04 初日(ⅱ)
本部41階から50階にある夜桜学園高等部は、私たちが3年間過ごした中等部と瓜二つだ。
41階から44階までにすべてのホームルームと特別教室、45階が体育館、46階が射撃場で47階は武道場、48階と49階が男子寮、高等部最上階の50階が女子寮。この空間での生活は今年で4年目、かなり慣れたものだ。
3年間過ごした中等部と比べて変わったところといえば、窓から見える景色が少し変わったくらい。それだけしか変わらない上に、高等部からの外部生はいないので面子も代わり映えしない。変わらないにも程がある。
―――とは言ってみるものの。
それはあくまでぱっと見て目に入るものの話だけだ。
「何なんだよ、あれ!悪趣味にも程があるだろ…」
「えぇ、そうね……」
河原と2人、高等部を探検していた時に偶然見つけた、44階の一番奥にある唯一鍵のかかった部屋。
今時珍しい、というか絶滅したと思っていたシリンダー錠はピッキングで容易に開けることができた。実際、今までに何人もの生徒が開けてきた跡があった。
なぜここだけカードキーではなくシリンダー錠なのか。その時は深く考えなかったけれど、もしかするとそれは故意なのかもしれない。
その部屋の中にあったのは、山積みになった大量の頭蓋骨。もちろんレプリカだろうけど、その保証はない。そして、壁一面に貼られた古びた少年少女の写真。おそらくこれも、保証はないが…
「…あの写真、やっぱり死んだ人たちよね。写真の感じからして、数十年前の」
「……そうだろうな。というか、それしか考えられねぇ」
写真の中で無垢な笑顔を浮かべていた少年少女たち。それは正しく、自分が死ぬわけないというようなそんな顔。そして、その命を奪ったのは私たちのような生き残り。
仕方がないとはいえ、自分のためとはいえ、人を殺して生き残るなんて正気じゃない。そんなことはわかっていても、麻痺した私たちは自分のためにライフルを手に取る。麻痺した自覚がありながら、それでも続けなくてはならないのだ。それがここのルールなら従うほか無い。―――胸の痛みには、きっともう慣れたはずだ。
目を閉じて、写真に写った顔を思い浮かべる。彼らは最期の時を迎えた時、一体どんな気持ちだったのだろう。
そんな彼らのやりきれない思いが、高等部のこの張り詰めた空気を作り上げている。この部屋は追悼と同時に、現実を生き残りに見せつける部屋でもあるのだろう。本当に悪趣味な部屋だ。反吐が出そうになる。
ふぅ…、と詰まっていた息を吐く。
「私たちはもしかしなくても、学園の罠にまんまと嵌ったってわけね。好奇心を弄ばれて、しまいには思惑通りにピッキングしてまで鍵を開けてしまった。で、あの悪趣味な光景を目の当たりにしてしまった…と」
「…まあな。でもしょうがないだろ。唯一鍵のしまった部屋なんて、いつの時代でも気になるもんだし」
ちらりと横目で河原を伺う。
こういう時だからだろうか。この場には私しかいないというのに、人前で見せる飄々とした態度を崩そうとはしない。しかし、その横顔には明らかに悔しさの色が滲んでいる。
所詮は生徒。軍の掌の上で踊らされる駒。高等部入学早々、そのことを改めて痛感させられた。
例の部屋を後にした私たちは、重い足取りで入学式の行われる45階の体育館へと向かう。その途中で見た掲示板には、クラス編成が掲示してあった。
中等部と高等部には、それぞれ個人順位とバディ順位というものがある。実践と座学の両方で付けられ、基本的には学年が変わるごとに更新される。ちなみに高等部入学時は中等部卒業時の順位がそのまま持ち上がり、その順位でクラス編成もされる。今年の生き残りは45名。この人数を2クラスに分ける。
