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理想世界の想像者  作者: 夜兎守
プロローグ【The beginning of beginning 】
4/71

夜闇に射す希望の光

 暗がりが差し込む人通りの少ない廃れた路上。


 そこに一人でうずくまっていた。


 あれからすでに二週間。最初の内はまともな生活が出来ていたものの、その生活はいつまでも続くわけがない。

 いくら名家出身といえども、所詮は十歳の子供が個人で持ち得る金額。


水分、栄養素を取り入れるための食費、銭湯で身体の汚れを落とすための入浴費、寝床の確保など、当たり前の事だけども支出はかさばる一方。


 次第に日が経つにつれ、持っていた金銭は目にみえて減っていき、遂に底を突いてしまった。


 完全に詰みの状態。もうどうすることもできない。

 当然、食事にもありつけなければ、寝床にもありつけるあてもない。陽が完全に沈み、闇夜が近付いて来ていることを報せるが、一文無しでは何もすることもできない。


 故にオレは何をするでもなく、ただうずくまっていた。


「ねぇ、そこの君。どうしたの?」


 不意に頭上から声が聞こえた。


 このような廃れた場所でも通る人はわずかながらも居るものだ。今、オレに声をかけてきた人以外にも、これまで通った人、声をかけてきた人は数人いた。


 声をかけてくる人は定形に問うてくる。皆、同じように「どうしたの?」と。


 その人達の瞳に宿っていたのは、好奇心であったり同情、憐み。中には嘲笑う者まで居た。反応は人によってそれぞれ。


 でもどの人の時も思ったことがある。


 ――煩わしい。いちいちくだらない感情を向けてくるくらいなら、今すぐにどこかに行って欲しい。


 毎度のようにそんなことを思いながら、ゆっくりと顔を上げて声の主を見る。


 見上げた視線の先。そこには一人の女性が立っていた。

 容姿は辺りが暗いせいでよく見えない。それでも性別が判断できたのは、起伏のある輪郭が女性特有のものであったからだ。


 女性はうずくまっているオレに目線を合わせるようにしゃがみ込み、確かめるように訊ねてくる。


「君はこんな所でうずくまって何してるの?」

「……別に、何も…………」


 心身共に弱り切っていたオレは、ギリギリ聞き取れるだろう声量で答える。


 飲まず食わずに十分な睡眠もとっていない。

 寝れば嫌なことを思い出す。『欠陥品』、『無能』、悪夢にも等しい言葉の渦がこだまする。


 そのような状態ではこれが今の限界だった。


「家には帰らないの?」


 この女性は暗くなっている関わらず、人通りの少ない道でうずくまっているオレを見て疑問に思ったに違いない。


 それは当然の疑問だ。こんな所で子供がたった一人でいる方がどうかしている。時間も時間だし、尚更だ。


 でも、それはこの女性にとっての思考であり、事情。オレには関係ない。


 オレはいつものように相手の瞳を見た。この女性がどんな感情を持って自分に声をかけているのかを見るために。ゆっくりと視線を合わせた。


 どうせこれまでと同じだろう。そう感じつつ見ていたのだが、夜の暗さのせいでよく見取れなかった。

 もともと暗がりのある場所に加えて、陽が落ちているのだ。廃れた路上にはわずかな光しか届かない。


 これじゃ、判別が出来ない。そう思った時。


 空を占める雲に亀裂がはしり、雲間から月光が夜を照らす。

 一気に明るくなる暗闇の世界。オレは静かに息を飲んだ。


 目の前に照らし出されたのは一人の女性の姿。年齢は見た目からしてまだ十六、七。

 僅かな月光でさえ反射してキラキラと輝くのは白銀の髪。相乗的に輝く綺麗な琥珀色の瞳は全てを魅了する美しさを持っている。

 それは今まで見たことのない程にとても神秘的なものだった。日本人では非常に珍しい容姿をしている。もしかしたら、日本人ではないのかもしれない。

 ちなみに顔は目を張るほどの美人。プロポーションについては出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。男なら誰もが目が釘付けになり、女なら誰もが羨み嫉妬に狂うであろう体つき。

