正義の味方
ホアサイルから出て東。街道の先には荒野が広がる山肌が見える。
その山から石炭が取れることが分かったののは最近の事だ。
山肌が脆く崩れやすい為に危険が伴うこと、石炭を掘り出し運ぶ作業が重労働な上に街から離れている為にやりたがるものが居なかったこと。給金を払ってまで採掘しては経営者が赤字になるというのも相まって今までは手を付けられてなかった。
だが、二、三日前にその山の麓で人影を見た者がいるという。隣街の行商の帰りだったという男の証言によればその人影は小さな子供のようだった。
……と言うのがクエストの前提部分らしい。
ミルクレアと竜人に来たクエスト概要を読んでもらった時は唖然とした。いくらなんでもクエスト内容迄が停止しているとは思わなかった。梟が使えるのはこの世界の理の一つだが、クエスト内容は自力で調べば? と言うことだろう。二人が来なかったら誘拐犯を探すだけで何日かかったことか。
クエストに書いてあった場所まで行ってみると確かに子供を連れた見るからに怪しい男達が6人ほどいた。
子供達を牢屋に入れるでもなく、労働に駆り立てるでもなく麓にある坑道入り口をうろちょろしている男達は、上は獣革をベルトで固定し下はもんぺのような黒いズボンを履いている。如何にも怪しい。怪しすぎて笑いが出るほど怪しい。
反して子供達は悲壮の一言だった。
大きい子が小さい子達を庇うように男達に向かい合っている。大きいと言っても6才位だ。怖いのを堪えて泣き出してしまいそうな子を宥めている。ミルクレアの鑑定で調べたところ、外傷は無さそうだが精神力が限界に近い。
「ここは俺に任せてくれ」
竜人の無駄に爽やかな笑顔にルアは嫌な予感がした。そして、それはミルクレアも同じだったのだろう。
「その案というのは?」
ため息を一つ。
諦めと覚悟を決めたミルクレアに竜人は自信満々に己が作戦を話した。
荒野が広がる山肌。
その坑道入り口が見えるギリギリまで近付くと男達の苛立った声が聞こえてくる。
「あんの坊っちゃんはまだ、来ねえのか!」
「連絡はねえですぜ」
「頭、これ、騙されたんじゃないですかい?」
「うるせえ! ガタガタ文句言ってる暇があるなら様子見てこい!」
スゴスゴと手下らしい男が街道の方へと向かっていった。
これで人数は5人か。後、1人2人去ってくれれば人数的に楽になれるのだが。
「頭! やっぱり来る様子はねえですぜ!」
「くそ。あの奴隷証人の野郎、まさかこの段階で裏切りやがったか。大体最初から気に入らねえと思っていたんだ。にやけた面しやがって!」
頭と呼ばれた男の声に一番小柄な女の子が泣き出してしまった。
「こうなったら、このガキどもを始末するしかねえか」
向けられた声にミルクレアが覚悟を決めたのだろう。竜人にある合図を送る。
その直後だ。
ふふふ、ははは、あーははははは!
「誰だ!」
うわー。反応してしまっているよ。しかもとっても良い反応です。これは竜人が乗りに乗るだろうな。
「天知る、地知る、我が知る。貴様の悪事を挫くため、世界の平和を守る為——」
ボンッと煙玉を地面叩きつける。モクモクと沸き上がる煙を竜人の合図で風で吹き飛ばす。少し噎せたようだが竜人はマントをバサリとひらめかし声高に叫んだ。
「ドラゴン戦隊 竜人! 此処に見参!」
「仲間にされてますね」
「否定したい。すっごくしたい!」
キラリと光るエモーションと同時に自信満々な笑顔をちびっこ達に向ける。何が起こったのか分からずぽかんとしていた子供達だが、竜人が助けに来てくれた正義の味方だと——戦隊ものばりのアクション付きで——説明すると途端に歓声が上がった。子供達にさっきまでの悲壮感はない。キラキラと輝く瞳で竜人の一挙一動を備に見つめている。
一方、精神的置いてきぼりを食らった誘拐犯は竜人が言っている意味が理解できずこの現状に混乱していた。
「ど、ドラゴン戦隊?! なんだそれは?!」
「正義の味方だよ! すっごく強いんだからな!」
「お、おう? そうなのか?」
「知らないなんて信じらんね。有名なんだぞ」
「いや、君達も知らなかったろう」
「何しろ今、作りましたからね」
子供の適応力と創造力は凄まじい。既に知っていた、生まれる前から知っていた、と口々に言っては誘拐犯を更なる混乱へと陥らせていた。
「ちびっこ諸君、僕が来たからにはもう大丈夫だ! 悪人ども皆を離すんだ!」
オーバーアクションに反応して一斉に竜人の名前を呼ぶ子供達。何時からこのゲームは戦隊物になった。
「しゃらくせえ! おい、お前らやってしまえ!」
「ルア!」
「ポーズはしないからな!」
