14話:中洲与太郎狂騒曲
今回、分量少な目。話は全く進んでおりません。
女<武士>伊庭八郎は懐から煙管を取り出すと道仁の間合いから一旦飛び退がる。
それとほぼ同時に八郎の居た場所に強烈な左ストレートが飛んで来た。
「お~怖い怖い…真鍋○治の描く虎男と同じくらい短気で無粋だねぇ道仁さん。ギルドのNO.2でこの場の指揮官がそんな猪武者で務まるってんだからナカスくんだりのギルドなんてやっぱタカが知れてたかしらん?」
明かに挑発している。
道仁は無言でステップを踏みデトロイドスタイルからフリッカージャブを繰り出すが八郎の顔を狙った一撃は『伊庭八郎』一の子分を自称するキティー・ホークの蹴りで軌道をズラされ虚しく空を切る。
「テメェ、“艦小僧”なんの真似だコラァ?ボンほど俺ぁ優しくねぇぞ?」
云うが速いか道仁のフリッカージャブが鞭のようにキティー・ホークを襲うが下から伸びきった肘を蹴り上げられ矢張り、彼にも当たらない。
「道仁さん、あなた方だけがこの世界での戦闘に慣れてる訳じゃ無いですよ。それと、僕はキティー・ホーク。
いい加減、“艦○れ”もどきな渾名止めてくださいよ?」
呆れ顔で頭を掻くキティー・ホーク、其処へ投擲武器のカードが彼の喉元目掛けて飛んで来るがそれも織り込み済みと云わんばかりに少しの体移動で回避する。
「ミキオさん、僕にしても先生にしても“穏便に”話を済ませたいのですが?それに回復職のあのボケナスより弱い貴男方が僕や先生に勝てる訳無いじゃないですか?」
「てめぇ!!」
その言い草に逆上した兎原華院がキティー・ホークに詰め寄ろうとするのを雪崩が静止する。
「…お前じゃ勝てんど。」
「なっ?!おい!なーさん!幾らあんたでも…ってLV90?!たしかアイツ…。」
雪崩の言葉が火に油を注ぐ事に成り掛けたが、改めてキティー・ホークに表示されたLVを見ると90になっていた。
兎原華院の知る<大災害>前の彼のLVは84か85くらいだった…、つまり<大災害>後の短期間で5~6、レベルUPしている事になる。ゲーム時代ならそれくらいは可能だろう、しかし現実化したこのゲームのような異世界でメイン職のレベルを5~6も上げるのは容易ではない。
本来なら経験点の得られるレベル帯のモンスターを倒すのは簡単であったが現実化したこの世界ではコントローラーやキーボードやタッチパネルをピコピコさせていればモンスターが倒せる訳では無い、自身の身体を使って武器を振るい戦わなければモンスターは倒せない。いざ、経験点の得られるレベル帯のモンスターと対峙すれば体感レベルは例え経験点の得られる最低ラインの5レベル下のモンスターでも倍以上。視覚的恐怖など個人差はあれどディスプレイ越しに観るそれの比では無い。
下手な説明を重ねるより単純に云えば『<大災害>後の短期間で1~2レベルを上げるのは至難の業で5~6上げるなんてキ○ガイの所業』なのである。
「流石!雪崩さん、しっかり見てらっしゃる。そいぎんたぁお座りでやっと90なんですけどね。」
道仁のフリッカージャブをのらくら避けつつ雪崩に向かって手を振るキティー・ホーク、明かに対人戦にも慣れている。
寧ろ慣れすぎて気持ち悪いレベルだ。
何故こんなにもこちらの身体能力に順応しているのか?…はここでは敢えて伏せておく。
「このガキ、のらくら避けやがって!」
「いやいや、道仁さん話ば聞いてくださいよ~。」
