第四円:2:出会い
内容:世界観の説明のために書いた。だがあまり説明になってない。
もう一時間だ。
俺は待合室の椅子に腰かけながら、ぼんやりとしていた。
待合室には俺の他にも何人かが座っていて、自分の番号を呼ばれるのを待っていた。
順番で言えば次のはずなのだが、それにしても遅い。
協会のこういうところにはいつもうんざりさせられる。
その点、フリーの魔術師は羨ましい。
少なくとも仕事の前段階で毎回こんなに手間暇はかからない。
しかもフリーは協会に所属している魔術師より制約が少ないときた。
協会に入っている俺のような魔術師は、協会以外からの仕事を受けることが禁止されている。
おまけに一回の仕事の成功報酬も、王宮魔術師やフリーの魔術師の報酬と比べるのもおこがましいほど、低い。
だから、フリーに転向する者も多い。
俺も一時期は悩んだことがある。
だが、協会にも利点がある。
それは衣食住の保障と保険だ。
最低限の衣食住のための生活費が、ランクごとに金額の違いはあるが配られているのだ。
王宮魔術師はともかく、フリーだとこうはいかない。
現に、仕事がなくなり、乞食のような状態にまで追いやられた魔術師を知っている。
更にフリーは保険が存在しない。
報酬は多いが、その分危険もデメリットも大きいというわけだ。
才能も力もない俺にフリーなんて、自殺しにいくようなものだ。
「25番」
その声に俺は立ち上がり、受付へと向かった。
受付では無愛想な男が無言で俺に書類を渡す。
書類を探したりすることもなく、すぐに。
一時間待って、用事はたったの1分で済んだ。
俺は書類を受け取り、協会の建物を出た。
その書類の右上に大きく書かれたCという文字に溜息を吐く。
男が俺に無愛想だったのも、書類が異様に早く見つかったのもこのCのせいだ。
『万年ランクC』。
ある意味有名な俺、セルヴィ・クレアトーラを知らない協会魔術師はいない。
S、A、B、C。
詳しくいうと更にその中で細かに分類されているが、それはともかく、魔術師は全員ランク付けをされている。
魔術機関卒業後、一年単位で試験は行われる。
王宮もフリーも協会も関係なく、全ての魔術師に課せられたものだ。
まあ、そうは言ってもSランクはほぼ免除されているが。
そこで卒業後の大抵の魔術師はランクC判定を受ける。
それでも一年も経てば、ほとんどがランクBになり、一部はその後Aになるが、普通であればそのままランクBの魔術師として仕事をすることになる。
それが俺の場合、何年経っても一向にランクCのまま。
協会のお偉い方さん曰く、そういう人間は今まで見たことがないそうだ。
それはそうだ。
一年経ってもランクBに上がれない魔術師は、落ちこぼれの烙印を押され、そのまま魔術師自体辞めるのが普通だからだ。
周囲もそれが当たり前だと思っている。
そのため、俺以外にランクCで居続ける魔術師を見たことがない。
嘲笑と侮蔑の対象。
それが俺に張られたレッテルだった。
まあ、そのおかげで協会に頼まれる仕事は簡単なものばかりで助かっているが。
俺もそうそう危ない橋は渡りたくない。
今回の仕事内容も『魔術学校入学筆記試験の試験官』や『協会内失せ物探し』、『リラント森での薬草探し』、『バエル討伐』といった簡単なものばかり…………ばえる?
俺は慌てて書類の最後のページに紛れ込んでいた依頼書を見返す。
内容は最近フィレン湖に巣食う魔族、バエルの討伐といったものだった。
そして、右上には見たこともない『特S』という文字。
俺は悟った。
あの無愛想男、間違いやがった!!
*****
翌日、俺はフィレン湖に来ていた。
青空の下、朝からうかれながら作ったお弁当をリュックに詰め、湖のほとりを歩く。
万が一のため、体に防御風をまとわせ、鼻歌を歌う。
完璧なピクニック日和。
人の気配は全くなく、それどころか動物や虫など生き物の気配すらない。
どうやら、噂は本当のようだ。
俺は辺りを見渡し、リュックに入れていたシートを出し、地面に敷く。
準備は万端。
シートに寝転がり、深呼吸。
体の隅々まで癒される。
思っていた以上にストレスが溜まっていたらしい。
ぼんやりと雲一つない青空を見上げる。
最初間違って紛れこんでいた依頼書を見た時は、また協会で順番待ちしてから書類を返すはめになることが簡単に予想できて、面倒くささと怒りがこみあげた。
でも、よくよく依頼書を読んでみると、逆に幸運にすら思えた。
バエル。
蒼の魔族。
魔族について人間は何も、といっていいほど無知に近い。
知っていることと言えば、人間に害をなし、天界と対立した存在ということだけ。
ある程度力のある権力者や魔術師、他国の聖職者あたりでも、魔族にも種類がある程度のことしか知らないだろう。
そう、魔族はその髪や瞳の色ごとに差異付けされている。
魔界自体がそういった造りになっているようだ。
だいたい、他の奴らは知らないだろうが、人間界に現れる魔物はほとんどが第一階層の紅魔を中心としたものばかりだ。
第一以降はほぼ人間界に来ないと言っていい。
理由はただ一つ。
人間界に興味がないからだ。
紅魔たちは吸血鬼、淫魔といったように人間を食料にしているものが多いため、人間界に頻繁にやってくる必要があるみたいだ。
それと正反対の蒼。
第四階層、といえば…
………
……
…
*****
…………いつの間にか眠っていたらしい。
昨日から今日のピクニックに備えて、寝ないで準備していたから、睡魔に勝てなかった。
日は既に暮れようとしていた。
俺は目を何度もこすって、寝ぼけた頭で現状を把握しようとした。
ここはフィレン湖。
ピクニックにやってきた俺。
考え事をしていて眠くなった。
そして今。
空になった弁当。
横たわる俺に腕枕をし、一緒に眠っていた男が一人。
…………男?
