Fair Rare Kids〈羽の生えない天使〉
「あらあら、今日はどうしちゃったの?
まるでお葬式だわね」
「そんなんじゃないさ………
ただ、この新米刑事さんが………
ちょっとね……」
「さてはなんかやらかした?
それでなくても大変なとこなんでしょ?
………捜査一課?」
「やめてください!!
俺……やっぱり飲む気になんかなれません。
折角誘ってもらっといて
………あれなんですけど」
「湿気た面すんなって!!
ママ!こいつにうんと濃いやつ…………」
「もう!強引なんだから!
無理に飲む事ないわよ…………
ねぇ!川端君?」
「……頂きます」
「あら………」
「そう来なくっちゃ!!
ほら……ママ、何やってんの!」
「変な子ね?……飲むんだ」
「当たり前だろ!!
今日はこいつに話があんだ」
「俺に話………………ですか?」
「そうよ!
今日はお前をしごき直してやる」
「じゃあ訊きますけど、石黒さんは平気なんですか?
あんな…………
あんな殺され方して」
「お前、こんなことでいちいち凹んでたら身が持たないぞ!!」
「こんなこと………
……………ですか。
俺………
… …………… ……………
やっぱり無理かも。
石黒さんみたいに“こんなこと”で片付けて…………
慣れる事なんか………」
「バカかお前!!
誰が慣れろっつった!!
この際お前に言っといてやる。
俺たちの仕事はなぁ、何十年やったって、何百年やったって絶対に慣れる事なんてないんだ。
死んだ人間の顔はなぁ!
いつまでたっても恐ろしいもんだ。
恐ろしくて……………………… …
……悲しいもんだ」
「じゃあ俺たちは耐えるだけなんですか!」
「甘ったれんな!!
さっきからお前の言ってることは泣き言にしか聞こえねぇなぁ!?
泣き言ならまだいい……
お前のは泣き言を通り越してただ逃げてるだけじゃねぇか!!」
「分からない………………… ………
……………………
俺には分かりません」
「頭を遣え!!
逃げるんじゃなくて踏み込んでみろ!!
自分で決着を着けるんだ」
「分かりません………」
───── ─────
── ───────────
「ほらよ…………」
「………………… ………
何ですか?…………これ」
「笑ってんだろ?」
「あっ、これは…………
……………あの子の……」
「そうだ…………」
「あなた達…………
あの事件の?…………」
「そう…………
服もろくに着せてやらねぇ……
飯も喰わせなきゃ………
風呂にも入れてやらねぇ……
…… ………………………
あのとんでもない両親がこの子を殺したんだ」
「笑ってるじゃない……」
「だろ?
それなんだよ………」
「え?」
「父親の携帯からポジに焼き付けといたんだ。
なんで奴がこれを撮ったのかは分からない。
大方は苦し紛れの言い訳にでもしようと考えたんだろうよ…………
虐待なんぞしてません…って訳だ」
「でも痣だらけじゃないこの子………
ガリガリよ?
酷い………
なんでこんなことが出来るの?」
「そう………… …………
でも、傷だらけの天使は…………笑ってる」
「ほんと………
痛々しいわ…………」
「司法解剖の結果、この子の胃袋からは髪の毛と段ボールの切れ端しか見つからなかったそうだ」
「惨いわね…………
…………惨すぎる」
「石黒さん…………
なんでこんなもん俺に見せるんですか………」
「知りたいか?
見ろよ、この子の綺麗な笑顔…………
この子はな?
これが撮られた一時間後に亡くなってる。
お前も知っての通り……
死因は、餓死だ」
「まさか…………
………そうなの?」
「これはなぁ…………
… …………… ……
………これはこの子の見せた最後の………
最後の… …………
……………… ……………
うっ… … … …………」
「い…石黒さん…………」
「これはな?
笑いたくて………
笑ってんじゃねえんだ………」
「………… … ………」
「子供は口が利けない分、泣いて意志を伝えるもんだ。
………… …………………
でも…………
この子の両親には通用しなかった………。
カーペットに顔を擦り付けて髪の毛を食べたんだよ…この子は………
この子の意志なんかじゃない…………
この子の命が………
生きようとする命が最後の最後にそうさせたに違いないんだ………。
それで…………
それで……………………
… ………… ………
泣いて…………
泣いて駄目なら………
…………………………
笑ってみせた。
子供の…………
奥の手だよ。
これはな?…………
神様が……………
…神様が笑ってんだ。
ほら…………綺麗だろ?
………………… …………
普通…………
放っとけないよなぁ?
こんな風に笑ってりゃ、大概の人間は親じゃなくても可愛くて何とかしたくなるだろ?
でも………駄目だったんだ………。
………この子の親には通用しなかった」
「もうやめて!
………………やめてよ」
「だからなんで…………
これを………
………俺に?」
「ママ、おかわり…………」
「あっ………うん」
「もう二十年も三十年も前になるかなぁ?
横尾忠則って絵描きが居てさぁ?
その頃はポップアートみたいな事やってて……。
でな?
そいつがこんな事を言ってたんだ。
今じゃ大分マシになってるけど、当時のエチオピアやソマリエの旱魃地帯は、そら酷いもんだった。
その地域では平均寿命が十才に満たなかったんだ。
伝染病とか喰うもんが無くて子供が当たり前に死んでいく訳さ。
……… ……………
天国に一番近い子供たち………」
「えっ?
………何ですかそれ」
「その子供たちを、彼はそう呼んだんだ………
天国に一番近い子供たち…って」
「あんな地獄みたいな所に生まれて……ですか?」
「人を殺めたりしなくても、嫉妬や憎しみ………
それに欲望や貪りに身を堕とす者は天国には行けないとされてる………。
まぁ、彼の宗教観は仏教に近かったようなんだけどな……」
「つまりこういう事?
その子供たちは何一つ罪を犯さず、苦しみだけを受け入れて、死の意味も知らずに逝ってしまう………
だから……………
天国以外に行き場所がない…と」
「そうなんだ。
あそこに生まれた子供たちには罪を犯す余裕すら無かったんだ。
それから……………時間もな?
流石はママだな!!
伊達に年は食ってない………」
「うるさいわね!!
この……………鬼瓦!!」
「見ろよこれ………
…………… ………………
この時にこの子は………………
もう、向こう側が見えてたんじゃないか……って
………… … …
俺にはそんな気がするんだ」
「なんて可愛いいんでしょう…………
ホントに綺麗ね……」
「でも…………
……… ……………
石黒さん…………」
「何だ!」
「石黒さんでも………
あ、いや、鬼の目にも…………」
「な・み・だ……………………でしょ?」
「お前らな───、
お前らは本当に優しくない奴等だ………
……………
……………… ………
いいけどよ… …………」
「フフッ………おかわり?」
「チェ! ………… … …
…… ………………」
「……………………
ママ…… ………
俺にも…………」
「はい、フフフッ…」
「川端!………今日は飲むか!!」
「付き合います……」
「あたしも………飲んじゃおうかしら?」
「いいけど…………
………………自前だぜ?」
「あらヤだ!!」
羽のない天使
─────完結