第28話:世界を毟り取る
疲労感が徒労感がオレを金縛りにする。動けない、身体が……、動かない。
するとマイクが一人で突っ走っていた。
「諦めの悪い……」
「それが俺らの取り柄だからな!」
レキーラはオレに見向きもせずに標的をマイクに定め鎌を構える。マイクは腰の聖刻矢筒から矢を引き抜く。
キリーナもマイクの方へ向かっている。その必死の形相に。あぁ、これが愛なのかと空虚にも心の中で嘯く。あの二人はずっと仲良しだった。今では交際なんてして……、羨望に尽きる。
レキーラの鎌がうねりをあげマイクへ揮う。……だがそれは、空を割くのみだった。
「チッ……、幻影か」
レキーラは何もないところに向かって呟く。マイクの残像は陽炎のように揺らぎ消えていく。
「あーんた、結構カッコいいのになんか気に入らないなぁ〜」
遠くからハナの声が聞こえた。ようやく発動したのだ、それにマイクは声をかける。
「ハナっ!」
「ごめーん、ようやく効いてきたみたい」
狩人士のハナは基本、非戦闘員だ。
魔法もスキルもほとんど会得していないが、紋章” 誘導 ”と” 夢想 ”の二つはかなりの性能で、的の錯乱や誘発に用いられる。
ただ発動するのが本当に気まぐれで思ったときに使えないのが難点だ。
それに、紋章器所持者でないのにも関わらず二つ以上紋章を持つのはそう珍しいことではない。昔はよく戦闘中いらないことをしてかき乱ていたというのに、成長したものだ。
オレの身体はまだ動かない。だが、このボロボロの状態で参戦したところで足を引きずるのは必至。
ならば……と。静かにヒールスキルをかける。
ここは、戦況を見守るに徹しよう。
そう冷静に判断しながら、ふと思う。こんなこと、普通のギルドではありえない。
だが、他のギルドより積み上げてきた物と経験してきた物が圧倒的に違う。
それぞれがその場で何をするのが、ギルドにとって最善なのかを完全に理解し把握している。
だからこそ、完全に任せられるのだ、信じ切れるのだ。
失いたくない……、例えルナートたちがいなくなっても。
<零暗の衣>のギルド……、オレの居場所を。
すると、オレの思考を掻き消すようにマイクが起術する。
「アロースキルXV、ヴェントレッジ・リバーン!!」
マイクが手に持った矢を投げると風穴が発生しそこを一直線に矢が貫き通す。
狙いあまたず顔を射んとするがレキーラは手を引き鎌を引き寄せ全方位へと衝撃派を放つ。
マイクは間をおかずに弓束を左手で強く握る。懐に入り込み矢筒から取り出した弓の樺に手をかけて思い切り……振るう。
レキーラは意表を突かれたのか浅い傷を残し半歩下がる。
表情は一瞬だけだが……、崩れる。
「矢は弓でつがえ射るなんて定石、誰が考えたよ?」
そのまま袈裟懸け、斬り上げ、とステップのリズムに合わせて斬り結ぶ。鎌で応戦するが矢はしなり長いリーチを持つ鎌を避け接近し斬る。
マイク自作のあの矢はかなりの強度だ。もちろん人一人くらいなら軽く殺せる。
「射弓士風情が刀剣士の真似事とは、愚かも甚だしいぞ」
「……知ってるさ」
レキーラの鎌とマイクの矢が斬り混じり、しなりかわす。左手に持つ弓で体全体のバランスを把握、調整しながら右手の矢……、もはや軽量型直剣であるそれを揮う。
レキーラは鎌を両手で回転させ八方から襲いかかるが矢で僅かに軌道をずらし、ユウの小爆弾で完全に軌道を変える。
マイクは隙のないレキーラの構えに俊敏に立ち回り必死に隙を探している。
すると突然、レキーラは身体を前傾に傾ける。ユウこ爆弾によって抉られた地面の窪みに引っかかったのだ。
マイクはその隙を逃さず左手に持った弓を殴るように地面に叩きつける。それと同時に左足を踏み出し鳥打を踏み抑えながら前方に力を込め……、スリップ。
バック宙のように回転し体が地面と平行になった瞬間、弓を構え矢をつがえ射放つ。
「バッ……、かな!」
レキーラは驚きの声を上げる。
マイクの射放った神速の矢はピンポイントで胸を穿たんとする。鏃は鋭利に光り、曇天の空に一筋の光を放つ。
……が、レキーラは反射的に身をひねりマイクの一射をかわす。マイクは無防備な体勢になる、だが――
「――空射ッッ!?」
「ザマァミロってんだ」
アロースキルXI、幻影踏射。このスキルは的に、完全に射放たれるという幻を見せつけ、躱した敵へ……、二射目を確実に打ち込む。
さらにマイクの”速射”の紋章はつがえ射るまでの速度を高速化させる。
満0.1秒という間すら置かず矢をつがえおえる。
「特異能”一矢報いて仇となれ”……ッッ!」
特異能を唱えると矢は惑うことなく……、レキーラの胸へと深々と突き刺さった。
血が舞い、貫いた矢は夥しい血の惨烈を受けなおも煌々と輝く。
勝った……っ!!
