破門
現代魔法国家日本。
この国では5歳になると、才能や血縁の有無に関わらず、魔法の能力値を測るために魔力の測定を行う事になっている。
五歳と言われれば時期尚早にとられるかもしれないが、宿された魔力が芽吹くのがおおよそ四歳後半~五歳前半までとのことだ。
つまり芽吹きの最後期たる五歳であれば、魔法が使えるか使えないか、魔力値の測定をすればはっきりとする。
ここが人生始めの分岐点と言っても過言ではない。
オレが5歳の誕生日を迎えた時にも、例に漏れず魔力の測定は行われた。
大きな建物。小さな子供の頃の語彙力では、そう例えるのが精一杯である場所にてそれは行われた。
見ただけでは何をするためのものか理解できない機器を身体に取り付けられ、測定の結果が出るまで動くことができない。
子供にとっては重度の苦痛だ。なんと言っても遊び盛り。石像よろしくジッとしているだけなんて我慢ならない。
それを分かっていて、動けないようにゴツゴツとした重厚な機材を取り付けてくるのだから大人は性質が悪い。
ピピピと軽い電子音が鳴り響く室内に、キーボードを叩くカタカタという音。大人のやることは一向に理解できない。
長い拘束時間を経て測定は終わり、拘束からの自由を得ることが叶った。あとは測定した結果を聞くだけ。
機材からスキャンしたデータを基に、それを詳細に記した資料を作成。出来たものはその場ですぐに渡された。
子どもなりに弾む心音。自分に何ができるか楽しみでしょうがない。そんな思いと共に、同伴していた保護者の傍らから結果を覗きこむ。
横からあがるのは歓喜の声音。測定した結果は驚くことに、同世代の平均の数倍という格段に高い数値だったらしい。
この結果が指し示す意味は、同世代の子供たちの中では他の誰よりも魔法の才能に富んでいるってこと。
今現在、この世界にて最も重要視されるステータスは学歴や家柄なんて肩書きではない。
もっと単純なもの。弱肉強食。この熟語からもわかるように、個の力たる魔法の才能が何よりも優先される。
そのステータスが誰よりも秀でているわけだから、必然的にオレは天月の一族全員から家の跡取りとしての多大な期待を寄せられて育てられることになった。
豪勢な食卓に十分に広い家の中の一人部屋。お世話係の付き人まで配属され、一切困ることの無い至れり尽くせりな日々。
だが、時間が経つにつれ、寄せられていた期待は薄れていく事になる。
理由は単純明解。オレが膨大な魔力を有しているにも関わらず、一族を象徴する炎の魔法はおろか、その他の属性の魔法を一切として使えなかったから。
いくら他の人と同じようにしても魔法が欠片も発動しないのだ。誰よりも魔力。つまり才能があるはずなのに、いつまでも魔法が使えないなんて冗談にしては笑えない。
結局のところ。オレが授かった才能は、オレにとっては全く無意味な才能だったということだと理解してもらえればいい。
俗に言われる、「宝の持ち腐れ」「猫に小判」「豚に真珠」等と言われるものだ。実際に言葉でもそう罵られたりもされたことがある。
それでもオレは努力した。天月本家の長男として、来る日も来る日も。自分に出来る最大限の努力をした。
だけども。どんな努力も決して実を結ぶことなく、全ては無駄に終わる。
朝早くに起きてすることと言えば、魔法を使う基礎に当たる精神集中。朝食後は義務教育なので学校へ。帰ってくれば再び精神集中。
同じ日々を幾度過ごしてきたことだろう。
変化など微塵もない憐れな子羊そのものだ。
何もできないオレに比べ、姉の凛や幼馴染みの舞華は自分より魔力の量が少ないはずなのに、どんどん魔法の才能を開花させていく。
隣人たる二人に劣等感を抱きながらも、オレは天月家の長男としての結果を求め、無駄だと分かっている努力をすることを続けた。
しかし、その日々も終わることになる。
測定の結果が出てからちょうど五年が経ち、十歳になったある日。オレは厳しい現実を突きつけらることになった。
九月十五日。その日はオレの十歳の誕生日。
更に噛み砕いて誰にでもわかるように言えば、オレが生まれた日。そこから連想せずともめでたいはずの祝い日。
だが、そこには祝いの空気などは欠片もなかった。
夕暮れ時の親族数人を交えた身内での食事。並べられる料理の品々。動かされる箸に無言の満ちる空間。
一切興味がない。一切関心がない。
誰もがその心情を体現するかのような態度。それがいつもと変わらない普通の日々。これは既に当然のものとなっていた。
何しろオレは天月きっての欠陥品。無能なオレは居ないもの。もしくは目障りな存在として扱われている。
すでにこの事に対して何かを思うなんて段階は当に過ぎていた。こちらとしても無関心そのものだったりする。
だけど、なぜか今日だけはいつもと少しだけ違った。
その微々たる違いとは、普段、オレに話しかけようとすらしない父親が、珍しく話しかけてきたのだ。
「恭弥、お前に話がある。食事が終わったらすぐに部屋に来い」
