第二円:傲慢は愛を語り、運命は裏切りを選択する
内容:性転換。一人称僕。魔王。アンテノーラ。
呪文は完璧だった。
陣だって一つのミスもなかった自信がある。
なのに出てきたのは紅の魔王。
「我を呼んだ愚か者はお主か」
そう言うや否や、僕の体は内側から破裂するように四方に飛び散った。
そしてあっけなく僕を殺した魔王は一つの都市を消し去り、王宮魔術師50名の犠牲とともに魔界に帰っていった。
全く傍迷惑な。
人の命をなんだと思っているんだ。
「その台詞、そっくりそのままお返しします」
額に青筋を浮かべ、男は大きな溜息を吐いた。
「何度目ですか」
「何度目かな?」
「六度目です、ろくどめ!!」
興奮に声を荒げる男。
落ち着くように促すが効果はなく、むしろ火に油を注ぐ。
「何回同じ過ちを繰り返すつもりなんですか?!学習能力はないんですか?!」
「といわれても」
「ええ、あなたの言い分はわかります。あなたは魔王を呼び出すつもりはこれっぽっちもなかった、そうおっしゃりたいんでしょう。今回の件だっていつもと同じように低級精霊を呼び出そうとしただけだと」
「うん」
頷いた僕を射殺さんばかりに睨みつける男。
でも僕、故意じゃないし。
低級精霊の陣如きで勝手に出てきた馬鹿魔王が全面的に悪い。
「とにかくあなたはもう召喚術は絶対使わないでください」
「ええっ!無理だよ!だって僕、召喚術しかできない」
「魔術でも勉強しなさい。死に物狂いで」
「そんなぁ…」
「とにかく召喚術は何がなんでも、死んでも使うな!」
敬語が崩れて怒鳴る男に渋々頷く。
召喚術師として働いてきた僕としては非常に不本意だ。
だいたい、召喚術と魔術は百八十度違う。
なのにいきなり召喚術師から魔術師に転向なんて、いくら僕のように才能と魔力に溢れていても難しい。
向き不向きっていうのもある。
だけどあそこまで怒られたら僕には従うしか選択肢はなかった。
そんなこんなで僕は魔術師を目指し、猛烈に勉強に勉強を重ねた。
その努力の甲斐あってか、尋常ではない速さで一級魔術師のライセンスを手に入れた。
さすが僕だ、と調子に乗っていた。
召喚術使わないし、魔王とはもう関わらないだろうと油断もしていた。
でもやっぱり全部が全部僕の責任というわけでもないと思う。
だってまさか転移の術で失敗するなんて思わないよ、普通は。
しかもその先が魔界だとは。
「やっちゃった」
大きく溜息を吐く。
これで死んだら、また説教だ。
僕だって好きで死んでるわけじゃないのに、なんて理不尽。
だけど、魔界は確かにまずい。
死ぬ確率が物凄く高いっていうのもある。
まず普通の人間なら魔界の瘴気が当たるだけで死んでしまう。
僕くらいの実力の持ち主だと、魔界に来るだけで魔力を使い切るということはないから、結界を張れるけど、普通はここで絶命する。
さらに、もう一度人間界へと戻るくらいに魔力が回復するのに三日必要。
その間にも結界を張り続けなきゃいけないから、実質一週間は必要になる。
それに魔物がうじゃうじゃいる中、格好の餌として狙われれば魔術を使うしかなく……ああ、僕はいつ帰れるんだろう。
先行きが不安しかない。
とにかくどこか身を隠せるところを探さなくちゃ。
そう思って辺りを見渡す。
鬱蒼と茂る木々の合間を縫って闇の中煌々と光る赤い月の下、何かがきらりと輝いた。
僕は慌ててそれから視線をそらす。
「…はは、まさか…こんなところに紅の宝玉なんて…ないない」
無造作に地面にそこらの石と同じように転がるそれを再び視線を戻し空笑い。
…気付かなかったことにしよう。
それよりここにいたらいつ魔物に会うかわからない。
一刻も早くどこか安全、とまではいかなくてもせめてもう少し低級レベルの魔物が出るところに避難しよう。
そう思って歩き出した僕は見事に躓いた。
あれ、なんでこんなところに宝玉が?
というかさっきの場所から移動してない?
え、なんなのこれ、ちょ、こわいんですけど。
「えっ?」
戸惑っている内に宝玉が紅い光を放ち、僕の足に吸い込まれるように消えた。
「え、えええっ!」
何これ!
