第39話 静かに広がる拠点
朝の会議室は、いつもより少し人が多かった。
テーブルの周りに全員が集まっている。カルド、ファル、ドナン、レイス、シロ。それからクロ、シン、ホウ。デルタとネグルも端に立っていた。
「まず、昨日起こったことを話しますね」
全員が静かになった。
「昨日、シルフの最終試練がありました。空間に飛ばされて、正式に合格と言われました」
短くまとめた。細かい説明は要らなかった。
ファルが少し眉を動かした。ドナンが目を開けた。レイスが手帳に何かを書き始めた。
「怪我は」とファルが言った。
「試練の空間の中は特殊なようで、戻ったら消えていました」
「そうか」それだけだった。
「全部終わったのか」とレイスが言った。
「そうらしいです。シルフが終わりって言ってました」
「次は何がある」
「今のところは」
レイスは少し間を置いた。「分かった。記録しておく」
それで試練の話は終わりだった。全員がすぐに切り替えた。試練の詳細を聞きたがる者はいなかった。それがこの拠点の空気だった。
少し間を置いてから、クロを見た。
「一つ聞かせてください。グレイヴのみなさんは、これからどうするつもりですか」
会議室が少し静かになった。クロ、シン、ホウの三人が、それぞれ視線を動かした。
クロが口を開いた。
「決まってる。俺たちはお前たちと行く」
短かった。それだけだった。シンとホウも頷いた。
「仲間になってくれるということですか」
「そうだ。問題があるか」
「いいえ、願ってもないことです」
「ただ、俺らにもやるべきことを割り振って欲しい」
「もちろんです」
ホウが少し頷いた。シンが「よろしくお願いします」と静かに言った。
デルタが「増えたな」と言った。嬉しそうな口調ではなかったが、悪くもなかった。
*
「では、現状の整理をしましょう」とレイスが言った。
手帳を開き、テーブルの上に広げた。文字と図が細かく書き込まれていた。
「人員からだ。今の拠点は人間四名、シロ、ゴブリン約三十名、グレイヴ三名。合計で三十八名前後になる」
「その分、食料の問題が出る」とレイスは続けた。
「今の食料調達は狩猟と採集に頼っている。三十八名分を毎日賄うには、今より効率を上げないといけない」
「農地は」とホウが言った。
「拠点の南側に少し開いた土地がある。今季は間に合わないが、来季から使える。今季は狩猟と採集の範囲を広げるしかない」
「俺らは食べられる植物を見分けることができる。食料になるものかどうかの判断なら、手伝える」
「それは助かる。記録しておく」
ドナンが腕を組んだまま口を開いた。「建物が足りない」
「そうだな。鍛冶場、研究室、医務室。あとは食堂も欲しい。資材は木は足りるが、石は追加が必要だ」
「採掘場所を確認する必要があるな。それは後で話す」とドナンは言った。
「次、防衛だ。今は夜の見張りをゴブリンが交代でやっている。人員が増えた分、ローテーションも組み直す必要がある」
「それはデルタと相談します」
デルタが「任せろ」と短く言った。
「水だ」とレイスがページをめくった。「井戸は完成している。各建物への引き込みがまだ終わっていない。今は井戸まで汲みに行く形だ。三十八名分を毎日運ぶのは無駄が多い」
ドナンを見た。
「石樋を作ろう。並行してやれば一週間で終わる。ただ、グラッグと二人でやるにはゴブリンがもう二人いると早い」
「モルダとザギンがおそらくは」とデルタが言った。「あの二人は指示通りに動ける」
「分かった」
「水路の引き込みは今週中に始める」とレイスがまとめた。「資材の石が足りない分は採掘で補う」
「医療面だ。ゲンに頼りきるのも良くない。ポーション作りを並行してやる必要がある」
一通り話が終わりかけたとき、コトがテーブルの端から手を挙げた。全員がコトを見た。
「昨日、森の奥で妙な石を見つけた」
「妙な石」とレイスが繰り返した。
「光ってて、少しだけ。夜じゃないと分からないくらい。でも、確かに光ってた」
「場所は」
「東の森の奥。いつもは行かないんだけど、なんとなく気になって」
「一人でか」
「はい」コトは少し首を縮めた。
「別に怒りませんよ。ただ、次からは誰かに声をかけてください」
「分かった」
「その石、どのくらいの大きさでしたか」
コトは両手を広げた。拳より少し大きい程度を示した。「これくらいのが七つか八つ。地面から出てた」
シンが少し身を乗り出した。「色は何色でしたか」
「暗い青。少し緑がかっていたかも」
シンとホウが目を合わせた。短い間があった。
「魔鉱石かもしれません」とシンが言った。
ドナンが腕を組んでいた姿勢を崩した。「人間界で取れる魔鉱石なんてたかが知れてる。そうとう希少だ」
珍しく、興奮気味だった。
「今日、場所を確認しに行きましょう」
「採掘場所の確認と合わせて、今日中にやった方がいい。日帰りで行ける距離か」
「走って半刻くらいです」とコトが言った。
「では行く。人員を決めよう」
*
コトの後ろにカルド、シン、ホウ、レイス、シロが続いた。ファルとドナンは拠点に残った。建物の追加とゴブリンたちの指導を優先してもらった。
東の森は拠点から一刻ほど。普段は足を踏み入れない方向だった。
木が密集して、光が届きにくい。地面は柔らかく、落ち葉が厚く積もっていた。北東の海岸線への道とは別の方角で、地図にはまだ空白が残っている場所だった。
「この辺りには来たことがなかったですね」
「拠点の東側のほとんどは未調査のままだからな。今日で少し埋まるな」とレイスは言った。
シロが時折鼻を動かした。唸っていなかったので、危険はないと判断した。
