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メダリオンハーツ  作者: 紡芽 詩度葉
第二章;世界追憶編
50/61

第49話:聖なるは唯一人、世界を統べるも又一人

―――――――― 信経(クレド) ――――――――





……何が起こった?


 一瞬の攻防と衝撃。

 俺は吹き飛ばされ天蓋のルーンへ激突していた。

 乱れた髪を、頭かぶりを振り汗雫を散らせ。切れた唇から流れ出る血を拭いながら、思考を張り巡らせる。

 飛び散った石礫(いしつぶて)が一つ一つ視界に止まったように入ってくる。


 あの時……。ドナーブルは俺が短刀を振りかざしたその瞬間、その軌道を読んでいたかのように右足を踏み込み軸にし身体を捻りながら右腕を引き上げモーニングスターを俺の腹へピンポイントで激突させた。


 咄嗟に張ったルーンのおかげで即失神は避けられた……が。

 その一瞬で只者ではないことを悟った。

 短刀に力を込める。

 自由落下と共に地に足が着いたその瞬間……。


 再びドナーブルは身体を思い切り捻り回転。

 その場で回転しながら星球を振り回すだけでは遠心力で身体ごと宙へ持って行かれてしまう。

 だからドナーブルは、小型な円の縁を沿うように体を捻りステップをするように足を、腕を交互に運ぶ。

 鎖越しの星球による外の大回転で生じた遠心力を、内で小回転で中和している。

 地に足を着くたびに土塊が舞い、腕も身体も上下しながら舞うため星球の迫り来る高さは常に違う。

 しかし、ドナーブルは手練れだ。きっと高低くらい、簡単に操るだろう。

 すると、ドナーブルは両手の握力を弱め肩に乗せた滑車から鎖を引き出しモーニングスターのリーチを最大限にまで伸ばし俺目掛けて衝突させようとする。


――3


 目前まで迫り来るモーニングスター、これを交わしても更にもう一撃がくる。


――2


 完璧にタイミングを見極める。

 一瞬でもズレるとお陀仏。


――1


 カウントダウン終了の瞬間、地を蹴り前へと思い切り前転。

 一つ目のモーニングスターが背後を通り越すが、二つ目のモーニングスターの鎖をドナーブルは瞬時に自分の方へ引き寄せリーチを縮め俺の方へ調整。

 再び真横まで迫るそのモーニングスターを身をかがめ回避。

 俺は、急激な滑車の引き絞りによりモーニングスターの浮遊を見切った。

 摩擦音がアリーナに響き火花を散らす。


 鈍った音はない。

 滑車の鎖を細部まで手入れしているのがヒシと伝わる。

 驚きの表情を取るドナーブルを横目に見ながら脇目も振らずにダッシュする。

 ドナーブルがモーニングスターのリーチを調節し俺に合わせるまでに決める――ッ!


 もう何回転もドナーブルはその場で回っているが目を回したような感じもなく二つのモーニングスターに軌道のブレはない。

 身をかがめ、跳躍を繰り返し旋回する鎖を交わしながらドナーブルの元へと駆けていく。


 星球の嵐。

 上空回避にも低姿勢回避にも恐らく完璧に合わせてくるだろう。

 それほどまでに見事な滑車さばきだ。

 どれだけの力を込め、緩めるかで鎖とモーニングスターのリーチがどこまで変化するかを完全に把握している。

 お互い会話はない。だが、時たま合う目だけでわかる。

 全力でぶつかる、と。

 手加減はなしだ、と。

 ドナーブルの瞳はそう語る。

 そして、俺も昨日みんなの前で言った。

『互いに伝えたいことが伝わらない時、本気でぶつかるのが一番だ』と。


 モーニングスターの空を切る音、大地を踏み砕き必死に体重移動を重ね滑車の鎖を調節する音。

 俺自身がドナーブルへ向かい駆ける音、己の呼吸、拍動音。

 全てが俺の耳に入り交錯していく。

 ギリギリまで近づく。


 そして……、起術。


「アサシンスキルIV、疲痺囃(ヒヒバヤシ)


 短刀に電撃が走る。

 その静電気に少し顔を(しか)めながら首元を狙い打ち出す……が。


「アークスキルVI! グランドアッシェっ!!」


 ドナーブルの起術と共に大地が隆起し全方位へと衝撃波をほとばしらせる。

 それに怯み半歩下がったその瞬間、横腹をモーニングスターが殴打する。


「グァアッ!!」


 読まれていた?!

