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金星・氷淵・明けない夢  作者:
第二章:鎖・悪意の行方・因果応報の意
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第三嚢:表裏の英雄像は原罪と聖者を示す

内容:一人称僕。主人と奴隷。

 『聖職者がいつの時代も善人であれば、神が人を見捨てることはなかっただろう』。

これが僕の国の元大司教様が言いすてた台詞だ。

信心深い僕の国で、この発言だから、まったく、大司教様の度胸には恐れ入るね。いや、元か。

だけど、元大司教様がそんな愚痴を言いたくなる気持ちもわかる。

外から見てもわかるほど内部から腐りきっている国の宗教の根本にいたんだから、むしろそんな発言をしただけ、元大司教様は比較的まともな聖職者だったのかもしれない。

本人と会ったことのない僕にはわからないことだけど。

それにしても、神が人を見捨てた発言は禁句だったな。

図星すぎて全く笑えない。

薄々国民たちも勘付いてはいたんだ。

聖職者たちはもっと早く気付いてたのかもしれない。

だけど、そもそも人間なんて醜い生き物だろ?

それを分かっていて、僕の国の守護神をしていたはずだ。

だとしたら一体なぜ神はあのタイミングで僕の国を見捨てたんだろう?

愛想を尽かすには遅すぎたし、完全に見切るのには早すぎた。

まあ、今となっては、理由なんてどうでもいいけど。

とりあえず、そんなわけで僕の国は滅亡した。いや、元国か。

 教会と孤児院とお金。

この三角関係に巻き込まれた子供たちの行く末について、考えてみてほしい。

人の恋路をなんとやらというが、この三角関係にだけは絶対に巻き込まれたくないものだ。

そうは思っても、亡国出身で孤児の僕がその泥沼に巻き込まれないわけがなく、トントン拍子に人と人との間を行き来して、最終的にたどり着いたのが、檻の中であった。

どうやら、隣国の腐り加減も亡国レベルであるらしい。

それでも守護神が見捨てないのだから、この国は恵まれている。

とはいえ、他人の幸せを羨んでも状況は変わらない。

檻の中には、孤児院から一緒に連れてこられた何人かの男女がいた。

どいつもこいつも薄汚れているのに、元の顔立ちがいいためか、なぜか見苦しくない不思議。

目は死んでるが、無気力な若者たちという題で、額縁に入れて飾りたいほど絵になっている。

一方僕はといえば…何故この檻の中に一緒に入れられているのか自分でもわからない。

ダイヤモンドの中に間違って紛れた小石みたいに、居心地が悪い。

奴隷商人の親父も同じことを思っていたのか、僕だけ他の連中より値段の桁が少なかった。

それでもなぜか檻を移動させることはしなくて、他の連中が買い取られ、僕が一人になるまで気まずさは続いた。

 そうして何ヶ月かすぎて、ついに僕の購入者が見つかった。

僕を買おうとするなんて余程のモノ好きだと思いはしたけど、世の中にはゲテモノ趣味という言葉がある。

つまりは、そういう趣向の持ち主なのだろう。

檻の中から出れたことを喜んだほうがいいのか、変な趣向の輩に買われてしまったことを悲しんだらいいのかよくわからない。


「これが…?」


 眼鏡をかけた黒い衣服をまとった品の良さそうな男が僕を見て、眉をひそめた。

どうやら、ゲテモノ趣味だと思ったが、そうでもないようだ。

親父に騙されたのだろうか。


「そうでございます」


 なぜか自信満々に言う親父。

更に値段がお得なことをアピールする。

人一人の値段がどれだけすれば妥当なのか僕にはわからないが、それでも親父の口にした金額が僕には決して安いとは思えなかった。


「証明書は」

「こちらに」

「……確かに本物、か。…わかった。これでいい」


 男は親父にその場で金を払うと、そそくさと店から立ち去った。

僕はその背中を黙って見送った。

男の言った『本物』という言葉が少しだけ気になった。




*****




 金持ちの家という僕の想像は大変貧相なものだ。

そもそも僕のイメージする金持ち像は亡国のものなわけで、神から見放され、貧困で喘いでいた国の金持ちなんて、ほとんど他国に財産を奪われていたわけだから、この国の平民のほうが金持ちだと思える。

