2話:塀の中の懲りない2人と今後の身の振り方。
四方八方を石なのかレンガなのか打ちっ放しのコンクリートなのか解らない壁に囲まれた出入り口や窓が一切無く四隅に仄かな発光物(魔法陣?)が在るだけの薄暗い玄室、ここが戦闘禁止区域内で戦闘行為を行ったり、何らかのペナルティーを科せられたプレイヤーが一定時間閉じ込められる牢獄である。
「あ~ぁ…ランエボさんの短気のお陰で牢屋送りですよ?どうするお積もり?」
床に胡座をかき、壁に寄りかかる八郎。その目には怒りの色は無く、どちらかというと悪戯を楽しむような目でランエボを見やる。
「何よ?お義姉ちゃんだって刀抜いたじゃない?私だけが悪い訳じゃないでしょ?」
八郎の対面の壁を背に正座して座るランエボは八郎の如何にも自分には責は無いと云わんばかりの物言いと、悪戯を楽しむような視線に、怒りを露わに喰って掛かる。
そんなランエボの怒りなぞお構いなしに<ダザネックの魔法の鞄>から煙管を取り出し口に咥え上下にピコピコさせながら虚空を見つめる八郎、彼女からすると無駄な喧騒の無いこの牢屋は冷静に物を考えるには最適だった。
八郎は考えた、自分達がゲームの世界に漠然と取り込まれたのならば(一体どれだけのプレイヤーがこの未曾有の事態に巻き込まれたかは不明だが)、それは精神だけが此方の世界のアバターに憑依したのか?その場合、元の世界で肉体はどうなっているのか?仮死状態でPCの前で横たわっているのか?それとも心肺停止状態(死亡)なのか?
もしくは肉体ごと、ゲームの世界に取り込まれアバターと同化したのか?その場合、元の世界では『神隠し』だ、『集団行方知れず』だと大騒ぎではなかろうか?
何故こんな事態になったのかよりも、元の世界ではどういう状況なのかが先ず頭を過ぎる、次に過ったのが自分たちが放り込まれた世界がゲームなのか?ゲームを模した異世界なのか?それとも全くの異世界なのか?
色々と考えを巡らせるが、どの道ゲームの世界に取り込まれたなり異世界召喚だったり、八郎自身が心をトキメかせる『タイム・スリップ』だったとしても、王道パターンとしてあっさり元の世界には帰還出来ないだろうという結論になる。
(…って事は『この<エルダー・テイル>のような世界を知る事』から始めるのが先決か?)
「…ちゃん。」
「…えちゃん。」
今、牢屋の中に居る間に知るべき事、調べるべき事を頭の中で纏める。
「…えちゃんってば!」
「…お義姉ちゃん!!聞こえてる?煙草辞めたんじゃなかったの?お兄ちゃんに云い付けるわよ!!それと!何処から出したのよ?そんな物?!」
先ほどから何度と無く呼び掛けているのに、全く上の空で聞いてもいない八郎に業を煮やして怒鳴りつけるランエボ、『お兄ちゃんに云い付ける。』の一言は聞こえたらしく、目をまん丸にしてランエボの顔を見る八郎。
「ちょっと、人聞きの悪い事云わないでよ!煙管が有っても肝心の『煙草』が無いのに吸える訳ないじゃない!こっちは真面目に考え事してるの!お気楽赤タヌキはお口にチャック!」
ランエボが自分の正面に座って居るのを思い出し、忌々し気に顔を歪ませ、手をヒラヒラさせて追っ払う仕草をする八郎だが、そんな態度の悪さなど気にも留めず話しだすランエボ。
「考えてるって、どうせこのゲームの中だか異世界だか解らない世界を調べて理解しようとか考えてるんでしょ?」
ランエボの言葉に思いっきり“うっかりしてた!”というのが、あからさまに表情に出てしまった八郎。
(…そうだった、この娘は家族や学校から無駄な期待をされない為、自分の好き勝手出来るようにテストの点数を意図的に平均にするような賢しい娘だった…。)