個人順位3位、バディ順位1位の私と、個人順位2位、バディ順位1位の河原は、ともに上位者の集まるA組。ちなみに個人順位1位、バディ順位2位の富井も例に漏れずA組。
「まあ、分かりきってはいたけど……何はともあれ、また1年間よろしくね、河原」
「あぁ、こちらこそ。よろしくな、葛西」
その掲示板を後にして、階段で体育館へと向かう。滅多に使われないので非常階段しかなく、今も他の生徒の姿は見当たらない。
そんな階段を登ってたどり着いた45階。体育館を覗いてみると、何やら中央が騒がしい。何事かよく見れば、女子寮を一緒に出た富井が、自身の相棒と体育館の中心を陣取っていた。あんなに騒いだくせにエレベーターの中で突然、やることがあるから、と言って珍しく私についてこなかった富井だ。何をしているのかちょっとだけ気になる。
人ごみの奥の富井を見ようとして、視界に飛び込んできたのは彼女の相棒の方だった。
財前大空。
富井の相棒にして、個人順位4位、バディ順位2位の実力者。初等部出身者で、本人曰く代々続く武士の家系の末裔らしい。その名残か刃物使いの家系でもあるらしく、今でも刃物を使っている。私の刃物を使う知り合い、というのが彼だ。
今の時代、ここでの刃物の価値はとても高い。楽園の外では量産されていると聞くが、この島では入手困難な上にものすごく値段が高い。ちなみにシェルター内はカバーでロックされていない刃物の持ち込みは禁止されている。
そんな貴重な刃物を武器として使うのが財前だ。
何百年も昔から伝わる家の流派を途絶えさせたくない一心から、今でも刃物を使用しているらしい。
刃物なんて貴重なもの、どこで手に入れているのか興味があって一度尋ねたことがあるけど、上手くはぐらかされて結局教えてもらうことはできなかった事は記憶に新しい。なんでも、一族の秘密は守らなきゃとかなんとか。
富井より先に私たちの存在に気付いた財前が、爽やかな笑みを浮かべてこちらに手を振る。そんな財前が手の振る先を、遠巻きたちが一斉に凝視する。突然のことで少々びっくりしつつ、河原と2人であちらに手を振りかえす。というか富井といい、財前といい、このバディはどうしてこうも人を惹きつける容姿をしているのだろう。巻き込まれるこちらの身にもなってほしい。
「おーい、藍ー、一也ー!」
そして財前は富井と同様、私と河原のことを下の名前で呼ぶ。
最初は私も河原も拒否していたはずなのに、気付けばこうなっていたのだからなかなか侮れない。
んー…と唸りながら頭を掻く河原は、迷惑を通り越して呆れたような声を出す。
「朝から元気だなー、財前。大丈夫、ちゃんと聞こえてるって」
「そうだよね!一也、耳はいいもんね」
「おいおいなんだよ、その“耳は”ってのは?」
ニシシ、としてやったり顔を浮かべる財前。やっぱり侮れない。そしてその横で同じような表情を浮かべてこちらを見る富井もまた然り。
その後もくだらない言い合いをしている男子2人を横目に、富井は興味なさそうにツインテールを右手の指先でくるくる巻く。ここの優等生たちはちょっと自由奔放すぎやしないか。そんなことを考えて、思わずため息を吐く。そんな私を一瞥した富井は、キョトンとした顔でこちらを見る。
「どしたの、ため息なんかついて」
「いや……別に。ただ、自由だなって」
「自由かぁ。いいよね、自由って」
「えぇ、まあそうよね……」
閑話休題、ようやく本題へ。
「…で、時に富井?」
「んー?どしたの?」
「なんで体育館の中心を陣取るなんて迷惑なことをしてるの?」
「え……」
私の問い掛けに、くるくると動き続けていた富井の右手がぴたりと停まる。行き場を失った右手が宙をさまよっている。
「んーとね…これ、なんだけどー…」
あはは、と硬い笑い声と共に差し出された四つ折りの紙。それを開くと、そこに書かれていたのは“本日は、”の読点も含めた4文字。―――そう、たった4文字。
