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金星・氷淵・明けない夢  作者:
第二章:鎖・悪意の行方・因果応報の意
14/17

第七嚢:閉じ込められた幸福の箱の中で

内容:一人称俺。性転換。続く。

 舗装されていない砂利道を馬車はひどく揺れながら駆け抜けていく。

青く澄みきる空を名も知らぬ鳥が悠々と横切り、小さな黒い点となって雲の向こう側へと消えた。

道に人影はない。木々の向こうには穏やかな田園風景が続く。

左右に点々と居並ぶ木々の間から零れる陽光。

窓から新緑香る春風が頬を撫で、それによって額に落ちた前髪を搔き揚げる。

こげ茶色をした髪は光にあたると明るい茶色や金色に姿を変えた。

その変化を数本の前髪を光に照らすことで楽しんだりもして、そうこうしている内に馬車は目的地につこうとしていた。

徐々に周囲からは活気ある人々の声が聞こえるようになり、到着の予感を感じさせた。


「な、なんだ!!」


 突然、馬車が急停車する。

複数の男たちの怒声や悲鳴、そして嘲笑。

魔力の気配が一気に増え、剣同士の打ち合いの後、何かが倒れる音がして、馬車が揺れた。

強い血の臭いが鼻につく。

椅子に腰かけながら、膝に置いた手を握りしめる。

そして、数瞬して開かれた扉。

そこには見知らぬ男が立っていた。


「姫だな?」


 にやけた顔で手を伸ばしてきた髭面の男の手を触れた瞬間に払いのける。

そして払いのけた手を天井に伸ばし、叫んだ。


「出てこい!最終兵器ホエス・ランチョ!!」


 沈黙がやってきた。

唖然とした顔がだんだん変なものを見るような表情に変わる。

怖くて頭がおかしくなっちまったんだな、と引き攣った笑みを浮かべて男は言った。

そして、もう一度手を伸ばし、腕をつかもうとした。

だが、再びそれは何かに邪魔をされた。

男の手には柔らかい感触があったが、それは女の肌の感触ではなかった。


「そ、そんな強く握っちゃらめぇ」


 男の手の中で顔を赤らめたおっさんが身悶えていた。


「ぎゃぁぁぁぁ!!!」


 それは男の人生で三度目の心の底からの叫びだった。

一度目は男が9歳の幼い子供であったころ、どこに行くにも持っていった大切なタオルケットを母親の手によって雑巾に改造されたことを知った時である。

二度目は、そのことから反抗期を迎えた男が家を出て、盗賊団に入り、それから10年が過ぎた頃のことであった。その夜、男はうなされていた。寝苦しく、しぶしぶ目を開けると、体の上には一人の優男が覆いかぶさっていた。見知った優男だった。その優男は盗賊団に入ったばかりで男が教育係として世話をしていたのだから知っていたのは当然である。だが、一体どうして優男が男の上に覆いかぶさっているのか見当もつかない。男は足りない頭で考えた。家出してから学校に通っていなかったため、男の頭は悪かった。だが例え男が大卒であっても原因は不明だったろう。優男が口付けを唇に落とすまでは。男は驚愕し、混乱した。優男はゲイなのだと男は思った。だが、男にその趣向はない。身内には甘いところがある男はなんとか優男を傷付けないように拒否の言葉を告げた。それでも優男は諦めなかった。どんどん裸にされていく男。抵抗しようとしても腕が縛られていて動かせない。男は優男に告げた。同性には勃起しない、と。優男は告げた。私が勃起するから大丈夫です、と。その内容の全てを理解した瞬間、男の顔から血の気がひき、真っ白になった。そして、口から絶叫がこぼれた。


