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学園のヒヨドリは夏の始まりまでしか囀れなかった

掲載日:2026/06/06

 なーろっぱな世界の学園で、夏休み明けの集会からお話しが始まります。

 夏の長期休暇を終えた生徒達でざわめく講堂で、仲の良い生徒同士が、休み中に訪れた場所やここ最近の周囲の様子などを楽しそうに語り合っていた。


「そういえば、あの派手な髪色の女子生徒が居ないな?」

「ああ、君は早めに長期休みに入ったから知らないのか。……家の事情は何とかなったのか?」


 この王立学園では貴族の令息、令嬢達が任意で通っており、夏と冬に長期休暇が有る。

 今は第三王子殿下が在学中なので、親からあわよくば侍る栄誉をと言い含められている生徒も、わざわざ遠い領地から寮に入れてまで入学させる家も多かった。


「家は大丈夫だったよ。当主が、急逝した祖父から父に代わっただけだから。当主交代の手続きも済んだし、もう三ヶ月も経つからね」

「そうか……。お悔やみを申し上げる。……辛いことを聞いたな」

「ありがとう。厳しい人だったけれど、いざ居なくなると寂しいものだ。高齢だった事もあって大々的な葬儀も執り行なわなかったから、君が知らなくても仕方無いさ」


 学園長の有り難いお話を傾聴し、例の『派手な髪色の女子生徒』が退学処分になっていた事が改めて告げられ、各々が置かれている立場を考えて、今一度自身を客観的に評価し、しっかりと勉学に励むようにと釘を刺された。


「そういえば君の家の領地は()()()()()の家の領地に近かったね。それで気になったのかい?」

「それもあるけれど、実際、彼女は()()()から気になってしまうのも仕方無いさ」

「それは確かに」


 長期休暇前の学園は、低位貴族の生徒を中心にどこかふわふわした雰囲気が漂う一方、大多数の生徒には妙な緊張感も感じ取れた、中々に過ごし難い環境だった。

 それもこれも、中心には()()()()()こと、コーキー男爵令嬢が居たのだった。


――――――――――――――――――


 長期休暇の開始まで、残り一ヶ月半になり、木々色濃く花々の咲き誇る学園。その一角、王族のみが許された席で侍従達と婚約者候補との茶会の予定を確認をしていた第三王子殿下が、聞こえてきた騒がしい足音に書類から顔を上げた。


「殿下ぁ〜!私の話を聞いて下さぁい!」

「おや、桃色ヒヨドリの君。元気が余っていそうだね。……今日も何か?」


 護衛が側に控えているので一定の距離よりは近寄れないが、そんな事はお構い無しとばかりに、桃色の髪を揺らしながら持ち前の高い声で、見目麗しい金髪碧眼の第三王子殿下へと毎日のように己の不遇を言い募る。それがコーキー男爵令嬢であった。


「同じクラスの子爵家の方です!『もう少し声を抑えて控え目に』だなんて嫌味を言うんですよ!私が殿下と仲良くお話しするから、きっと嫉妬してるんです!」

「そう。興奮しなくても聞こえているよ。……君は何か言われる度にそう思って、私の所へ毎回話しに来ているのかい?」

「だって殿下はいつも私だけは追い払ったりしませんから!……それって私だけ特別に仲良しだからですよねっ!」


 自身の言葉に微笑む王子殿下に、男爵令嬢は益々妙な方向に自信を得た。

 答えたくない事または、含む所はあるが言葉にするには差し障りがある事を笑顔で返すのは、この国の上流階級では割と一般的であるが、妾であった平民の母親の生家から正式に男爵家へ迎えられたばかりの彼女には、その不文律が分からないようだった。

 彼女が高い声で囀る度に、僅かに苦痛だと示しても見せるが、それも通じない。


「それじゃあ殿下、また明日!」


 話しかけていた相手の返事も待たずに元気に駆けていく様は、下町ならば『元気なお嬢さん』で済んだだろうが、ここは王都の貴族の為の学園である。

 幾ら成人前とはいえ、このマナーの至らなさは貴族に属する者として見過ごせないという者達から、度々善意の忠告がされたが、その度に『殿下ぁ〜』と告げ口のような真似をされては、クラスメイトの善意も底を突き、根気よく付き合う少数の者が残るのみであった。


 そうしてこの状況によって、下位貴族の生徒達にもあり得ない夢が広がった。男爵令嬢があんなに何度も仲良しだと言うのならば、それは事実なのかも知れないし、ひょっとしてああいった女性がお好みなのではないか。

 良く言えば天真爛漫といえなくもない御令嬢が好みの殿下ならば、婚約者として家格が足りなくとも、マナーや教養が色々()()()()()()()()第二夫人や愛人としてお側に侍る事が適うのではないか……と。


