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初心者クエスト「戦闘をしてみよう!」

「食べてみると意外に美味しいものだよ」

「た、確かに良い匂いはするな……あ、中まで模様入り、ううっ」


 肉巻きお握りを頬張るルアに竜人がもの悲しそうな声を出す。


 鶏肉に近い味だがパサついた所はない。米が肉汁吸い込み、噛み締める度に程よい脂身の旨さが口中に広がる。対して、オモガモはさっぱりとした旨さだ。ナイフで切れば溢れ出す肉汁は灰汁も臭みもなくネギの爽やかな香りと柔らかい肉質が舌を包み込む。切り分けた肉を口に放り込めば、その絶妙のバランスに瞳を閉じられ、代わりに感嘆のため息が口から漏れ出す。


「うまい?」


 口にものが入っている為に頷くに留めるが、それが余計に空腹を刺激したようだ。ゴクリと喉仏が上下する様に笑いそうになるのをなんとか堪える。


「くうううっ! 我慢の限界、おばちゃん! 俺にお勧めちょうだい! 出来るだけボリュームあってこってりしたやつ」

「はいよ、エルフのお姉さんはどうする?」

「私はツル草肉巻きとパンをお任せで飲み物は季節の果実酒をストレートでお願いします」


 あ、っと竜人とルアが揃ってミルクレアを見る。

 彼女が頼んだ料理は色鮮やかな肉を新鮮なレタスのようなツル草で巻かれてあり、その上に白いスープが掛けられていた。見た目はロールキャベツに良く似ている。季節の果実酒の中に何種類かのベリーが入り、その酒も色鮮やかであったが飲み物である為に、気にならない——ところかとても美味しそうだ。

 確かに植物の色はどの料理も普通だったのだ。

 優雅にナイフとフォークでツル草肉巻きを切り分けていた彼女が二人の視線に気付き、顔をあげた。


「何か?」


 小首を傾げて笑う彼女は確かにエルフだった。




 美味しい料理——見た目はアレだが——に舌鼓を打ちながら、話題は自然とリアルグラウンンドの話になった。ミルクレアは見た目通りエルフ、竜人は意外にもジャイアント種族。キャラデザインの時点でなんとか苦心して今の体型、顔にしたらしい。


「竜人の場合、火力になったら考えなしに奥義を打ち込んでヘイトをゴッソリ奪っていきますからね、あ。竜人。そこキツネが遊んでますよ」

「盾は持たないの?」


 地面に描いた魔法陣の中央にミルクレアは爪先を置くとそのまま蹴り上げる。勢いついた魔方陣が竜人の方向へ飛んで行き背中にあたると黄色い光りが淡く浮かび上がりそのまま消えた。ぶつかった場所に"ディフェンスUp!"と文字が浮き上がったのを見ると防御術Upの魔法らしい。

 竜人が戦いながら文句を言ってるがミルクレアは一向に気にする様子がない。


「資金面が厳しいので暫くは初級装備でいこうかと思っていたのですが——」

「少し恥ずかしい?」

「ええ。少し……ですが」


 種族の違いで初級装備は違う。

ルアは"古ぼけたワンピース"と"古ぼけた靴"だったが、ミルクレアの場合は胸元がV字型に切り込みが入った"ローブ"と彼女の髪色と同じ"胸当て"だった。胸元は三つ編みにした髪で隠せるが、長く伸びた足は裸足のままだ。

どうなっているのかは分からないが華奢に見えるその足の裏は傷付くこともなく薄桜色の爪が汚れることもない。

 竜人の服は"使い古したの全身鎧"と"使い古したブーツ"というなんとも匂いそうな初期装備だ。勿論、匂うことはなかったが。


 なんとかしてあげたいが、今のところルアに戦闘面で協力する方法がなかった。『三人でクエスト攻略短時間でApウマー!』作戦はルアの何でも丸焼き火魔法で討伐とは認められず、ミルクレアの水魔法は仲間まで巻き込んでしまう為に使わない方が良いと結論付けた。


 現在、竜人が草原に転がっていた丸太でキツネを吹っ飛ばし、飛んで来たキツネをルアが殴打、立ち上がったキツネの顔面にミルクレアが待機していた水魔法を発動。水圧に飛ばされたキツネを竜人が丸太で打ち上げ落ちた所をルアが殴打、という三竦みを繰り返している状態だった。

