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初めての冒険……へ?

 見渡す限りの草原。青々とした草を撫で吹き抜けていく風の先には山が小さく霞んで見える。

 ルアは小首を傾げた。

 リアルグラウンドの世界で最初に訪れる場所はチュートリアルを兼ねた始まりの『街』であったはずだ。

 青草が生い茂るばかりで建物処か人っ子一人いないのでは町とは呼べない。


「メニュー」


 キャラメイキングの時のように空中を見つめると大小合わせたウィンドウが出現する。

 装備を確認した所『古ぼけたワンピース』に『古ぼけた靴』だけだった。アイテム欄へと指を動かすと腰に小さなポシェットが出現する。中に指を動かせば頭の中に空欄のスロットが見えた。

 武器もない。アイテムもない。

 マップを呼び出してみるとルアがいる半径10メートル以内しか標記されなかった。現在位置は『???の草原』と書いてある。


「どういうことだ?」


 始まりの街ではないことは確かだ。事前情報と食い違っていることは気になるが、取りあえずは現在状況を把握するべく周りを見回した。

 草原のあちらこちらで風に揺られるのとは違う動きをする場所が幾つか点在している。息をのみ、じっと1カ所見ていると、まっしろな長い耳がぴょこんと現れた。それをピクピクと警戒するように動かすとつぶらな赤い瞳とふわふわの毛糸玉のような体が出てくる。

 兎だ。

 うさぎは草の中から飛び出しルアを見つけると不思議そうに首を傾げた。

 その動作にルアはほんわかとした気持ちになる。


 現実世界では見ることが出来なくなったその姿。

 野生のうさぎは警戒心が強いと聞く。

 だが、この兎はルアから逃げることなくぴょんぴょんと可愛らしいジャンプを繰り仮して近付いてくる。

 決して早い動きではない。

 ルアはそのふわふわしていそうな体を触らせてもらえるかもと、中腰になり兎が来るのを見守っていた。


 その距離が2メートルに近付いた時。ぞわり、と背中に悪寒が走った。


 頭で考えるよりも身体が動く。横向に草むらに飛び込む、その頭上を突風が駆け抜けた。


「……うさぎ?」


 立ち上る土煙。草をなぎ倒し、地面が少し窪んだそこに兎はいた。


『俺の……蹴りを避けた、だと……』


 垂れた耳で一際窪んだ地面に置かれた足を見つめる兎。ポフポフとその足を動かす後ろ姿にそんな声が聞こえてきた気がする。


「いや、その、今のは偶然だ」


 頭を垂らし兎の身体が丸まり白い毛皮がふるふる揺れ始める。思わず抱き締めてやりたくなるが、足が恐怖で動かない。


『く、くく……ははは』


 きゅきゅう、と鳴いた声は愉悦を含んでいた。

 その声が合図のように土煙が風に消され、兎がゆっくりと振り向く。


『お前、やるじゃねえか』


 赤いつぶらな瞳を細め好敵手を見つけた兎は、きゅう……と鳴いた。


 唖然と兎を見つめていたルアもさすがにまずいことになった事に気が付いた。

 誤解を解きたくとも兎の攻撃はその時間を与えない。

 地を蹴り高くとび上がると弾丸のように落ちてくる兎を頭を抑えながら転がりなんとか避ける。

 兎の姿を捉える事すら難しい。

 攻撃に移る直前の体勢の向きで次に来る攻撃を読むのがやっとだ。何をどうやって攻撃しているんだかは全く分からない。分からないが、地面を揺らす振動はその破壊力を物語っていた。


『団子虫みたいに転げ回るだけじゃこの俺を倒せやしねえぜ。雄なら立ち向かって来い!』

「せめて雌と言ってくれ」

『そんなちいせえ事はいいんだよ』

「小さくないから、性別くらいは認識してほしい」



 横に振られた前脚が途中で上に軌道を変えた。紙一重で避けたが唸る風に押しやられ、尻餅をつく形で地面に後頭部を打ちつける。痛みはないが、くらりと目眩がする。揺らぐ視界を兎の後ろ足が通り過ぎる。

 丁度腹部の辺りだ。転ばなければ確実に死んでいただろう。


『来いよ……なあ? お前の本気とやらを俺に見せてみろよ』


 兎は左右の拳を繰り出しシャドウボクシングをしている。

 覚悟を決めるしかない。


 fight!


 頭上に上がった文字に、今まで「逃げる」を選択し続けて失敗し続けていたようだ。


 狙うは背中。


 攻撃は最小限に控え、防御よりも回避に重点を置く。

 ルアの意思に反応して体が的確な行動を取り始める。


 地面を転がるように避け、ジャンプする瞬間に膝後ろに拳を叩き込む。見事に転がった兎の背中に集中攻撃を繰り出す。が、素早い動きと立ち上がり時の衝撃波が邪魔をして決定的なダメージは与えられていない。


『涼しい顔しやがって、ずいぶん、余裕噛ましてるじゃねえか』


 兔の呼吸は荒く得意技の蹴りも疲れの為か散漫になっている。対してルアは軽く息を弾ませる程度だ。それすら、身に付いた呼吸法ですぐに整え出す。

 内心は焦ってはいるがそれが表に出にくい。加えて自身の焦りや混乱を人に見せるのが恥ずかしいという本人いわく人見知りの性格をしていた。


 体質と性格。顔に表情出にくくなってしまったことは自覚していたが、ゲームの中、その敵にまで指摘されるとは。


「そうでもない。避けるのだけで必死だ。内心は逃げ出したくて仕方なくなってる。逃がしてくれないかな?」

『ふん。それだけ平然としておいてなに言ってやがる。そうして後ろから襲おうとでもする気か? 残念だが、そんな手に引っ掛かるほどばかじゃねえ。哺乳類なめんなよ』


 自業自得と言うものか。


 表情が伴わない為にいくら言葉を重ねても真意が伝わらない。

 ルアが苦笑して見せても嘲笑と見られる場合が多いのだ。


『ふざけんな!』


 こんなふうに。


 怒りのままに出された蹴り。威力こそあるが——大振り過ぎる。


 息を静めてルアはタイミングを計る。早すぎては突風に殺られる。遅すぎては避けられる。

 風を切る音が耳を過ぎる間際。

 兔の腹部にルアは蹴りを叩き込んだ。


 クリティカル!!


 ゆっくりと兔が地に沈み混んでいく上に浮かんだ文字と共に戦闘終了のシグナルが鳴る。


 こういう所はやはりゲームなんだな。


 感心していると兔の体が光り三つの魔法陣に変わる。くるくる周り始めたと思った矢先にルアの中に知識と暖かい力が流れ始めた。


 『軍団兔長より採取と草むしりを教えてもらいました。フィールドボスを倒したためApを入手しました』


 兔にしては強すぎると思っていたがどうやらこの草原一体を仕切っていたボスだったようだ。

 メニューを開きモンスター一覧を確認すると、一つだけモンスターの名前が載っていた。他の項目が何も表示されていない事から倒したモンスターしかここに明記されないようだ。

ログアウトする前に確認すれば、兔一般兵に成るまでに冒険者を10人、副団長になるには兔一般兵を100羽、軍団長にナルタメニハ…………ルアはモンスタ図鑑を閉じてログアウトを選択した。


 軍団兔長、最強だな。

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