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危機

 ルアは目を擦ってもう一度画面を見直した。

 完了したクエスト3つ中2つが特殊クエスト。しかも貰えるAPが飛び抜けて高い。

 報告さえすれば一気に83ポイントものAPが貰える。予備に回していたスキルも一気に取得出来る上にランクアップもし放題じゃないか。

 とりあえずはLVアップで貰った8ポイントで魔法だというのに3ポイントしか使わない神聖魔法を取ってみる。神聖魔法……良い響きだ。正義の味方(ヒーロー)になったかのような気分になる。人前では絶対に言えないが。

 ルアは片手を腰に充て決めポーズをとる。


「勇者ルア、けんざ——」


その途中にキラキラと光が舞い降り、2通の手紙がルアの元に落ちてくる。

 あわあわとその2つの手紙を拾い上げたルアは周りに人が居ないことを確認してホッと息をついた。

 こんな姿を見られる訳にはいかない。なにしろ、今はログアウトが出来ない状態だ。逃げ道がない状態であの台詞を人目に晒されたら恥ずかしさに泣き出してしまう。いけない、それはいけない。幾ら大量のAPに浮かれていたからと言って油断は禁物だ。自重しなければ。


 大いに反省をし手紙を開ける。差出人は思った通りの2人だった。


『システム停止って何しちゃったんだ。ルア! 食べちゃいけない禁断の実でも食べたのか? あれほど拾い食いは行けませんっていっておいたでしょう! お兄ちゃんは悲しいよ、うう。とりあえず噴水前に集合なんだからね!』

『ルアへ。

このような連絡方法しかないと言うことは余程の事かと思います。体に異常はないですか? 無茶な事はしていませんか? 私も竜人も心配してます。一度、広場前の噴水、三人でホーム登録した場所で落ち合いましょう。もし、来れないようならば再度連絡下さい。何かしら手を打ちます。

どうか、この手紙が貴女に届いていますように。ミルクレア』


 若干の混乱と焦りが見える竜人にただただ身を案じてくれるミルクレア。二人の手紙に燻っていた重みが取れ代わりに擽ったいような暖かいような不思議な感覚が胸に広がっていく。

 直ぐに返事をと思ったが、ステンドグラスを突き破って梟が飛来したらホラーだ。一旦、外に出ようとしたルアは異変に気付いた。


 何やら外が騒がしい。

 よく聞くと高齢の男性と幾人の男達が言い争っているらしい。

 クエスト報告に来たプレイヤーか、と思ったがどうやら違うようだ。


「なんだ、まだ、女がいるじゃねえか」

「目付きは悪いがなかなかのタマだ。おい、じいさん。あいつで手を打ってやっても良いぜ?」


 扉を開けると数人の男がルアに目をやりニヤリと笑った。


「この方は関係ありません」


 男達の視線から庇うように神父が間に立つ。横目でルア見ると中に入っていなさい、と教会へと視線を移動する。出て行かせようにも男たちが入り口を塞ぐ形になっているのだ。

 その顔は青ざめ、拳が微かに震えている。

 怖いだろうに守ろうとしてくれている。


「私に用か?」


 教会に戻らず真っ直ぐ歩いていくルアを止めようと神父が駆け寄る。出来ることならば大丈夫、と笑って言いたいのだが、また、誤解されても困る。制止の言葉が出る前に神父の腕に触れ大丈夫、と頷くに止めた。


「ちょっくら、人手が足らなくてよう。こうして、神父様にご丁寧に頼んでるって訳だ。姉ちゃんも手伝ってくれよ。俺らと愉しんだ後でいいからよ」

「何だったらそれ専用でも良いんだぜえ?」

「おいおい、お前が先じゃ使いもんにならなくなっちまうだろう」


 品のない笑い声に眉が潜まる。


「煩い。教会で騒ぐな」

「ああ? 誰に口聞いてるんだ、コラ」


 男の拳が顔目掛けて降り下ろされる。顔を殴ればちょっとは大人しくなるとも思ったのだろう。だが——

——遅い。

頭を横にずらすだけでそれを避ければバランスを崩した男はそのまま石畳に顔を打ち付けた。


「こ、この!」


 飽きもせずに顔目掛けて降り下ろされる拳を避けるついでに軽く背中を蹴る。勢いづいた男は仲間を道連れに倒れ込んだ。


「すまないな。そんなに仲間が恋しかったとは気付かなかった。何だったら揃って仲良くお帰りしていいぞ。此方に未練は気ともないし」


 お帰りはあちらと丁寧に入り口まで指差してやったと言うのに、何が気に食わないのか。男達は敵意を顕にルアを睨み付ける。そして、突進してくる。

 また、顔か。

 少々げんなりしつつ今度は避けなかった。当たると思ったのかニヤリと歪んだ口が次の瞬間、悲鳴を上げる。

 顔面に届く直前の拳を払いのけ、その肘を掴み捻りあげたのだ。勢いが乗っていた分の圧力がそのまま腕の筋にかかる。準備体操でもしていれば幾らか軽減されただろうが、不健康な顔をしている男達にそれを期待するだけ無駄というものだ。


