第0話:世界は始まりを迎え
静かだ……。
冷風が颯爽と吹き抜け身を切り、逆なでされた白い髪が揺れる。
空は黒く塗り潰され至る所に白い綻びが遍く。
地は白く輝き所々に人の負の感情が黒く湧き出る。
ここは世界の中心に位置するレピア帝国、中央都市レピリアの王城レピアレス。その頂上、帝針の頂点に立ちレピアの街を見下ろす。
恐らく世界で最も高いであろうここは、まるで天と地の境界にいるようでこの世界には自分しかいないのではないか、と錯覚しそうになる。
レピアの街は王城を中心とし、円心状になだらかな傾斜が広がり建物と人間が所狭しと犇く。
眼下の人間達は何千年という平和に慢心し笑顔が満ち、生の活力が溢れている。
……これから起こる悲劇など、露知らず。
ふと、これから滅びゆく世界を見ていると美しくどこか幻想的だとさえ思う。この世界の破壊への躊躇が脳裏を駆ける。
……しかし、これが僕の選んだ道だ。
いつしか思想がこれまでの道のりを追憶する。
あの頃に戻りたいと懇願する自分がいることに気づく。
その真意を推察したいという欲求を殺し、覚悟と決意を固めた。こんな戯言に現を抜かしている場合ではない。
……そろそろか。
ゆっくりと、己の両手を広げる。
肩が重い。これまで手に掛けた何人もの亡霊達がまるで憑依しているかのようだ。
だが、それを意識から除外し、死に切れぬ亡霊共々……。高らかに世界へ謳歌する。
「さぁ……、ここから。終わりへ向かう世界の……、始まりだっ!!」
両手に全神経を傾ける。
誘蛾灯に釣られる夜虫の如く、辺りに白き光の粒子が集積してゆく。
そして魂切るような咆哮で人類が嘗ての技術を応用し生み出した”スキル”を喝破し、起術する。
「アストラルスキルXXI! 隔世する聖界の崩滅!!」
その声と共に、両手から幾重もの色彩からなる瘴気が頭上へ収縮してゆく。辺りの玲瓏たる源素力の光の粒子は、円環状の軌道に乗りながら、その物質の周りを飛翔する。
次いで瘴気により精製された物質は空の黒を吸い取るかのように巨体な亜空間円球体へと姿を変える。
そしてそれは、白の光の粒子を併呑しながらゆっくりと地へ墜ち、発生した結界魔法陣と衝突する。……そして、次の瞬間。様々な紋様が刻まれた魔法陣が爆砕し、瀑布を逆さまにしたような光の飛沫を巻く。
そして、大地は粘土が如く穿たれ、空も雲も無造作に引き裂かれた。
漆黒の亜物質は連結爆砕を繰り返し、1,300キーレの広さを誇るレピアの都市圏を包む結界魔法陣は完全に破壊され、世界は鳴動と震撼に包まれる。
突如平穏を乱された罪無き地上の人間達は、混乱と焦燥でごった返し、魑魅魍魎が奔走しながら、人々は怯懦に塗れ錯綜する。
それでも、人間達はまだ地震か何かの災厄程度の認識。あるいはこの結界に絶対的な安心があるのか、叫び声や泣き声は一切聞こえない。
やはりこの程度では3000年前に張られたレピアの三重層史祖結界を破るのは一枚が限界か……、だが。
「……充分だ」
そして二枚目を破壊するべく詠唱を唱え出す。
万物の起源たる源素力を練り、”魔法”の術式を組み上げ詠唱する。
「世界に眠りし大地の神よ。永劫なる時を経て今、我に汝が膂力を貸し与え給え……」
通常詠唱如きの単発魔法では、到底この結界を破ることは出来ない。
だからこそ自らの精神力と大気の源素力を最大限に練り改竄させる。神秘にして泡沫の奇跡たらんと世に流布した魔法の技術はここに……、世界滅亡への始まりの布石となる――
「地魔法の攻墜ッ!」
詠唱を唱え終え、右手を眼前に翳す。
膨大なる源素力によって放たれた魔法は先ほど裂かれた大地へ働きかける。すると大地がまるで再生するかのように隆起し、砕ける。そこから発生した土塊が宙に浮かびあがる。
そして僕の一振りで地魔法によって操られた千個以上の土塊は一斉に飛来し、次々と結界へ突撃。しかし、その全てが弾かれ砕けるものの結界の所々がひび割れる。
予想の範囲内だ、次の一撃で残りの2枚を崩しうることは必至。
体制を整える。
これでついに……、変革する。
神が創造した世界を、今ここに滅ぼそう。
「悔め、愚かな人間達よ。懺悔しろ、もはやこの世界に希望はない。これからの未来にあるのは……。絶望と、終わりに足掻く惨めな人間達の姿だ!
