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漂流した底辺冒険者  作者: 三幸 奨励
精霊試練編
38/50

第38話 盤面を壊す

長くなってしまいましたがお付き合いください

白かった。


音がなく、風もない。ただ白い空間の中に、カルドだけがいた。


——案内人。


『はい』


——ここはどこだ。


『魔力で構成された空間です。前回と同一の構造と推測されます』


前回と同じ。シルフの試練空間だった。


足元に感触がある。草だった。踏みしめると、乾いた音がした。白い視界が、少しずつ色を取り戻し始めた。


枯れた野原だった。


ひびの入った地面。葉のない木立。低く乾いた草。前回と同じ場所だった。曇った空から、均一な光が降りていた。どこから差しているのか分からない、方向のない明るさだった。


集落が見えた。


壊れかけた建物が数棟、寄り添うように建っていた。壁がはらんで、屋根の一部が落ちていた。前回と同じ集落だった。


ただ、様子が違った。


集落の周囲が騒がしかった。建物の陰から悲鳴が上がっていた。小柄な影が走り回っていた。


灰狼がいた。


六体ではなかった。四体だった。集落の入口を囲んで、中に入ろうとしていた。建物の陰に隠れた集落の魔物たちを、追い立てるように動いていた。


前回と同じ構図だった。


違うのは、その向こうにいるものだった。


野原の奥から、何かが来ていた。


大きかった。


カルドの倍以上の高さがある。四足で歩いていたが、前脚が太く、後脚が細い。体表が暗い灰色で、遠目にも分かるほど厚かった。皮膚ではなく、鱗のようなものが重なり合っており、頭が大きく、目が二つ、それぞれ黄色く光っていた。口が横に広く、開くと内側が赤かった。


音がなかった。あれほどの大きさのものが近づいているのに、足音がほとんどしなかった。地面が少し揺れているだけだった。


——案内人。あの魔物は。


『解析中です。外皮が厚く、通常の物理攻撃は通りにくい構造と推測されます。視覚と聴覚が発達しています。熱源への反応が強い可能性があります』


視覚と聴覚。熱源。


『接触まで、およそ四十秒です』


四十秒。


灰狼が振り返った。四体全員が、野原の奥から来るものを見た。集落を囲んでいた動きが止まった。


状況が変わっていた。


灰狼が集落を狙っている。巨大な魔物が灰狼に向かっている。三つの存在が、それぞれの目的で動いていた。


「今回は時間ないよ」


声が来た。


シルフだった。頭の中に直接届く、軽い声だった。どこにいるかは見えなかった。


「制限時間とかありますか?」


「ん〜、気分次第かな」


「それは困りましたね」


「困れば困るほど面白いし」


——案内人。集落を助けられる確率は。


『現在の状況で集落の魔物全員を守りながら灰狼を排除できる確率は68%です』


——灰狼を助けられる確率は。


『巨大魔物から灰狼を守りながら集落への被害を防ぐ確率は52%です』


——両方助ける確率は。


『0%です』


——断言できるのか。


『はい。現在の状況で両方を同時に助けることは不可能です』


0%。


「困ったなぁ」声に出すと、少し楽になった。


——僕以外の仲間はいないのか。


『この空間にそのような反応はありません』


一人だった。


巨大魔物が近づいてくる音が、低く地面を伝ってきた。灰狼の四体が体勢を変えた。集落への攻撃をやめて、来るものに向き直った。本能的な判断だった。格上を前に、弱い獲物を後回しにした。