「い、いてえぇェ! 手を離せ!」

「うん? こうか」


 言われた通りに捻りあげた方向に勢いを付けて離してやる。受け身というものを知らないのか、見事なぐらいに地面に叩き付けられた男が苦悶の声をあげた。


「てめえ! こんな事してただですむと思ってるのか!」

「記憶力が悪いのか? 最初からただで済ませる気はなかったじゃないか」

「なんだと?!」

「うん? 耳まで悪いとは可哀想にな。神にもすがりたくなる訳だ。しかし、神様もお前達の顔は見たくないと思うぞ? 己の失敗作は、な」


 殺気だつ連中にルアは軽く肩を竦めた。それが又、馬鹿にされたと彼らの怒りを駆り立てたんだろう。男達は刃物を取りだし、その切っ先をルアに向けた。


 物の見事に乗ってくれる。


 ルアは手に魔力を込め初めた。展開すべき魔方陣は3つ。威力はそのままに相手に気取られないよう手のひらで縮小させる。悪しき者を屈する力。それにいち早く気付いたのはさすがと言うべきか神父だった。


「いけません! 暴力は——」


 神父が声をあげると同時に男たちが得物を手にルアに襲いかかって来るのは同時だった。神聖魔法——あいつらの動きを封じ込める。雲の巣に絡み取られた虫のように。


『スパダーネット!』


 ルアの手のひらから光で出来た雲の巣が男達に襲いかかりその身をぐるぐるに巻いた。


「そのまんまか!」


 イメージに対してそのままな呪文に思わず頭を抱える。使える事に代わりはないが幾ら何でもこのネーミングはない。

 『こ、これは神聖魔法! あなたは一体……?』と神父の驚く顔を見る予定だったのに、カッコつけた分だけ微妙な呪文がより恥ずかしい。


「余計に騒がしくしてしまい申し訳ありませんでした」


 巡回中の衛兵が処理してくれるらしいので、文句を口にするグルグル巻きの男どもを一揃えに入り口置くとルアは謝罪した。

 誰も居なかったとは言え教会——しかも神父の前でやる行為ではなかった。

 だが神父は謝罪に頭を振り、ルアが頭を下げるのを止めさせた。


「本当に怪我はないですか?」


 幾度も聞く灰褐色の瞳は余りにも優しい。神父としての役目だけでなく元から性格が良いのだろう。素直にコクリと頷くとあからさまな程に神父の緊張が解けていった。


「あなたの身に何もなくて良かった」

「彼らは私の前にも誰かを浚ったのですか?」


 入り口にいる男どもを確認しながら言う。大声でわめき散らしている様子からこちらの会話は聞こえていないだろう。だが、神父の声は途端に小さいものになった。


「何故、そう思うのですか?」

「彼らは、『まだ』女がいると言いました。誰も浚っていないのならそうは言わない筈です」


 神父は一瞬目を見開いた後困ったように笑った。


「教会にいた子供たちが拐われてしまったのです」


 子供達——その言葉に鼓動が大きく跳ねた。あいつらが言っていた人手とは子供だったのか。


「神父、けいさ……衛兵に連絡はなさったのですか? それか——」

「彼らはただ命じられただけでしょう。子供達の行方は分からないのです。ですから、見知らぬ優しき方よ。この件にはこれ以上触れない方が貴女の為です」

「ですが、子供達が!」

「落ち着いて。大丈夫です。まだ、罪なき子らです。きっと神が助けて下さいます」


 そんな馬鹿な! 幾ら神を信じるようにインプットされたといえ全て信心で解決する訳がない。神なんて——と言いかけルアは口をつぐんだ。

 神……その対象を否定する事は目の前にいる神父その者を否定してしまう。代わりにルアはじっと灰褐色の瞳を見つめた。先程ルアを心配してくれた時とは違い、視線が揺らめきがちだ。


「神父は嘘が上手くありませんね」


 人口知能は嘘を付かない。正確には付けない。ロボット三原則はこの仮想現実に置いても適用されている。先程のNPCの悪態もプレイヤーを楽しませる為の演出としてプログラミングされているだけだ。

 どれ程人口知能が発達し人間に近付いたとしてもその根本は覆る事がない。たとえ、どれ程子供達を大切に思っていたとしても人間(プレイヤー)に危害が加わる可能性が生じれば迷わず子供達(NPC)を切り捨てる。

 けれども、神父の瞳には迷いが見えた。


「神父、私の知る言葉に『神は成さんとする者を助ける』という言葉があります」


 ルアはそれだけ言うと神父の言葉を待った。過ぎる言葉を重ねれば誤解されてしまうのがルアだ。一刻を争う事態に無用のわだかまりを残したくない。それに、この人ならば最後まで口にせずとも分かってくれる。そう信じている。


「まだ…………たった5つ、6つの子らです」

 

 戸惑いが滲み出る声にルアは真剣な表情のまま頷いた。理性と愛情の狭間で揺れ動く様が痛々しい。だが、助けを与える事は出来ない。

 一方で馬鹿なことをしている、と思ってしまう部分もあった。

 幾ら精巧に作られ、人間に近い人口知能を与えられているとしてもプログラムの塊でしかない。

 これもゲームの演出かもしれない。プログラムにない選択肢を与えられ処理に混乱が生じているだけかもしれない。

 神父が瞳を閉じると目尻の深い皺に隠された慈愛と希望が溢れだし、そのまま頬を流れた。


「どうか、助けてください」


 深く下げられた頭に託された思いをしっかりと受け止める。


「祝福を、神父」


 聞いたことのない言葉が耳に響く。意味は分からないながらもルアは頼もしいと感じた。そして、祝福の効果は思ったよりも早く訪れる。


「ルア!」


 教会の柵の先。

 そこに現れた二人の姿にルアは思わず笑顔を浮かべた——ような気がした。

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