第34話 見られている
朝、会議室に人を集めた。
ファル、ドナン、レイス、デルタ。それからネグルも呼んだ。ネグルは昨夜の見張りで三体を最初に見た。紹介の場にいた方がいいと思った。
クロ、シン、ホウは会議室の入り口近くに立っていた。中に入りきれていない感じではなく、出口を確保した上で立っている、そんな立ち方だった。ホウがそう決めたのだと思った。
「昨夜から拠点にいる三人です。クロ、シン、ホウ。しばらくここで一緒にやってもらうことになりました」
部屋が静かだった。
ファルは三体を見ていた。観察していた。ただ立って、何も言わずに、三体の全身を順番に見ていた。顔、肩、腕、足元、それから剣の位置。クロの剣を見たとき、目が一瞬だけ止まった。
ドナンは傷を見ていた。クロの顔の傷、腕の傷。ゲンが昨夜手当てしたが、それでも残っている跡がある。どんな状況でついた傷か、を確かめるような目だった。何も言わなかった。
レイスが口を開いた。
「何ができる」
挨拶ではなかった。最初から実務の話だった。
「クロは剣が使えます。シンは魔力探知と魔力操作。ホウは統制と判断が得意だそうです」
レイスは記録帳に何かを書いた。確認するように、もう一度ホウを見た。
「受け入れるなら、役割を決めるべきだ。客として置くのか、構成員として動かすのか。曖昧にすると後で問題が出る」
「構成員として、です。ただし、信頼が積み上がってからでいい。今すぐ全部を任せようとは思っていません」
「合理的だ」とレイスは言った。それ以上は言わなかった。
デルタが一歩前に出た。ホウに目を向けた。
「ゴブリンはここで人間と一緒にやっている」
「聞いた」とホウが答えた。
「魔物が人間と共存とは、珍しいと思った」
「珍しい、それだけか」
ホウはデルタをしばらく見た。「……お前は何者だ」
「デルタ。ここのゴブリンを統率している」
「ゴブリンが統率を」
「そうだ。問題があるか」
「ない」とホウは言った。少し間があった。「ただ、慎重になる理由はある。俺たちは昨夜来たばかりだ。信用は時間で測るものだ」
デルタはホウを見た。何かを確認するような目だった。それから、少し引いた。引いたのは納得したからではなく、まだ測っているからだと思った。
ネグルが壁の近くで腕を組んでいた。昨夜、一番先に三体を見つけたのはネグルだった。それでも今は静かにしていた。何かを言いたそうな気配があったが、まだ言わないと決めているようだった。
ファルがクロを見た。
「剣を使えるのか」
短かった。挨拶でも確認でもなく、ただそれだけだった。
クロはファルを見た。「多少は」
「多少」ファルは繰り返した。それだけだった。
目がわずかに動いた。クロの答えを聞いて、何かを測ったような動き方だった。多少、という言葉が答えとして成立するかどうかを確かめているような、そういう目だった。
クロはそれ以上何も言わなかった。
*
「役割の話をします」とカルドは言った。「命令は誰が出すか、という話です」
「状況によります。戦闘のときはファルが判断する。建設や防具に関してはドナン。設計と記録、会議の進行はレイスがやってくれています。ただ、最終的な方針はここで決めます」
「決定権はカルドにある」とレイスが言った。断定だった。
少し間を置いた。
「……そうです」
言ってから、次の言葉を出すのに一呼吸かかった。
「最終判断は僕です。でも、決める前に必ず意見を聞きます。それが僕のやり方です」
部屋が静かになった。
ホウがカルドを見た。長く見た。昨夜より長く、丁寧に見た。
「弱さと強さが混ざっている」とホウは言った。
「それは欠点ですか」
「欠点だ」ホウは間を置いた。「ただ、使い方次第でもある」
クロはずっと黙っていた。壁に背を預けて、腕を組んで、目だけが動いていた。部屋の全員を順番に見ていた。何も言わなかった。
*
会議が一段落した頃、シンが床に手をついた。
突然だった。話の途中ではなかったが、自然な動きでもなかった。片膝をつくように床に手を当てて、目を閉じた。
「どうしましたか」
「……風の魔力が薄く残っています」
部屋が静まった。
「昨夜の嵐の残滓ですか」
「そうかもしれません。でも——」シンは少し間を置いた。「薄れていない。昨夜から今朝にかけて、濃さが変わっていない」
「補充されている可能性があります。どこかから、まだ魔力が送られている」
『高濃度魔力を感知しました』
——案内人。方向は?
