19話:中州与太郎騒々曲その2
「しっかし、よくもまぁそれだけの情報を短期間で集めたわねミッちゃん。」
「おい!」
「まぁ、<侠刃>の顧客はナカスだけじゃねぇ、他の本拠地に居て連絡取れる顧客に念話で連絡取ったり、無法街の連中に頼みこんでかき集めた訳だ。」
「…親分まで…。」
「あ~、生産系ならではの情報網使った訳だ。」
「無視?無視なの?」
「<侠刃>は客選ぶからよう、類友なわけよ?こんな状況でも冷静に対応しようって考えてる頭の逝かれた連中だから、情報の精度も上々でね。」
「コマさんまで…。」
「…なんだこの状況は…。」
鎌吉、ミキオの二人を猫のように襟首を掴んで応接室に現れた猫人族の<武闘家>は呆れ顔で呟く。
彼の眼前で乞食然とした姿のドワーフが紅髪に明治剣客浪漫譚的出で立ちの<武士>の女性を取り抑える姿と、和風メイド喫茶の女給のような出で立ちで天を突くような大女が布面積少なめな巫女装束の女エルフを取り抑えているではないか。
取り抑えられた女武士と女神祇官、お互い噛み殺さんばかりに睨み合う。
「アンタが忘れても、私は忘れてないからね!雌ゴリラ!」
「あのさぁ…忘れた忘れてないって『ちょっと何言ってるか解らないんですけど?』って誰が長澤ま○みだ!この尻軽女!」
「「「どの面下げて云ってんだ!」」」
女武士と女神祇官の醜い罵倒合戦に便乗して茶化してる感もある乞食と女給。
そんな彼女らのやり取りを途中から見た所為もあり全く状況が掴めないでいる道仁の上衣の裾を引っ張る裾の擦り切れた着流しを着た狐尾族の少女が困り顔で呟く。
「ミットさんごめん!いっちゃんの悪い癖が出た…。」
狐尾族の<妖術師>迅華の言葉で察した道仁は軽く溜め息を吐く。
「…味がしねぇのなんのとブー垂れてたクセに…。で?なんでまた?」
「ミットさんとなーさんが負けたのと親分達が話をわやにするもんやけ不貞腐れて…。」
迅華の言葉でバツが悪くなったのかなんとも云えぬ表情をする道仁は然り気無く話題を変える。
「なーは何処行ったんだ?」
「なーさん“負けた”のが納得できんて腹かいて不貞寝しとるよ。」
「先生の勝利はお情けでの判定勝ちみたいなもんですからねぇ…。」
「あん?手前ぇの勝利だって辛うじてだろうが…。」
「「あ゛?」」
“呆れて物も云えない”、そう眼で訴える迅華。その眼差しを直視出来ず狼狽える道仁だが、そんな二人のやり取りなどお構い無しに混ぜっ返す馬鹿二人…。
「何が“伊庭八”だ!どう見ても緋○○心じゃないかB B A!」
「うっさいわね!痴女!」
「駄乳どもいい加減にしやがれ!」
「これ以上、煽るな馬鹿!!」
「ブルータスさんにボコられた人に云われたくないっすね!」
「あ゛?素手の喧嘩も出来ねぇ卑怯者がギャンタラ喚くな!」
「ミットさんどうかしてよ~。」
眼の前では30代と10代のしょーもない罵り合い、更にそれより前では妙齢の女性同士の乱闘寸前の罵り合いと本気でそれを止める気があるのか解らない大女と小男の小競り合い。
そんな状況を面白がって囃子立てるギルメンとこの馬鹿騒ぎを止めるべく道仁に泣き付く迅華。
道仁は苦虫を噛み潰した。
この場に“突っ込み役”が不在な事を呪った。
否!一人“突っ込み役”相当の人物が居る!