集落を助けるか。灰狼を助けるか。


集落の魔物たちは弱い。武装していなかった。子供も混じっている。


灰狼は集落を狙っていた。今この瞬間まで、集落を食らおうとしていた。


でも。


前も同じことを考えた。灰狼は悪意で動いていたわけではなかった。飢えていた。生きるために来ていた。今回も同じだった。


——いや。


選ぶ必要があるか。選ぶことが正しいか。


68%で集落を助けられる。52%で灰狼を助けられる。でも両方は0%。それがこの状況の前提だった。


ただ、その前提は誰が作ったのか。


巨大魔物だ。


あの魔物が来なければ、灰狼と集落の問題だけ。あの魔物が来たから、三つ巴になった。あの魔物が来たから、両方を助けることが不可能になった。


灰狼を倒せば集落は生き残るが、灰狼は失う。集落を見捨てれば集落は死ぬ。


でも、巨大魔物を止めれば。


倒せない。案内人が言った。外皮が厚い。物理攻撃が通らない。あの大きさに対してカルド一人では勝てない。


でも、止める必要はない。


時間を稼げばいい。


灰狼が撤退できるだけの時間。集落の魔物たちが逃げられるだけの時間。その時間を作れれば、両方が生き残る。


——案内人。巨大魔物を相手に時間を稼ぐことはできるか。


『可能です』


——勝率は。


『勝利する確率は8%です』


「絶望でしかないな」


——聞き間違いじゃないのか。


『8%です。間違いありません』


8%。100回やれば8回は勝てる。逆に言えば92回は負ける。


それでも0%ではない。


「集落を守るわけでも灰狼を守るためでもない。元凶から潰す」



巨大魔物が野原に入ってきた。


四足が地面を踏むたびに、低い振動が広がる。頭が大きく動いて、周囲を見渡した。黄色い目が、灰狼を捉えた。それから、カルドを見た。


止まった。


視線が動いた。大きな頭が、ゆっくりとこちらに向いた。


——視覚型。まず見てくる。


動かない。その場に立っていた。


《波長理解》を広げた。


巨大魔物の波長が来た。重くて深い。感情と呼べるものがあるとしたら、これは空腹だ。何かを求めている、単純な波長だった。怒りではなく、ただ、食べる必要があった。


灰狼の波長が来た。警戒だった。前回感じた飢えの波長が、警戒に変わっていた。四体全員が、巨大魔物を見て動いていなかった。


集落の波長が来た。恐怖。小さな波長が複数、建物の陰で固まっていた。逃げたいが、逃げる方向がない。そんな感じだった。


三つの波長が、それぞれの方向を向いていた。


巨大魔物が動いた。


こちらに向かって来なかった。灰狼の方へ動いた。大きな口が開いた。


灰狼の一体が跳んだ。横に転がった。間一髪。口が閉じる音がした。噛まれれば終わり。


残りの三体が散った。包囲しようとした。本能的な動きだった。単体では勝てないと判断して、囲もうとした。


——行く。


《高速移動》を発動した。


地面を蹴り、視界が流れた。巨大魔物の側面に回った。外皮を見た。


近くで見ると、想像以上だった。鱗が幾重にも重なっている。一枚一枚が分厚く、隙間がなかった。普通の刃では傷もつかないとすぐ分かった。


《慧眼》を発動する。


視界が鋭くなり、外皮の細部が見えた。鱗の重なり方、方向、厚さ。均一ではなかった。首の付け根に、鱗の向きが変わっている部分がある。境目だった。体の動きに合わせて鱗が動く、可動部分だった。そこだけ、隙間が他より大きかった。


——あそこだ。


ただし、首の付け根は高い位置にあった。四足で立つ巨大魔物の首は、頭より高かった。飛び上がる必要がある。


飛び上がれば、見える。視覚型の魔物に、動きが見える。


《気配遮断》を組み合わせるしかない。


巨大魔物が振り返った。こちらを見つけた。大きな頭が向いた。


《気配遮断》を発動した。


体の気配が消えた。息を止め、動きを止めた。


巨大魔物の目が動いた。いた場所から、視線が外れた。首が動いた。別の方向を見た。


——見えていない。


視覚に頼っている。気配を消せば、見失う。


灰狼の一体が巨大魔物の後脚に噛みついた。注意を引こうとしていた。本能か、判断か。どちらにせよ、その一体が危ない。巨大魔物の後脚が動いて、払いのけた。灰狼が吹き飛んだ。地面を転がった。立ち上がれなかった。