だが、その場の全員がそう思ったその時。
「痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒いッッ!!!」
レキーラが痛痒に悶えながら絶叫する。そのこだまは都市中に響き渡るのではないかと思うほどに大きかった。
マイクは空中姿勢が終わり血に尻もちをつく。
狂ったように叫び、果てには笑い出すレキーラを見上げる。
「なん……、で?」
マイクの矢は心臓は打ち抜いた。
さっきので確実に死ぬはずだ……、”人間なら”!!
「クソッ! お前は……、一体?!」
「……人間だ」
構えられた鎌は透き通ったかのように白い。身体はまだ、動かない。
それに写っていたマイクの顔には……、恐怖しか浮かんでいなかった。
だが、その瞬間。
キリーナが、走り出した。
「間に合え……、間に合え間に合え間に合えーーッ!!」
キリーナは、叫びながら思い切り地を蹴り、距離が瞬時に縮まる。
「ナックルスキルXIV……!」
キリーナが片足で地ならしを起こし空気を震わせる。そしてそのままレキーラの懐に入り込む。
「スタン……」
半身を左へひねり右拳に力を溜める。
右拳に力を込め、”怪力”の紋章を発動させる。キリーナは自分のの気力を限界まで引き絞り手の甲を鎌へと向ける。
そして、大気そのものを拳に纏い――
「……ノッッカァァァァッッ!!!!」
キリーナは全身全霊を込めたその拳を、カチ上げた。
拳は狙いあまたず鎌の軌道先へ空気を割りながら吸い込まれるように放たれる。
だが、その拳は間に合わず。鎌はマイクの首を刈り取る……。
僅かに遅れたスタンノッカーは鎌の刃を水平に殴り上げると同時、空へ弾き飛ばしその反動で。
マイクの首がまるで最初からそこに無かったかのように宙へ飛ぶ。レキーラの鎌も空高くへ飛んでいく。レキーラは今、何も手に持っていない。
それを理解したのか定かではないキリーナが鼓膜を破るのではないかというほどに、張り叫ぶ。
「……っ今ッッッ!!」
その声がオレに……、零暗の衣に……、伝わる。
身体の徒労も何もかもが全て昇華し、俺は立ち上がると同時に起術していた。
――他のみんなも、全く同じタイミングで丸腰のレキーラへスキルを叩き込む。
「ソードスキルXV! 大陸横断っ!!」
「アークスキルXIV! ヘリバル・龍器昇!!」
「ボマースキルXIX! グ・ラドッ!!」
「クロウズスキルXIV! 血塗られた殲爪!!」
「オラクルスキルXVⅠ! 神の鉄槌ッッ!!」
全員の一斉スキル乱射。
当然、キリーナが巻き添えになることくらいみんな分かっている……。だが、この局面で仲間1人と最大のチャンスどちらを取るかなんて明白だ。
そんな仲間を切り捨てる果断を、幾度となく迫られてきた。その度に俺たちは大切な何かを、ずっと失い続けてきたんだ。
だがそれでも、無駄な死なんて一度もなかった。俺たちがキリーナの覚悟を無駄にする訳にはいかない――ッ
「い……っ、けぇぇぇ!!」
レクゼリサスから龍の形を成した衝撃が飛び出す。それが二つ、三つと分裂し螺旋を描きながらレキーラを囲むように展開する。そして、一斉に喰らいかかる。
キリーナがみんなの方を向いて「ありがとう」と、呟いたような気がした。
「クソがぁぁぁッッ!!」
五人のスキルがレキーラへ突撃する。
だが、その時。レキーラが「光魔法の造剣」と詠唱する同時、大気が揺らぎ源素力によって精製された白く光るその剣が黒い空を貫くかのように輝く。そして、レキーラは右手に持った光剣を高々と天に掲げ、空気を震わさんと起術した。
「キャメロットスキルXV! カーン・アスパディオンッッ!!」
すると、オレたちの打ち出したスキルが旋回しだしレキーラに向かうにつれ、徐々に圧縮していく。
回転しながらスキルはなおもレキーラへ向かっていこうとするがスピードは減少、とうとうレキーラの身体に触れるか触れないかという微妙なところで止まる。
高速で回転する槍はスキルの威力をそのまま保っているかのように個々の色を放つ。
レキーラはレイピア……。いや、それよりも細長くなった槍に囲まれるなか光造剣を思い切り地面に――
まさか――っ!