その事に気付き応接間の隅々まで眼を凝らし探した。
隅から隅まで隈無く探すが見当たらない。
悪目立ちも甚だしい全身真紅の金属鎧の<守護戦士>が見当たらない。
道仁に沸々と怒りがこみ上げる。
そんな事はお構い無しに周囲はヒートアップ。
狂騒とは正にこんな状態をいうのだろう…。
道仁の怒りは爆発寸ぜ…。
プチッ
道仁の中で『何か』がキレる音がした…。両の腕を大きく振りかぶり騒ぎの元凶目掛けミキオ、鎌吉を石でも投げつけるかのように投擲。
投石機から射出されたかのように見事、ミキオ、鎌吉は標的四人とその周囲にいた数人も巻き込み命中。
応接室にいる全ての者が身を竦めるような虎吼が発せられると同時に怒り狂った道仁はこの騒ぎの元凶である<侠刃>親分ミツと自身と同格:若頭コマに襲い掛る…が。
ミツの胸倉を掴んだとほぼ同時に道仁は前のめりに倒れ、煙管を咥え『やれやれ』と云わんばかりのミツが頭を掻きながら軽く溜息を吐く。
「この喧嘩馬鹿が…ネタをネタと割り切れねぇーとこんな馬鹿げた世界でやっていけるか阿呆…、それに“乾分”が“親分”に牙向けるたぁ、どういう状況であれ許されるもんじゃぁねぇぞ?アンポンタン。」
…一体何処の○映任侠モノの世界だ!とツッコミを入れたくなる台詞である。
そんなことはさて置き、一瞬の事で周辺にいた者以外には何がどうなったか分からない。何故胸倉を掴んだ道仁の方が前のめりに倒れたのか?一瞬の出来事だったのだが、道仁がミツの胸倉を掴み引き寄せたと同時にミツは道仁の両耳に平手で打撃をそして下顎に膝蹴り、咥えた制作級武器<喧嘩煙管>で眉間へ一撃を加えたのだ。
耳への打撃で鼓膜と三半規管にダメージ、膝蹴りと眉間への2連撃で小脳を揺らされ水平線検出能力にダメージを負った為に平衡感覚を失った道仁は<昏倒>のBSを付与され倒れたのである。
現実世界では到底出来るわけも無い高速3連撃、だが<エルダーテイル>を模したようなこの異世界で得た<冒険者>の身体能力だからこそ可能な業なのだろう。
■ ■ ■
~数十分後~
数人、不承不承を隠さずにいるが概ね事態は収束した。
アルコールを大量摂取し酩酊状態で八郎に絡んでいた拾壱子だったが、ミツの『ハチ公のツラ見て一から十まで問いただしてみろ、それが答えだ。』の言葉で一旦冷静になるため酩酊のBSを解除し大袈裟な深呼吸をしたのち、八郎に問いただす。
「…あんた9番目の拡張パック<サンドリヨンの遺産>の<天地鳴動>憶えてる?」
「?なによ<死霊ヶ原>?」
<天地鳴動>とは2014年9番目の拡張パック<サンドリヨンの遺産>で実装された大規模戦闘コンテンツである。
<自由都市同盟イースタル>と<神聖皇国ウエストランデ>の国境近くにそびえる<精霊山>とその周辺地域を舞台とした連作クエストで、のちにアキバが誇る最大の戦闘系ギルド<DDD>や、<放蕩者の茶会>(当時は明確な名称はなく一部の心無いプレイヤーから<ハートの女王とトランプ兵>などと陰口を叩かれていた)、拾壱子が当時所属していた“関西最強”を自負する<ハウリング>、八郎が所属していた<黒剣騎士団>の前身<最強工務店>といった勢力が早期突破を目指し、激しいクリアレースを繰り広げたことは日本サーバーでは語り草となっている。
<天地鳴動>は大きく2つのパートの分けられているのが特徴で、通称「地下パート」と呼ばれる探索クエストがあるのだが、当時<ハウリング>に所属していた拾壱子は先遣隊として攻略中、匿名掲示板の攻略スレなどに流されたデマの攻略法を鵜呑みにしてナカルナード率いる本隊や他のギルドから遅れを取り、「地上パート」<死霊ヶ原>に参加出来なかった。
