目指せ、魔女っ子!
ネット上にはゲームblogなるものがある。
好きなゲームの住人になりきり、クエスト攻略や冒険の日々を綴っている日記だ。ルアはこういったblogの方が好きだ。必要な情報を得るだけならば攻略サイトの方が効率は良いのだろうが、blogには生活(ゲーム上での)があり、苦悩がある。分かち合える世界を共有しているようで楽しいのだ
今回の目的は魔法だ。あの後、ログアウトするまで火魔法を唱え続けたのが思った通りの結果にはならなかった。火の玉を飛ばすつもりがなぜかうさぎの丸焼きが出来てしまうのだ。しかも段々と上達していき焼き加減だけならプロ級だ。…………味は不味いが。
このままでは永遠と不味い料理を食べ続けることになってしーーいや、せっかく、火魔法を覚えたのに丸焼きしか出来ない現状を打破するため、魔法使い系のblogを検索していく。
さすがに人気ゲームだけあって膨大な数のblogが出てきた。
魔法使いと言っても個々の抱くイメージは様々だ。
某魔法学園だったり、おとぎ話に出てくる大瓶ぐるぐるのおばあさんだったり、中には銃を構えた魔法使いだったり、一度に会したら見事な怪しさ満載の会合になるだろう。その中で一際、目を惹くblogがあった。黒とピンクで構成されたblogは女の子が好きそうな可愛らしさで満載だった。
blog名は「魔女子メグメグ——愛と勇気の冒険」だ。跳ね、払いの部分がくるくると巻かれている文字の下にハートを飛ばしながら「君のハートも燃やしちゃうぞ!」これまたまるっこい文字が書いてある。
ルアは思った。
探し求めていた魔法使いの真の姿はこれだ、と。
リボンキャンディ型のステッキをハートの形になぞらえて降ると、沢山のハートがふわりふわり浮かぶ。それが敵に当たるとパチンと音を立てて、弾ける。敵は混乱か魅了状態になり、魅了状態の敵には血を血で洗う同士討ち、混乱状態の敵には周りに罠系統の魔法をかけ自滅。その様をリゾート風ジュースを飲みながらパラソルの下で見学しているメグメグさんに思わず痺れてしまったのは仕方ないことだ。
他にも、レイドボスと生き地獄ツアーや憎いあの子とプラトニックど付き合いなど、思わず引き込まれる記事が満載だった。
その内の一つに、魔女っ子を目指す初心者君へ。という記事があった。どうやら、このゲーム上で魔法は覚えるものではなく知るものらしい。
魔方陣や呪文はある程、共有する形があるが基本的に個々が好きな形や言葉を使いやすいように変えていった方が良い。慣れれば無詠唱も可能だしね。と書いてあった。
このゲームで魔女(魔法使い)になるのに一番大切なのは純情を守り抜く! わけではなく、想像力が大切。何を、どうして、どうしたいか。
基本的動作や呪文は補助にしかならず、想像力や願いの強さが魔法を生み出す根本になる。
この世界は不安定で未熟だからこそ多種多様な種族が生まれる。それ故に無限の可能性があるのだ。それは良くもあり、悪しくもあり。君の願い一つがこの世界を全く違う世界へと変えることになるのかもしれない、とルアは理解した。所々、難し過ぎて分からない部分が多すぎたというのは心の奥にしまっておこう。
昨日のうさぎの丸焼きと消し炭の原因がようやく理解出来た。
要は、うさぎを、焼いて、食べたい。という願望と想像が火魔法と焼き料理という魔法を生み出したのだろう。
そうと分かれば、話は早い。
早速、ログイン。昨日と同じ草原に立つと魔法を使ってみることにした。
指先に魔力を集中させ、魔女っ子メグメグさんの言うとおりにインクを滲ませるように魔法陣を描きながら魔力を放出する。
