第五嚢:2:ボツver
内容:一人称俺。吸血鬼の話。最初に書いてボツになったもの。もったいないのでのせてみた。
俺は心底悩んでいた。
悩みすぎて、夜しか眠れないほどだった。
万策は尽きた。
きっとこの問題は最初から俺一人の手に負えるものではなかったのだ。
そこで考えた苦肉の一時的解決策が、エスカに相談することだった。
藁にもすがる思いとはまさにこの事だ。
そうして俺は自宅に呼びつけたエスカを座布団に座らせて、神妙に打ち明けた。
「俺、ヴァンパイアなんだ」
エスカは座布団に胡座をかいて、テーブルの上に置かれた袋から取り出したメロンパンを食べ始める。
「…どう思う?」
「馬鹿だと思う」
「俺、真剣なんだけど」
「真性の馬鹿だと思う」
大変なことに気付いた。
相談相手を間違えた。
「もういい。信じなくてもいいから俺の相談にのってくれ」
「はいはいどうぞご勝手に」
メロンパンを食べる、明らかに相談に乗る気がない男を見つめながら、俺はここ最近胸に巣くっていた悩み事を吐き出した。
「俺、ヴァンパイアなんだけど、カトレを好きになっちまったんだ」
それを聞いて男は動きを止める。
「カトレ?息子のほうのカルトレじゃなくて?」
「違う。カトレだ」
「……ヴァンパイアって、ジジコンって意味か」
「何言ってるんだよ。ヴァンパイアはヴァンパイアって意味だ」
「ってことはお前はヴァンパイアの上にジジコンか。そりゃ悩むわな」
「違う。そこは悩むとこじゃない」
そう、俺とカトレの間には大きな障害があるのだ。
「実はあいつ、ヴァンパイアハンターなんだ」
眉をひそめるエスカ。
「中二病もいい加減にしろ」
「まじなんだよ。だから俺悩んでんだよ」
「へーそう。それで?お前はヴァンパイア、あっちはハンター。中二病同士上手くやれるだろ。どこに問題が?」
「真面目に聞けよ。大問題だろうが。狩るものと狩られるもの同士が恋愛なんて」
「ふーーん。じゃあ諦めれば?」
「諦めれたら悩まねえよ!」
「じゃあ、一万歩譲って、お前らがヴァンパイアとハンターだとしてさ、付き合ったところで破局するのは確実。そもそも付き合うこと自体が無理だな」
「…そうだよな」
「告白して、付き合って?それでお前、殺されるのがオチだろ」
「…俺、なんで吸血鬼なんだろう?こんな体に生まれたくなかった!でも俺、血を吸う以外普通の人間なんだぞ!太陽だって浴びれるし、日中も動けるし、ベッドで寝るし、寿命も短いし、病気や怪我だってする!だいたい、話で聞く吸血鬼なんて他国にしかいねえよ!この国のはその吸血鬼の眷族の更に遠い親戚みたいな感じなんだよ!もう吸血鬼って言えるかも怪しいんだよ!それなのにハンターどもは問答無用で吸血鬼に一くくりだし!」
「そこまでわかってて好きになったのか、馬鹿だなー」
グサッとエスカの言葉が胸に刺さる。
確かに俺は馬鹿だ。
俺の家族が人目を気にしてビクビク生きているのがハンターのせいだと知っているのに。
それでも、カトレが好きなんだ。
カトレの血が吸いたくて仕方がないんだ。
「ヴァンパイアとハンターじゃ、相性最悪だろ。諦めろよ」
「じゃあどうすればいいんだ!俺の恋心!」
「新しい恋でも探して、カトレなんて忘れれば」
そう言って、エスカは自身を指差し、あくびを一つした。
「ふああ、人間とヴァンパイアだったら相性はいいんじゃね?」
「え」
「新しい恋の相手に俺なんてどうよ?」
気だるそうにテーブルにうつ伏せ、上目遣いで顔だけをこちらに向ける。
いつもと何一つ態度は変わらない。
それなのに背筋がぞくりとした。
エスカの瞳が一瞬、餌を捕らえた捕食者のように光ったような気がした。
「どう?」
「えええええ遠慮しますっ!!」
「あっそう」
なんだ、冗談…
「…えーっと何を」
「見てわかんねえ?」
一瞬だった。
一瞬でエスカは俺の隣に移動し、俺を床に押し倒した。
「待て待て待て、どういうこと」
「万が一ってこともあるだろ?」
「何が?!」
「他の奴に食われる前に、唾付けとこうと思って」
じゃあいただきます。
*****
顔を真っ青にさせながら、うなだれる。
最悪だ。
ベッドの上には裸の男女が二人。
一人は健やかな眠りについていて、俺の腹に両手を回している。
がっちりと抱きしめているものだから、抜け出すこともできない。
一体どうしてこうなったのかなんて考えたくもない。
考えたくない…が、現実はどこまでも厳しく、俺が逃げるのを許さない。
なんてことだ。
大変なことをしてしまった。
処女をよりにもよって友人だと思っていた男に奪われたことも問題だが、それよりも結婚相手でもない人間の血を吸ってしまったことがもっと大問題だった。
俺の国のヴァンパイアたちは他国と違って、独特のルールがある。
力の弱い俺達はそのルールを守ることが自分たちの身を守ることと等しいのだ。
そのルールを一つでも破れば、ハンターたちに狙われ、俺の国のヴァンパイア一族全てに危険が及ぶのだろう。
しかし、そこまで危険性を理解しながら、俺はよりにもよって、そのルールを二つも破ってしまった。
一つ目の秘密厳守だけであればなんとかなった。
もともと俺はエスカと仮契約を交わす予定だったから、秘密厳守に関して問題はなかった。
……血を吸うまでは。
ヴァンパイアが人間の血を吸って、更にはその人間を生かすということ。
それは、つまり、二つ目のルール破棄を示していた。
とはいっても、俺にはエスカを殺すことはできない。
エスカは俺の唯一の親友だ。
俺がこの国で初めて心を許した人間。
そのエスカを掟だからといって、殺すことはできない。
だから、もう責任をとるしかないのだ。
「おい、起きろ」
とりあえず、男の頭を叩く。
唸る男がむずがるように首をふり、俺の裸の腹に顔を押し付けてくる。
くすぐったくて、思わず笑ってしまう。
「こら…おきろって、もう」
「…ん……」
「おーい、えすかさーん。あなたに話があるのでおきてー…ぇひゃっ!」
脇腹を触ってきたエスカのせいで、変に高い声が漏れる。
それがツボにはまったのかくつくつ笑う男。
そのことに少し苛立って、もう一度強く男の頭を叩く。
「こら!」
「…ふふ、ごめんな」
「おきたか?」
「うん」
「よし。とりあえず服着ろ。お前に来てほしいところがある」
「どこ?」
「…俺の実家」
男はきょとんとした顔をして俺の顔を見つめた。
俺は男の間抜けな表情に苦笑してみせた。
「…いいのか?」
男は表情を一転させ、真面目な顔つきでそう言った。
こいつの真顔を見るのは初めてで、俺は少しドキドキしながら頷いた。
「いいも何も、こうなったら仕方ないだろ。責任はとる」
「そう、か。……わかった。俺も、最初から責任をとるつもりだったしな」
「最初から?」
「まかせろ。ちゃんと挨拶するから」
「ああ。気合入れて行けよ」
頼むぜ。
契約の無効をなんとしても実現させるんだ。
責任はすべて俺がとってやるからな。