第九嚢:偽りによる罪科は禍を運ぶ
内容:一人称私。召喚。神子と巫女。男のハーレムの一人である女の話、のつもりだった…。これも書きなおします。
私は国に雇われた召喚術師だ。
もともと召喚術は禁術のため、召喚術師を称する人間は本来ならいないはずなのだが、それでも需要があれば人間は様々な抜け道を探し、理由をこじつけるのである。
そんなわけで私の第二の肩書は『巫女』である。
教会に仕える巫女とは役割が全く違う。
あちらは神の言葉を聞いたり、祈ったりする教会の象徴であるのに対して、私がするのはたった一つ。
そう、召喚だ。
『神子』と呼ばれる伝説の人間の召喚。
巫女という名を借りて、神子という犠牲者を連れてくるのが私の仕事である。
この国は危機に瀕している。
国の危機といって思い浮かぶのはいろいろあると思うが、この世界では大きくわけて二つある。
戦争で負けるか、神から見捨てられるか。
一国に一柱の神がいて、人々はその神によって、恵みをもらい、生かされている。
だが、神から愛想を尽かされてしまえば、その国の資源は枯渇し、自然と滅びに向かうのである。
そうしていくつもの国が滅んできた。
私たちの国もそうなりかけていると、私とは全く違う、教会の方の巫女様が言っていた。
聖母のような優しい顔立ちで、国民からも慕われている、『白の巫女』である。
白といえば黒もあるわけで、それが私である。全く、失礼な話だ。
まあ、禁術を使うから良いイメージを思い浮かべろという方が難しいとは思うが。
そもそも、何故召喚術が禁術と言われるようになったのかというと、数百年前に魔王召喚という一国どころか世界を巻き込んだ大惨事を引き起こしたからと言われている。
だから、特にこの国では召喚術といえばイコールで魔王を思い起こすわけで、私のような輩は忌避されてしまうのである。
そうまでして私が召喚術師を目指した理由については、後日機会があれば語るとして、そんなわけで私は三年前国に要請されて巫女となった。
なんやかんや難しいことを言われたが要約すると、神子を召喚して国神の愛を取り戻そうということであった。
具体的に神子が何をするのか、さっぱり展望が見えないところがこの案の脆さと国のお偉方の頭の貧弱さとそんなお偉方が蔓延る中枢の腐り加減がよくわかるものだったが、とりあえず私はその仕事を受け入れた。
国民の税金をよくもまあここまで無駄遣いできるな…と呆れるほど金払いがよかったからだ。
そうして、私は城の地下の一室を借りて、実験と研究を繰り返した。
研究の環境は最高だった。
無駄に禁書が多い城の書庫を読み漁り、一日三食ご飯付きという贅沢三昧。
正直もう少し研究を長引かせて、この生活をエンジョイしたいところだったが、白の巫女様に急かされた国の重鎮どもが私を無能だと言い始めたため、仕方無く研究を完成させた。
召喚術をかじっていればわかるが、この世界はひどく不完全にできている。
ところどころに歪みが存在しているため、召喚術はそのもともとある歪みを利用し、『ホール』を作る。
そして空間と空間をつなぎ、物体を移動させるのである。
召喚術の役割はこのホールの『固定』につきるといってもいい。
物体を移動させている途中で空間が閉じきってしまったりするため、ひどく難しいのだ。
魔術量も食うため、自分の魔術量だけでは足りなくなり、補助石は欠かせない。
この補助石は魔術を貯めている石なのだが、無駄に値段が高い。
そのため一回の召喚にかなりの金がかかるといっていい。
ただ、金の問題に関しては今回は頭を悩ませる必要がないため楽である。
とにかく、簡単にいうと召喚術は時空を超えた移動術といってもいい。
そんな召喚術に神子というよくわからん人間をどこからか連れてこいなど曖昧な情報だけで、私が召喚できると楽観的にもほどがあることを言う愚か者は今すぐ切腹するべきである。
そもそも神子って誰だ?