 効率は良い——敵は攻撃出来ずキャッチボールの球状態だ——し、周りで狩りをしているプレイヤーの目を気にしなければ何となく楽しい。因みにルアが作ったキツネの丸焼きは勿体無い精神で平らげた。味は……うさぎよりはマシだったとしか言いようがない。


「これで、おっわり、と」


 フルスイングした丸太がキツネを打ち上げる。絶命の声をあげると淡く光りだしアイテムドロップを落としてキツネは消えた。

 と、同時にミルクレアの地面から睡蓮の花が咲き、竜人の頭上から光りが差し、何処からか飛んで来た梟がルアの肩に止まる


『初心者クエスト:仲間を見つけよう! リアルグラウンドの世界は危険がいっぱいです。信じ会え、背中を預けられる仲間を見つけよう! まずは、二人以上とフレンド交換してみよう!』


「と言うわけで。ルア、フレよろしく」

「すみません、ルアさん。後でサクッと消して頂いて良いので。竜人の分だけ」

「酷い、ミルルー」


 直ぐに、フレンド申請が送られる。許可を出す寸前に後にふと不安になり二人を見る。


「フレンド登録していいのか?」


 ネットゲームの時もそうだったが仮想現実となると人とのいざこざは多い。特にこのゲームは姿形を自由に変えられる。それによって引き起こされる相手との行き違い、勘違いが楽しい筈の世界を息苦しいものにしてしまうことだってある。そう思っての発言だった。

 だが、ぽかん、と此方を見ている二人にルアは間違いに気付いた。

 何も本当に友達になろうとしているんじゃない。ただ単にクエスト消化の為だろう。そうだ、そうに違いない。三人で過ごした時間が思いの外楽しかった為にその可能性がすっぽりと抜けていた。


『なにこいつ、勘違いしてんだ? 自意識過剰じゃねーの』との幻聴が聞こえ恥ずかしくなる。それを悟られまいとさらにルアの表情が固くなる。が——。


「酷い、ルアリン! 僕に飽きたと言うのね!」

「え?」


 体をくねらせ口元に手を添えて訴える竜人。その隣では、額に手を充てたミルクレアがため息をついていた。


「あのハラペッコペッッコの窮地に陥っていた僕達を救い『ふ、気にするな。これは私の意思で行ったことだ』とルアリンが言い、僕達は『そんな訳には行かないな。悪いが受けた恩は返さなければ気が済まない質でね。あんたの意思とやら見届かせてもらうぜ。あんたの隣でな』そう不敵に笑う俺に、何か言いたげに開きかけた口を諦めたように閉ざし、『勝手にするが良い』とマントを翻したルアリン。それについていく俺たち、時に笑い、時に涙し、運命に導かれ出会った三人でリアルグラウンンドの世界を完全攻略するんだ、と夜明けの珈琲を飲みながら誓う予定だったじゃない!」

「そ、そうだった……の、か?」

「主に竜人の妄想の世界で、です。私の時は勇者とその生き別れの妹という設定でした」


 ミルクレア曰く、今回は魔王とその片腕達と言った設定でしょう、とのこと。毎回コレをすると思うとミルクレアの苦労が慮れる。


「おお、ルア! 心の友よ!」


 話は魔王(ルア)片腕(リュート)を裏切りの末、魔王城から追放。片腕(リュート)は悲嘆と怒りに駆られるが、それらは片腕(リュート)を助ける為の演技だった。魔王(ルア)の真意を知った片腕(リュート)は単身魔王城に向かい魔王(ルア)と対面する、というところまで来ていた。そして、珈琲ってこの世界にあったかな? と考えている隙に竜人に指を握られ——


「ぽち、とな」

「あ」


——そのまま、申請許可のボタンを押させられる。


「はい、次はスキルクエストいってみよう!」

「え、あ、え?」


 いくらルアが表情乏しいと言っても、さすがに戸惑いが表に出たのだろう。目を白黒させてるルアにミルクレアが苦笑する。


「こういう奴です。気に入ったらスッポンの如く吸い付いて離れないので諦めた方が良いかと思います。ああ、ルアさん」


 微笑まれ名前を呼ばれると同姓ながらもドキッとするものはある。其ほどに綺麗なのだ。さらり、と一本一本流れる髪や、長い睫毛の下で潤む瞳。このエルフ種族を作ったクリエイターに関心していると——


「えいっ」


——指を取られ、そのままミルクレアの分の申請許可を押された。


「竜人の真似です」


 呆然としているルアを横に何事もなかったかのように歩き出すミルクレアだが、雪のように白い肌が頬のあたりだけほんのりと赤くなっていた。

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