告げる事だけ告げると、父はすぐに背を見せ、早々に自分の部屋へと戻った。
オレは何だろうと疑問に思いつつ、残っている夕食を一気に胃の中に放り込み、足早に父の部屋に足を運ぶ。
正直に言って、声をかけられた時から嫌な予感はしていた。普段や祝い日でも変わらなかった父の態度。にも関わらず、今日に限って声をかけてくるなんて考えることができない。
それでも部屋の前まで来てしまっていた。日常では決して訪れることのないであろう一部屋の扉の前に着く。
呼吸を整えてから、コンコンと。
躊躇いながらも、目の前の扉をノックした。すると父の、「入れ」という低い声が扉越しに届く。
一拍おいて扉を開き、室内に入った。
室内は父が醸し出す重々しい空気が充満しており、自然と足がすくんでしまう。
それを見ていた父は、さして反応示すこともなく、自分が座っている向かい側にあるソファーに座るように目線で促してくる。その指示通りに向かい側のソファーに腰を下ろしてから、おずおずと訊ねた。
「大事な話とは何ですか?」
開口一番に出た言葉は、あくまで他人行儀なものだった。どう考えても、息子が父親に向けるものではない。
それでも、お互いにそれでよかった。この人はオレの事を息子だと思っていない。同時にオレもこの家系で本当の意味で家族だと思っている人は、たった一人しかいない。
当然、この人ではない。
だからこそ、血の繋がった赤の他人。そのような表現がしっくりくる冷めた関係だった。
血の繋がった赤の他人である父親は、厳かにその口を開く。
「お前にはこの家から出ていってもらう」
「……は?」
脈絡のない唐突な言葉。自分にかけられたはずの言葉が理解できず、素っ頓狂な声をあげてしまう。
対面に座る父親はそんなオレを見て、
「お前はそんな事も理解できないのか」
小さくそう呟き、これ見よがしに嘆息した。
いきなりあり得ない言葉を告げられ、すぐに理解できる人間が居るのなら見てみたいものだ。
こちらの混乱なんて露知らず。
「この天月家は代々炎の魔法を扱い、歴史に名を刻む人材を幾人も輩出している一族だ。だがその炎の魔法はおろか、他の魔法もろくに使えない欠陥品のお前には、この家の名を名乗る資格はない」
伝える事だけを淡々と告げていく父の声音は、今までかけられたどの言葉よりも冷たく感情の籠っていないものだった。
オレは告げられた父の言葉にショックを受け、反抗することも反論することも出来ず、ただただ黙っていることしか出来ない。
父親は放心したオレを一瞥した後、追い打ちをかけるように言った。
「当然、天月の姓も剥奪する。今日からは好きな姓を名乗れ。話は以上だ。明日の朝までに出ていけ」
話し終わった父親はオレに構わず席を立ち、部屋から出て行く。扉の閉まるバタンという扉を閉める音が、こんなにも虚しく聞こえたのは初めてだった。
悲しいまでに微かな崩壊音。これまでずっと変わらないと思っていた日常が、呆気なく崩れ去った瞬間の音にしては静かすぎる。
そう、あまりにも静かすぎたのだ。
「あはは、は、はははっ……」
意味も無くこぼれる乾いた笑い声。先ほどの扉の音と相乗的に、それは虚しく部屋にこだまする。
「……そうか……オレは、捨てられた、のか……?」
答えの分かりきった自問自答をした。
長かったようで短い時間の中。才能が無くて、無駄だと分かってからも続けてきたオレの努力。それは全て無意味なものだったようだ。
話が終わって数分後。ようやく自分に突きつけられている厳しい現実を理解することが出来た。
そこにあったのは、悲しみを伴った喪失感だろうか?
ようやく終わったことへの安心感だろうか?
はたまた何も感じてないのか。自分でもよく分からない。
……ここには居たくない。思考が回復して最初に思ったのは、まずこれだった。
とりあえずここから移動しよう。そう思い立ち、ソファーから立ち上がろうとするも、力の抜けた両足は鉛になったかのように重い。
それでも無理に動かし、オレは頼りない足取りで父の部屋を後にし、自分の部屋へと向かった。
歩く、歩く、ただ歩く。ひたすらに何も考えないように自分の部屋に向かい、その扉を開いてくぐり抜け、開いた時と同様に扉を閉める。
そこでようやく大きな息がつけた。
途端に途方もない虚脱感が身を襲う。背を扉に預けながら整える呼吸は、時間とともに緩やかに落ち着いていった。
しばらくして完全に落ち着いた頃。それから直ぐに荷造りを始めた。
家を出るにあたって必要となる品々。持っているなけなしの金銭。着替え用の予備の服。あると便利な小道具。
家を出るにあたって、必要ある物と必要でない物を子供なりに一つ一つ吟味して小さな鞄に詰めていく。
そして、自分の想いを詰めるように、一つ、また一つと。たった一人の家族との思い出を詰めていく。
それは何よりも大きくて。
小さな鞄はすぐに限界を迎えてしまう。
ようやく終わりそうになった頃。
「これで最後、かな」
何気なくそう呟いたところでコンコン、と控えめなノックが部屋に響いたのだった。