そんなわけで、僕の金持ち像から大きく外れた屋敷をこうして間抜け面で見ることになったのも仕方ないというものだ。

しかし、どこからどこまでがこの家の主人の所有地なのだろう。

突然現れた塀を見て、その先に目を凝らす。

それはどこまでも続いていて、僕の目では到底終わりが見えそうになかった。

諦めて塀越しから見える二階建の建築物を見詰める。

同じ二階建てで何故亡国の貴族の屋敷(笑)とこんなにも大きさが違うのだろうか。まったく、笑えない。

こんな家の持ち主がゲテモノ趣味かもしれないというのだから世の中はわからない。

僕はガタガタ揺れる馬車の中でぼんやりと屋敷の全貌を眺めながら、これからの生活を思い、溜息をついた。

そうして、物思いにふけっていると、馬車は止まった。

馬車から降り、周りを見渡す。

裏口、だろう。

正面から見た玄関よりも何分の一か小さい、といっても亡国と比べれば何倍だが、の扉の前に僕は連れて行かれた。


「6分47秒の遅刻だ。一体何をこんなに手間取っていたんだ」


 そこには眼鏡のあの男が立っていた。

この屋敷の執事だと親父は言っていた。

男は僕の到着が遅れたことについて、いくつかの文句を並べ立てた。

僕はそれをうんうんと頷き、殊勝に聞いているふりをしながら、右から左へ聞き流した。


「…来い」


 ようやく話が一段落ついたかと思えば、男は黒い衣服の裾を翻し、僕に背を向けた。

僕は置いて行かれないように小走りで男についていく。

縦にも、もちろん横にも広い廊下。

僕はこんなに長くて、滑って転びそうになる床を見たことがない。

少しの埃も汚れもないのかと粗探しをするが、僕の眼に映る限り全く見当たらない。

一種の神秘だ。

ここまでくると金持ちに対して嫉妬心もわかなくなるから不思議だ。


「入れ」


 金色のノブのついた扉を開き、鋭い視線で男は中に入るよう促した。

慌てて僕は部屋の中に入る。

それを見届けると男はそのまま扉をしめた。

中にはすでに一人の女がいた。

僕の上司となる人物だろうか。

とりあえず挨拶をしようと頭を下げる僕を遮るように女は無言で僕の衣服を脱がせた。

抵抗する暇もなく、僕は女が指示するままに動かされ、湯呑の場に連れて行かれる。

そうして、桶に張られた湯を乱暴に浴びせられたかと思うと、そこから先は女の独壇場だった。

痛いほど体を擦られたり、わけのわからない香りのする液体を塗りたくられたり、ようやく解放されたかと思うと真っ白なひらひらした服を着せられる。

そうして、無表情のまま女は僕を部屋から追い出した。

どうすればいいのかと戸惑いながら、扉の前の廊下でうろうろしていると、冷たい視線を背筋に感じ振り返る。

物凄い速さで歩いてくる男がそこにいた。


「勝手に動き回るな」


 なんて理不尽な。

文句を言いたい気もしたが、言える身分ではない。

社会は理不尽の連続だとそう呟いていた奴隷商人がなんだか懐かしく思えるから、僕は新しい環境に疲れているのかもしれない。


「期待はしてなかったが磨いても光らないとは…もう少し他の店を探してみるべきだったな」


 本人の前で後悔されても。

どうせ僕は石ころですよ。

磨いて光るのは宝石だけだ。


「ついてこい。主人がお待ちだ。奴隷如きが主人を待たせるなど信じられん」


 僕は男の後を黙ってついていく。

足のリーチの違いで自然早足になるから、転ばないようにと下を向く。

考え事をしてぼんやりすることが多いせいか、栄養が足りないと如実に示されている棒のような足のせいか、僕は転ぶことが多い。

下を見るとさっき女の人に渡された、新品で履き心地の良い白い靴が不釣り合いにも僕の足についていた。

日に焼けた細い足首が上品で高価そうなその靴からのぞく様子は僕にちぐはぐした印象を与えた。

考え事をしていて歩いていたせいで急に歩みを止めた気付かず、男の背中に顔ごとぶつかる。

睨まれ、小言を言われる前に頭を下げて謝る。

鋭い視線を僕に向けながら、男は扉を叩いた。


「連れてまいりました」

「入れ」


 爽やかな声だ。

声だけで人を惹きつけれるなんて、羨ましいこと山の如しだ。

そう思いながら、男に促されながら部屋の中に入る。

部屋にはいろいろなモノが溢れていた。

価値のわからない絵画や壺、ふかふかした絨毯、壁に貼られた肖像画の数々。

それらを見ながら、足を一歩一歩踏み入れる。

それにしても、なんていう息苦しさだ。

僕は思わず胸に手を置いた。


「ようこそ」


 僕は頭を下げたまま、つま先を見つめた。


「顔をあげて」


 ゆっくりといわれるままに顔をあげる。

柔らかそうなソファに座るその人は天使のような顔で微笑んだ。

僕は無表情でその人を伺う。


「中性的な顔つきだね」


 褒めているのだろうか。

とりあえず、引き攣りながらも笑ってみせる。


「スティーブ。よく彼女を見つけ出してくれた」


 どういうわけか満足そうな顔をして、目の前の人は隣にいる男にそう言った。

どうやらゲテモノ趣味という僕の予想は当たっていたようだ。

なんてこった。


「本当にコレですか…?売れ残りですよ」

「それはラッキーだ。残り物に福だね」

「私にはとてもそうは思えないのですが」

「確定ではないけど、ほぼ断言できるよ。それに、すぐ証明できる。それより、この子処女?」

「そうです」

「よかった。連中もただの大馬鹿ではなかったんだね」

「年齢の問題だと思いますが」

「熟すのを待ってたってこと?まあ、今となってはどうでもいいや。すべて、終わったことさ」

「コレにとっては、始まりですが」

「ははは、スティーブ。コレではないだろ?彼女はわたしの光なのだから」


 声をあげて笑うその人の口の中が見えた。

そして、僕は理解した。

頭の中で会ったこともない大司教様の言葉が浮かんで消えた。

お父さん、僕はとんでもない主人に買われてしまったらしい。


中途半端に終わる。

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