先生、表情筋君が仕事をしません
呼び出したマップは行ったことがある区域だけが表示されていた。当然、教会も領主館も分からないがプレイヤーが集まっている所がそうなのだろう。
システム停止によりプレイヤーとNPCの違いも表示されなくなっていたがその点に関しては問題なさそうだ。
金の巻きげでピンクの忍者服を着込んだ忍者が鞭を持ったまま馬車の上で仁王立ちしていたり、褌一丁で踊っているジャイアントの軍団がギルドの勧誘をしていたり、初心者が露店の料理を食べて苦悶の表情を浮かべる様を生暖かい視線で見守る幼稚園児の制服をきた集団だったり。鑑定スキルを使わなくても街の住人でないのは明らかだ。ゲーム画面では当たり前のようにあった光景だが現実となると圧巻されるものがある。
何よりもそれを当たり前のように享受している街の住人が凄い。
「最初はびっくりしたが金払いは良い、礼儀は良い、料理材料なんかも持ってきてくれるおっかながる事ないだろ」
NPC露店のおじさんに串を焼いてもらってる最中にそんな答えが返ってきた。
「買い取りもしてくれるのか?」
「代金は料理さ。うちにも野菜やら肉やら下ろしてくれるんだが正直金を払う程のもんじゃねえんだ。ほいよ、芋焼きあがり」
妙にリアルな花柄が浮き出た串焼き芋を頬張る。カリ、とした歯ごたえに芋のホクホクした甘味が絶品だ。何種類かのソースが置いてあり酸味がある果物ソースも、ほろ苦い甘味控えめのソースも、肉汁たっぷりのソースもどれも美味しい。
「充分美味しいんだが」
すっかり咀嚼し終わり不思議そうに串を見るルアに屋台のおじさんは軽快に笑った。
「そりゃ、腕よ。どんな素材だろうと上手い料理にしなきゃ調理人とは呼べねえぜ」
「焼き加減は良いんだ。うさぎ焼き一つ」
「ほう。嬢ちゃんも料理人か」
「だが、不味い」
「あー。あれらと同じか」
おじさんの視線の先には新たな犠牲者が悲しい悲鳴をあげている。
「ありゃ、何かの儀式かなんかかい。スパイス抜きの料理なんざボアでも食わんもんだがな。ほれ、うさぎ焼き」
「スパイス?」
「その模様よ。なんだ、今まで知らなかったのか」
おじさんは無駄にリアルなうさぎの手足が描かれてある肉を指した。歯を跳ね返そうとする弾力ある肉だが、少し力を入れると心地好い感触を歯に残して舌の上に転がり込んでくる。途端に旨味が口の中いっぱいに広がった。癖がないそれの余りの美味さにしっかりした肉の旨味を味わう前に喉奥に消えてしまう。
「美味しい。もう一つ」
「良い食いっぷりだなぁ。気取ってねえ所が気に入ったぜ。よっしゃ、おっさんが良いこと教えてやる。うさぎ肉をウルチュ―の葉で3日漬け込んだもんを焼いてみな。味付けは教えられねえが、今までスパイスなしのものを食べてたなら充分に旨いはずだ」
「いいの?」
素に戻った言い方におじさんが目を丸くする。幼い子供のような言い方なのは自覚しているから人前では気を付けていたのだが修行が足りなかった。じっとルアを見ているおじさんに気付かないように串焼きを頬張る。
人工知能の進化は凄いな。
方向性をインプットするだけでプレイヤーの言動から学び自ら成長していく。今もあー、んー唸っているんはルアの発言の統一性に戸惑っているのだろう。それは分かるがその辺りは聞き逃して欲しい。子供じゃないので頭を撫でようとするのも止めて欲しい。ひたすら恥ずかしくなり頬張った肉に夢中なっている振りをした。串焼きの旨さが救いだ。
「まあ、あれだ。元々、露天の余りの不味さに『美味いもん食わせてやりてえ』って調理人魂がメラメラもえあがっちまって出したんだ。魔物の影響でウルチューは手に入りにくくなってるがあんたらなら問題ねえだろよ」
ウルチューはえのきのような形の香草だという。胃薬効能もあるらしく人気が高いが魔物が好む匂いでも有るため値段は安くはない。
「ありがとう。新たな犠牲者が出ないよう広めてみる」
「おう! 流石にあれは見逃せねえよな」
コボルトがラーメンを片手に悲しみの咆哮をあげている。よりによってラーメン(麺の味は普通だというのに何故か保温炊きの米の食感がする。そして異様に獣臭い)よりによって塩(素材の生臭さを極める一品。匂いが鼻から通り抜ける瞬間、魂も抜けそうになる不味さ)トッピングは……干しホタテの貝柱、だ……と………。
「初めてで、塩ラーメンに挑むとは……無茶しやがるぜ」
「だからあれほど悪魔に騙されるなと」
ざわめく群衆を前に露店商の主はニヤリと笑っていた。
見た目良く、香り高く、悪魔の味を持つ露天料理は攻略サイトで十二分に注意されている運営の罠スキルだ。善良なるプレイヤーは言う。
『初心者は露天に気を付けろ、奴等はKPKだ』
だが、いつの時代も先人者の犠牲と情けを受けたがらないものが出てくる。それは若さ故の情熱か無知故の無謀さからか。
それは分からない。だが、ルアは誓わずにはいられない。この惨劇を止めねばならぬ、と。希望(ウルチューの情報)はルアに渡されたのだ。おじさんの串焼きを握り締め、その美味を噛みしめる少女へと。
斯くして、皆の鑑定スキルを受けながらコボルトは悲哀に満ちた眼差しでラーメンを見つめていた。
色とりどりの布が置かれている服飾店の値段を見てルアは顔を強ばらせた。
きらきらと輝くドレス、花の髪飾り、華奢な靴。それらは美しく、ルアの目を楽しませるには充分のものばかりだった。
