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ぼくと彼女

作者: raiga

 雨粒が空気にとけ込んだ静かな日。

 ぼくは彼女に拾われた。


 昔のことはよく覚えていない。

 気がついた時には湿った段ボールの中で眠っていて、

 気がついた時にはストーブのきいた部屋の中彼女の腕に抱かれていたのだ。

 彼女の朝はいつも早い。

 まだ日の昇らない時間帯。

 くしゃくしゃの長い髪にくしを通し、寝ぼけ眼でトーストを口にくわえ、

 薄らと化粧をすると、スーツに身を包み重い鉄の扉を開く。

 ぼくはそんな彼女を見るのが好きだった。

 彼女の帰りは早い。

 太陽が顔を隠して間もなく、今度は曇り顔が覗かせる。

 そんな彼女の頬をぺろりとなめるのがぼくの仕事。

 すると彼女はぼくを抱きかかえ、またあのソファに腰掛ける。

 彼女は本が好きだ。

 夕食を食べ終えると決まって文庫本を取り出し、物語にふける。

 ぼくは膝の上にとびこみ、彼女の体温を肌で感じる。

 ぼくが一番幸せを噛みしめるのがこの時。

 ぽかぽかと体が暖まれば、なんだか心まで暖たまった気がするのだ。


 ぼくにも恋人ができた。

 少女はぼくより二まわり年下でまだ幼い。

 毛並みが整っていてしっぽの長い少女はきっと将来美人になる。

 ぼくが日向でねころがると、少女はいつもぼくのそばに寄ってくる。

 ぼくの体を優しくなめる少女にはある口癖がある。

 私の旦那さんになって

 初めて聞いた時ぼくは笑ってしまった。

 もちろん丁重にお断りした。

 だってぼくはもっと年上で暖かい彼女を愛しているのだから。

 ぼくにとっての少女は言って見れば妹のようなものだ。

 けれど少女のアピールは終わらない。

 ぼくは、きっと大人びたことをしてみたい年頃なのだろうと思いあしらった。


 ある日、一通の手紙が届いた。

 その内容に目を通した彼女は、

 泣いた。

 泣いた。

 ぼくには手紙の意味は分からない。

 けれど彼女は悪くない、そんな根拠のない確信を持ったぼくは彼女の涙をなめ続ける。

 彼女はぼくを強く抱きしめた。

 どんなことがあってもぼくは、ぼくだけは君の側にいるよ

 と、その時誓ったのだ。


 次の日、ある男がぼく達の部屋を訪れた。

 真っ白なスーツを召した男は大きな花を抱え、どかどかと扉をくぐる。

 男は彼女に花を渡すと、共に寝室に消えた。

 再び部屋から出て来た時、二人はとても幸せそうな顔をしているのだった。

 わけが分からなかった。

 ぼくは混乱した。

 すると彼女と男は手をつないで扉をくぐった。


 それ以降

 彼女とぼくが出会うことはなかった。



-完-




以下ネタバレです!



















【解説】

「人は複数の愛情を一度に持つことはできないのだ」

 をコンセプトに書いた習作。


 主人公のぼくは前の飼い主に捨てられたねこで年齢は五歳程。

 前の飼い主との記憶はない。

 彼女は二十代半ばの普通のOL。

 彼女は付き合っていた男とけんかをし、悲しみにくれ道を歩いていた時、捨てられたぼくに出会った。

 彼女にとってぼくは、男のいない寂しさを紛らわしてくれるだけの、言って見れば愛の代替品な存在でしかなかった。

 そんなことも知らないぼくは彼女の愛情に触れて、ついには彼女にのめり込んでしまった。

 彼女が出勤している間、ぼくにとっては退屈な時間が訪れる。

 そんな時ぼくは窓を空けてアパートを飛び出す。

 そこで出会ったのが少女だ。

 少女は初めての発情期を迎えた子猫だ。

 五歳のぼくの目にはきっと彼女はとても幼く映ったのだろう。

 少女は懸命にぼくにアピールするが、ぼくは「ぼくには彼女がいる」の一点張り。

 ぼくも少女の事は好きだったが、それが恋愛に発展することはなかった。

 言って見れば、少女の存在とは彼女がいない時間、ぼくが愛情を紛らわす為の代替品でしかなかったのかもしれない。


 そんな時彼女の元に男からのラブレターが届く。

 それもただのラブレターではなく、プロポーズの手紙だった。

 そう、彼女と男はついによりを戻したのである。

 彼女は嬉しさのあまり、涙を流すのだった。

 次の日、男は彼女とぼくが過ごしていたアパートへ、彼女を迎えにやってくる。

 そうだ。

 今日からは男の家で一緒に暮らすのだから。

 しかし幸か不幸か、男の家はペットが禁止だ。

 そこで彼女はこう思った。

「よく窓を自分で空けて外で食べ物をとってくるあの子なら、きっと一人でも生きれるでしょう」と。

 聞こえは良いが、それはぼくを捨てる為の綺麗な理由が作りたかっただけなのだ。


 そう、人は、ひょっとすると動物とは、一度に複数の愛を持つことの出来ない存在なのかもしれない。


 という物語をあくまで猫の視点から読者を導いて、

 綺麗な起承転結構成を描き、

 最後には何かやるせない気持ちが残る作品を描こうと思い描きました。


 何故ぼくをねこにしたかと云うと常に暖かさを求め、人間にとって身近な動物でもある猫が、愛情を求め代替品を探すという設定に似合っている気がしたからです。

 何故ぼくを男にしたかというと、彼女は女性の方が愛情を求める、あるいは愛に飢える姿を生々しく描けると思ったからです。母性に欠ける男より適していた気がしました。


 全体的に文章で気を配った点は猫の視点ということから感覚的な言葉選びをしたことと常に下から世界を見上げる感じを表現しようと努めた…………つもりです(笑)

 ストーブやトースト、文庫本がそれはそうだと猫に分かるのか!などという現実的なつっこみはあえてせずに書きました。

 もしもこの物語を猫が読むとするならばそのような配慮が必用ですが残念なことにこの物語を読む可能性があるものとは全て人間です。ですから人間にとって都合のいいように猫の思考や知識を調節して構わないのです。そう言う所はリアリティにあえてこだわりませんでした。

 それから文章を読み易くするため、小学生が読めない漢字は避けました。

 どこか幼い暖かさもそこから感じられるかと思って……笑


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