第二嚢:果てない世界の理不尽な復讐
内容変更:一人称俺。ハーレム男と男装女。
伝説の大賢者。
異世界から来るその者は国に恵みをもたらすという。
数十年に渡る隣国との戦争によって疲弊したこの国に、とうとうその大賢者様が現れたという噂を耳にした。
俺には全く関係のない話だった。
そんなことより、今の俺に大事なのは明日を生きる糧だ。
ようするに仕事がなかった。
戦争が終結していない今、傭兵の仕事は儲かってもいいはずだが、俺にはその儲けが全く入ってこない。
女という理由で。
傭兵の採用条件では性別が男に限定されていることが多いのだ。
しかも紙面上では性別限定されてなくても、面接したら一発で不採用ということもざらにある。
だったら、と男装してみるも、これも大失敗。
どういうわけか年齢が実年齢よりも大幅に下に見られ、女顔で侮られた。
侮ってくれるのは油断を誘えるから利点となるのだが、面接の際には欠点にしかならないことを俺は悟った。
今日も俺はギルドに来ていた。
今日こそ紹介所でギルドの巨乳姉ちゃんに仕事を斡旋してもらうのだ。何度目だよ、とダメ人間を見るような顔で蔑まれながら。
そんな俺のいつもの紹介所の前に見慣れぬ集団が押し寄せていた。
毎日来る俺(厄介者)の担当になってしまった巨乳姉ちゃんは普段であれば俺以外の人間の仕事を斡旋することが少ない。
ギルドはレベルごとに紹介所が室内でわかれている。
その中で巨乳ねえちゃんの担当は、Z級(厄介者)専門。
Z級認定されているのは毎回面接で落とされている俺とか、依頼を受けると殺人事件に巻き込まれる奴とか、どの依頼主とももめ事を起こす奴とか…とにかく何かしら問題がある輩ばかりだ。
俺がその一人だと認定されているのは大変遺憾だが、まあ仕方がないと最近では諦観の域に達している。
それにしても、あの集団はなんなんだ?
女性率が半端じゃない。
というか一人を除いて、全員女じゃないか。
見た目からして貴族の嬢ちゃんばっかだし、ひやかしにでもきたのか?これだから金持ちは…。
呆れながら、俺はその厄介な集団に背を向けた。
どう考えても関わりあっていいことがあるように思えなかった。
「リーガさん!」
最悪のタイミングで名前を呼ばれた。
知らないふりをして立ち去ろうとしたが、傍にいたギルド職員に笑顔で腕を掴まれた。
俺は連行された宇宙人の気持ちを味わいながら、その集団の前に連れられた。
顔面偏差値が異様に高い女性たちが俺を見定めようと目を凝らしていた。
その中で一人、異質の存在である男は呆気にとられていた。理由は知らない。
俺は名前を呼んだ巨乳姉ちゃんに視線を向けた。
巨乳姉ちゃんは今だかつて見たこともないほど、艶やかな笑顔を浮かべていた。
「ちょうどよかったわ。この方が傭兵を探していて、あなたのことを紹介していたところだったの」
そう言って媚びるような視線を送った先にいたのは、ぽかんとしてこちらを見る男。
元が美形であっても、間抜けにしか見えない表情をうっとりとした顔で巨乳姉ちゃんは見つめている。
その巨乳姉ちゃんを睨みつける女性たち。
なんだこの状況。
「仕事内容はこの方の護衛よ。他のお付きの方たちは…術師としても御高名な方たちばかりだから護衛は必要ないみたい。あなた一人でも十分だわ」
女性たちのプライドにつけこんで護衛をつけさせず、勝手に死んでくれという巨乳姉ちゃんの態度に頭を抱える。
どう考えてもこの仕事は厄介なことにしかならないと断言できる。
だが、断ろうとした俺に留めの一撃とばかりに巨乳姉ちゃんが口を開いた。
「毎日三食寝床つき」
陥落した。
*****
「実は迷いの森の聖域に行きたいんだ」
自称賢者はそう言った。
最初は冗談だと笑ってスルーしたが、どうやら本気で自分を賢者だと思い込んでいることが会話を進めていくうちにわかった。
しかも恐ろしいことに、周囲の女たちも共通認識を持っている。
今更つっこむには遅すぎた。
「土地勘のある人が必要で、ギルドに行ったら、君を紹介されたんだ」
一か月にも渡る戦闘を終えたような気持ちで溜息を吐く。
遠目に護衛している騎士たちもぐったりとした顔をしていた。
おそらくこの女性集団たちに離れて護衛しろなどと無茶ぶりをされたのだろう。同情する。
あいつらも迷いの森についてくるのだろうか、ついてくるのだろうな。
だが、迷いの森はその名の通り、人間たちの方向感覚をおかしくしてしまう。
いくら土地勘があるからといっても、迷いの森は時間ごとに森自体が変化するため、道順を覚えるなど不可能。
迷いの森に入るなんて無謀なことをする馬鹿はいない。
目の前の集団以外は。
「前金」
「え?」
「前金払えって言ってんだよ。じゃねえと話にもなんねえ」
かったるそうな態度でそう言うと、男の傍にいた女どもが殺気立った。
何かを怒鳴ろうとする前に男は袋を取り出した。
「これで足りるかな?」
袋の中身を確認する。
みっちり詰まった金貨だ。
自称賢者様の稼いだ金か、女どもに貢がせたのかは知らないが、これでしばらく俺は生きていけそうだ。
俺は気に食わないが、この仕事を投げ出すのを止めた。
とりあえず袋をマントの裏にしまいこみ、三本の指を立てた。
男は不思議そうな顔でその指を見つめる。