<大災害>以降数々のモンスターを屠り、そして今日この場だけでも多数の冒険者を一撃で沈めた道仁自慢の拳はキティー・ホーク相手に掠りもしない。
どころか、蹴りや掌底でパンチの軌道をズラされる始末。
「あの坊やってさぁ、よくボンに喧嘩売ってた<暗殺者>のエルフでしょ?っで?なんで引退した筈の“黒剣”の“羅刹女”と一緒なのよ?」
伊庭八郎とキティー・ホークの組み合わせ、この騒動の黒幕発言、その他諸々が釈然としない様子の拾壱子は眉間に皺を寄せる。
「“黒剣”の伊庭八ってあれやん、ランエボちゃんのお姉さんやなかったっけ?ん?あれ…??」
自身の行動範囲で出会すプレイヤー以外は余り興味の無い迅華からするとこの程度の認識である。
そんな彼女が突然、アタフタしだし左耳に手を当てる。
『親分、どうしたと?うん…居るよ?今、ミットさんおちょくっとるよ?うん?はぁ?何て?いっちゃんとミキオにも伝えろって…何でね?……うん分かった…。そうやって伝えればよかね…うん…って親分?親分?』
「……もう!なんでこげんいい加減なっちゃか!」
栗鼠のように頬をぷんぷくりんに膨らませ憤る迅華、明らかにご機嫌斜めな彼女に恐る恐る言葉を掛けるのは拾壱子。
「は…華ちゃん?親分はなんだって?」
「あん、親分はほんなごつっっっ…主語がいっつも抜けとう!もう私しらん!!いっちゃんとミキオと私は手ぇ出すなって!おいさん来るけんそれまでにミットさんとナーさんでケリ付けとけやって!もう!なんなって!!」
そう叫ぶとぷいっと、明後日の方向に顔を向けて、ぶつぶつとギルマスに対しての不満を呟く迅華、こうなっては暫く帰って来ない事を周知している兎原華院と雪崩が顔を見合わせる。
「…だ、そうだ。なーさん、何がどうなってんのかさっぱりだが、道っつあんが“艦小僧”の相手してっからアンタは“自称黒幕”のあの姐さんの相手らしい…。華ちゃん!親分は生け捕りとは云ってねーんだろ?」
一応の確認をとる兎原華院の脳天に錫杖が叩きつけられる。
「痛っ!」
不意の一撃に頭を抱え込んでその場に座り込む兎原華院。
「そこまで知らん!“ケリ付けろ”としか云いよらんけん、ナーさんの勝手にしぃ!次いでミキオはせからしい!」
「んな理不尽な…。」
錫杖で打ち据えられた頭部を押さえ半ば涙目の兎原華院…。
「“黒剣”ん伊庭八っ云ったら、“小僧”とサブ職ん同じじゃったな…。」
道仁と同等の巨躯をのそりと揺らし女<武士>伊庭八郎の前に歩み寄る雪崩。
煙管を咥え愛刀[銘:大和守安定] の下緒を襷掛けにし袴の股立ちを取り何時でも“死合う”準備は出来ていると云わんばかりに抜刀の構えを見せる八郎。
「ねぇ?雪崩さん?だっけ?あんたはあっちの虎男みたいに問答無用で仕掛けて来ないの?なんか私らに質問したい事とか無いの?私らの目的とかさぁ~?ねぇ?ねぇ?なんか無いのぉ~?口数少ないけど、それ“カッコイイ”とか思ってるぅ~?」
「…うぜらし(うるさい)、姐さんじゃ…。」
龍頭を模したフルフェイスの兜[鋼鉄龍の兜]で表情は読み取れないが心底、面倒臭そうに呟く雪崩。
それもお構い無しに更に質問攻めを始める、八郎流の挑発行為とでもいうべきか。
「ねぇ?お兄さん?あんたのアレ、“蜻蛉の『構え』”でしょ?って事は何?喋り方からして薩摩の芋侍?
それともタダのなんちゃって薩摩○波?おっとそれだと焼酎か!薩摩隼人だったか?ナニその人名っぽいの?なんつーかアレよね?