「彼女は毎日のように私の所へ来ては囀っているけれど、一体誰なんだろうね?」

「調べてございますが――」

「いいや。彼女の名前を呼ぶ事は無いし、あの様子では成人の儀も呼ばれないだろうからね」


 この国で王宮の成人の儀に呼ばれないという事は、貴族として扱うに値しないと判断された証になる。

 彼女には名乗られもしていないので、呼び掛けに困り、『桃色』は髪色とその言動から、甲高く響く特徴的な声から『ヒヨドリ』と続けて呼んでいるだけだが、彼女は『鳥のように愛らしいと言われた』等と吹聴しているらしい。過大解釈なのか、彼女の頭の中ではそういう事になっているのかは分からないが、お陰で王子殿下の女性の趣味が一部の生徒に疑われている。


「ご機嫌よう、殿下。本日のお声掛けありがとう存じます」


 僅か頬を染めて、本日の顔合わせの相手である伯爵家の御令嬢がやって来た。彼女の声は王子殿下にとって、高過ぎずにとても聞き取りやすく、ゆったりとした話し方は桃色ヒヨドリの君とは比ぶべくも無い。


 会話は和やかに進み、王子殿下の示す僅かな意図も自然に汲み取ってもらえた。これならば周囲の声も有り、婚約者は彼女で決まりそうである。

 願わくは、末永くこの様に茶話でもできる間柄でありたいと彼は思っていた。話が一方的に過ぎれば、相手を蔑ろにしている事と余り変わりが無い。

 外から聞こえる賑やかな鳥達の声に、ふと独り言にも似た呟きが漏れた。


「あそこまで自由奔放に過ごせるのだから、毎日が楽しくて仕方が無いのだろうね……」

「殿下……」


 全てが国の為に有る我が身との違いに、思うところが無いとは言わないが、兄達のもっと厳しい状況を知っているだけに、甘えた考えを直接口には出せないし、行動に移すなど以ての外。

 伯爵令嬢との顔合わせの後で、学園での予定を更に詰めていく。


「学園側からの返答は?」

「裏取りは出来ているとの事です」

「では月末の集会には参加で予定を調整できそうかな?」

「近衛と協議致しますが、可能かと」


 打てば響くやり取りに満足そうに頷いて、王子殿下は華奢なカップを滑らかな所作で傾けた。


――――――――――――――――――


「本日の次の議題ですが、コーキー男爵令嬢の自主退学の届け出がありませんでしたので、強制退学とするか、もう一度勧告するのか皆様のご意見を伺いたく」


 職員と生徒会役員との月に一度の定例集会で、学園長から例の御令嬢の議題が取り上げられた。

 生徒会の役員の一人である第三王子殿下も、勿論公務を調整の上で参加していた。


「私から宜しいですか?」

「聞きましょう、殿下」

「ありがとうございます、学園長。……では、前回彼女が退学勧告を書面にて受けた後ですが、生活態度の変化は見られていません。殆ど毎日と言って良い程に、現在私だけが使用できる席の近くに現れ、他の生徒から嫌味を言われた等と一方的な偏見で告げています」


 近衛が側へは寄せ付けませんが、と苦笑する殿下に、学園長は渋い顔を浮かべながら参考資料を捲った。


「教室に控えている者からの証言も、それは嫌味などではなく真っ当な助言や忠告であった、と資料にありますな」

「ええ、他の居合わせた生徒達からも同様の証言を署名付きでこちらに」


 殿下の侍従が学園長へ書類を渡すと、それを読んだ後、漸く彼は決断したらしい。


「ここまで変わらないならば致し方有りませんな。勧告後も反省も見られず行動も変わらないならば強制退学が妥当でしょう。明日の掲示を以てコーキー男爵令嬢の退学手続きを開始します。異議のある方は?」


 こうしてコーキー男爵令嬢の強制退学は、反対者不在で決定された。



「何故!?殿下と仲良しなのにどうして私が退学なのよ!?しかも猶予が三日?こんなのおかしいわ!」


 翌日、掲示板に貼り出された『強制退学』の文字に戦慄する者や納得の表情を浮かべる者。様々な生徒達で溢れた講堂前で、大声を上げている生徒は一人だけだった。


「私は悪い事なんてしてないわ!……殿下なら。……そうよ、殿下なら何とかしてくれるわ!だって毎日お話する仲なんですもの!」

「私がどうかしたかな?大声で何度も『殿下』と聞こえたけれど」


 現在、この学園で殿下の敬称が使われるのは第三王子殿下お一人であるので、彼が自分の話題だと判断した事は何も間違いでは無い。


「あ、殿下!……殿下ぁ〜、私が強制退学だなんて酷いですよね?私ったら、皆が憧れる殿下と凄く仲良しだから、きっと僻んだ誰かが何か悪い作り話でもしたに決まってますぅ!」