「ランチョ!」


 男の手から放り投げ出されたおっさんは姫の声を聞いて、ぱたぱたと羽根を動かし、近付いてきた。

そして、指を振った。


「ちるちる・ぷいぷい・みちる!」


 呪文にはつっこみどころがたくさんあったが、唱え終えた後、おっさんと姫の姿は消えていた。

後には馬車と死体と数人の盗賊が残った。

その中には盗賊団の頭となった優男の姿があった。

姫を逃してしまった髭面の男の顔から血の気が引いた。

優男が「今夜はおしおきですね」と耳元で甘くささやいたからだ。

男は最終兵器の名前を呼んだが、もちろん助けは来なかった。




*****




 気付けば俺は、始まりの街のセーブポイントに立っていた。

最終兵器に頼ってしまったばっかりに、前にセーブしたところからやり直すはめになってしまったのだ。


「初心者だからって、こんな頻繁に呼ばれたら困ります~。こんなことじゃ、いつまでたってもレベルはあがりませんよ~?」


 癪に障る口調のおっさんに苛立ちが増す。

そもそもなんで俺のサポート妖精はおっさんなんだ。

他の奴らは可愛い少年少女とか動物なのに、俺のはデブな中年親父。

いくらサポート妖精はランダムで選ばれるとはいえ、こんなのが乙女ゲーのキャラでいいのか?

下手をすればこいつとくっつくこともなくはないんだぞ、どうしてくれる。


「もうっ、聞いてるんですか~?レベル上げないと、特定のイベントが起きなかったり、運命の人と会えなかったりするんですよ~?ヒカリさんは今誰ともフラグたってないんですよ~。どうするつもりなんですか~?今のレベルだと~、パン屋の倅や農民ならフラグたちそうですけど~」


 なんでパン屋だけ限定されてんだよ。


「そもそも俺は姫なんだろ?むしろそっちのほうが難易度高えじゃねえか」

「そうですね~。私が言ってるのは~、レベルだけ見ればの話ですから~。レベルは満たされてても、出会いがなければ意味がないし~、その他相性とかありますからね~。世界観とレベル以外はリアルの恋愛と同じですよ~」

「めんどくせえな」


 男と恋愛するのも気が重いってのに、そこに至るまでの過程がまた面倒臭い。

姉貴に命令されて嫌々やり始めたばかりだというのに、既に俺のやる気はゼロどころかマイナスだった。

現実世界でも彼女いない歴イコール年齢の俺がゲーム内で、しかも同性をおとせると本気で思ってるんだろうか、あいつは。

ニヤニヤ笑いながら俺にこのゲームを強制させた姉の顔を思い出し、何度目かの溜息を吐く。

おそらく俺の嫌がる姿を見るだけで満足なんだろう。そういう奴だ。

まあ中身は生粋の成人男性だが、見た目だけは超美少女だから、外見に惑わされるバカもいるだろう。

そう思えばこのゲーム、楽勝で終われるんじゃないか?…と思っていた頃もありました。

おっさんから、レベルの話を聞かされるまでは。

レベルによって行くことができる場所が制限されたり、相手と会えなかったり、フラグがたたなかったりと面倒極まりないゲーム設定。

しかもレベルは良くても、性格が合わなかったりすると結ばれないとか下手をすると現実よりも厳しい恋愛事情にはうんざりする。

こんなクソゲーが人気の理由が俺にはさっぱりわからない。


「それにレベルが低いばっかりにトラブルに巻き込まれてバッドエンドとか」

「バッドエンドとかあんのかよ」

「そりゃありますよ~。例えば…あっ!」


 おっさんを見ながら歩いていると、突然体に衝撃を感じ、地面に尻もちをつく。

痛さにうめき、ぶつかった相手に文句を言おうとして、固まる。

目の前にいたのは、どこからどう見ても、ヤのつく人だった。


「何してくれとんじゃワレ?」


 俺はゆっくりと立ち上がり、男を上目遣いで伺った。

どこからどう見ても、裏街道まっしぐらな職業の方だ。

俺はそれを確認すると、すばやく体を動かした。

そう、逃げだした。


「ほら、レベルが低いからあんな人と知り合うはめになったんですよ?レベルが満たされていれば、かっこいい男性と知り合うきっかけになったのに~」

「うっせえ!黙ってろ!」


 俺は必死に街の中を駆け抜ける。

後ろからは男たちの怒声や罵声が聞こえる。

しかもちらりと後ろを見ると、追ってくる人間の数が増えている。

始めたばっかりなのに、なんでこんなに死亡フラグがたってんの?

それにおっさんに呪文を唱えてもらうことも不可能。

最終兵器は一日に一回しか使えない仕組みになっているのだ。

絶体絶命。

一応俺の身分は姫だというのに、助けてくれる騎士もいない。

国民は皆見て見ぬふりだし。

やっぱりクソゲーはクソゲーだ。



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