 吹き飛ばされながら体制を立て直し、足で地面を蹴り、飛ばされる軌道を微調整し、半回転と同時に両手を付きながら着地の姿勢をとる。

 スジャァァ、と擦過音と共に砂埃が舞う。

 星球の棘が腹と太腿を抉っているも、流れ出る血に眼もくれず意識をドナーブルと星球に集中させる。


 視界の先にリーチの伸びた星球が襲いかかってくるのを捉える。

 二つの攻撃タイミングのズレはおよそ 4 (びょう)

 一撃目を右足で地面を叩きそのまま背後に加速させバックステップで回避。

 二撃目を左足で着地と同時に跳躍しながら交わす。

 だが次の周の旋回で軌道は合わされる。


 ここからは互いの読み合いだった。


 時に一手先を見切り交わす。

 時に直前まで引きつけたモーニングスターを短刀でギリギリ軌道を変え回避。

 時に間近まで近づき一太刀浴びせようとするもドナーブルが阻害。星球の嵐が止む気配はなくドナーブルの位置は不動。

 体力の消耗を予知するが甲に紋章が光っていることからおそらく体力補強系の紋章を使用していると仮説を立て消耗待ちの選択肢を排除。


 ドナーブルは決闘が開始してからただの一度もその旋回を止めることはしていない。……いや、違う。止めないのでは無い、止められないのだ。強力な遠心力が発生しているため、おそらく逆力を加えるのは不可能なのだろう。

 たった一つの弱点。それを突き、腰から15セーレほどの暗器刀(ナイフ)を取り出し、跳躍の動作に合わせながら投擲(とうてき)する。暗器の投擲術は暗殺士時代に嫌というほど仕込まれたが、まだ腕は鈍っていないようだ。ちなみに毒は抜いてある。

 だが、吸い込まれるようにドナーブル目掛けて飛来した暗器刀も途中で旋回する鎖に弾かれる。

……そんなに甘くは無い、か。


 一進一退の攻防とはまさにこのことだろう。

 一瞬の油断が勝敗を分けるこの局面。

 汗が滴り、それを認知する間もなく繰り出されるモーニングスターの軌道を感知するのに全神経を注ぎ込む。


 そんな中、俺にある感情はただ一つだった。


 ” 楽しい!! ”