このランエボこと“凪野静香”という娘は変に賢しい、 普段は親や兄の希望で一流私立女子高(どうやら皐月や沙代子と同じ学校)に通い、 人当たりも良く、人懐こい性格で授業態度も良い、成績は全ての教科が平均点という表の顔を持つ。 それはあくまで表の顔で、成績は本気を出せば学年トップも可能なクセに平均に留めて自由を確保するという、 真面目な学生たちが端から聞くとキレそうな事を誰にも知られる事なく、悪びれもせずにやる娘なのだ… 、その事に八郎(冴子自身)が気が付いたのは偶然だが、詰問すると『だって、成績下げ過ぎたらライブ行けなくなるし、上げ過ぎたら先生たち期待しちゃうでしょ? 私は別にいい大学とか興味ないし。そういうのは行きたい人に譲るべきじゃない ? 普通にしてたら誰も私に興味持たないし。そしたら好きなだけ音楽の中に居れるもの!』と来たもんだ。 あくまで音楽が物事の中心!ライブに行く為!っと言い切るこの娘の姿勢に実の兄や両親をはじめ誰も気付いてないのだ。
そんな彼女が今、自分が置かれている『異常な状況』で無駄に狼狽えたり、悲観する訳が無い、寧ろ彼女は彼女なりに観察していた訳だ、その事に気付いた八郎はランエボが何処まで違和感やゲームなのか異世界なのかの異差を感じ取っているかを質問する。
「…ねぇランエボ?あんた、何処で違和感を感じた?」
「?私?ん~、そうねぇ…ほら、“エンちゃん”さん擬きな話し方してるプレイヤーさんが露天のNPCさんの胸倉捕まえて恫喝してたじゃない?あのやり取りに違和感を感じた~。」
云われて、八郎の頭の中に『?』が何処ぞの赤と緑のトレーナーにオーバーオールを着込んだ双子の兄弟が階段で亀を止め処もなく蹴り飛ばした時のように無限に増えて行く。
「????」
「お義姉ちゃん、頭硬いなぁ~…もしゲームなら、NPCにどんな罵詈雑言浴びせても、通り一辺倒の定型文しか言葉は返って来ないし、どんな事されたって無表情じゃない?でも、あの露天のNPCさん、表情は歪むは云われた事に反応して受け答えするは…あれって単純に拡張パックでAIが向上したからだ、って説明で納得いく?私は納得出来ないな~。此処から出てからじゃないと確認は出来ないけど、多分普通に私達とNPC…確かゲームの設定踏襲するなら呼称は“大地人”だったっけ?は会話が成立すると思うよ?」
ランエボの考えを聞き唖然とする八郎、彼女は自分とは違う視点で違和感を感じていたのだ。
…そして八郎は思った。『何でコレだけの観察力と兄以上の賢さを備えているにも関わらず、普段はその事をおくびにも出さず、阿呆の娘のフリをするのかと!能力の無駄使いとは正にこの事だ。』
「…お義姉ちゃん、今“なんで普段は阿呆の娘のフリしてるんだ?”って思ったでしょ?」
八郎はランエボのこういう処が苦手だ、人の思考を覗き見ているかのようにさらりと人が思っている事を口にする処が特に…。
(<D.D.D>の能面眼鏡と似てるのよね…こういう処が…)
「?お義姉ちゃん?誰と私が似てるの?」
「…ランエボ…あんたは妖怪“サトリ”か?」
げんなりした表情でランエボを見やる八郎、そんな義姉をキョトンと小首を傾げ“私、何か悪い事した?”的な(如何にもあざとい)仕草で受け流すランエボ。
「処でお義姉ちゃんは、何処で違和感を感じたの~?」
今度はランエボからの質問だ、八郎は首をぐるりと一度、回してから相変わらず煙管を上下にピコピコさせながら右手で頬杖を突き、難しい顔して淡々と答える。
「何だろうね…、一々、身体に伝わる感触って云うのかな…っが生々しいのよ…潮気混じりの風とか脚に伝わる地面の感触や風に揺れて擽る草の感触…そのクセ、ゲームと同じステータス画面が観えるとか“変”でしょ?“異常”でしょ?」
段々、語気が荒くなる八郎、平静を装ってはいるが内心はナカスの街で観た他のプレイヤーのように絶叫したかった、地べたに這い蹲り泣き叫びたかった…。
「…へ?お義姉ちゃん?今?何て云ったの?」
唐突に素っ頓狂な声を上げるランエボ。
「?何って私の感じた違和k…」
「いや、そうじゃ無くてステータス画面が…どうした…の?」
「?えっ!?」
今度は八郎が素っ頓狂な声を喉から放り出す。
「だから、ステータス画面ってどういう事?」
もう一度、問い質すランエボを見る八郎の眼は“エンクルマ”を見る眼に変わってしまっている。
(…前言撤回、流石に能面眼鏡は此処までぬけ作じゃないわ…ごめんね能面眼鏡くん、こんな愚妹と同一視して!)
