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漂流した底辺冒険者  作者: 三幸 奨励
精霊試練編
37/50

第37話 選んでみて

夜になった。


会議室に灯りがついていた。カルド、ファル、ドナン、レイス、シロ。それからクロ、シン、ホウ。デルタが端に立っていた。


「シルフの試練について話せるか」とレイスが言った。


「はい」


全員の視線が集まった。


話した。空間に飛ばされ、枯れかけた野原に壊れかけた集落があったこと。灰狼の群れが取り囲んでいたこと。


クロの目が少し動いた。


「解決になっていない」とクロが言った。


「そうですね。分かっています」


ホウが腕を組んだ。「甘い」


「思う」ホウの声は平坦だった。責めているのではなく、事実を言っている口調だった。「リーダーが引いたのは、二体の損を払えないと判断したからだ。お前の言葉が通じたわけじゃない」


「僕の力で解決したわけじゃない」


「それで満足なのか」


「満足はしていません。でも、殺し合いは望んでいない」


ホウは少し間を置いた。「甘い、と言った。撤回はしない。ただ」視線がテーブルの一点に落ちた。「間違いとも言えない」


レイスが鼻を鳴らした。「お前らしい話だ」


「ああ」レイスは顎に手を当てた。「どちらも殺さず、どちらも捨てず。解決していないことも分かった上で、今日だけの一手を打つ。お前がやりそうなことだ」


「褒めてます?」


「褒めてない。事実を言っている」


ファルは何も言わなかった。テーブルの木目を見ていた。


ドナンが腕を組んだまま目を閉じていた。聞いていないように見えて、全部聞いている顔だった。


「一点だけ」とシンが言った。


全員がシンを見た。


「聞いた範囲の話なので、正確かどうかは分かりませんが」


「構いません」


「四つの試練に、共通点があると思います」シンは静かに続けた。「サラマンダーは炎に触れることでした。力を正しく扱えるかを見ていた。ノームは核があるという前提を変えることでした。変化に対応できるかを見ていた。ウンディーネは流れに逆らうのではなく向きを変えることでした。状況を読んで動けるかを見ていた」


頷いた。


「今回のシルフの試練は、力を持ったとき何をするかでした」シンの声が少し落ちた。「精霊が見ているのは、力の使い方だと思います。強さそのものではなく、強さを持ったときに何を選ぶか」


——なるほど。だから面白い、なのか。


「精霊は戦いを見ていたわけじゃない」とクロが静かに言った。


「そうだと思います」


「お前の選択を見ていた」クロの視線がこちらに向いた。真っ直ぐな目だった。「灰狼を倒したかどうかじゃない。どう動いたかを見ていた」


「力を使わず、考えで動いた。シルフはそこを見ていたと思います」とシンが言った。


ホウが記録帳を閉じた。「今できることはないな。今日は休め」


デルタが立ち上がった。「俺はゴブリンたちのところに戻る。何かあったら呼んでくれ」


「ありがとうございます」


デルタが出ていった。続いてドナンが立ち上がった。「ちぃと休む」それだけ言って、出ていった。


レイスが手帳に何かを書き込んでいた。「今日の話は残しておく」


「お願いします」


ファルが立ち上がった。こちらを一度見た。何も言わなかった。それだけで、何かが伝わった気がした。


シンとホウも出ていった。クロが最後に残った。


「一つだけ聞いていいか」


「どうぞ」


「試練の空間で」クロはテーブルを見ていた。「死んでいた一体がいたと言ったよな」


「はい」


「間に合わなかった、という顔をしていた」


少し間を置いた。「そうですね。あのとき、どうにかならないのかと考えていました」


クロは何も言わなかった。少しの間があった。


「俺たちの村も、俺たちが着いたときには一人死んでいた」


静かだった。


「嵐が来て、気づいたときには終わっていた。間に合わなかった」クロの声は平坦だった。感情を乗せているわけではなかった。ただ、事実を並べていた。「お前も同じ気持ちだったか」


「同じだと思います」


クロはしばらく黙っていた。


「そうだな」それだけ言って、立ち上がった。「寝る」


「おやすみなさい」


クロが出ていった。


会議室に、カルドとシロだけが残った。


シロはカルドの隣で丸くなっていた。目を閉じていた。でも、耳がこちらに向いていた。


蝋燭の火を見た。小さく揺れていた。


間に合わなかった。その事実は変えられなかった。今日だけ退かせても、灰狼はまだ腹を空かせている。集落はまだ壊れかけている。解決していない。クロの言った通りだった。


それでも、今日は終わった。明日がある。


蝋燭を吹き消した。



自分の部屋に戻った。


疲れていた。試練の空間で実際に傷を負ったわけではなかった。でも、何かが消耗していた。判断を続けることの重さが、体の奥に残っていた。灰狼と向き合っていた時間、集落の入口に倒れていた一体を見た瞬間、リーダーの目を見返していた時間。それらが順番に浮かんでは消えた。