真っ直ぐに飛び込んでくる狼を一瞬にして焼き串に変える。それを蹴散らし飛び込んできたのはノッポの盗賊だ。素早く動くことにかけては逸品だが——
『スパイダーネット!』
ルアの手から放たれた雲の巣に飛び込みそのまま地面に転がってしまった。
『清らかなるものよ、永遠を内に秘めし乙女よ、その吐息を私にお貸しください——凍りなさい! アイスクルトゥーラー』
次いで、ミルクレアの氷魔法が雲の巣と地面を凍らせる。その凍てつきは男達の足元にまで広がった。そのまま走ればルア達にたどり着けただろう。だが、ヤバいと思ってスピードを緩ませたのが不味かった。踏ん張りを聞かせた男達は見事に尻餅をつく。何とか持ちこたえたものも必死に足をバタバタと動かしコミカルなダンスを踊っているようだ。
それを見て子供達からは笑い声が上がっている。
既に捕らわれの子供達という立場を忘れ完全に竜人の芝居に熱中している。
「くっそう。情けねえ奴らめ! おい」
「きゃあ!」
男達の横にいた大人しそうな女の子を横抱きにして男達は人差し指をルア達に向けた。
「けけけ、この、いっ——ひとじ——あいた——質の命が欲しかったら、ウガッ」
「蹴られてますね」
「今のアッパーは良いところに入ったぞ」
怖がっていた頃ならば大人しく従ったろうが、竜人という正義の味方を得た子供達は従来の暴れぶりが炸裂している。手に噛みつかれた痛みに右往左往しながら子供達を離したくとも離れないという本末転倒の状況に陥っていた。しかも痛みに悶絶する誘拐犯の足や尻を蹴るという子供達いわく正義の鉄槌つきだ。自業自得と思いつつも、哀れんでしまうのは何故だろうか。
「とにかく、コイツらを返して欲しけ——」
「くっ、人質を捕るとは卑怯な!」
いい加減出番の無さに痺れを切らした竜人が誘拐犯の台詞を横切る。必死に言った——恐らくは——決め台詞をトン切られては流石に哀れだ。
「竜人。直ぐに倒されるとはいえせめて最後まで言わせてあげなさい。チラリとしか映らない悪役さん方も変身シーンは行儀正しく待っているではないですか。直ぐに記憶から淘汰される相手の見せ場は遮らないのはマナーです。誰も気にもかけないマナーでもマナーである以上守らないといけません」
「ミルクレア、余計に可愛そうになってくるから止めてあげて」
「うるせえ! 人の気も知らねえでご、ゴチャゴチャと横から口だしてるんじゃねえ! 」
「竜人! 助けてえ」
悲痛さの欠片もない幼い少女の黄色い声に竜人がガッツポーズをとる。
「こうなったら! ミルクレア、ルア。三人合体技スパイラルブリザー」
「……竜人?」
「——は使うまでもないぞ! とう!」
飛び上がった竜人の足に渋々とミルクレアが水を纏わせ、ルアがその水の上に炎を纏うイメージを重ねた。ぶっつけ本番だ。失敗して竜人の丸焼きが出来たらと心配していたが、ミルクレアの水魔法の威力が高かったのか、ルアの火魔法の腕が上がったのか。見事に合わさった二つの魔法は重なった部分から雷のような光を纒だした。
「ドラゴンッサンダーキック!」
竜人の蹴りで男の体ごと宙に浮かぶ。放り投げ出された女の子を竜人がお姫さま抱っこでしっかりとキャッチすると、ドッと歓声が上がった。
「怪我はないか?」
「は、はい。竜人……さまぁ」
ふっくらとした頬を赤く染めキラキラと瞳を輝かせる女の子に爽やかな笑顔にキラキラエモーション付きの竜人は白馬に乗った王子様に見えたことだろう。
「本当にやることが想像が付かないですね……ふふ、竜人のおつむは……フフフ……」
隣に立つミルクレアから寒気が吹き上がっているような気がしたが、氷魔法の残骸だと思うことにした。
「ドラゴン戦隊の登場だぜ! がおォー」
「がおー!」
それは襲いかかるライオンだろうと思いつつも、小さな子供達が必死に真似る姿は微笑ましいものだ。
既に正義のヒーローになった竜人が子供達の質問に一つ一つ丁寧に答えていく。好きな食べ物、色、遊び。憧れの眼差しを一身に受け竜人は得意満面の笑顔だ
そして、ミルクレアの回りにも子供達が集まってきていた。やはり、子供心にも綺麗なお姉さん、と言うのは分かるのか主に女の子だったが構って欲しいとミルクレアに頻りに話しかけては、柔和な笑顔で頭を撫でられ嬉しそうに瞳を細めている。
ルアは、と言うと当然、誰一人近付いて来ない。磁石の同じ電極の如く、近付けば離れるのが自然掟のように、誰一人近付いて来ない。
ルアの笑顔に圧倒されたのでしょう、とはミルクレアの言だが……渾身の出来だった筈なのにと思うと涙がうっすらと視界に広がっていきそうだ。