——一体やられた。残り三体。


《気配遮断》を保ちながらゆっくり動いた。速く動けば、音が出る。地面に体を低くして、前脚の近くまで寄った。


——首を狙うか。


高い。飛ばなければ届かない。飛んだ瞬間、見える。


《波長理解》で巨大魔物の状態を確認した。


空腹の波長は変わっていなかった。ただ、今は別の波長も混じっていた。苛立ちだった。灰狼に動き回られて、捉えられないことへの苛立ちだった。


——注意が散っている。今だ。


《気配遮断》を解除した。同時に《高速移動》を発動した。


地面を蹴り、跳んだ。巨大魔物の側面を駆け上がるように、外皮を足場にした。硬い。足が滑りそうになった。《魔力圧縮》を足に集中させた。魔力を密度高く足裏に展開して、外皮に食い込ませた。


一歩。二歩。肩に乗った。首の付け根が見えた。


黄色い目が動いた。視線がこちらを捉えた。


頭が動いた。振り払おうとした。


《炎舞剣》を発動した。


首の付け根の隙間に向けて、差し込んだ。


硬い。鱗の隙間は狭かった。炎の刃が入ろうとして、弾かれた。深くは入らなかった。


だが、届いた。


巨大魔物が反応し、体が大きく揺れた。首が横に振られた。吹き飛んだ。


地面に叩きつけられた。転がった。痛みが走った。


『エネルギー残量、中です』


息が荒くなっている。肩が痛い。傷ではない。打ち付けた衝撃だった。


巨大魔物がこちらを見ていた。今度は視線が外れなかった。首を振った。


熱だ。《炎舞剣》の熱に反応している。


——熱源への反応が強い。案内人が最初に言っていた。


《炎舞剣》は使えない。使えば、正確に位置を捉えられる。


外皮に物理攻撃は通らない。《炎舞剣》を使えば位置を捉えられる。では何が使えるか。


地面を見ると、石が混じっていた。小さな石から、拳ほどの石まで複数ある。


《岩礫生成》を発動した。


地面の石が浮き上がり、集めた。《魔力圧縮》を組み合わせ、密度を上げた。


巨大魔物が動き始めた。こちらに向かってきた。


射出した。


石が飛び、外皮に当たった。弾かれた。傷にはならなかった。


でも、音がした。


巨大魔物が一瞬止まった。音への反応だった。視覚と同時に聴覚も使っていると確認できた。


——音で誘導できるか。


《気配遮断》を発動した。体の気配を消した。同時に、遠い方向へ石を一つ投げた。


音がした。


巨大魔物の頭が、音の方向を向いた。視線が外れた。


——使える。


音と《気配遮断》を組み合わせれば、注意を引きつけながら移動できる。


動いた。《気配遮断》を保ちながら、側面へ回った。音を出すたびに、頭が動いた。視線が追いかけた。でも、こちらの位置とは違う方向だった。


灰狼の三体が動いていた。


散り散りになっていたが、一体一体が巨大魔物の注意を引こうとしていた。噛みつくわけではない。近づいては離れ、音を立てては逃げた。連携とは違う。でも、結果として注意を分散させていた。