瞑目を刮目へ。祝福を惨禍へッ!!」
そして全意識を手へ向ける。己の存在全てが酸化し、泡沫となって消滅してしまうかのような剥離感と共に……。
全ての人間に宿りし神の恩恵……、その自らの”紋章”の力の全てを、解き放つ。
「”滅亡”の紋章解放……。 ” メダリオンハーツ ”ッ!」
手の甲に光る浮甲使用紋から紋章が背後へ飛び出し、真紅に光る円の中に世界図が裂け焦げ、大地と海と空が混じり合うのを連想させるような紋様を形作る紋章が出現。
そして、僕の倍はあろうかという大きさの紋章は背後で暴輪旋転し、掌は世界を握り潰せるのではと思うほどに膨張し白皙の腕は炎を纏う。
赤い……。ただ、ひたすら赤い。
己の身体は絶大なる力の負荷に耐え兼ね悲鳴をあげる。
まだ、くたばるな。
耐えろ。これが……、最後だ――
「――特異能、” 惨死冥滅掌 ”ッ!」
膨大な真紅の光は結界へと落ち屈折を繰り返す。魔障の掌は結界抵抗の一切を無効化し、まるで結界などないかのように破壊する。だが、おそらく先ほどのスキルと魔法で削っていなければこの一撃のみでの完全破壊は不可能だったであろう。
纏う炎は業火となり風圧は烈風と化し街を駆け、人間達は荒れ狂う絶大な力を認知する間も無く飲み込まれ亡命し彷徨する。
城の天守閣、そこの王宮だけは残さねばならない。
だがそれでも未だ死にきれぬ人間達の些末な阿鼻叫喚の叫びと嘆きは空間そのもの揺らぎによって搔き消されていく。
見下ろした街は、崩折れた死骸と損壊した建物が密集し、炎上した炎は天へ立ち、燻り続ける煙が夜の闇へと霧散していく。
その光景に思わず口を開け、驚愕する。
「これが……。世界を超越し神をも凌駕するとさえ言われた、紋章解放の力かっ!」
恐ろしい……。こんな物が世界に存在しても良いのか。
だが、その力によって奪われた世界が眼下にある。
歩んできた王の道。
栄華に輝いたレピア帝国。
何を剥奪されようが絶対なる力で即座に奪還し、世界最強の名を刻み勝利の凱旋に酔いしれ不朽と呼応され続けたレピア帝国。
それが今。混沌と絶望が体現化したかのように踏みにじられ、全てが乖離されるような災厄に見舞われる。
永久に続くかと思われたレピアは、己の手で喪失し抹消された。
そのことに、僕は人知れず静かに呟いた。
「常世の安寧などない、平和など唯の幻想でしかない。そんなものは必ず……、途絶する」
胸中の蟠りが雪崩を打ったように押し寄せる。
だが……。ついに、自分の存在そのものがこの世界の桎梏となったのだ……。
そこに達成感と充足感がこみ上げてくる。
「これでようやく。閉ざされ進むことを止めた世界が……、始動する!!」
この開戦から起こるであろう乱戦の時代を経て、世界はどう終戦するのか。
新時代の気運は澎湃として起こるだろう。
そんな事を考えながら、ゆっくり地へと降り立つ。目の前にはありとあらゆる希望から隔絶された、死の世界が広がる。
嘗て愛憎した世界は……、そこにはもう無い。
「ハハッ。これで僕の畢生の使命と念願は果たした! さあ、世界よ! 終天の時が来るまで必死にもがき苦しめ! そして――――」
――――最後の言葉は、レピア帝国の崩壊音と共に掻き消された
――地に降り立った少年は自らの手で消滅させた街で一人、歩き出した。毀れ窶れた自らの身体を精一杯引きずりながら。
だが、痛覚すら消え失せるほどに。この出来事が新たな世界で紡がれる物語の始まりと目されることへの喜びが、不敵な笑み産みだした――
――――聖祖歴3000年
その夜、1000年の歴史を誇る世界最大経済帝国レピアが滅亡した。
人々は思いもしなかっただろう。3000年を祝うその宴の夜に、よもやその安寧が崩されるなどとは。
人口約150万人もの人間が死亡し、家屋の崩壊は200万軒以上にも及んだ。
名の知れた英雄が富豪が王族が。何千年と受け継がれてきた巨万の富が芸術が遺物が書物が。たったの一夜にして、全て消え去った。
そしてその3日後。隣都市の派遣隊はレピア帝国の中心、レピアレス城の王宮に残された1通の手紙を発見する。
その手紙に書かれていた惨憺たる悲報。一人の少年によって行われた惨劇は、レピア崩壊と名付けられた――もちろん、その手紙が誰によって書かれたかなど想像するまでもない
二週間が経つと、その事実はレピアレス帝国連邦諸国へと伝わり、1ヶ月後にはメルシナ大陸全土。果ては、全世界へと伝わった。
世界の秩序維持と調節機構を一挙に担っていた経済帝国の滅亡は、全世界に大きな影響と混乱を齎した。
人々は、たった一夜にして帝国を滅ぼしたという一人の少年に驚愕し、ただひたすら戦慄し恐怖した。
しかし、帝国を滅ぼした少年を除き誰一人として知らなかったのだ。
その滅亡の最中、たった一人だけ生き残った男の子がいることを――――
初めまして、紡芽 詩渡葉です♪
世界滅亡から始まる話は多々ありますが、滅ぼす側の目線で書くのは、物凄く新鮮でした^ ^
この『メダリオンハーツ』は私にとって初作品となるので至らない点が多々あると思いますが長い目で読んであげてください(笑)
わざわざ足を運んでいただきありがとうございました!よければ次回からもよろしくお願いします^ ^
〜改稿される前に読んでくださった方々へ〜
いきなり大幅に変わっていてビックリ仰天している方もいるかもしれませんが、初っ端からネタの出し惜しみなしのフル展開、如何でしたでしょうか?
えっ?中二くさい?
いえいえそんなことございません!
至って健全なワードのみで構成されてますよ!(笑)
あ、でも難しい言葉たくさん出て読みにくいと思った方もいるかと思いますが次からはそんな頻繁に出ないので安心してください。
メダリオンハーツはこの0話が中心となって動いていきます。
なのでもう一度読み返してみると新しい発見とかがあるかもしれません^ ^
二度目になりますが、一度読んでいただいたのに再び足を運んでいただき本当ありがとうございました!
これからもどうか『メダリオンハーツ』をよろしくお願いします!