異世界人というのは伝承で聞くからわかるのだが、それ以外の情報が皆無。
白の巫女も素晴らしい人物くらいしか言ってないし、これで私にどうしろというのだろう。
召喚術で指定するのは物体そのものではなく、物体のある空間である。
つまり、神子のいる空間で指定し、空間をつなげ、固定させ、移動させるのである。
その指定する空間がわからなければ、全く意味がない。
まあ、ランダム召喚という手もあるが、それこそ空間が魔界に繋がって魔族がやってきて召喚術師死亡…なんて話もないわけではない。
さて、神子はどこにいるのだろう。
話はまずそこからである。
そんなわけで私は無能な人間たちの無謀な依頼を受けてから初めにしたのは、伝承の神子たちがどの世界からやってきたかの調査であった。
ほとんどが何百年前のものであるため、調査は苦労した。
更にどの世界から来たのか書いていない資料もざらにあった。
そのため、私はまず神子たちが話にもらした元の世界の情報を文献で調べ上げ、更に神子の習慣を体系化させた。
結果、いくつかの共通点を発見した。
つまり神子たちはそれぞれ別の世界から来たのではなく、同じまたは似た世界から移動してきたということだ。
その世界、さらに国や地域まで指定できれば、依頼は完了するだろう。
それで神子でなかったら…諦めて国が滅びるのを待つだけだ。
私は次に異世界人協会に行き、神子と似たような習慣を持った異世界人の資料がないかを問い合わせた。
この世界は歪みが多いため、頻繁に異世界人が移動してくる。
その保護先となるのが協会である。
そして、約四か月待った協会の返事に書かれていたのは、『地球』という世界の『日本』という国であるということだった。
いくつかの習慣と神子が書いたといわれる文字に共通点が見られたらしい。
私は協会から貰った資料を複製されたものをもらい受け、その世界への指定を始めた。
ここからは手探りである。
歪みを見つけるのはさして難しいことではないが、その先を指定させるのに手間がかかる。
歪みはいくつかに枝分かれしているため、その中から指定したい空間の痕跡を探るのである。
これはもう運としかいえないため、すぐ見つかる時もあるし、ずっと見つからない場合もある。
私は調査に一年をかけ、探り当てるのにもう一年をかけた。
そして『日本』という国に、人一人入り込める空間を指定する。
私の計画ではまず一人召喚し、そこが日本であったことを確認してから、何人か召喚し、神子らしき人物を国のお偉方と面接させるといったものだった。
そもそも神子が誰かもわからないのに、これ以上の仕事を期待されても困るというものである。
文献調査でも神子について調べたが、国や習慣以外は神子たちに共通点は見られなかった。
名前も一つとして同じものはなかったし、外見も絵で見る限り、バラバラである。
とりあえず、私は自分でも半笑い物の計画の上で、更に一年をかけて召喚術を完成させた。
そして実験としてまず、一人の人間を召喚させた。
それが目の前の冴えない男である。
「は?は?は?は?」
さっきから馬鹿の一つ覚えのように一つの単語しか繰り返さないが、その単語に何かしら意味があるのだろうか。
いや、こいつにはすでに言語を統一させるための術がこめられたこんにゃくを食べさせたから、私と同じ言葉のはずだ、やはり意味はないのだろう。
外見は東方の異国の人間風で、身長もそれなりにあるようだ。
体格も何か習っているのだろうと思える程度には良い。
ただ顔は平凡だ。悪くはないが、これといって印象に残らない顔つき。
私はとりあえず戸惑う男を落ち着かせることにした。
「落ち着け」
そう言ってぱしんと頭を叩くと、私の思惑通りに男は黙った。
そして私は男に話し始めた。
ここが男にとって異世界であること、国が滅びかけていること、神のご機嫌取りに神子が必要であること、そして男を呼び出したこと。
そこまで話すと男はぶつぶつと何かをつぶやき、数分してから顔をあげた。
さきほどまでの情けなさと混乱した様子はなく、その目は私を睨んでいた。