——灰狼が稼いでいる。


集落の方を見た。


建物の陰で、集落の魔物たちが固まっている。逃げていなかった。逃げる方向がない。建物の外に出れば、灰狼か巨大魔物かに見つかる。


《波長理解》を集落の方向へ広げた。恐怖の波長が来た。固まって動けない波長だった。


——今は無理だ。まず時間を稼ぐ。


巨大魔物が灰狼の一体を追いかけた。速かった。四足で走ると、想像以上に速かった。灰狼が逃げた。逃げ切れなかった。前脚が伸びた。


《高速移動》を発動した。


間に割り込んだ。前脚が空を切った。受けようとしたが重く、弾き飛ばされた。また地面に叩きつけられた。


『エネルギー残量、少です』


立ち上がった。体に痛みが積み重なっていた。肩、脇腹、膝。どこも傷ではなかったが、打ち付けた箇所がいくつもあった。


助けた灰狼が立ち上がり、こちらを見た。黄色い目が動いた。


「お前は何をしている」


「時間を稼いでいます」


「なぜ」


「今は後でいいですか」


灰狼は少し間を置いた。それから、後ろを見た。巨大魔物が向き直っていた。


「……二体は逃げられない」


「逃げられる状況を作ります。だから、稼いでください」


灰狼は何も言わなかった。それだけで十分だった。


巨大魔物が来た。


《慧眼》を発動した。動きを読んだ。前脚の動きの前に、肩が動いていた。わずかなタイミングだった。でも、見えた。


肩が動いた。


横に出た。前脚が振り下ろされた場所は、さっきまでいた場所だった。


地面が割れた。


振動が来た。衝撃だけで体が揺れた。正面から受ければ即死。


——《慧眼》があれば動きが読める。ただし避け続けるだけでは削られていく。


《岩礫生成》を発動し、石を集めた。《魔力圧縮》を組み合わせた。遠くへ投げた。


音がした。


巨大魔物の頭が動いた。一瞬だけ、視線が外れた。


その瞬間に《気配遮断》を発動し、動いた。別の位置に移動した。


頭が戻ってきた。いた場所を見た。だがそこにはいない。再び首が動き、探している。


——まだ見えていない。


《慧眼》で集落の方向を見た。


建物の陰が動いていた。


集落の魔物の一体が、建物の外に出ようとしていた。小さな個体だ。逃げようとしていたが、逃げる方向が悪かった。巨大魔物の正面方向だった。


——まずい。


《気配遮断》を解除した。


「そっちへ行くな」


集落の個体が止まり、こちらを見た。


巨大魔物の頭が、声の方向を向いた。見つけた。


——引きつけた。それでいい。


「逃げるなら反対方向です。建物の裏に回ってください」


集落の個体が動いた。建物の陰に引っ込んだ。


巨大魔物が来た。


走った。《高速移動》を発動した。離れる方向ではなく、横に走った。追いかけさせた。集落から遠ざける方向に、引きずり込んだ。


巨大魔物が追ってきた。


速かった。《高速移動》を使っていても、差が縮まっていた。足が四本ある。歩幅が違う。一歩ごとの距離が違った。


——持たない。でも、もう少しだけ持てばいい。


《慧眼》で後ろを確認した。集落の方向を見た。


建物の陰から、小さな影が複数動いている。逃げていた。裏方向へ、集落の魔物たちが逃げ始めている。全員ではなかった。だが、動いている。


灰狼の方を見た。


二体が撤退し始めていた。残りの一体がまだ動いている。巨大魔物の注意を引いていた。


——もう少しだ。


巨大魔物が追いついた。


前脚が来た。《慧眼》で肩の動きを読み横に出た。外れた。だが、地面の振動で体が傾いた。バランスを崩した。


もう一発が来た。


避けられない。


脇腹に当たり吹き飛んだ。


地面を転がり、岩に背中を打ち付けた。息が出なかった。空気を吸おうとして、吸えなかった。数秒間、体が動かなかった。


巨大魔物が近づいてきた。


腕に力が入らなかった。足が震えた。体のあちこちが痛かった。


それでも、立った。


巨大魔物が止まった。


見ていた。黄色い目が、倒れて立ち上がったこちらを見ていた。


何かを確認しているような間があった。


灰狼の最後の一体が動いた。巨大魔物の側面に回った。注意を引こうとした。


頭が動き、灰狼を見た。


——行く。


《気配遮断》を発動し、同時に《高速移動》を発動した。地面を蹴った。痛みが走った。巨大魔物から離れる方向ではなく、集落の方向へ走った。


音だけ残した。《岩礫生成》で石を遠くへ投げた。