「防げッッッ!!」
オレの声が高らかに轟く。
永遠とも思える刹那。光の剣は地面に、勢いよく突き立てられた。
それと同時にレキーラの周りに回転浮遊していた槍がスキルが打ち出された方向へロックオンし、撃ち放たれる。
オレはレクゼリサスで高速回転する槍を受け止める。摩擦音が耳を焦がす。
……重いっっ!!
摩擦音が鼓膜を破り、火花が肌を焦がし、振動が腕をすり潰す。
威力と速度はスキルを出したときの倍以上になっている。
だが、力の方向を僅かに変え、槍を弾き飛ばす。威力を失った槍は回転を緩めながらゆっくりと霧散する。
「みんなは?!」
……ハァハァ。と、荒い息使いの中咄嗟に辺りを見回す。
家屋の上にいたスララとユウは胸を穿たれていた。
鮮血が辺りに舞う。立ち尽くしていた二人は、プツッ……、と何かが切れたかのように……。いや、解き放たれたかのように静かに前へ倒れながら地面へと落ちていった。
スレイアさんは、氷魔法の造壁で防いでいる。
リックはフルールをかばうようにルーンを展開していた。二人とも無事だ。
そして、目線を移すとハナがいた。急所を外している。まだ、息があるのか必死に立ちながら震えている。
「ハナっ!」
咄嗟に駆け寄る。ハナは先ほどスキルを発していないため、あの技を喰らわない筈なのだ。
「大丈夫か?! どうして……、さっきの技はお前の軌道上に無かったはずだ! なのになんで?!」
するとハナは顔を上げ勝ち誇ったようにオレを見る。
「……見て、サクヤ。私、守ったの……ルナートを……」
「え……?」
そう言ってハナの後ろに横たわる死体に目をやる。
「……ッ!?」
絶句した。
こんな……こんなっ!!
「これで、きっとルナートも私のこと好きになるね……私、庇ったんだよ? ほら! 私ってすごいわ!! 命がけで!! ルナートをぉ!!」
アハハ!!
両手を広げながら、甲高い声で言う。
槍が貫いた痛さなど微塵も感じていないかのように。それにこの槍は俺の技の反動したものだ……。
だが、今はどうだっていい。ハナはまるで壊れた人形のように狂い正気を失った形相で高らかに笑う。
「やめろ……」
「ほら……。ルナート、邪魔な女もいなくなった! 私しかいないの! 私だけをみてよ!!」
ゆっくりと死体にのしかかる。そのまま唇を重ね、身体を撫で回す。
手に持っていたレクゼリサスが喪失感とともに、心の中にあった零暗の衣の記憶と共に……、落ちた。
狂っている……。もう……、全てが可笑しくなった。
違うんだ……、もう……。
「ルナート……いつ見ても綺麗な顔ね……愛してるよ、ルナート……」
「ハ……ナ、もう……、やめてくれッッ!! それは……! その……、死体は、ルナートのものじゃない!!」
「何を……、言ってるの? 私が守ったんだよ? これでルナートも私のことを見てくれる! 私のことを愛してくれる!!」
ハナが静かにその死体の顔を覗き込む。革命半ばで倒れた市民の死体を。
ハナも先ほど、ルナートとミアの死体を見た筈だ。唇を重ねながら死んでいる姿を。
ハナは精神的に病むほど、狂信的にルナートを好いていた。だから、ハナにあの光景は別のものに見えていたのかもしれない。
すると、ハナは視界が消えたように、両手をダラリとしながら首を直角に曲げ、覗き込むように死体を見る。
「……あれ? ルナート? ルナートよね? ねぇ……、ね…………。
る……、なぇ……、と……、ぁ……、あ……、ああアアァァァァ!! ァァアガガッッッッッ!!?!!?!!?!!?」
ハナは狂気に侵されたかのように絶叫しその死体の服を毟り取る。
死体の顔を殴り、至る所を掴み剥ぎ取る。
狩人士が襲性動物を解体するかのように。
「あぁ……! あぁ……ッッ!! 嫌……、嫌だ!! 死にたくない!! こんな、こんなとこでっ!!」
そう叫ぶとハナは突然事切れ、その死体に覆い被さるようにして倒れる。
「どうして……、こんな……っ。もう……、やめてくれっ」
地獄なんかじゃない。
狂気なんかじゃない。
絶望なんかじゃない。
まただ。また……、また!!