剣技にもお国柄が出てるっていうか、“二ノ太刀不要”だっけ?一撃必殺重んじてるみたいだけど、それって既に、“技”でも、“術”でもないよね?ただの突撃なら赤ん坊でも出来るじゃございませんこと?」
「…うぜらしか」
「え?なに?ちょっと…いやいや全然通じないだけど?それ日本語?阿蘇から以南に土着してる連中は皆、蛮族だって何処かの史家のテンテーが仰られてたけど、現在なら納得だわぁ~!“南海の蛮族シマンズ”はちゃっちゃと関ヶ原にでも行って10万vs1千数百で殺し合いでもやったら?」
口先から生まれたかの如くベラベラと…っと云うよりは限りなく棒読みに近い口調で質問と云うより罵詈雑言を正に垂れ流すかの如く口の端から発する八郎。
先ほどから肩の辺りを小刻みに震わせていた雪崩はおもむろに担いでいた蛮刀[虎殺し]を天高く突き上げる。
「ガンタレがっ…」 トンッ…
それは一瞬の出来事だった、間合いの外で散々雪崩をこき下ろしていた八郎が何時の間にか蜻蛉の姿勢をとらんとしていた雪崩の懐深く潜り込み右脇腹に[銘:大和守安定] の柄頭が軽く当てているではないか。
虚を突かれ一瞬置かれた状況が理解出来なかった雪崩だったが「はっ」っと気付くと慌てて八郎の間合いの外へと飛び下がる。
「っハン!薬丸自顕流の“蜻蛉”なんて大したことないわね。聞くと観るとじゃ大違いだ!
あんた、こんなゲームの設定引き摺ってるような世界で命拾いしたね。現実で本身使った“死合い”なら今ので逆袈裟斬り上げられて臓物が踊ってるだろうね。」
そう吐き捨てると改めて抜刀の構えを取る八郎。
後方に飛び退き間合いをとる雪崩はその言葉に激昂しているのか、構えらしい構えも取らず肩をわなわなと震わせ、蛮刀[虎殺し]を握る右手から血が滲んでいる。
■
「ったく…、昔と変わらないね…あの女ゴリラは。
なーちんも道っちょんも術中に嵌まってからに、本来の目的見失ってアイツラのペースじゃん。」
右手で頭を抱え半目で良いようにあしらわれる道仁と雪崩を交互に睨み付ける拾壱子、そんな彼女の言葉が妙に引っ掛かり迅華が質問する。
「いっちゃんはランエボちゃんのお姉ちゃんの事を知っとうと?」
「あ~華ちゃんは知らないんだっけ?私この面子だと<エルダー・テイル>のプレイ歴一番長いのよ。んで、むか~しはさっ、ミナミの大手戦闘系でブイブイ云わせてた時期があってねぇ。
その頃にあのゴリラ雌が所属してた<黒剣騎士>〉…あの頃はギルド名違ってたわね…とよく大規模戦闘の先陣争いをやってた訳よ。あっちは私の事を覚えて無いみたいだけど、こっちは忘れるか!」
某かの因縁があるのか、忌々し気に八郎を睨み付ける拾壱子。
「今時『ブイブイ云わせた』とか自分で云わないぜ?それにミナミの大手って云ったら<ハウリング>かい?イチコちゃん?」
ニヤリと笑いながら茶々を入れる兎原華院。
「はいはい、じゃあ『“それなりに”やり込んでました。昔は廃人でした』っでよいかい?っで、あんたも私が元<ハウリング>って知らなかったっけ?ミキオ?」
煩わしげに対応する拾壱子、よくよく考えると自身が昔、関西最強と云われミナミを拠点とする大手戦闘系ギルド<ハウリング>に籍を置いていた事を知る者が<侠刃>の中でも僅かだと云う事に気が付く。
(道っちょんとボンくらいか…戦闘班で知ってるの…なーちんや華ちゃんはその辺り頓着しないし、まぁ隠してたつもりも無いけどねぇ~。)
■
自慢のフリッカージャブを尽く回避され怒りで眼を血走らせる道仁、頭が煮え攻撃が単調になった隙を突き大振りになった左に合わせカウンター気味に下顎へ掌打を撃ち込むキティー・ホーク。
掌打は的確に道仁の下顎を捉え脳を揺さぶり三半規管を麻痺させた…。
