第7話 無謀な挑戦
拠点に戻ると、シロがいた。
岩壁の下、火の近く。丸まって目を閉じている。寝ているのかと思ったけど、荷物を下ろす音に耳がぴくりと動いた。
「戻ったか」
「ただいま」
我ながら妙な返し方だと思ったけど、シロは特に何も言わなかった。
鎧熊の残りの肉を火にかける。脂が落ちて、香ばしい匂いが広がった。今日仕留めた飛行魔物の肉も一部切り分けて並べる。こちらは脂が少なく、淡白な味だった。昨日より少し、手際が良くなっている気がした。
「食べます?」
「……もらう」
シロは静かに近づいて、肉を受け取った。行儀よく、ゆっくりと食べる。がつがつしていない。この島で生き抜いてきた者の余裕なのか、それとも生まれつきの気質なのか、まだ分からなかった。
しばらく、火の音だけが続いた。
「お前は」
シロが口を開いたのは、食べ終わってからだった。
「なぜここにいる」
「流れ着いたんだ」と答えた。「海で魔物と戦って、負けて、気づいたらここにいた」
「負けたのか」
「3回ほど」少し笑った。「ただ、死んで戻ってくるスキルがあるので」
シロの耳が少し動いた。じっとこちらを見ていた。嘘を疑っているわけじゃない。意味を理解しようとしている目だった。
「どういうことだ」
「死ぬと、その場で元に戻る。時間が戻るわけじゃないけど、体だけが戻るんですよ。しかも死ぬたびに、新しい力を一つだけ身につけられる」
「……不思議な力だな」
「そうですね」
「その力に、名前はあるのか」
「スキル、って呼ばれてますね。人間の世界では」
「スキル」
シロは言葉を確かめるように繰り返した。
「シロたちの間では、そういう呼び方はしないのですか」
シロは少し首を傾けた。「力は力だ。名前をつけるものではない」
なるほど。そういう感覚なのか。
「人間の世界では、スキルを二つ持ってるだけで、神に愛された者って呼ばれるらしいですよ」
「お前は、いくつ持っている」
指を折って数えた。「今は……五つ、かな」
シロの耳がぴんと立った。しばらく沈黙が続いた。風が吹いて、火が揺れた。
「……信じられないが」とシロはゆっくり言った。「嘘をついているようにも見えない」
「すぐバレるような嘘なんてつきませんよ」と笑った。
*
「お前は」
しばらくしてから、シロがまた口を開いた。
「なぜ冒険者になった」
「お金のため、ですかね」
即答すると、シロは少し意外そうな顔をした。
「夢があったわけじゃないのか」
「ないですないです。孤児だったので、施設を出たら自分で食っていくしかなくて。魔法が使えたから冒険者になった。それだけです」
「……寂しくはなかったのか」
少し考えた。「寂しかったのかもしれないですね。でも、寂しいって思ってても状況は変わらないから。やれることをやるしかない、って感じで生きてきました」
シロは黙って聞いていた。
「帰りたいか?」
唐突に聞かれた。川の方を向いたまま、少し間を置いた。
「……さあ」
「でも、ここで何かを作れるなら、それはそれでいいかな、って今は思ってます」
「……それが、国か」
「そうですね」
シロはしばらく黙っていた。耳が少し伏せられている。
「お前は変な人間だな」
「よく言われましたよ」
「誰に」
「施設の人に」
シロがこちらを見た。何かを言いたそうな顔だったが、また黙った。
その沈黙が、不思議と嫌じゃなかった。
*
「一つだけ言っていいか」
シロが立ち上がりながら言った。
「どうぞ」
「無駄に死ぬな」
少し笑った。「そうですね」
シロは短く鼻を鳴らして、岩壁の方へ戻っていった。
*
その日の午後、二人で島の北側を探索した。
シロが先行して匂いを嗅ぎ、波長を確認する。二人でやると、一人より格段に安全だった。互いの得意が、自然と噛み合っていた。
「あそこに水場がある」
「魔物の反応は?」
「小さいのが二匹。怯えてる」
《慧眼》を向ける。攻撃の意図はない。ただ水を飲みに来ているだけだ。
「放っておきましょう」
「ああ」
岩場を越えると、開けた台地に出た。見晴らしがいい。島の南側まで見渡せる。海が光っている。
「ここは良い場所ですね」
地図に書き加える。台地。見晴らし良好。魔力濃度、低。
シロが台地の端に座って、海を見ていた。隣に腰を下ろした。
「……本当にできると思っているのか」
「できると思ってなかったら言わないですよ」
「無謀だとは思わないのか」
「正直思います。でも、無謀かどうかと、やるかどうかは別の話だと思って」
シロはしばらく黙っていた。風が吹いて、白灰の毛並みが揺れた。
やがて、ぽつりと言った。
「……嫌いじゃない、そういうところ」
少し驚いて、それからまた笑った。「ありがとうございます」
海を見る。水平線の向こうに、故郷がある。懐かしいとは、あまり思わない。
隣に、シロがいた。
*
夜、拠点の火を眺めながら、地図を広げた。
今日新たに加わった場所に線を刻む。台地。北の水場。岩場の抜け道。
シロが隣で目を閉じている。寝息が聞こえる。
——案内人。
『はい』
——なんで僕だったんだろうな。
しばらく間があった。案内人が間を置くのは、珍しい。
『不明です。ただ——条件を満たしたのは、カルドです』
「そうか」
火が、静かに燃えている。シロの寝息が、続いている。
地図はまだ、半分以上が白紙だ。でも今日、また少し埋まった。
地図を折りたたんで、目を閉じた。