「…なによこれ?」
「えーっと…まあ、見ての通りかな?書こうと思ってここに座ってたんだけど、結局これだけしか書けなくって……」
笑顔ではぐらかそうとしているが、それが通用するほど私は甘くない。
ふふっと笑いながら紙を返す私を見て、富井は硬直したように動かなくなってしまった。
「それ、今日読む新入生宣誓じゃないの?なんでまだ書けてないの?」
「かっ、書けてなくないもん!書いてるし!」
「たった4文字じゃない!それを書けてないというんだからね!?」
「違う!書けてるって!多分!」
「いや、書けてないから!」
ため息を吐くと幸せが逃げると言うらしい。
でも、こんな場所に幸せなんてないだろうし、こんな状況だ。盛大なため息を吐くことくらい、許して欲しい。
私と富井の言い争いを聞きつけて、無駄な言い争いをやめた河原と財前が何事かとこちらを振り向く。おそらく―――否、絶対に2人は心配してきたわけではない。ただの興味本位だ。
もちろんそんな2人に助けをもとめたいのは山々だが、残念ながら助けを求められそうなのは我が相棒のみ。なにせ財前は座学の成績がすこぶる悪いのだから頼れたものじゃない。座学の成績さえよければ、もっと順位は上にいけるはずなのにもったいない。まあ残念ながら、私も実はあまり人のことは言えたものじゃないんだけど。
「ねぇ、藍、助けて……?」
「ちょっと、そんな顔したってね…」
「ねぇ、お願い……?」
スカートの裾を握って上目遣いで私を見てくる富井。途端にざわめき出す遠巻きたち。チラリと周りを伺えば、数人の男子が頬を染めて俯いていた。彼らはきっと、富井に惚れている人たちなのだろう。
しかし彼らと違い、それくらいで私が落ないことを中等部3年間で彼女は重々承知しているはず。それを分かった上でやっているのだから余計にタチが悪い。
「何を言われようが無理。自分がやってないのが悪い」
「そんなこと言わないでさ?ねっ、お願いしますっ!」
手のひらを顔の前で合わせ、ぎゅっと目をつむって頭を下げる富井。当然こんなことで折れる私ではないので、フイっとそっぽを向く。
その後も続くあざとい猛攻に、一貫してそのような態度をとっていれば周りの男子生徒からの視線が痛いほどに突き刺さる。彼らは富井をか弱いお姫様か何かと勘違いしているのだろうか。彼らだって彼女が個人順位1位だということは知ってるはずなのに。まあでもそんなこと、私の知ったことではないのでスルーさせてもらう。
私にスルーされた富井は、仕方がないといった様子で河原に頼り始める。
ちなみに財前は完全スルー。財前が座学全般において戦力にならないのは承知済みらしかった。さすがは相棒。こういうことはよくわかっている。そして、うーんと唸りつつも、結局助けてあげる河原はなんというお人好しだろう。
文系の教科の成績がいい河原の助けもあり、式が始まる前にはなんとか宣誓文を書き終わったらしい富井が飛び跳ねているのを横目で見る。
キャッキャ言いながら抱きつかれた河原は、周りの男子からの突き刺さる視線に複雑そうな表情を浮かべ、私の隣で財前は戦力にされなかったことを嘆く。
「…ドンマイ」
「うっ……なんか、余計にダメージ大きくなったんだけど……」
「えぇ……?っていうか、情けない顔すぎでしょ」
「えーっ!?更に追い討ち!?」
あまりに情けない財前。まるで捨てられた子犬だ。
そんな彼のことを笑いながら、横目で周りを伺えばこちらを鋭いまなざしで睨む人が数人。
―――わかっている。笑い合えるのも今のうちだけだってことは。
“本気組”が今を楽しめるのは、協定があるからにほかならないのだ。それをわかっていても、どうしても私には富井や財前を無視することはできない。一部を除く他の人に対しては何とも思っていないし、馴れ合うつもりもないのに全く不思議だ。きっとそれくらいには、私の中で彼らは特別な存在だということなのだろう。