慌てて、足をさするけど、宝玉の気配はまるでない。
顔から血の気が引く。
やばい。
何がやばいって石が勝手に動いて僕の体の中に入ったこともだけど、それ以前に宝玉が魔王以外の手に渡ったことの方が問題だったりする。
紅の宝玉。
紅の魔王の一部から創られたという異界の物質。
その力は絶大で人間が手に入れれば高位魔族と変わらない魔力と不死に近い寿命を手に入れれる、らしい。
他にもいろいろな話があるけど、誰も詳しいことはわかっていない。
紅の宝玉自体、伝説扱いされていて、どれも憶測でしかないのだ。
だけど、僕はある偶然から、紅の宝玉が実在していることを知った。
それでもまさか、よりにもよって、本物と対面してしまうとは思ってなかったけど。
それよりどうしよう。
服の中をさぐるけど、やっぱりどこにもない。
…いや、待て。
僕は視線を下ろして、胸に手を当てた。
何かがおかしい。
服の首元を伸ばし、中をのぞく。
二つの膨らみ。
僕はその膨らみに両手を置いた。
なんてことだろう。
宝玉が体の中で二つに分離してる……ということじゃないのはわかってるよ!
あまりの衝撃に視界が潤みだす。
まさかこの僕が…
「あっれぇ?人間じゃん。こんなとこで何してんのぉ?」
慌てて背後を振り返る。
僕の目に真っ先に飛び込んだのは真っ赤な髪だった。
冷や汗がダラダラ流れる。
軽そうな口調とその外見からは全く想像できないけど、オーラから伝わってくるそれは高位魔族のもの。
しかも最悪なことに貴族級。
もちろん僕の力で倒せるレベルではない。というか戦うとか考えれるレベルでもない。
「…あの…えっと、道に迷っちゃって…」
「うん?なめてんの?」
さすがにその言い訳は駄目なようだ。
「それに人間にしては変だなぁ?なんか隠してない?」
「ええっ!普通の人間ですよ。ちょっと天才魔術師とかやってるけど、全然普通です!」
すごくやばい。
紅の宝玉が体の中に吸い込まれましたとかバレたら殺される。
そしたらまた説教だ。
しかも場所も悪い。魔界なんてしゃれにならない。
絶体絶命、四面楚歌、前門の虎に後門の狼。
「まあいいや。なんか変だからとりあえず魔王様に報告しよっと」
「え、っちょ」
結界を破って、暴れる僕の腕をとる魔族。
瘴気にあてられて、頭がクラクラする。
こみ上げる吐き気を堪えて、口に手を当てる。
「ん?そっか、人間って魔界の空気駄目なんだっけ?めんどくさいなぁ。わかった、もう一回結界張っていいよ」
言われるまま再び結界を張りなおす。
男はその結界を壊さないで、僕を肩に担ぐ。
低級の魔物だったら触れもしないものを、べたべたと触るなんて、さすが高位魔族。
チクチクする、とか言っているけど痛みは全くないみたいだ。
所詮は人間の術なんて魔族には大したことがないものなんだ。
そもそも人間自体、どうでもいいものだろう。
救いは魔族に人間を滅ぼす意思がないところか。
相手にもされてないということなんだけど、普通に考えて人間が魔族に喧嘩売ったところで勝てる見込みが全くないんだから、それは幸いなことなんだろう。
ただ、天族が関わると事情は変わるけど。
天族と魔族は仲が悪いという言葉ではすまないほど憎み合っている。
天族から言わせれば、存在自体が悪だから魔族は消滅させなければいけないらしい。
そんなわけだから、一部の過激な天族たちを崇める人々はよく魔族と戦争を起こす。
といっても、最終的には魔族からの一方的な殺戮に変わる。
それでも戦うことをやめないのだから、その心意気は立派だと思う。
同時に、もっと別なことに熱意を向けれれば…とは他国の人間なら誰しもが思うけど。
そんなことを考えている間に魔族は僕を担いで、瞬間移動。
どさりと身体を下ろされた場所から、起き上がって辺りを見回す。
部屋の中を見る前に、その圧倒的な威圧感と魔力の持ち主に視線が釘づけになる。
「魔王さまぁ、人間が魔界に迷い込んでました」
僕は再び床に座り込み、ちびりそうになるのを必死に堪えた。
頬がぬれてるのを感じながらも、金縛りにあったかのように体はぴくりとも動かない。