やがて、意識が遠くなった。


音がした。


風の音だった。窓の外から来ていた。夜風が通り抜けるような、そういう音だった。


ただ、何かが違った。


目を開けた。天井を見た。薄暗かった。月明かりが窓から差し込んでいた。


起き上がって窓の外を見た。


木が揺れていなかった。


拠点の前に立っている木が、一本も揺れていなかった。草も揺れていなかった。水場の水面も動いていなかった。


風の音がしているのに、何も動いていなかった。


『外部からの魔力反応を感知しました。微弱です』


——敵か。


『敵意は感じません』


上着を羽織って、部屋を出た。



夜の拠点は静かだった。


見張りのゴブリンが一体、入口の近くに立っていた。ネグルだった。目だけで「何かあったか」と聞いてきた。


「少し外を見てきます。大丈夫です」


ネグルは頷いた。視線を戻した。


外に出た。


夜気が冷たかった。月が高い位置にあった。雲がなく、星が出ていた。拠点の建物が月明かりに照らされて、影を長く伸ばしていた。


風の音は続いていた。方向がなかった。どこから来ているとも言えない音だった。


拠点の建物を見上げた。


屋根の端に、何かが座っていた。


小さかった。人型だったが、手のひらほどの大きさだった。月明かりを背に受けて、輪郭だけが見えていた。緑色の髪が、風のない夜に、ゆっくりと揺れていた。


足をぶらぶらさせていた。


「起きた?」


声が、頭の中に直接届いた。軽く、面倒くさそうで、どこか楽しそうな声だった。


「起こしたのはあなたでしょう」


「まあね」


「試練は終わったのでは」


「一旦ね」シルフは足をぶらぶらさせたまま答えた。「終わりかどうか決めるのは私の気分次第」


「気分ですか」


シルフは少し黙った。足の動きが止まった。「まあ、そんなとこ」


屋根を見上げたまま立っていた。シロが隣で座った。シルフを見ていた。唸っていなかった。


「ここに来た理由を聞いていいですか」


「君の答えが気になった」


「試練の空間の話」シルフは少し身を乗り出した。屋根の端から、顔だけが出てくる形になった。「灰狼を倒さなかった。集落だけ守って終わりにもしなかった。どちらも捨てなかった」


「はい」


「なんで」


少し考えた。昼間も同じことを聞かれた。答えは変わらなかった。


「どちらも必要だと思っているからです。弱者だけ守っても、強者が死ねば別の力がやって来る。強者だけ倒しても、また別の強者が来る。どちらも生きていられる形を作らなければ、何も変わらない」


「でも今回は変わらなかった」


「今日は変わらなかった。でも今日死んだら終わり、今日生き延びれば、明日考えられる」


シルフはしばらく黙っていた。足を止めたまま、こちらを見ていた。


「それ、本気で信じてる?」


「はい」


「根拠は?」


「ありません。でも、今の僕にはそれしかない」


シルフは小さく笑った。ほとんど分からないくらいの笑い方だった。「正直だね」


「嘘をついても意味がないので」


「精霊に賢く答えようとする人間もいるよ。精霊が喜びそうなことを言う。間違いじゃないけど、面白くない」


「僕には賢い答えが分かりません」


「それが正解なのかもね」シルフはまた足をぶらぶらさせ始めた。「分からないけど動く。根拠がないけど信じる。合理じゃないけど諦めない」


何も言わなかった。


「灰狼と話したとき」シルフは続けた。「お前の群れが死んでも嫌だと思うか、って聞いた?」


「聞きました」


「それに答えた理由は」


「灰狼も生きたいはずだから」


シルフはしばらくこちらを見ていた。月明かりの中で、緑色の髪だけが揺れていた。


「もしさ」


シルフの声が、少し変わった。軽さは同じだった。でも、その下に何か別のものがあった。


「本当に選ばなきゃいけない時が来たら?」


「どういう意味ですか」


「今日みたいに、どちらも生かせた場面じゃなくて」シルフは言った。「どちらかしか助けられない場面。どちらかを選んだら、もう片方は死ぬ。そういう場面が来たら、どうする?」


黙った。


答えが出なかった。今日は灰狼を退かせることができた。集落も守れた。でも、それは今日だけの話だった。どちらも助けられない場面が来たら。


シルフは黙って待っていた。急かさなかった。


「分かりません。今の僕には、答えがない」


「そう」


「でも」


「でも?」


「その場面が来たとき、逃げたくはないです。考えて、決めます。後悔するかもしれない。間違えるかもしれない。それでも、目を閉じて決めるよりは」


シルフは少し黙った。


「それが最後の試練」


顔を上げた。「まだあるんですか」


「あるよ」シルフは笑った。今度は分かりやすく笑った。小さい体が少し揺れた。「一旦合格って言ったでしょ。一旦、ね」


「それはいつ来ますか」


「さあ」シルフは首を傾けた。「気が向いたときかな。山の主が決めることもあるし」


「準備できないじゃないですか」


「準備できるものは試練じゃないよ」


何も言えなかった。


シルフが屋根の端から身を引いた。立ち上がった。手のひらの上に乗るような小さな体が、月明かりの中に立っていた。


「ねえ」


「はい」


「君のこと、嫌いじゃないよ」


少し驚いた。シルフが、そういうことを言う存在だとは思っていなかった。


「……ありがとうございます」


「別に褒めてるわけじゃない」シルフは軽く言った。「ただ、面白いと思ってる。それだけ」


風が来た。


穏やかではなかった。拠点の周囲の木々が揺れ始めた。草が倒れた。水場の水面が波立った。さっきまで音だけだった風が、実体を持って吹き始めた。


シロが低く唸った。


「次は逃げられないよ」


シルフの声が、頭の中に響いた。笑っていた。楽しそうだった。でも、その言葉の意味は軽くなかった。


「逃げるつもりはないです」


「そう」


風が強くなった。建物が低く唸った。草が一方向に倒れた。


「それが聞きたかった」


視界が白くなった。音が消えた。


白い中に、シルフの声だけが残った。


「さあ」


風の中から来るように、頭に直接響いた。


「選んでみて」

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