のちに匿名掲示板の攻略スレや<エルダー・テイル>共通掲示板などで“「地下パート」デマを流したのは<最強工務店>の伊庭八”という出所不明な話しが飛び交い、SNSなどでそのデマに踊らされた攻略出来なかったプレイヤーを誹謗中傷するような投稿が相次ぎこれも伊庭八の仕業というデマが流布されそれを鵜呑みにし、<ハウリング>先遣隊が<死霊ヶ原>に参加出来なかったのは未だに“全ての元凶は伊庭八”だと思い込んで現在に至る拾壱子。
「あんたの所為で私がどれだ…。」
「悪いけど、それ私じゃないわよ?」
半ば声を荒げる拾壱子の言葉を遮り平然と呟く八郎、その表情は哀れみに満ちていたし、拾壱子が恨み辛みをくどくどと垂れ流している間の八郎の態度を傍観していた戦闘班や鎌吉はナニかに気付いたらしい。
「イチコちゃん、その姐さん嘘は云ってねぇよ。」
「…、嘘は云ってねぇだろうな。」
「うん、嘘は云いよらんみたいよ?」
「な…あんた達?!」
仲間である<侠刃>戦闘班の予想外過ぎる反応に絶句する拾壱子であった。
それを不憫に思ったのか鎌吉が口を挟む。
「拾壱子さん、当時デマの出元って調べました?それと、先生?デマが出回ってたのはご存知ですよね?」
「あの時、パーティー組んだメンバーも仲の良いギルメンも『そうだ!』って云ったもん!某匿名掲示板の特定班も間違いないって騒いでたもん!」
半泣きで訴える拾壱子、呆れ顔で口を開く八郎。
「…知ってたわよ。けどね?やっても無い事を一々反論してたらそれこそ『炎上』案件じゃない。
どうせネット上のデマなんてのは一気に広がって気が付いたら忘れ去られるか、この子みたいにウラも取らず粘着してるかでしょ?馬鹿馬鹿しい…。
それに私がそんなセコイマネしてたら、とっくの昔にアイザックからギルド追い出されてるわよ。ゲームとは云えそれなりの矜持ってもんはあったわよ。」
八郎自身<天地鳴動>攻略時にデマが流れたこと、発信源が“<最強工務店>の伊庭八”と名指しされた事も承知している。
ギルド内ですら、そのデマを真に受けて八郎に詰め寄った者も居たのだから伊庭八郎の中の人がどんな人物か知らないギルド外のプレイヤーが真に受けても仕方ない。
だが、そのデマを翌々調べもせず鵜呑みし今の今まで恨みに思っている拾壱子も大概である。
「まぁ、そういうこったイチコ。ハチ公の仕業じゃなぇよ…。そう思われても仕方ねぇ言動は今も昔も変わらねぇけどな。」
八郎を一睨みし、拾壱子には呆れ顔を見せるミツと、渋々納得しようとする拾壱子。
「これで、一段落か?まぁどうでもいいが…、おうハチ公!俺と一勝負しねぇか?」
「はぁ?何も片付いてない無い上に何で私がミッちゃんと勝負しなきゃならないのよ?」
唐突な物言いに素っ頓狂な声を上げる八郎をよそに顎でコマ達に指示を出し部屋の応接セットを端に寄せさせるミツは腕組みしたままその場に仁王立ちしている。
その状況を呆れ顔で眺める八郎はもう一度問いただす。
「な・ん・で・私がミッちゃんと勝負しないといけないのよ?」
「…ふむ、理由か?お前が<侠刃>の戦闘班に喧嘩売ったのと似たようなもんだ…。これだったら納得して喧嘩買ってくれるかぇ?伊庭八郎?」
ミツの言葉に一瞬考えるような素振りをしたあと口の端を歪め『ニヤリ』と笑ったかと思うと[斬刹龍]を一振りし、やや右前のめりに太刀を構える八郎。
「OK!で?ミッちゃん、勝敗は?」
「先に一撃入れた方の勝ち、寸止めでも構わん。」
そうはいうものの制作級打撃武器[喧嘩煙管]を咥えたまま仁王立ちの姿勢を崩さないミツ、そんな戦意が見受けられない姿を見ても構えを崩さず一点を見据える八郎。
「いざ!」
「尋常に!」
「「勝負!!」」
先に仕掛けたのは八郎だった、やや右前のめりに太刀を構えた彼女は更に腰を落としミツの喉元目掛け強烈な突きを繰り出す。
勝負は一瞬で終わった。