 全力で戦える。自分を縛るものは何一つない。

 思考を、技術をフル展開させ相手の手と心を読みながら打ち合う。


 ドナーブルもきっと同じだろう。

 伝わってくる。

 ドナーブルもこの戦いを楽しんでいることが。

 常に勝機を探りながら交わり攻めるを繰り返す。

 その無限のようで永遠のような攻防の連鎖、何十手先まで見据えた上での最善手。

 安全牌(あんぜんぱい)危険牌(きけんぱい)すら思慮に入れずただ”勝利”の為の布石を打ち、隙を探り続ける。


……だが、勝利への一手は唐突に訪れる。


 ドナーブルが踏みしめ続けた岩盤が割れ左足を僅かにスリップさせた。

 それと同時にスリップの影響で急激に俺に向かっていたモーニングスターがリーチを短くしてドナーブルへと滑車が自動的に巻かれ戻っていく。

 それを逃さず、俺は星球の棘に短刀を引っ掛け滑車が鎖を巻き星球がドナーブルの方へ近づいていくのを空中で感じながら” 星球と一緒に ”接近。

 そして、ドナーブルとの距離が10メーレを切ったその瞬間、引っ掛けていた短刀を棘から外す。

 体制を立て直そうとするドナーブルに、その間も与えることなく、俺は勢いを殺さずヒザ蹴り。

 不意打ちの蹴りに対応できずよろけるドナーブルの足をかけ、ドナーブルを背中から地面へ転ばせる。


 そして……。


 短刀をドナーブルの首筋に突きつけた。


 静寂。


 静かに、誰一人喋らず決闘を見ていたがそれは終わりを迎え。

「よっしっ!!!!」という俺の雄叫びに……、会場が沸いた。


 その歓声はクルータムを包み込む。


 ドナーブルと目があう。

 その顔は笑っていた。


「お前さん、強いじゃねえの」

「あんたこそ」

「フンッ、久々に楽しませてもらったぜえ」

「こっちこそ、いい勝負だった」


 そう言いながら短刀を腰に下げ手を差し伸べる。ガッシリとドナーブルは俺の手を掴み立ち上がる。

 ゴツゴツとしたその手の感触から歴戦の研鑽(けんさん)を感じ取る。

 すると、司会者の声がクルータム中に鳴り響いた。


「勝者! <零暗の衣>リーダー、ルナート・アレクトスゥゥぅー!!!!」


 そこからは記憶にとどめる間もなく次から次へと色んなことが起こった。<零暗の衣>のみんなに押し潰されるように飛びかかれながら、<アイアン・キングダム>からの健闘を讃えられる。

 その傍らで、博打士からお金を受け取ったサクヤとフルールがほくそ笑んでいたのは見なかったことにしてやろう。

 どんちゃん騒ぎが続き、夕日が沈み夜が来るやいなや何故か宴が催され街は祭の様に歓喜一色となった――




⌘  ⌘  ⌘  ⌘





 コツコツ、と足を踏み鳴らす音が連なる。

 無数に生えた石筍(せきじゅん)を眺めながら俺は先頭を歩く。

 すると、後ろから声がかかる。


「それにしても、ルナート。まだ自分の紋章の真名見つけてないんだー」


 メイのその声はビクッと俺の背筋を震わし、冷え切った鍾乳洞にその声は淋しく響く。

 心なしか石筍も俺と同じように震えた気がしたのは、気のせいでは無いはずだ。


「うるさいな、見つけられないもんは見つけられないんだ」

「あら、だけれどまだ自分の魂紋章(ソウルメダリオン)真名(まな)を見つけられていないのはルナートだけよ?」

「知ってるよミサ……。もうそれ以上言わないでくれ……」


……恥ずかしいから。


 俺以外のみんなは真名を見つけていた。

 人それぞれ、紋章の真名を見つけるのには個人差があるとレルエッサは言っていたが、15歳になってもまだ見つけられていない。


 俺とドナーブルの決闘から約二週間。

 俺たちは早急に用意を整え、<アイアン・キングダム>はメンバーを選定し、54名きっかり揃ったところで出発した。

 迷宮塔(ダンジョンタワー)挑戦者(チャレンジャー)54名は6人一組を基本として、

 <零暗の衣>はちょうど24名なので4組。

 <アイアン・キングダム>からは30名、5組が参戦していた。

 各小隊にリーダーを定め役割分担をしつつ小回りに動く。

 全体の指揮を執るのは俺だが、やはり暗殺士時代のような方法になってしまう。


 ” 氷雨の迷宮塔 ”はクルータムの南に位置し、場所は[リンクット鍾乳洞]の奥にある吹き抜けの空間にあると聞き、ここまで馬を走らせ約3日。

 近くのフリ村に馬を預け、こうして鍾乳洞の中へと入っていったのが今朝のことである。


 もう、そろそろ外は黄昏時(たそがれどき)を迎えているだろう。

 長時間の歩きっぱなしだというのに、後ろの方にいるドナーブル達<アイアン・キングダム>に張られた緊張の糸はまだ切れていないようで皆無言だった。

 それに比べて<零暗の衣>は常に誰かが喋っている。

 それにも一抹の恥ずかしさを感じ肩を落とす。


 みんなきっと分かってないんだ、迷宮塔(ダンジョンタワー)がどれほど危険で恐ろしいかを。

 まあ、俺も初めてだからよく分かってはいないんだが。

 