…かに思えたが多少のダメージを与えただけで<昏倒>や<麻痺>のBSは付与されず、道仁から反撃のショートフックを貰い吹き飛ぶキティー・ホーク。
「…ッチ…賢しいなぁ、てめぇ…大袈裟に吹き飛びやがって!大したダメージにゃなってねぇだろう!」
「いやいや、そっちこそなんで顎に撃ち込んだのに脚に来ないんです?おっかしいなぁ…大抵コレで動き止められるのに…。」
双方が手応えの無さや違和感に訝しがる。
キティー・ホークは大災害直後、自分にPKを行った冒険者に対して後日意趣返しをした時、色々と人体実験じみた事をしていた。
現実世界の人体では急所と呼ばれる部位とそうでない部位に同じ攻撃をしてダメージ量の異差を測ったり、下顎やコメカミを殴打し脳を揺らす事で一時的でも相手を<昏倒>させたり行動不能に出来るかを試したりもした。
結果から云えば、急所と呼ばれる部位に当たればクリティカルヒットとして通常より深刻なダメージも与えられるし、下顎やコメカミを殴打すれば一時的とはいえ<昏倒>のBSが付与され相手が行動不能になる事は立証した。
だが、道仁にはそれが通じなかった、『何故?』っと考えつつ崩れた体勢を元に戻し道仁の必殺の間合いから脱するキティー・ホーク。
(…そう云えば猫人と対峙するのはこうなってから初めてか、他の七種族に比べて四足動物に骨格形成が近いから頭部への攻撃には耐性が高いと見るべきかな?でないと防御系の特技も使って無いのに脚に来ないって説明が付かないよなぁ…。)
道仁は大災害後、本格的な対人戦は今日が初であるがキティー・ホークのようにそれなりにこの高性能な冒険者の身体能力を使いこなせている冒険者とは対戦していない。怒門も動ける方ではあったが動き自体はゲーム時代のモーションを若干アレンジしている程度で『使いこなせている』とは云いがたかった、他の冒険者に至っては『高性能な冒険者の身体能力』に精神も身体も振り回されている感が否めず、高性能な身体能力に酔いしれその能力に見合うだけの研鑽を怠った連中ばかりだった。
しかし、現在目の前で対峙している青瓢箪のような痩せぎすのエルフは違った、こんな異世界だかゲームの世界だか判然としない世界で分不相応で高性能な身体能力に溺れもせず今日まで高性能な身体能力を使いこなせるように日々研鑽したのであろう体裁きに思わず道仁から武者震いと何故か笑みが零れる。
(きっきっき…おもしれぇ…実におもしれぇ…こんな分不相応な暴力を手に入れて溺れず驕らず、使いこなせるよう研鑽している馬鹿が雪崩以外にも居やがるかよ?しかも拳が当たった瞬間にワザと身体の吹っ飛ばしてダメージを軽減させた?きっきっき…漫画の読み過ぎなマネしくさる。怒門よりも楽しませてくれるか?“艦小僧”よう?)
先ほどまで怒りで頭が煮えていた道仁は冷静さを取り戻しその場で軽くステップを踏む。
(あぁ~…道仁さんの顔つきが変わっちゃったよ…ヤバイね本気出されると流石に勝てない、負けると先生にナニされるか分かったもんじゃない…。)
自身の動きが相手を本気にさせた(?)事に感づき内心冷汗塗れだがそれは表情にも動きにも出さず終始ゲーム時代同様の構えをとりヘラヘラと笑ってみせるキティー・ホーク。
そんな時だ…。
「ミットさんとナーさん!!てれ~っとしとらんでさっさとケリ着けりぃよ!親分来るまでにケリ着けんと私が説教されるんやけんね!!分かっとうと?」
少し離れた所に屯する<侠刃>戦闘班残り3人の1人狐尾族の<妖術師>迅華がやけっぱち気味に怒鳴る。
その言葉を聞き改めて殺気を漲らせる<侠刃>戦闘班の“蛇”と“猫”は「「応!」」っと息ぴったりに返答する。
サブタイトルの元ネタが分からない人はお父さんとお母さんに聞いてください。