バッと俺は横を向き、男を見つめる。
蒼い髪と瞳、そして………羽根?
「目覚めろ俺」
「なんだ?寝ぼけてんのか?」
「しゃべった……」
「どうした?」
「どうしたって…どうしたってお前がどうした!」
俺は目の前の男の蒼い羽根をがっちりと掴んだ。
温かい。
コスプレの変態野郎じゃないのか?
「いてっ!おい、いきなり何すんだ!」
「ほ、ほほんもの」
「当たり前だろ!…ったく、やっぱまだ寝ぼけてんな。困った可愛い子猫ちゃんだぜ」
「ありえない。羽根って、おま、まさか、いや、まさかのまさか」
「だから痛っ!とにかくまず放せ!」
「まさか……魔族?」
縋るように見つめた先で男が何を当り前のことを、みたいな呆れた顔で俺を見つめていた。
「決まってんだろ」
「そうだよな!」
「魔族だ」
「うぎゃああああああああ!!!」
慌てて、立ち上がり、後ろも見ずに全力疾走。
魔族!
まさか、あいつがバエル?!
誤算だった。
予想外とも言えた。
他の人間よりも魔族に精通していたため、こんなこと事態を想定してなかっ…
「止まれって」
「いだだだだだ!」
耳元で聞こえた声にびびり、恐怖で足が震え、転倒。
駄目だ。
殺される。
「おい。大丈夫か?」
「いたい…」
涙目で顔を擦る。
俺の隣にしゃがみ込んだ魔族が転んだ拍子に俺の服についた砂を乱暴に払う。
逃げ切れるとは思っていなかったけど、本当にあっさり捕まった。
しかも、一応風で防御壁を作っていたのに、全く効いていない。
「突然走りたくなったのかよ?面白れー奴だな」
ちげーよ!!
と、激しくつっこみたいところだが、もちろん一介の落ちこぼれ魔術師にそんな自殺行為できるはずがない。
だって、あの第四階層だぞ?
弱肉強食のルールを根元とし、日夜嬉々として殺し合う享楽主義者どもが造り上げた地獄。
依頼書には『特S』と書かれていたが、正直『特S』でも力不足だ。
バエル討伐は天界ですら手を焼いているのに人間如きが対抗できるはずがない。
「あ、あの…その…俺に一体何の用で」
そうだ。
何の用だ。
俺はお前ら蒼の魔族が興味を持つ『強者』じゃないぞ。
だからこんなふうに呑気にピクニックなんぞしていたんだ。
基本、第一階層以降の魔族は弱いだけの人間に興味がない。
特に蒼の魔族はその傾向が強く、ちょっかいをかけないかぎり、人間が周りで騒いでようが何してようが無関心。
それがどうして寝ていただけの俺に興味を持った?
「ああ、そうだ。弁当、うまかったぞ。それ言いたかった」
「そそそうですか」
「お前の名前は?」
「……ルイスです」
「俺様に嘘を吐くということがどういうことか体でわかりたいのか?」
「セルヴィ・クレアトーラ!水系C魔術師でしゅ!」
「ははっ!外見も俺様好みの上、料理も上手くて、性格も面白可愛い!」
恐ろしく上機嫌でにやにやしながら、俺の顔を見つめる魔族。
最悪なことが頭に浮かんでは消える。
もしかして…いや、まさかそんな……。
まさか、俺が気に入られたとかそんな……
「よし。結婚するか!」
気に入られたどころの話じゃなかった。
おまけ:
あれから3日。
俺は鬱陶しい魔族につきまとわれるはめになった。
結婚に関しては、俺は拒否したし、あっちは譲らないしで、最終的に妥協点として、婚約という形だけに留めることにした。
もちろん、俺も魔族も不満だったが。
というか、初対面の人間とよく結婚しようなんて気になれたな。
「ああいうのは即決しねーと。グズグズしてる間に誰かにとられたらたまんねーだろ」
「俺はセール商品か」
「セール?…まあ、そんなことより、初夜しようぜ!」
思わず手が出たのは仕方がない。