淡い光の粒子が魔法陣を型どり始める。
『風よ集え』
聞き覚えのない声が、言葉が喉から出てくる。
驚いて目を開いた瞬間、風船が割れるような音と共に魔法陣が砕け、足元から突風が吹き上がった。
失敗。
集中力が足りないとしっぺ返しを食らうと書いてあったが納得だ。
気を取り直してルアは魔法に集中した。
風の香りを感じ、風の流れを知る。揺らめくそれが流れる魔力に気付きざわめきだす。
『風よ集え。我が名はルア。風よ、ルアの名において汝に銘ずる。我が前に立ちふさがりし敵をその透明なる刃にて切り裂け』
魔法陣が光り、ぐるぐる回りながら小さくなり指にくっ付いた。ほよん、とした感触を指先で押し出す。
目の前の草村が左右に分かれる。風はそのまま数十メートル吹き抜けると、巻き込んだ草と土ぼこりを宙に放り投げ消えた。
「あ……」
思わず頬が緩む。
天を仰げば雲一つない空。指先をにぎにぎすると、頭のなかで自分が欲する光景を思い浮かべた。すう、お腹から何かが抜けていく感覚。
『天の児戯よ我が指は汝の寝床。微睡みの内に清らかなる水と遊べ』
指先に風が集まり、魔方陣を描く動作に小さな水滴が付き従う。光を受け宝石の結晶のように輝く魔方陣を数個展開させ、更に、大きな魔方陣で囲む。
『気まぐれなるものよ、風の抱擁を我は望む』
足元に落ちて輝く魔方陣を風が持ち上げると後を追うように蔓草が伸びる。展開した水と光の魔方陣に触れると幾数もの光と共にそれは絡み合い、姿を変え、融け合う。
知っているかのようで知らず、郷愁を誘うかのようで未知の恐れに戦く。シャボン玉に写る歪んだ、けれど、何とも言えぬような美しさがそこにはあった。
ルアが詠唱したのは魔法元素と遊ぶ方法だった。折角、魔法を使えるのならば労使するのではなく、ただ戯れるように触れあってみたい。
会えて嬉しい。大好き、と伝えると純粋な好意が返ってくる。
それは、ルアを包むかのように膨らんでいく。
心地良い調べが耳を擽る、と共に身体の何かが尽きてしまう焦りに覆われた。集めた魔力を散開する創造をし詠唱を中断する。途端に身体中の力が抜け、地面に顔面から倒れ込んだ。
地面が口を塞ぎ息苦しい。鼻から息を吸い込むと草が入り込んで呼吸の邪魔をする。どこか植え込みのようなところに倒れたのだろう。上半身が草や枝でチクチクする。角度を変えるため体を起こそうとしても、手足に力が入らない。
死のカウントダウンが頭の中で鳴り響いた気がした。
初の戦闘不能履歴は残るのだ。地面に口を塞がれ窒息死とか不憫過ぎる。
それより何より死に戻りの時、死んだ態勢で始まりの町に戻るという罰ゲームに近い仕様がこのゲームにはある。
このまま死ぬというのは尺取り虫のようなこの姿を、町の皆様にご披露するはめになる。
「し、ねな……い」
腰と胴を動かし尺取り虫よろしく地面を這っていく。
剥き出しの腕を木の枝が、土が顔面を擦るがそんなことに構ってる暇はなかった。このままでは羞恥プレイは避けられず、冒険の履歴を辿る度に思い出されて悶えることになる。それはよろしくない。精神衛生上、非常によろしくない。
「あれ、何かの儀式?」
「しっ! 見るんじゃない。魂をとられるぞ」
そう、こんなふうに嘲笑と生暖かい視線をうけ——あれ?
急に空けた視界の先は先ほどまでいた草むらではなかった。
赤や茶色の尖った屋根が建ち並び、噴水が水飛沫をとばす広場。そこに集まるファンタジーな装束に身を包んだ人々が奇っ怪なものを見るかのようにルアに視線を送っていた。