「話を聞いた限りではまともな計画性も感じられない。そんなことのために俺は呼び出されたのか?」
「誤解しているようだが、お前を呼び出したのはあくまでお前のいた世界が神子の出身地である『日本』かの最終確認のためだ。さて、日本から来たか?」
「ふざけてんのか?」
「大真面目だ。少なくとも、ここまで杜撰な依頼で私はよくやった方だと思うが」
「日本から来たと俺が言えばどうなるんだ」
「それでお前の役目は終わりだ」
「ふざけんな!元の世界に帰せ!」
「もちろん、帰す」
「そうだ、帰せ…って、は?」
私の両肩に掴みかかって、迫っていた男が呆然とした顔で私を見つめる。
「…帰せんの?」
「当たり前だ。召喚術をなんだと思っているんだ。それより、肩が痛い。手を放せ」
「……わりぃ」
「謝る必要はない。混乱するのは当然だ」
男は気が抜けたように、地面に座り込んだ。
私は再び陣の前に立ち、空間を探る。
先ほど固定させたばかりだから、まだ痕跡は強く残っていたため、簡単に空間は繋がった。
私は固定をさせるために術を駆使しようとして、止める。
後ろに座り込んできた男が話しかけてきたからだ。
それだけでは集中力は途切れないが、召喚術は繊細なため、あらゆる失敗の可能性は潰えておきたいのだ。
それほど慎重に術は行わなければならない。
「なあ、ちょっと話していいか?」
「私は構わないが…。あまり長くなると、空間が閉じきり、再び繋ぐのに時間がかかる。それでも一度繋がったため、前ほどではないが。それに、同じ時間軸に帰すから、お前の体感時間と差異が開きすぎるのも困るのではないか?」
「困るな」
「そうだろう」
「だけど、俺は少しだけこっちの世界に興味がある。もちろん、帰れなくなるのは絶対嫌だし、こっちに留まる気もない。ただ、少しだけ時間がとれるなら、帰る前にお前と話をしてみたい」
床に座り込んだ男と見つめあう。
澄み切った瞳の中に、私の姿が映る。
私もこの異世界人に興味がないわけではなかった。
とりあえず、私は男に椅子をすすめた。
そして私も男に向かい合う形で椅子を持ってきて、座る。
男はいくつかこの世界について質問をし、私も男に同様の質問をし返した。
私はあまり人づきあいが良いほうではないが、どういうわけか男との話は盛り上がり、気付けば夜が明けていた。
地下のため、太陽の日差しでは朝を知ることができないが、朝食を持ってくるように頼んである侍女の扉のノック音で気付く。
さすがに一日過ぎると空間を繋げるのが難しくなるため、男を帰さなくてはいけない。
ただ、男の世界の話は興味深く、私はまだ男と話したい気がした。
それは男も同様で、こちらの世界に興味があるようだった。
だが召喚術は頻繁に使用できるようなものではない。
私も男も残念だが、別れの時間は刻々と近付いていた。
「……そろそろ帰らないといけない、な」
「……残念だが、そうだ」
「……あのさ、また俺を呼ぶとかは…」
「それは…難しいだろう。指定させた時間と空間にお前がいなければいけない。その上、私的な理由で召喚術を駆使できるほどの金銭を私は持たない。私の財産では召喚の際に使用する補助石を買うことができない…」
「そ…っか………だよな。そんな簡単に召喚できたら、苦労はないよな…」
男は俯き、少し笑ったようだった。
私は未練を感じながらも、空間をつなぎ直す。
迷いを消して、術に集中しなければ。
手ごたえを感じたところで、空間を固定し、ホールを作り出す。
そして、ゲートを作り終えたところで、男を見た。
男は何かを考えているようだった。
私は男を促し、ゲート内の空間に入るように言った。
「…楽しかった。元気で」
男の体がゲート内に入り込む。
そこで突然、男は振り返った。
何かを決意したような顔つきで、私を見つめた。
「一ヶ月後!あの場所で同じ時間、待っている!」
そう言って消える男の姿。
私はしばらく陣の前に佇んでいた。
混乱した頭で何度も男の姿と、最後の言葉が繰り返された。
私は実感した。
召喚術が禁術と呼ばれる理由を。
これは、確かに罪だ。