心の中で義妹と同一視した相手に謝罪する八郎、この時アキバの街でクラスティが盛大なくしゃみをしたか否かは誰1人として知る由も無い…。
「…ランエボ?ちょっと半眼にするか片目瞑るかして意識を集中してみ?」
「何よそれ?質問の答えになって無い!」
義姉が心の中で誰かに謝罪しているのは見て取れたが、義姉が云ってる事が自分を馬鹿にしているのだと感じとって端から観て分かるくらいにムスくれた顔をする、が…その時に義姉が云わんとしていた事を理解した…。
◇◇◇
エボリューション
種族:ドワーフ
メイン職:守護戦士
サブ職:鎧職人
HP:--
MP:--
所属:ナシ
◇◇◇
「…あっ観えた…。」
義姉が云った事は正しかった…目の前に自分のステータス画面が現れた。衛兵によって牢獄送りにされる前に義姉が『GMコール』どうの『ログアウト』がどうのと云っていた意味もここに来てようやく判った、煙管を取り出した『絡繰り』も理解した。
「このトンデモ状況に耐えかねて現実逃避で『GMコール』だ『ログアウト』だと世迷い言云ってた訳じゃなかったんだね!お義姉ちゃん!ごめんね!」
謝罪してるのか、貶しているのか…云ってる本人は至って真面目に謝罪してるつもりだろうが八郎からしてみれば貶されてるようにしか聞こえない…だが彼女も御歳…あ~あ~っ…大人の女性である、そこは眼を瞑って牢獄から開放された後、先ず何から調べて行くかを摺り合わせに入る。
多分、この義姉妹がこんなに長時間、顔を突き合わせて話すのは初めての事だろう、色々と議論している内に、お互いの知らなかった一面を見出し相手に対して持っていた印象が少しづつ変わっていくのが2人にとって新鮮だった。
今日のこの状況になるまで八郎はランエボの事を“旦那様の妹”として“しか”観てなかったし、ランエボも八郎の事を“兄の奥さん”として“しか”観ていなかった所為だろう、今まで見えなかった、見て無かった側面が少しづつではあるがお互い見えて来たように思える。
ぐうぅぅ~っ
どちらの腹の虫か解らないが思いっきり派手な音に義姉妹は大爆笑、均きり笑ってからランエボの方から声を掛ける。
「お義姉ちゃん、お腹減ったね?何か食べる?」
「そうね、お腹減ったね…ランエボ何か食料アイテム持ってる?」
聞かれたランエボは少し考え<ダザネックの魔法の鞄>の中に手を入れ、中から<サンドイッチ>2個と<お茶>を2個取り出し、八郎に各一個ずつ配る。
「ごめんね、お義姉ちゃんこんなのしか無いけど、召し上がれ。」
義妹の好意を素直に受け取り『ありがとう』と言葉少なく礼を云う八郎。
「じゃあ、朝食だか昼飯だか夕食だか解らないけど…。」
「解らないけれど。」
「「いただきます!」」
…最初の一口目で義姉妹の動きが止まる、そして兎に角、口の中のサンドイッチを良く噛んで、これでもかと云わんばかりに良く噛んで飲み込む、そしてお茶を一口飲み2人は何とも云えない表情で顔を見合わせると、今度は天井を仰ぎ見て叫ぶ。
「「何じゃこりゃ~!!!!!!!!!」」
次回3話嘘予告
なんとか力技で脱獄した義姉妹、猛烈な空腹に耐えられず夜のナカスの屋台を練り歩いては片っ端からラーメンにおでんにモツ鍋などナカス名物を物色。
そこに現れたヨレヨレのスーツにリーゼントの如何にもだらしない感じの男と大物オーラを漂わせる和装の御大…、この謎の男たちは?そして一心不乱に食い倒れてる義姉妹の運命や如何に?
三匹が!!!第3話『決戦!至高対究極!2人なのに孤独のグルメとはこれ如何に!』
本当に嘘予告なので真に受けないでください。




