姉
初ブックマーク確認!
オリジナルながらも稚拙なテンプレ小説にブックマークがついて嬉しいです!
嬉しさあまりに連続投稿(σ≧▽≦)σ
「これで最後、かな」
何気なくそう呟いたところでコンコン、と控えめなノックが静かな部屋に響く。
「どうぞ」
ノックの音に対し、反射的に短く応じた。
一向に扉は開かれる気配がない。声が小さくて聞こえなかったのだろうか。 そう思い、自分から近付き扉を開けた。扉を開けたその先。
そこに居たのは、艶のある紅蓮色の髪と煌めく紅の双眸を持つ少女。オレより一つ歳上であり、自慢の姉でもある凛姉こと、天月凛だった。
幾分か自分よりも伸長は高いが、あどけなさのある顔はまだ子どもであることを主張している。
そのような特徴を持つ姉が扉の前にて、ビックリしたような表情を浮かべて固まっていた。
「どうしたの凛姉?」
さっきの出来事を悟られないように、できるだけ普通の態度を装って声を搾り出す。
耳に声が入ったことで硬直が解けたのだろう。
「き、急に扉が開いたから驚いたのっ!」
凛姉は頬を赤く染めながらも、捲し立てるように言った。
どうやらビックリしている顔を見られたのが恥ずかしかったらしい。
でも残念ながら返ってきた意味合いは、求めていた回答と違っていた。
さっき訊ねたのは『何の用か』って意味だったのだが、凛姉は『何してるのか』という意味合いで捉えたようだ。
今度はきちんと伝わるようにもう一度訊ねた。
「そっか、ごめんね。それで何の用なの?」
二度目の問いかけ。その問いかけを受ける凛姉は「それはねー」と勿体振るように仄かに笑った後、表情に喜色を滲ませながら言葉を返す。
「今日は恭弥の誕生日だから、プレゼントを持ってきたのっ!」
無邪気な笑顔を浮かべ、手に持っている何かを差し出してくる凛姉。
その手には綺麗にラッピングされた小さな包みが乗せられていた。
「はいっ!受け取って!」
「……ありがとう、凛姉。嬉しいよ」
彼女の小さな手のひらに乗っている包み。それを受け取り、精一杯の笑みを作りながら礼を言う。
今きつく唇を噛み締めて置かなければ、たちまち涙が溢れそうになりそうになっていた。
そうならないように、きゅっと唇を噛む。
だが逆にその動作がいけなかったらしい。
「どうしたの恭弥?どこか具合が悪いの?」
凛姉に違和感を与えてしまったらしく、彼女は心配気な表情で顔を除き込んでくる。
オレは静かに首を横に振り否定した。
「大丈夫だから心配しないで」
「もしかしてさっき、またお父様に何か嫌な事を言われたの?」
凛姉は本当に心配気な表情をしていた。分かりやすいほど顔に出ているのだろうか。ピンポイントに図星をさされ、僅かに動揺してしまう。
が、その動揺を彼女に悟られないように平静を装った。
「ううん。いつも通りに怒られて、天月家の長男としてもっと頑張れって言われただけだよ」
この天月家の中にて、オレは居ない者や欠陥品として扱われている。母親もすでに他界しており、父親はあれだ。そして親戚一同は、オレにとって全員好ましいものではない。
そのような環境の中でも、唯一オレに優しく接し、守ろうとしてくれたのが何を隠そう凛姉である。
だからオレにとっては、彼女だけが本当の家族だった。その唯一の家族である凛姉に嘘を吐いた。
揺るぎない事実に、胸がチクリと刺されるように痛む。それでも仕方ない事だと強く自分に言い聞かせた。
天月家では当主の決定は絶対。それを万が一にでも否定するような事をしたら、その人の立場は確実に悪くなる。
もし凛姉がオレが捨てられたことを知れば、それを承知の上でどうにかしようと行動するだろう。
オレは優しい姉である凛姉の足枷にはなりたくなかった。
「お願いだから本当の事を言って。恭弥の事が心配なの」
幼いながらも、真っ直ぐな眼差しがオレの顔に向けられる。どこまでも真摯な瞳。
対してオレは正面から受け止めきれず、思わず視線を逸らしてしまう。
逸らした視線の先に映ったのは、十一時を回った時計の針。それを見てすぐに言葉を紡いだ。
「本当だよ。それよりもう遅いよ。早く寝ないと明日の朝が辛くなるんじゃない?」
これ以上話を続けているとボロが出てしまう。そう判断して強引に話を打ち切りにかかった。
「……本当に何もなかったのね?」
凛姉はオレに再度確認してくるが、本当の事を話すつもりはない。オレは嘘の上に嘘を重ねる。
「本当だよ、信じて」
すごく心が痛かった。自分を心配してくれている優しい姉に嘘を吐いておいて『信じて』の言葉。どこまでも心が痛む。
しかし、これが最も最良の選択なのも事実。オレの評価が下がるだけで凛姉には一つも害になることはない。
もし仮に、この逆の『泣きつく』という選択をしていれば自分は助かる可能性があるかもしれない。
だけどその代わりに凛姉まで迫害されることになってしまう。優しい姉を犠牲にしてまでオレは助かるつもりはなかった。
そう考えれば、迷う理由なんてどこにも見当たらない。
「分かった。恭弥を信じるわ」
凛姉はどこか安心したように頷く。その言葉に、表情に胸が締め付けられた。
それを表に出さないように、いつも通りの自分を演じながら話を打ち切りにかかる。
「じゃあ、おやすみ凛姉」
「おやすみなさい。恭弥も早く寝るのよ」
「うん、分かってるよ」
凛姉は返事を聞いてから、自分の部屋へと戻っていった。
少しずつ遠ざかっていく彼女の背中を見つめ、どうしようもない喪失感に駈られる。それでもその背中を追いかけるという愚行だけには移さなかった。
「……おやすみ、凛姉」
――荷物をまとめ終えてから数時間後。時刻は深夜に突入していた。
家中が寝静まったのを確認してから、まとめた荷物とともに家の門をくぐり抜ける。ギギィと軋む音をさせながら開く門。
細心の注意を払い、開けた門扉を閉めて敷地から出る。振り向いた先に映るのは、金持ちに見合った豪邸。オレは生まれてから十年間過ごした家を外からただただ一瞥した。
そこに映すのは家などといった形のあるものではない。
ひっそり心に写したのは、積み重ねてきた凛姉や幼馴染みとの思い出だ。
それもここで打ち止め。
「ごめん、凛姉」
風に掻き消されてしまうくらい小さな謝罪。優しい自分の姉に、決して届くことのない謝罪を送る。
こんなことになるのなら、普段からもっと凛姉に色々なことをしてあげればよかった。
彼女にはしてもらってばかりで、オレ自身が何も返すことの出来なかったことに深い後悔の念が込み上げてくる。
それがこの家に対する唯一の未練だった。
「……さよなら」
届かない別れの言葉。でもそれでいい。届いてしまえば、離れられなくなる。だからこれでいい。
後悔の念を心の奥深くに沈め、先程まで自分の家だったものに背を向けた。
「……そろそろ行こう」
誰にでもなくそう呟いた。
それからあてもないままに闇に包まれた夜の道を歩き出す。
吹き付ける風が、捨てられた自分を冷やかすかの様にそっと頬を撫でて逃げて行く。
でも、不思議と涙が頬を伝う事はなかった。