くそ……、くそ!!
レキーラは飄々とした態度で腕を組む。
何なんだよ。何なんだよ、あの化物は。
人じゃない。もはや、あんなもの。
どうしてだ、俺たちは革命をしているはずだ。コイツと戦う必要なんてないんだ。なのに……っ!
どうしてこいつの表情は、態度は。まるで無力なオモチャと戯れているようじゃないか。
ほんの数ミーレの愉悦を求めて、自らを快楽に浸らせてくれると期待して。
俺たちは、ただ弄ばれてるのか。
「くそ、ざっけんなよ」
オレは今まで、自分の思う通りに生きてきたつもりだ。ルナートの背中を必死に追いかけながら、強く。強く。
尊敬していたルナートには遠く及ばなかった。だが――そうだな。
「テメェを殺せば、オレは……。サクヤ・フィレルは間違いなくルナートの上をいくことになる。同時に仇も打てるとなりゃ、一石二鳥じゃねえか」
紋章器、レクゼリサスを右脇に挟み、左手を添え突き出した姿勢をとる。
「見せてやる。二つ名の《狂獄のバーサーカー》って名が伊達じゃねえことをなァァ!」
「せいぜい、楽しませてくれ――」
「なら、俺も入ろう」
静かに、俺の隣にスレイアさんが歩み寄る。
「《氷の番犬》の異名、示させてもらうぞ」
「はは……っ、なるほど二人がかりで僕と闘おうというのか。それに……、二人とも紋章器使いか。……楽しくなりそうだ」
紋章器使い同士の全面対決。
初めてだ。どうなるのか、見当もつかない。
すると、視界の端に心配そうな目で俺とスレイアさんを見ているリックと姐さんを捉える。
「リック、姐さん、悪いけど邪魔だ」
「わぁ〜ってるよ。……アタシが参加できねーのは悔しいけど。サクヤ、スレイア! あんたら負けたら承知しないからね!!」
そう言いながらリックとフルールが階段を登っていく。
その、先に――
「ルビンちゃん。セア……」
呆気に取られたような表情で二人は広場を見る。レノンの完治が終わったのだろう。外傷は完全に消えている。どうやら紋章は、主が死んでも効力は残るようだ。
オレは、唖然とする二人に大声で声をかけた。
「ルビンちゃん、セア! 今からちぃとばかし暴れるから、邪魔にならねーように見てろ」
それに確か、セアがこの街に来たと言ったその日、レクゼリサスの宝玉が点滅していた。
おそらく、セアの持っているあの刀も紋章器。あんな、か弱そうな少年がどうやってそれを手に入れたのはしらねぇ、だが。
「セア……、よォく見てろよ。俺たちの闘いぶりを。紋章器の、闘い方を!」
そう言ってレキーラに向き直る。
2対1。勝ち目は、ある。
ルナートが全力をもってしても勝てなかった相手に、スレイアさんと二人で。
スレイアさんと組むのなんて初めてだが、何とかあわせてくれる筈だ。
「それじゃあ、茶番は済んだようだし……。そろそろ始めようか、二人の紋章器使い」
「あぁ、悪ぃが思い切り暴れさせてもらうぜ」
「終わらせる」
そして、俺たち3人は自らの紋章器を構え直す。
レキーラは大鎌を。
オレは両刃の薙刀を。
スレイアさんは鉤爪を。
そして――
「「「紋章器」」」
「【紋章を狩る鬼鎌マフル】」
「【月光を裂く双薙レクゼリサス】」
「【絶氷に閉ざす零爪クレスリズン】」
同時に――
「”羅漢”の紋章装填。特異能”四沙門花”」
「”騒乱”の紋章装填。特異能”静寂を掻き乱す者”」
「”氷結”の紋章装填。特異能”結克する氷の傀晶”」
地を蹴った――