 男爵令嬢は急に先程迄の剣幕を何処かへしまい込み、自らの状況を憐れんでくれとばかりに王子殿下に挨拶も無しに話し出した。


「そうなのかい?ではこの掲示物のコーキー男爵令嬢というのが君の身元で合っていたのだね」

「え……?殿下?何を言ってるんですかぁ?」


 親しいと思い込んでいた王子殿下から理解出来ない確認をされて、彼女の表情が訝しむものに変わった。


「私は君から名乗られた事もなければ、私から名を尋ねた事も無いからね。いつも勝手に寄ってきて勝手にお喋りをしていたから、生徒会の役員として一生徒に返事をしたけれど、それだけだね」


 顔色が急に変わった男爵令嬢の耳に、周囲からのざわめきが飛び込んで来た。

 妙だと思っていた、退学は妥当だ、殿下からお声が掛かる理由が無い、等々。


「わ、たし……」

「確かに君は悪事を働いた訳ではないのだろうね」


 救いの手が差し伸べられると思ったのか、男爵令嬢がぱっと顔を輝かせたが、それは一瞬の事であった。


「ただ、この先貴族子女として生きていけないだけだね。――礼儀作法すらも身につけようと努力しない。助言や忠告は悪意あるものと、自らを省みずに決めつける上、放課後に王族である私に許しもなく話し掛ける」


 続きを侍従が引き取り、更に退学理由が告げられる。


「各教室におきまして、護衛を含む数人が控えている事は皆様ご存知かと。そちらから証言もございます。貴き身であられる皆様方をお預け頂いている学園で、何か問題が起きては学園の存続に関わります。そもそもここは王立でございますれば」


 問題が起きた際、責任の所在が王家、などという事にならない様に、または不測の事態に備えて、人を配するのは当然である。


「無関係な人間から見ても君がおかしい事は明白で、一度は書状で勧告もしたが何も変化が見られない。そうなれば強制退学も致し方無し。……どうかね?理解できたならば、猶予の三日間で親しい者達に挨拶を済ませ、私物を纏め運び出すとよい」


 殿下は慈悲深くも懇切丁寧に告げて、授業の開始が近いと告げて、集まる生徒達を解散させた後、この度婚約者に決まった伯爵令嬢を丁寧にエスコートしながらこの場を去っていった。

 その場に残ったのは、最早授業を受ける必要の無くなった生徒が一人。

 

 こうして、目立つ髪色のコーキー男爵令嬢は強制退学になったのである。


――――――――――――――――――


「本当にかい?だって勧告が出ていたのだろう?」

「そうらしい。勧告の場合は内々に書状で出されるから、同じクラスの生徒達も知らなかった様だね」

「御実家からもお叱りがあっただろうに、彼女は何がしたかったのか……。思い込みで憐れみを誘っても、何にもならないのでは?」

「本の物語の様な奇跡を現実と混同したのかも。『王子様が身分を越えて……』。本当の事は当人にしか分からないだろうけれど」

「それで学園の雰囲気が変わったのだね」

「そういう事さ。戻ったとも言えるだろう。下位貴族の生徒達も落ち着きを取り戻した事で、学園長もきっとお喜びなのでは?」


 そう言って彼等は講堂を後にして夏の名残の中教室へ向かっていった。


――――――――――――――――――


「まあ、大きな声の鳥ですこと」

「ヒヨドリだね。この王宮は緑豊かだから。偶にこの庭に来るが、高い声が私の部屋にまで聞こえる」


 ここは王族のみが使用を許される庭で、今は婚約者同士である第三王子殿下と伯爵令嬢のささやかな茶会が開かれていた。


「殿下のお部屋まで鳴き声が?それでは大層遠くまで通るのですね」

「うん。遠くから聞く分には良いのだけれどね。……それよりも私は近くで聞く君の声の方が好ましい。年齢を重ねても君の声を煩わしく感じる事は無いと思う」

「あら、小言を重ねてもそう仰ってくださる?」

「ははは、小言を言われる回数は努力して減らす事にしよう。手始めに、我が愛しの婚約者殿に、おねだりが無いか尋ねても?」

「まあ、私は髪飾りを頂いたばかりでしてよ?」

「物とは限らないさ。色々あるだろうから、思い付いたら教えておくれ」

「でしたら、私、……殿下の愛称を……」

「……勿論だとも!私も君の愛称を呼ぶ権利を頂いても?」


 先程まで甲高く響いていたヒヨドリの声は、頬を染めた初々しい二人の空気に負けたのか、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 もうすぐ、秋が始まろうとしていた。




 ヒヨドリ君、中々の声量ですよね。ムクドリ君みたいに大きな群れにならないので助かりますが、どっちが……。いやどっちも?

 皆様お好きな声の鳥はいらっしゃいますか?

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