17話:中州与太郎迷宮組曲
ほぼ3ヶ月ぶりの更新…でも話は進まない。
「<オーロラヒール>!」
これまで戦闘で削られた<侠刃>戦闘班の面々、鎌吉のHPが回復されてゆく。“コマ”と呼ばれる大女は施療神官のようだ。
「…ちょっと…回復は後回しで良いから<キュア>を!尻軽神祇官の<萬歩>でもよいけど…つーかこの蛇の大将に戦闘解除をするよう説得してよ!死ぬ!死ぬ!私が死ぬ!」
右手の切断部から血を流し徐々にHP が減少する八郎は拾壱子と雪崩を睨みつけ“コマ”に懇願する。
拾壱子は親指で首を掻き斬るジェスチャーをしながら薄ら笑みを浮かべ、雪崩は『敗北』を認めないと云わんばかりに仁王立ちで八郎に殺気を放つ。
そんな二人に歩み寄りながら<キュア>を八郎に投射し、<ダザネックの魔法の鞄>から極大の十手を取り出したかと思うと拾壱子と雪崩を次々に薙ぎ払う。
「おう手前ら!負けは負けだろうが!親分と『俺』…<侠刃>の看板に泥塗るつもりか?クッソみっとも無ぇ!“なぁ”は背後獲られた時点で負け認めろ!イチコは胸のデカさで負け…痛っ!痛い!親分痛い!」
十手でぶん殴られ<気絶>のBS を付与され白眼を剥き地に伏した二人に説教を始めた大女“コマ”のむこう脛を杖のようなモノで小突く150㎝あるかなしかの薄汚い身なりの“親分”と呼ばれるドワーフ。
<キュア>で流血のBSが解除されやっと出血が止まり雪崩が戦闘状態を解除したことでHPが無為に削られその場にへたりこむ八郎。
「…アレ?なんかおかしくない?」
サブ職<剣狂>の特技を発動すると戦闘後、HPが削られるのは今に始まった事ではない。
低レベルノーマルモンスターや冒険者相手でも1体(1人)につき100は削られるのである大災害以降、戦闘時に<剣狂>の特技を雪崩と対峙するまで敢えて使わずにいたのだが…。
攻撃で受けたダメージと違い一気に血の気が引く感じと、一対一で戦った筈なのに戦闘状態解除後に削られたHPは600、八郎が不思議がるのも無理はない本来はPVPで削れるHPは100なのだが雪崩の場合サブ職<鬼人>の関係でパーティーランクモンスターと同じ扱いとなり600削れたのだった。
そんな事は露とも知らない八郎の後頭部目掛けてHP回復の<霊薬> の束が飛んで来る。
「痛い!」
「よう、ハチ公。何年振りだ?結婚したらしいが相変わらずバカ歴女で“永遠の26歳”か?」
飛んで来た<霊薬>は尽く八郎に直撃、投げつけた張本人、所謂“乞食”じみた格好をしたドワーフの<武士>は親しげ?に八郎の元へと近付いて来る。
そんな彼を怪訝そうに見やる八郎。
「…初対面の“オコモ”さんに渋谷の泥棒犬呼ばわりされる憶えはないんだけど…“ケー・ワイ・イコール・ミツ”?…誰よあんた?」
投げ付けられた<霊薬>をちゃっかり、しっかり使い、再生した右手に<斬刹龍>を持ち変え警戒する八郎だが、『声』に何処かで聞き覚えがあるような…っと思わなくもない。
「…そう警戒すんなよ、ハチ公。ったく大介め!本当に何にもお前に教えてなかったみてぇだな…。おい!昔、<海洋機構>に居た狼牙族で<暗殺者>のサブ職<鍛冶屋>覚えてるか?」
「?<海洋機構>…の…狼牙族で…暗殺者の…鍛冶屋…っでヴィシャスを本名で呼び捨て…まさか……。」
思い当たる節があるらしい八郎は<侠刃>親分KY=ミツをマジマジと見るとその後ろで明らかに『やり取りがくどい、長い!』を眼で訴える義理の妹と眼が合う。
義妹の眼力に圧倒され言葉を切り眼を逸らすと逸らした先で鎌吉が“巻いてください。”っとデカイ身体を目一杯使ってジェスチャーで訴えようとしていた…。
(デジャヴかしら…直近で同じような事があったような…。)
話を少し過去に遡る。
-乱戦に乱入する前-
[“火仙”兼定]の謂れを一通り云い終わらせ足元の戦闘を覗き見る八郎は少し考えた後、唐突に義妹と鎌吉に声を掛ける。
「よし、決めた!あの<侠刃>の道仁と雪崩だっけ?あの2人ぶちのめして連中を仲間にするよ!!」
「「はぁ???」」
余りに唐突な提案?に間の抜けた声を発する2人。