他学年のことは知らないが、私たちの学年には本気組と馴れ合い組というものがある。
本気組というのはその名のと通り、この学園での生き残りに本気で挑む人たちのこと。基本的に同情の心などは持ち合わせ内容にしている。
一方の馴れ合い組もその名の通り。殺し合いなどしないで、みんなで仲良く卒業て、軍に入ろうという考えを持つ人たちのことだ。
学園の校則でも記されているが、最終的に残った人数―――生き残り高等部を卒業した人数が少なければ少ないほど、個々の能力の高さが認められて例外として早く出世することができることがある。
故に、本気組からすれば馴れ合い組は邪魔な存在にほかならないのだが、馴れ合い組の生き残るという意志もなかなか固く、崩すのは至難の業である。
―――しかし、それはあくまで個人で戦った場合の話。
その固い絆を崩すため、本気組は協定を結んでいる。馴れ合い組を殲滅するという1つの目的のもと、期間限定で。
中等部入学から間もなくして、この2つの派閥の争いは始まった。
中等部入学時点での生徒数は200人、その内初等部からの持ち上がりは40人。初等部からの持ち上がりに、外部生20人加わった計60人が本気組、その他140人が馴れ合い組という比率だった。
いくらエリートの集まった本気組とは言え、数人は死んでいったし、なにせ人数が倍以上違うのだ。
結局中等部卒業までの殲滅はかなわず、高等部入学を迎えた今でも協定は結ばれた状態である。
高等部へ進学した生き残り45人中、本気組は18人。半分以上残るとは、馴れ合い組もなかなかに検討したと言えるかもしれない。しかし、本気組の生き残りは全員A組―――成績上位18名である。殲滅完了まで、そう時間はかからないだろう。
殲滅が完了したその瞬間、その協定は破棄されて本気組も解散となる。
そこからが真の意味での戦いになる。それが始まるまで、残された時間は多くない。
「新入生宣誓」
先程まで耳元で犬の如くキャンキャン喚いていた富井の声が聞こえ、意識が現実に引き戻される。気付けば入学式も終わろうとしていた。
先程までの情けない姿は何処へやら。目の前のステージの演説台に立つ富井の姿は学年トップの名にふさわしい毅然としたものだった。
夜桜学園は他の学校と同様に授業も行う。時々特殊な授業が入ったり、上層部の都合で突然授業が終了したり変更されたりすることはあるけれど、それを除けば普通の学校と変わりないと言えるだろう。
しかし今日は入学式。今日はホームルームを済ませばそのまま解散になるらしい。そのホームルームのために、体育館からA組へと足を運ぶ。
エレベーターホールからA組までの道のりの最中、後ろから聞こえてきたのはパタパタという軽い足音。今まで幾度となく聞き、今日も聞いた彼女の足音だ。
私が振り向くのと同時に彼女は私に抱きつき、そして満面の笑みを浮かべた。
「藍、どーだった?まりん、ちゃんと言えてたでしょ?」
「えぇ、ちゃんと言えてた。えらいえらい」
「でしょ?まりん、やればできる子だからね!」
「でも、河原がいたからでしょ?」
「あうっ、それは……」
むぅ…と唸りながら目をそらす富井。そんな彼女が面白くて苦笑していると、前を歩いていた河原と財前が振り返って前方を指差した。
「A組ついたよ!」
「あ、本当だ」
「エレベーターホールから一番遠い教室だな」
「わっ、本当だ!」
目の前に見えるのは、“1−A”と書かれた看板。
いよいよ高等部での生活が始まるのだ。そう考えると、途端に身体がわずかに震える。身体は嘘をつけない。
僅かな不安と恐怖ですくみ上がるのも事実。しかし、楽しみで心が躍るのもまた紛れもない事実なのだ。