だが、高い。とても高かい。
勇者の仕事——プレイヤー掲示板にウルチュー情報を書き込むだけ——を終わらせたルアをの元に梟がクエスト終了のお知らせを持ってきた。AP5ポイントと報償金にこれは装備一新のチャンスとメインストリートにあるこの店に入ったのだが間違った選択だった。
一番、安いのでも1万5000Gはする。手に入った報酬合計は5000Gだ。とても手が出る金額ではない。だが、入ってすぐに出ていくのは気が引けてしまう。何よりも出れも居ない店内でルアは注目を浴びているのだ。どうしたものかと悩んでいると一人の店員が声をかけてきた。
「あの、お客様……当店の品に何かございましたでしょうか?」
おどおどと話しかけてくる店員にルアは首を傾げた。何故か怖がられている気がする。
「少し高いなと思って見ていただけだが」
「と、当店は完全にオーダーメイドでして……その安価な品をお求めでしたら裏通りの商店街へお足をお運び頂けたら——」
「裏通り?」
そんな所があったのか。表通りは高級な店ばかりが建ち並んでいたのはそういうことか。なるほど、と呟いたルアにビクリと店員の肩が跳ねた。
「も、も、申し訳ございません! あの、決して、お売りしたくないと言うわけではなく、お客様に不快な思いをさせようと思った訳では」
声を震わせ頭を深く下げる店員の迫力にルアは一歩後ずさった。
…………私、こんなに渾身の低で謝られる様なこと何かしただろうか。ただ、静かに商品を見ていただけなのだが。
「気にしないでくれ。私が勘違いをしてこの店に入ったのが悪かった。貴女は悪くないんだ。実はこの街には来たばかりで良く知らないものだったから……迷惑をかけた。貴女の忠告も役に立たせてもらう。ありがとう」
可哀想な位狼狽える店員を安心させようと、ルアは出来うる限りの優しい声音でありったけの笑顔を作って見せた。
「ひぃ、ど、どうか、お命だけはお助けを!」
………………なぜか、余計に怯えられてしまった。大体の理由は分かってるが一つ言いたい。表情筋、仕事しろ。
会心の出来だと自負していた笑顔をしたのに、泣き出しそうな顔をしている店員を見るとルアの方が泣きたくなってくる。これ以上、言葉を重ねたところで事態は良くなる処か悪化の一途を転げ落ちて行くだけだ。一番良いのは今すぐこの場から離れこの店員を解放してやることだろう。忘れてた訳ではないが、こうも、ゲームの中までも怖がられることになるとは思わなかったが。
怖がらせてごめん。本当に……ごめん。
伝えたい言葉が喉元まで出かかるがそれを無理矢理飲み込みルアは店を出た。
口下手ではないと思うが表情が伴わないだけでこうも勘違いばかりされるものだろうか。
広場に戻る気にもなれず足の向くままに歩いていると細い路地に行き当たった。
広告が書かれたメインストリートからはガラリと印象が変わり生活感が漂う。先程の店員が言っていた裏通りだろう。
先程の店員怯えた表情が浮かび上がりそうになるのを頭を振って追い払った。怯えは停滞だ。何も生まず何も変えられない。
「治すべきことが分かっているだけ救われてる」
一人納得して頷く。それはそれとしてやはり頑固に動こうとしない表情筋には腹が立つ。少しは言うことを聞けと頬をつねってみてすぐに離した。
痛い。吃驚した、痛いのだ。
もう一度、つねってみるが、やはり痛い。
ルアは唖然としたままつねった指を見た。確かにプレイヤー保護停止と聞いていたが、それは痛覚まで元に戻るのか。
さすがに死と同じ痛みを受けては現実の体にも支障が出る。人間は痛みだけで死んでしまうこともあるのだ。そうなるとその事をミルクレアや竜人に伝えなければ不味いだろう。二人とも一緒に冒険してくれる気でいたのだ。
そう思いメニューを開いて愕然とした。ほぼ全ての項目が灰色表示になっていた。フレンド機能を展開させるがエラーが出る。メール機能も同じくだ。
停止できない機能はないか。ゲーム進行が出来なくなるような……。
「梟!」
天の意思を届けるという梟はプレイヤーの使い魔的位置付けだった。天の試練が来ていたのを思い出したおかげだ。呼び出したことはなかったので不安だったが成功して良かった。
「よしよし、いきなり呼び出して悪かった。頼みたいことがあるんだが聞いてくれるか?」
呼び出したのが昼間だったせいか梟は眠そうに瞳を閉じていたが、ルアの声を聞くと甘えるうに嘴で指を甘噛みしてくる。
「ありがとう。友人に手紙を渡してほしいんだ。覚えてるかな? 青い髪をした綺麗なエルフのミルクレアと赤い髪をした明るく頼もしいジャイアントの竜人。場所はミルクレアがピアシス、竜人がガルシアだ。行けそうか?」
胸を膨らませてホオーと鳴く梟にルアは二人に向けて簡潔に内容を書き込んだ手紙を持たせる。
「どうか、よろしく頼む。大切な友人達だ」
本人を目の前にしては絶対に言えないだろう台詞がスラリと出てくる。梟はルアの周りをグルグルと回ると高く舞い上がり空にその姿を消した。
これで一番の問題は消えた。暫く一緒に冒険が出来ないことは寂しいが二人のことだから分かってくれるだろう。
祈るように見送るルアの耳に微かに鐘の音が聞こえた。
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