 一度見たらきっと忘れられないことだろう。


 そんな女性の感情を読み取るべく、彼女の瞳に視線を寄せる。内側に秘めているのは好奇心であるのか。はたまた同情や憐み、嘲笑なのか。


 答えを得るための一種の儀式のようなものになっていることに内心で乾いた笑いをもらす。


 クリアになった視線のその先。そこであることに気付いてしまう。


 これまでの人たちとの隔絶された大きな違い。それはこの女性の瞳には、これまでの人と違って好奇心や同情、憐れみ、嘲りといったものが一切含まれていない事。


 その瞳の奥から見てとれるのは、純粋に心からオレを心配していることだけだった。


 この二週間の中で初めてのことである。


 数秒の間、答えるか答えまいか迷ったが、結局オレは事実を一言で伝えた。


「……もう、帰れない…………」


 その事実を言葉にした瞬間、なぜかオレの頬が濡れていた。

 なんだろう、と手で頬に触れる。手についていたのは、どこまでも透明な雫。


 考えなくてもそれが何なのか悟った。答えは単純。これまで出てくる事のなかった涙が溢れ出し、頬を濡らしていたのだ。


 今更になってこんなにも涙が溢れてくるか自分にも理解できなかった。


「どうして?」


 女性はそれだけでは全て理解出来ないようで事情を聞こうとしてくる。

 一度堰を切ってしまえば、もう止まることはなくなっていた。オレは聞かれたことに答える。


「……家を追い出されたから……魔法の使えない欠陥品はいらないって…………」

「……そうなの」


 あの時に浴びせられた言葉を思いだし、流れる涙の量が増す。


 少ししてその理由が分かった気がした。

 オレ自身、自分が捨てられたこと事態はしっかりと頭で理解していた。だけど、頭にに感情が着いていかなかったのだ。


 そこにこの人が自分に向けてきた純粋な感情。それに加えて、改めて事実を言葉にしたことにより決壊してしまったんだと思う。


「つまり君は帰る場所が無いってことか」


 あまりにもストレートに傷口を抉る言葉に、黙って涙を流していることしか出来ない。


 にも関わらず。女性は両の手のひらを合わせパンと1つ手を鳴らすと、優しい声音で言った。


「よし!それなら私の所においで」

「……えっ?」


 言われた事が理解出来ず、小さく声を上げた。女性は優しい表情を浮かべ、もう一度言った。


「私の所においでって言ったの。私には分かる。君は欠陥品なんかじゃない。君には誰にも負けない才能がある。だから私が君を導いてあげる」


 オレが欠陥品じゃない……?

 誰にも負けない才能がある……?

 何言ってるんだこの人。才能が無いから追い出されたというのに、そんなものあるはずない。


 だが、これまで否定され続けてきた自分にとって、先の言葉には心が幾分か軽くなったように感じられるのもまた事実。


「……本当にいいんですか?」


 現在絶望の底に立っている自分にとっては、この女性の言葉は希望の光にすら感じられるものだ。

 この情況から救ってもらえた上に、導いてもらえたらどんなにいいことだろうか。


 女性は微笑みながら立ち上がり、オレに向かってそっと手を差し出した。まるで決して抜け出せなぬ暗闇の中を照らす、救いの女神のように。


「えぇ、もちろん。私の名前は東雲朱里しののめあかり。君は? 」


 白銀の女性――朱里が自己紹介を求めてきた。

 向けられる優し気な瞳。差し出される手。そこには温かみがあった。


 オレは朱里の手を取り、立ち上がる。


 それから名の方だけ名乗った。


「恭弥です」

「フルネームは?」


 いつもなら聞かれても困らないのが当たり前だったが、今のオレにはとても困る質問だった。なにしろ天月の名は剥奪されている。つまり現在のオレには姓が無いのだ。


 少し考えた後に、正直に打ち明けた。


「今は家名ががありません」

「そっか……じゃあ、今日からは東雲・・恭弥、ね?」


 告げられる新たな名前。優しく微笑みかけられ、新しい名前を貰ったことがオレは嬉しくて、オレは泣いていたとは思えないほど元気よく「はいっ」と返すことができた。


「それじゃあ、行こうか」

「どこにですか?」


 朱里に行き先を尋ねると返ってきたのは予想外の答えが返ってきた。


「アメリカよ。あっちに私の別荘があるから、そこで特別な修行するの」


 そこで修行すれば変わることが出来る。こちらに残る事に未練が無いと言えば嘘になるが、それでもオレは変わりたかった。


「本当に変われますか?」


 救いの手を差し伸べてくれている朱里の言葉を信じない訳ではない。

 それでもこれまでの自分を振り替えってみるも、才能なんてこの膨大な魔力以外には欠片も心当たりが無かった。


 だけどその才能は役に立たない。魔法が使えないのに魔力だけあっても、まったく無意味だ。それ以外の才能がオレの中に無ければ、おそらくオレは今のままで変われないだろう。


 しかし、朱里はそれを裏切り、


「もちろん!まぁ、自分の中にある可能性を見つけられればだけどね♪」


 一つウインクをしながら、試すような口調で言ってきた。その言葉に力強く答える。


「それで変われるなら絶対に見つけてみせます」


 その宣言をしてから、自分の何かが変わったような気がした。出会いから始まる確かな変化。



 ――――ずっと昔から心の中に降っていた雨はようやく止んだ。



 ――――この人がオレに希望の光をくれたから。



 ――――オレは前に向かって進むと決めた。



 ――――自分の中に本当に可能性があるなら。



 新たな決意をしたオレは、頭を下げ、大きな声で意思表示をした。


「これからよろしくお願いします!」

「えぇ、こちらこそ」


 朱里はそんなオレに対して誰もが見惚れるような笑顔を見せて歩き出す。オレも救ってくれた恩人の背中を追い、歩き出した。


 夜空を照らす月明かりは、二人の影を濃く映し出す。


 廃れた路上でのささやかな出会い。


 ここが本当の全ての始まり。


 ここから全ての物語が動き出した。


 そして、多くの運命が重なりあい、大きく未来を変えていく。

 

 その行き着く先はまだ誰も知らない。




これにてプロローグは終了!

次話からは第1章に入ります!

題目は【Unexpected encounter】

日本語に直訳して『予期せぬ邂逅』って感じです!

それではそれではまた次のお話で会いましょう(*^^*)


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