。
――だけど俺たちは知らなかったんだ
――この世界がどれほど醜く非情なのかを
――この街で、俺たちに残酷な運命の逆流が起こってしまうことを
――俺が最後に語るのは……、このビラガで起こった、<零暗の衣>の悲劇だ
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「魔にまします我らの母よ。願わくは御名を崇めさせたまえ。御国を来たらせたまえ。
御心の天に背き、地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪をおかす者を、我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。我らを試みに合わせず悪より救い出だしたまえ。
国と力と栄えとは、真に限りなく魔界王のものなれ」
目の前の聖母像に伏拝しながら、その祈祷を口にする。
長い間、祈祷文に悩み私は自らの祈りを口にしていた。だが、知らず知らずの内に自己流の願いを述べるのみになっていた。
しかし、そんなものを神が受け入れよう筈もない。況してや魔の神である。だからこそ、この主の祈りは祈りの模範であり指針でもあるのだ。
洗零者に教わったこの祈祷をしていると思い出す、遥か遠い過去のことを。
洗零者が死に絶え、<零暗の衣>は消滅したという報を受けた時の、あの言われようもない感情。しかし、今思い返しても私にとってはどうでもよいことだ。
洗零者はただ、自らの正義を執行し行く宛も無く彷徨していた私に居場所を与えたのみである。
<零暗の衣>が一員として、自らにけじめをつける為。崇拝し続けた教に背き、同胞を募り自ら涜神した。だが……、それが私にとっての天命であったと理解したのだ。天界王に背き、魔界王を崇拝することが。
同胞達とはその際、みな散り散りになった。今この時、何処で何をしているかなど私の興味の範疇にはない。
しかし、やはり解せぬ。洗零者を敬虔していたとはいえ、ただの一要員であった私をあの地位へ納めたのか。その真意を知ることが出来なかったことのみが心残りである。
心残り。
違う、そんな事ではない。
鮮血と月光。
脳内に波紋が広がる。
記憶という名の戒めが、次々と浮かび上がる。
その記憶に、意図せず静かに拳が強く握られる。
これまでの長き月日。断罪を求め、探し続けた物が先日、枢忌卿の報より伝わったのだ。
私の使命が、ようやく果たされる。
そのことに、心に泥沼のように停滞していた黒き蟠りが払拭されてゆく。
右脚を立て、静かに直立する。
紅のロザリオが刻まれた儀礼服の上に、翠緑の騎士服を羽織る。
すると、会衆席に鎮座していた従者が声をかける。
「背狂者様、どちらへ」
「私が望み続けた物が見つかった。最後の頼みの綱だ。これをしくじれば、私に未来はない」
「左様でございますか」
「今までご苦労であった。聖母像は君に任せる。後は、静かに生きるがよい」
「ありがたき幸せ、ご武運を」
”聖母マリサ像”
自ら精緻に造形した藍色の像。
その頬に流れる涙の後を追うように静かに手を沿わせる。半歩下がり一礼した後、歩き出す。
禁域を出、回廊を歩きながら静謐な月の光を浴びる。
踵が歯切れのよい足踏音を鳴らす
修道院の扉を開け、愛馬に飛び乗る。
走り出すと氷冷な風を真に受ける。それを意に介さず枢忌卿に言伝された場所へと向かう。
10年という、自責の連鎖を今日に断つのだ。
罪とは汚れなき新生なる赤子であり、罰とは純潔を失った死者である。
糾問と真実。
私の求めぬ物は、意義なき死のみだ。
風に煽られる帽子を深く被り、流れそうな涙を止めながら。
誇りを宿した聖なる剣に。
私は、最後の誓いを唱える。
「待っていてくれ、マリサ。私の宿命を、断罪の運命を。これから……、終わらせにゆこう」
この運命が終わった日。遂に私の祈りが……、かの静穏にして厳粛な、霊界への長らくの憧れが叶うであろう。
あぁ……。
月明かりは、今日も綺麗だ。
作中祈祷文: 「カトリックによる主の祈り」より一部抜粋。