 すると、鼻腔に今までとは違う澄んだ空気が流れ込む。

 もしかしたら、出口が近いのかもしれない。


「みんな……、そろそろ外に出る。準備はいいか」


 そう言って後ろについてきた53名に言い放つ。

 各々がそれに答えながら自分の得物を再度確認する。


 俺たち<零暗の衣>は相変わらず全員が黒い衣を纏っており葬式にでも行くようだ。

 辺りは真っ暗で鍾乳洞の天井に張り巡らされた雫の落ちる音がこだまする。


 ドナーブルを見る。

 凛々しいその体躯から滲み出る強者の圧が、今なお戦う意志を強く示している。


 辿っていた通路を曲がると目の前から光の洪水が流れ出す。

……出口だ。


 鍾乳洞のを抜けた先は海蝕洞(かいしょくどう)のような吹き抜けの空間になっており、太陽の光が差していた。

 足元には見たこともないような植物が生え、その中心に” 氷雨の迷宮塔(ダンジョンタワー) ”は壮観と聳え立っていた。

 鍾乳洞を抜けた者たちは、その巨塔を見上げ感嘆のため息をつく。


 辺り一面に六角結晶の集合体が打ちたち、澄んだ空気に舞う微細な氷結晶が太陽の光に反射し神秘的な空間を作り出す。

 塔は見上げると天を付きそうなほど高く、透き通った水色の建造物にこれは神の創造物かとさえ思ってしまう。

 今の人類が持つ最先端の文明技術や紋章、スキルの力でもこの巨塔を造るのは不可能だろう。

 そう思わせるほど精緻で荘厳だった。

 頂上が空の蒼と同化し果てが見えない。その最終目的である頂点までの長さに嘆息と同時に興奮する。


 それほどまでに美しかった。

 至る所から突き出た氷柱は次節光の反射の方向を変え、絶えずどこかで氷結が割れているのか天から氷結晶が降ってくる。

 足元には新緑の草が生え、一歩踏みしめるたびに爽やかな足音を鳴らす。

 辺りは岩壁に囲まれているが、ここだけ異世界のようだ。


「ここまで……、きたんだ」


 人知れず口にする。

 無意識にその光景に見惚れていたみんなに向かって、俺は言う。


「今から、迷宮塔(ダンジョンタワー)を踏破する。みんなも知っている通りここは神秘的な神の塔でも、俺たちを迎え入れてくれる祝福の塔でもない。今まで何人もの人間を地獄へ葬り去った悪魔の塔だ。それから、衆知のことだろうがここに生息しているであろうモンスターは全て殲滅(せんめつ)する。一匹でもうち漏らせばそれだけ被害が増える」


 そう……、迷宮塔(ダンジョンタワー)は踏破された時点で生き残っていたモンスターをこの世界へ解き放ってしまう。

 そのモンスター達はどれほどの人間を襲い、惨劇を浴びせてきたか計り知れない。


「俺たちの目標は迷宮塔(ダンジョンタワー)の踏破とモンスターの殲滅だ!! それから、塔龍(タワードラグーン)の胸にある宝玉の破壊によって踏破が完了する。それと同時に破壊した者に紋章器が渡されるわけだが……。この場にいるみんなに言っておく! 紋章器は誰にわたっても恨みっこなしだ!! ここの公平さだけは確固として守ってもらう!」


 その声に弛緩していた全員の表情が引きしぼられる。


「それぞれが全力を出し切って……。絶対、生きて帰るぞ!!」


「「「おぉぉーー!!」」」その雄叫びと共に俺は大きく一歩を踏みしめる。


 そして一歩一歩、迷宮塔(ダンジョンタワー)へ近づいていき、その扉の前に立ち止まる。


「……行くぞ」


 俺はゆっくりと両手を伸ばし、凍てついた扉に触れる。


 すると手の甲に紋章が光り、その文様が手から扉へ溢れ出しあらかじめはられた脈を伝うように氷の扉に仄かな黄緑の光の筋が走る。


 そして、俺はその扉をゆっくりと開いていく。

 溢れ出す冷気につい後ずさりしそうになるも、息を止め力を込めてその扉を開く。


 急に不安感に襲われる。これから21階層、頂上まで登りきる。


 絶対的な確証はないし、もし一歩間違えれば二度とこの塔から出られないなんてこともある。


 様々な負の予兆が能に流れるがそれを制し思い切り(かじか)んだ手で、その扉を開けた。


 この扉は、生へ続く扉か……。

 それとも、死へ続く扉か……。


 だが……、今はもうどちらでもいい。

 乾燥した冷気が唇を切り、声を発しようとしてやめる。


 きっと言わなくたって大丈夫だ。


 そして、俺はその一歩を踏みしめ迷宮塔(ダンジョンタワー)へ足を踏み入れた。




 後ろにいる、53人の仲間に心強さを感じながら。

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