「この辺から」とコトが言った。
足を止めた。
地面が少し変わっていた。土の色が濃くなり、落ち葉の量が減っていた。草が密に生えていたが、普通の草とは葉の形が違った。鋸の歯のように細かく刻まれた縁が、光を細かく弾いていた。
シンが屈んだ。草に触れた。指で葉を軽く押した。
「魔草です」
「確かですか」
「はい。葉の形と、触ったときの感触で分かります。傷の治りを早めるタイプに近いと思います」
「ゲンに採ってきてもらう分だけ残して、場所を記録してください」
「分かりました」
レイスが手帳に書き込んでいた。「群生地の範囲はどのくらいか」
シンが周囲を見渡した。「目で見える範囲だけで、会議室三つ分くらいはあります。奥に続いているかもしれません。採りすぎると減るので、量の管理が必要ですね」
「採取の上限を決める。それはシンとゲンに任せていいか」
「やります」
コトが少し先を指差した。「石はもう少し奥です」
また歩き始めた。
森がさらに深くなった。木が太くなり、根が地面に大きく張り出していた。踏み外さないように足元を確認しながら進んだ。光が少なくなった。
そこで、見えた。
地面から石が出ていた。
拳より少し大きい程度の石が、七つか八つ、土の中から顔を出していた。色は暗い青で、緑がかっていた。昼間でも、わずかに光っているのが分かった。鈍い光で、磨いた金属とは違う。内側から滲み出てくるような光り方だった。
「これか」
「はい」
シンが屈んで石に手を当てた。少し目を閉じた。
「魔鉱石です。間違いない」
「品質は」とホウが言った。
「中程度です。上質ではないですが、使える。地面の中にまだ埋まっている可能性がありますね」
「この辺りの土は強い魔力を帯びています」とシンは地面を見た。「地下に脈があって、そこから滲み出てきている形だと思います。掘ればもっと出てくる可能性が高い」
「採掘する価値があるな」とホウが言った。石の一つを持ち上げ、重さを確認した。「ただし、掘り方を間違えると地脈を傷める。慎重にやる必要がある」
「グレイヴの村でも採掘していたのですか」
「少量だが、していた。やり方は知っている」
「教えてもらえますか」
「構わない」
レイスが採掘場所の位置と石の分布を書き込んでいた。
ホウが地面を踏みながら少し歩いた。感触を確かめる動きだった。「ここが良い。土が柔らかく、掘りやすい。ここから始めれば、普通の石と魔鉱石の両方が出る可能性がある」
「分かりました。ドナンに相談します」
シロが少し動いた。鼻を空中に向けた。耳が前を向いた。
《波長理解》を広げた。
何かいた。遠かった。危険な波長ではなかったが、こちらを意識しているような感触があった。
——案内人。
『複数の反応です。遠距離。敵意は感知できません』
シンが少し周囲を見た。「感じます。この森に住む魔物だと思います。警戒しているだけで、近づいてはきていません」
「そのままにしておきましょう」
レイスが手帳を閉じた。「大体の場所は把握した。では戻ろう」
コトが先頭に立って、来た道を戻り始めた。
*
拠点に戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
ドナンに採掘場所の話をした。石の種類と位置、地面の状態をレイスが読み上げた。ドナンは黙って聞いた。
「明日行く。グラッグとホウを借りる」
「構いません」
「道具は今日中に準備する」
ドナンはすぐに動き始めた。グラッグが後ろをついていった。言葉はほとんどなかったが、二人の間で何かが噛み合っていた。
シンとゲンは別室で話を始めていた。ゲンが持っていた薬草の知識とシンの魔草の知識を照らし合わせていた。
デルタが見張りの新しいローテーション表を作っていた。ネグルとテオを呼んで、変更点を説明していた。
「一つだけ確認していいか」とレイスが言った。
「どうぞ」
「魔石と魔草、両方が出た。薬も、防衛設備も、武具の強化も、全部繋がる話だ」レイスは手帳を置いた。「ただ、採掘場所を確保するということは、その場所を守る必要が出てくる。今の拠点の防衛力で足りるか」
「今すぐは足りないかもしれません。でも、魔石が手に入れば防衛設備を強化できる。少し時間はかかりますが」
「となると、魔石回収は急ぎ取り掛かった方がいい」
「クロたちに警戒を頼めるか聞いてみます」
クロは会議室の外の壁に背中を当てて立っていた。
「一つ相談があります」
クロはこちらを見た。
「東の森の採掘場所を確保したい。しばらくの間、定期的に確認に行ってほしいのですが」
「偵察か」
「そうなります。ただ、強制ではないです」
クロは少し黙った。「やる」シンとホウには聞かなかった。それだけで決めた。
「ありがとうございます」
「感謝するな」クロは壁から離れた。
それだけで会話が終わった。
会議室に戻った。
シロが入口の近くに座っていた。入ってくるのを見て、耳を少し動かした。
「忙しくなりそうか」
「なりそうです」
「それでいいのか」
「ちょっとずつ、ここが発展していってる。良いことじゃないですか」
シロは少し黙った。「そうか」
窓の外から、ドナンとグラッグが道具を動かす音が聞こえていた。シンとゲンの話し声がまだ続いていた。デルタの声が外で響き、ゴブリンたちが何かに返事をしていた。
「増えましたね」
シロが耳を動かした。「そうだな」
どこかでゴブリンの笑い声がした。誰かが何かを言って、また笑い声がした。
明日、採掘が始まる。水路の工事も始まる。建物が増える。
テーブルの前に座ったまま、静かにそれを聞いていた。