「お義姉ちゃん馬鹿なの?なんで<侠刃>と喧嘩する…道仁さんと雪崩さんぶちのめすって発想になるのよ?助っ人して事情話して戦闘班だけでもアキバまでの同行してもらうなら解るけど!」
義姉の発想に着いて行けず異を唱える義妹。そんなランエボを可哀想な娘を見るような眼で見つめる八郎。
「あんた、賢いようでこういう駆引きはからっきしよね?…あのさっ、勝ち戦に加勢したってなんの利も産まないのよ?あんたや鎌吉がゲームの頃から知り合いだからって『こんな状況』で簡単にアキバまで同行してくれるワケがない!」
「…だからって!」
「だからこそですか?…先生?」
今にも姉妹喧嘩を始めそうな勢いで噛み付くランエボの言葉を遮る鎌吉。
八郎が腹に一物あるのを察したようで煙管を左手でクルクル回しながら思案する。
「だからこそだ鎌吉。まぁ、ランエボ落ち着いて話を聞いてよ。私達が彼奴等をただ負かしても“利”には為らないし、勝ったから私の云うことに従えって云って聞くタマじゃないでしょ彼奴等…そんな事したら現在より状況が悪化しかねない…。そこでランエボあんたの出番。」
八郎が真意を語る。
先ず、助太刀するには既に戦局は決した。ここから観る戦闘と、鎌吉、ランエボの語るゲーム時代の彼等の性格などから察するに言葉より拳で語る方が理解する連中らしい。
…らしいのだが、彼等に勝った処で『ハイそうですか!』っと従うほど単純でも無いようだ。
では、彼等を負かし此方の云う事を聞かせるにはどうするか?
「…何よ、私が親分さんの処に行ってお義姉ちゃん達が勝ったら道仁さん達を仲間にする事を認めてもらうよう交渉しろと?」
だいたいの話は飲み込めた、ゲーム時代からギルド<侠刃>とまともな交流がありギルマスとも親交があるのはランエボだけだ。だから交渉役を押し付けられたのは解るが義姉の云うことには“粗”が有りすぎる、自分達が『負けた』場合の事、何の理由も無く喧嘩を仕掛ける事。突っ込めば幾らでも出てくる。
「まぁ、あんたの事だから私の言い分は“粗”だらけだと思ってるでしょ?」
事も無げに言う八郎と二人のやり取りを煙管をクルクル回しながら黙って聞く鎌吉。
「うん!ツッコミ処満載。」
義妹はにこやかに吐き捨てるが眼は全く笑っていない。そんな冷ややかな視線は無視し鎌吉に足下で乱闘騒ぎを起こしているギルドやその中でソレナリに名の通った冒険者の情報を彼が知る得るだけ全て引き出し思案する。
「なるほどね~♪あの盗剣士のエルフが音頭とって踊らせてる訳か…。」
「そうですね…ただ、あの人にしろギルマスの怒門さんにしろアレだけの数を従わせるだけの求心力ってのは無いですね!断言します!こんなゲームだか、異世界だか解らない世界に迷いこんだだけでイキナリ『カリスマ』になれるなら僕、今頃ハーレムキングですよ!酒池肉林!おっ…ギニャー!」
最期まで云い終える事無く顔面にグーパンを喰らう鎌吉。
「鎌吉くん、じゃあ他の誰か…しかもソレナリに求心力だかネームバリューのある人が黒幕に居るって感じ?」
義姉の拳をくらい鼻を押さえる鎌吉に質問するランエボ、義姉が此方の質問を無視している事に立腹しているがそれよりも鎌吉の云っている事が気になる。
「…多分、そうでしょうね。彼処で徒党組んでる人達はお見受けするにプレイ歴のそれなりに長い人から一年未満の人まで雑多です。ギルドタグ付には一癖も二癖もある方が居ますし…そんな人達が“カタチ”はどうであれ張さんや怒門さんに従うとは思えない。それに…」
「「それに?」」
「あの中にピエロのマスク被った<Dirlewanger>って連中が居るじゃないですか?あのギルドはゲーム時代からPK やloot行為を専門としてるちょっとヤバイ系なんですよ…そんで<NKS24鬼衆>とは仲が悪い…、ギルメンは居るのにギルマスがあの場に居ない…。どうにも解せない。」
らしくないくらい眉間に皺を寄せ口をへの字に結ぶ鎌吉。ゲーム時代からギルマス同士は不仲ではあるが張と<Dirlewanger>ギルマスTHE:M に交流がある事を彼は知らない。