「何の騒ぎですか」
第三の人物が登場。
というか最初から部屋の中にいたのかもしれないけど、僕は目の前の男に気をとられていて全く気付かなかった。
「人間?アリエル、どういうことです。執務室に下等生物を連れてくるなんて」
「怒んないでよ、ラミちゃん。この人間、なんか変だから魔王様に一応報告しようと思ってさぁ」
「変なのはあなたの頭です。まったく、アリオクは何をしてるんですか。こんな時に限っていつもいないのだから」
「ねーえ、ラミちゃん、オクっちなんてどうでもいいからさぁ、よく見てよ。ほらほら。これ、人間にしてはおかしくない?」
そう言うと、溜息をつきながら、僕の顔を無理矢理あげさせて、魔族が見つめた。
理知的美形にチャラ男美形、更に強面美形に囲まれながら、これで僕が本当に女だったら嬉しさのあまり気絶しただろうなと思う。
ただ、残念なことに僕の心は男なため、怖さのために失神しかけるだけだった。
気を失った体が後ろに倒れて、鈍い音をたてて床に頭をぶつける。
遠のきかけた意識が戻り、痛みに悶え出す僕。
それを見て爆笑する魔族。
「やっべぇ!まじおかしいよ!この人間!」
「…そうですね。魔王様」
笑う魔族とは対照的な真剣な表情を涙でゆがむ視界でとらえる。
「人間風情を覚えているなんて癪ですが、これは魔王様を六度呼び出したあの人間ですね」
…それか!
そういえば、紅の宝玉ですっかり忘れてたけど、その問題もあったのだ。
なんていう死亡フラグの乱立。
「いえ、人違いです…」
「人違いするわけがないでしょう。さすがに六度目となると、あなたの魂の色を覚えます。この人間は確かに魔王様を何度も呼び出した人間です。そうですよね、魔王様」
じっと僕を見つめ続ける魔王様は反応一つない。
身動きしないで人間を見つめ続ける魔王に疑問を感じたのか、魔族が困惑しだす。
「魔王様?どうなされたんですか?」
心当たりのある僕はあまりの緊張状態に耐えきれなくなり、しゃくり上げる。
救いはまだ僕が漏らしていないってことだけだ。
あまりの恐さにグスグスと泣いていると、突然隣にいた魔族の気配が消える。
そしてなぜか目の前が真っ赤になる。
え、殺された?とか茫然としていると、どうやら目の前の赤は魔王様の服だとわかる。
さらに言えば、背中に回された手も、頭上からする低い声音も、魔王のモノらしい。
「泣くな」
いや、泣くなってあんたが泣かせたようなものなんだけどね。
というより状況がよくわからない。
なんで魔王が僕のこと抱き締めてんの。
どんな嫌がらせだ。
それに、前に聞いた時と魔王の口調が違うんじゃ…とか現実逃避をしかける思考。
再び遠のきだす意識の外で、弾き飛ばされた魔族二人が同時に驚きの声を上げる。
「ど、どういうことですか!なぜ人間如きを」
「いったぁぁい!!顔ぶつけた!唯一の取り柄なのにぃ!」
「この人間は紅の宝玉に選ばれた」
体が強張る。
ばれてしまった。 殺される。
というか今抱き殺されそうなんだけど。
頼む、腕の力を抜いてくれ。
「まままさかぁ?!なんで人間が?!」
「前代未聞です!こんな下等生物が花嫁だなんて!」
…何か不穏な単語が聞こえた。
魔族独特の暗号か何かだろうか。
僕は涙でぬれた魔王の服に鼻水をなんとかつけないようにしながら、鼻をすすった。
「気付かないか?たかが人間如きが6度も私を呼び出したのだ。それがどれほどのことなのか。私の花嫁ならば説明はつく。…ああ、愚かな私を許してくれ。六度も私の手で命を落としたなど恨まれても当然だ。だが、これからは私がお前の命を守ろう。紅に誓う。私の愛しい花嫁」
魔王が腕の力を緩め、見下ろすようにこちらを見つめる。
恐怖で涙が止まらない。
頭は勝手にカクカクと上下運動を繰り返す。
あまりのことに呆気にとられる魔族を無視して、満足そうに魔王は再び俺を腕の中に閉じ込めた。
とりあえず、僕は男だから結婚できないと言っても信じてもらえないんだろうなと遠のく意識の中で思った。
中途半端に終わる。伏線が回収しきれていない。