「条件は三つ。一つ、連れて行くのはお前だけ。二つ、何があっても俺の側から離れない。三つ、この二つの条件を破った時点でこの依頼は破棄させてもらう」
そこまで言うと女どもが騒ぎだした。
それを右から左に聞き流す。
こういうのは聞いて害になっても、得にはならない。
だいたい、迷いの森に集団で行くなんて集団自殺しに行くようなものだ。
理由は知らないがあの森には魔物どころか生物すら存在しない。
腕に覚えのある護衛をいくら増やしても無意味だ。
あの森で必要になるのは守る力ましてや戦う力なんかではない。
騒ぐ女どもと対照的に男は考え込んでいるようだった。
そしてうつむいていた顔をあげ、俺と視線を合わせる。
「わかった。君を信用する」
俺はお前のこと信用しないが。
*****
女どもをどうやってなだめたかは知らないが、翌日男は確かに一人だった。
迷いの森の手前で待つ男は俺に手を振る。
ヘラヘラ笑う顔に拳を一発いれたかったが、護衛する相手に暴力を奮うなんて本末転倒だ。
それに今日の俺は機嫌が良い。
昨日、前金とは別に宿代を貰い、高級宿屋に泊まったからだ。
ふかふかのベッドの柔らかさにはうっとりした。
あのベッドで寝た瞬間、男と女集団に寛容になった。
そんなわけで気持ち悪いが男と手をつなぐのも、そこまで抵抗なくすることができたのだ。
「俺の手を放したら、そこで死ぬと思え」
多少大げさに脅しすぎたが、手を放されて困るのは確かだった。
迷いの森では警戒し足りないということはない。
集団で森に入って傍にいたはずなのにいつの間にか自分一人になっているなんて、迷いの森に一度も入ったことのない初心者が必ずやらかす通過儀礼といってもいい。
かくいう俺も最初は案内人の親父の汗ばんだ手を握るのが嫌で拒否したら、三日遭難するはめになったのはいい思い出だ。
「いいか。何があっても俺から離れんなよ」
そう言って俺は男をひっぱりながら森の中へと足を踏み入れた。
それにしても、自称賢者様の考えることはわからんね。
一体何のために聖域なんかに行きたがるんだか。
余計な好奇心は身を滅ぼすだけだし、興味もわかないからどうでもいいが。
とりあえず俺は男を連れて森に一歩一歩足を進めながら、目を閉じた。
人間にとって視覚の影響は大きい。
だからこそ、いくら注意していたとしても、視覚情報に惑わされてしまう。むしろ注意しているからこそ、視覚に頼りきり、余計に惑ってしまう。
迷いの森で視覚は役に立たない。
なぜならこの森は分または秒刻みで様相を変えてしまうからだ。
だからこそ必要となるのは、力の流れを理解すること。
生物の気配を感じないこの迷いの森では、力の流れがわかりやすい。
感覚的には魔力というよりも、精霊力に近いものだ。
本来であれば精霊の力といえば森全体に溢れていて当然なのだが、迷いの森ではこの力が限定されている。
限定された力は数本の道となり、森の中心へと流れている。
その中心に聖域が存在する。
問題なのは、この精霊力が何らかの魔術によって歪まされているということだ。
そして誰が何のためにかは知らないが、森全体に貼られた結界が、迷いの森を隔離された異空間の形相にしてしまっている。
とにかく、その精霊力の道に沿っていけば自然と聖域に辿り着くのだ…本来であれば。
迷いの森の所以はここにある。
精霊力の流れは仕組まれた魔術によって、時間ごとに変化するように仕組まれているのだ。
そんなわけで集中が途切れると、精霊力の道からいつのまにか外れていた、なんてことがあるのだ。
「ねえ」
まるで集中力を途切れさせるように叩かれる肩。
俺は頭の片隅で力の流れを見ながら、鬱陶しげに男へと振り返った。
くだらない用件なら、殴る。
「君って、なんで傭兵の職についたの?」
くだらなかった。
俺は手を振り上げようとしたが、相手が雇用者であることを思い出し、足だけで我慢した。
「蹴らないでよ。いたいな」
力を加減してやったのだから痛いはずがない。
現に男はにやけた笑みを崩していなかった。
「どうでもいいことを聞くんじゃねえよ」
「うーん、推測するに、戦時中だから他にまともに稼げる職がなかったとか、そんなものかな?」
「……だったら聞くが、お前はなんで(自称)賢者なんてやってんだよ」
「君と同じ」
まともに生きられる選択肢が一つしか残されていなかったんだ、と男は淡々とした口調でそう言った。
そうして、鮮やかに笑みを浮かべてみせた。
瞳の中に悲哀と怒りと絶望で混沌とした闇を抱えながら。
俺は頭がいたくなった。
自称賢者様が厄介事を抱えている、もしくは現在進行形で起こそうとしているように見えたからだ。
更に言えば、おそらくあのハーレム集団にもこの男は何がしかの裏の思惑があるんだろう。
なぜ俺にわざと気付かせるように本性を見え隠れさせるのかはわからないが、俺はこの依頼以外で男に関わるつもりは全くない。
金に目がくらんで、今回の依頼を受けてしまったが、もう二度とこの男には関わらないと決めた。
そもそも、第一印象から男のことが気に入らなかったんだ。
肌の色も、髪の色も、目の色も、顔つきも。
「僕たち似たもの同士だね?だから、仲良くしようよ」
だが、断る。
「同じ日本人なんだからさ」
追記:主人公の本名は理奈。傭兵だけでなく、賢者も男性にほぼ限定されている。