頭がそちらへ向いた。


集落の方向へ走り抜けた。


建物の裏に回った。


集落の魔物たちがいたが、全員ではなかった。半数以上が逃げたのだろう。残っていた個体たちがこちらを見た。


「逃げてください。今です」


全員が動いてくれた。裏方向へ、木立の向こうへ、逃げ始めた。子供の個体を大きな個体が抱えて走った。


最後の一体が出た。


《気配遮断》を保ちながら、建物の影を移動した。


巨大魔物が戻ってきた。集落があった場所を見た。誰もいない。建物の中を確認するように、頭を突っ込んだ。崩れた。壁が落ちた。何も出てこなかった。


頭が動いた。周囲を見た。


灰狼はいなかった。


集落の魔物もいなかった。


《気配遮断》の中にいた。


巨大魔物は少し動いた。探すように、周囲を歩いている。何も見つからなかった。


やがて、動きが止まった。


黄色い目が、ゆっくりと動いた。


それから、来た方向へ戻り始めた。野原の向こうへ。重い足音を立てながら、遠ざかっていった。


《気配遮断》を解除した。


その場に、膝をついた。


体が重い。痛みが全身にあった。息が荒かった。空気を吸うたびに、脇腹が痛んだ。


『エネルギー残量、極小です』


——本当に死ぬところだった。


終わった。


枯れた野原に、一人が残っていた。集落はなく、建物は崩壊していた。灰狼もいなくなっており、巨大魔物も遠ざかっていた。


静かだった。


「へえ」


声が来た。シルフだった。


空を見た。野原の空中に浮いていた。足をぶらぶらさせていた。眠そうな目が、こちらを見ていた。


「普通は選ぶ」


「何がですか」


「集落か灰狼か。どっちかを切る。それが合理的だから」シルフは少し首を傾けた。「でも君は違うんだね」


「おかげで死にかけましたけどね」


「そう」シルフは言った。「なんで」


「どちらかを選んだら、選ばれなかった方は死ぬ。僕はそれが嫌でした。だから、前提を壊した」


「合理じゃない」


「そうですね」


「あの魔物と戦うのも」


「勝つつもりはなかったので」


シルフは少し黙った。


「痛かった?」


「かなり」


少し間を置いた。「ただ、嫌なことを嫌なまま終わらせたくないので」


シルフは少し笑った。ほとんど分からないくらいの笑い方だった。


「合格」


「ちゃんとした合格だよ。今回は一旦じゃない」


「それはよかったです」


「強くなりたいか」とシルフが言った。


「そりゃなりたいですよ。でも、強さだけが全部じゃない」


「何が目的なの?」


「強いも弱いも関係なく生きていられる場所を作ること。強さはそのための手段です」


シルフはしばらくこちらを見ていた。


それから、空に溶け込み始めた。形が崩れた。緑色の髪が風に散った。


「これで私たち四大精霊の試練は終わり。おめでとう」


最後にその声が来て、消えた。



視界が白くなった。


それから、色が戻った。


夜だった。拠点の前で、月が出ていた。草が揺れていた。


地面に座っていた。膝をついたまま、そこにいた。


体が重かった。試練の空間での痛みは引いていたが、消耗は残っていた。


シロが隣にいた。


いつの間にか、カルドの隣に座って、前を向いていた。


「戻ったか」とシロが言った。


「戻りました」


シロは何も言わなかった。


空を見た。月が高い位置にある。試練の空間で経験したことが、まだ体の中に残っていた。転がった感触。脇腹の痛み。灰狼の目。集落の魔物たちが逃げていく背中。


全員が生き残った。


「やっと終わった」


シロが耳を動かした。「シルフの試練か」


「はい。ちゃんとした合格、と言われました」


シロは少し間を置いた。「そうか」それだけだった。


しばらく、二人とも黙っていた。


シロが立ち上がり、拠点の建物の方へ歩き始めた。入口の前で止まった。振り返らずに言った。


「おめでとう」


少し驚いた。シロがそういう言葉を使うことは、ほとんどなかった。


「ありがとうございます」


シロは何も言わなかった。そのまま中に入っていった。


しばらく空を見ていた。


風が来た。草を揺らして、空を渡っていく風だった。


立ち上がった。体が重かったが、立てた。


拠点の建物に向かって歩き始めた。

精霊試練編終了

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