「それも踏まえてあの連中のボスは<NKS24鬼衆>ってのじゃなく他の誰かって云いたいわけだね?で?<侠刃>の連中はそれを知ってる?知らない?」
「…恐らく知らないと思います。」
八郎の質問に曖昧な返答をする鎌吉だが、現状況で<侠刃>がその辺りに気付いているのかなど彼に知るよしも無ければ判断材料すらない。
そこは“黒幕”が居る事を知らないと仮定して思案を固める八郎。
上から眺める戦況とエロ…もとい種族エルフの為か若干、八郎、ランエボより耳が良い鎌吉が聞き取れる足下の会話を総合するに<侠刃>戦闘班の勝利はほぼ確定だろう、なので雲というか煙に擬態出来る鎌吉の“煙羅煙羅”に八郎、鎌吉が騎乗し乱闘を繰り広げている彼らに気付かれず且つ会話がある程度聞き取れる位の高さで待機、頃合いを見計らって張達の黒幕を名乗り乱入し<侠刃>戦闘班“蛇”と“猫”を1対1の勝負に持ち込み勝利する。
その間にランエボは帰還魔法でナカスに戻り<侠刃>ギルドマスターと交渉しアキバ帰還の全面バックアップを取り付ける。
…っと云うのが八郎の描いた絵図である。
「因みに鎌吉、“猫”の方はあんたに任すけど“素手“で倒しな。」
「え?!」
「で…ラン…静香、交渉はあんたに全て任す、この面子で一番<侠刃>と親しいのはあんただけなのよ。上手い事立ち回って。」
「…。」
2人はジト目で八郎を見やる。予想通りの反応だが気にせず続ける。
「鎌吉、あんたはこの短期間でLV90まで達するだけの度胸と戦闘のセンスがある。高々1つ2つレベルが上の相手ならそれくらいのハンデ付けてもお釣りが来る位には強い。だから勝て!
で、静香、こんなふざけた状況で私が一番信用出来るのは親族のあんただけなの、あんただから交渉を任せるのそれに、血が繋がってなくてもあんたは私の大事な“妹”なの無駄な争い事に巻き込みたくないの。」
八郎の眼は笑っていない、真剣そのものだという事は2人にも理解出来た。
なので鎌吉は無言でアップを始め、[煙羅煙羅の煙管]を咥える。
なのでランエボはフレンドリストを開き<侠刃>でも親しいメンバーに連絡を付ける。
八郎は小さな声で「ありがとう」と呟く。正直な話、ランエボに関しては大丈夫だろうと踏んでいる、問題があるとすれば“自分”だろうと八郎は思っている。3人の中で一番戦闘での動きがギコチナイのは彼女なのだ、モンスター相手ならそれでもなんとかなったが、今度の相手は冒険者…明かに武道や格闘技を現実でやっていてその動きを短期間で再現出来る連中だ、明かに分が悪い。
だが、生来の捻くれ者である凪野冴子は分の悪い勝負ほど燃える。
(はっはっは…自称“チープスリル・ジャンキー”はこんな馬鹿げた状況でも健在か…我ながら呆れて物も云えないわ…。)
「さて、皆さんハラが決まったなら実行に移しますか!鎌吉、“煙羅煙羅”呼び出して!ランエボは私らが動いたら帰還魔法で…。」
「先生!ちょっと、良いですか?」
鎌吉が言葉を遮り、地味にその場でスっ転ぶ八郎。
「…ナニよ鎌!まだ煮え切らないの?」
「いえ!そうじゃなくランエボちゃんにお願いが…。」
「?私にお願い?」
唐突に名指しされキョトンとするランエボに笑顔で首を縦に振る鎌吉。
「ランエボちゃん、ナカスに戻るのはギリギリまで待ってもらえますか?」
「?どういう事よ鎌?」
「ちょっとした保険です。あの辺りを見張ってて貰えますか?もしかすると派手な暗殺者…<|Dirlewanger>のギルマスが潜んでるかも知れないので、あと居たら居たでそいつの行動を先生か僕に念話で連絡お願いします、ナカスに戻って交渉するのはその後からでも充分間に合いますよ。」
要領を得ないが先ほどから妙に<Dirlewanger>ギルマスの動静を気にする鎌吉、ゲーム時代からナカスの状況を知る鎌吉ことキティー・ホークの言であるから義姉妹は素直に従う。
「じゃぁ!改めて!行くよ!」
「「はい!」」
鎌吉が召喚した“煙羅煙羅”と共に夜空の闇に溶け込む八郎と鎌吉、そして身を潜め鎌吉が推測した場所を注視するランエボ。