『特定できません。複数の方向から断続的に入力されています』
——断続的。一定じゃない。
窓の外を見た。草が揺れていた。普通の朝の風に見えた。でも、草の揺れ方が一定ではなかった。一方向に流れているはずの風が、途中で向きを変えていた。
「レイス」
「分かっている」レイスは窓の外を見ながら言った。「風向きが一定しない。気圧の変化とも一致しない。自然な現象とは言い難いな」
「シルフかもしれません」
「断定はできない。だが、注意すべきだ」
ホウが立ち上がった。出口の方を向いた。外を見た。「昨夜と同じ匂いがする」
「昨夜の嵐と同じですか」
「似ている。同じかどうかは分からない」
クロが壁から離れた。剣の柄に手を置いた。抜いてはいなかった。ただ、置いた。
デルタがネグルを見た。ネグルが頷いた。二人の間で何かが決まったようだった。デルタが小声で何かを言い、ネグルが扉に向かった。外の様子を確認しに行くつもりだと分かった。
外の草が、また向きを変えた。
*
扉が吹き飛んだ。
音より先に衝撃が来た。扉が内側に向かって弾け、木の破片が散った。全員が反射的に動いた。
『高濃度魔力を感知しました』
外に出た。
嵐という言葉では足りなかった。風が壁のように来た。空気の塊が、見えない形を持って押してくる感触だった。立っているだけで体が持っていかれる。
「背を建物に」
ホウが叫んだ。全員が建物の壁を背にした。風が正面から来る。建物が盾になった。
「三歩右」
シンの声だった。右に三歩動いた。風の当たり方が変わった。強い流れから少しだけ外れた場所があった。シンが示した場所だった。
ネグルが建物の角から顔を出した。「デルタ、こっち」
デルタが動いた。近くにいたゴブリンたちに何かを叫んだ。言葉は風に飛ばされて聞こえなかったが、ゴブリンたちが建物の中に走り込んでいくのが見えた。デルタが最後に入って、隣の建物の扉を引いた。
クロが前に出た。
建物の壁から離れた。風の中に踏み出した。剣を抜いた。
抜いた剣を、構えなかった。
切っ先を下に向けて、両手で柄を持って、ただ立った。風が来た。体が揺れた。それでも足が動かなかった。風が体を押しても、体重を少しずつ移動させて、流れを受け流していた。
ファルが横に出た。
クロの隣に立ち、剣を抜いた。クロと同じように、切っ先を下に向けた。
二人の視線が交差した。言葉はなかった。ただ、一瞬だけ目が合った。それだけだった。
二人が並んで、風の中に立っていた。
シロが低く唸りながらカルドの隣に来た。四本足で踏ん張って、前を向いていた。
風が向きを変えた。急に方向が変わり、さっきまで正面から来ていた風が右から来た。次に上から。一定ではない。嵐の動き方ではなかった。嵐は一方向に流れる。これは違った。
『魔力の流れ、複数方向から断続的に入力』
——解析できるか。
『できません』
シンが地面に両手を当てた。風の中で、片膝をついて地面を触った。目を閉じた。
「違います」
「何が違うんですか」
「中心がありません」シンが叫んだ。「風に核がない。攻撃ではありません。——試しています」
——試している。攻撃じゃない。
空を見た。晴れていた。雲一つない快晴だった。風が来ているのに、空は普通だった。
突風が来た。
一点に集中した突風だった。方向が定まっていた。井戸に向かっていた。
水面が持ち上がった。引き上げられるように、水が上に向かった。井戸の縁から水が溢れ、横に流れ始めた。風が水を運ぼうとしていた。拠点の中心から、水が離れようとしていた。
——まずい。
本気でそう思った。水路を引いた。ドナンが一日かけて石を積んだ。その水が今、引き抜かれようとしていた。
「井戸の周囲に回れ」
叫んだ。声が届いたかどうか分からなかった。でも、ドナンが動いた。ドナンとグラッグが井戸に向かった。グラッグが重い石を引き寄せた。ドナンが水の出口を一時的に塞ぐように石を組んだ。応急処置だ。
クロが風の中を動いていた。前に踏み出した。体を斜めにして、流れを受け流すように動いている。突風の向きに対して、真正面に立つのではなく、角度をつけて立つ。風が体を通り抜ける形になっていた。
一点集中していた突風が、クロの体を境に分散した。
ファルがクロの隣で同じように動いた。クロが右に角度をつければ、ファルが左に角度をつけた。二人で風を受け流す形が作られた。
風が、止んだ。
唐突だった。来たときと同じように、突然消えた。
全員が荒い息をついた。水が、井戸の中に戻っていった。ドナンが石を少しずらした。水流が元に戻った。
誰も何も言わなかった。
しばらくそのままでいた。
*
ホウが口を開いた。
「明らかな意図がある」
「魔力も昨日の嵐と同じでした」
「核がなかった」とシンが続けた。「攻撃意図のある魔力には核があります。一点に向けて収束する。さっきの風にはそれがなかった」
「では何だったんですか」
ホウは遠くを見た。「分からない。ただ——」少し間を置いた。「反応を見ていた気がする。俺たちが何をするかを、見ていた」
空を見た。風は吹いていた。普通の朝の風に戻っていた。
シンが立ち上がった。手の土を払った。「魔力の残滓が減っています。さっきより薄い」
「引いたということですか」
「そう思います。でも完全には消えていない」
レイスが記録帳に書いていた。何を書いているのか、今は聞かなかった。レイスが記録しているということは、後で確認できる。それで十分だった。
クロが剣を鞘に収めた。
ファルがそれを見た。何かを言いそうだった。でも言わなかった。剣を収めて、建物の壁に背を預けた。
「クロさん」とカルドは言った。「さっきの動き方は」
「風を切っても意味がない」クロは言った。「風は斬れない。だから流す」
ファルがクロを見た。見て、目を逸らした。何かを考えているような目の逸らし方だった。
ネグルが建物の陰から出てきた。「外は大丈夫です。全員を建物の中に入れました」
「ありがとうございます。怪我は」
「ない」
デルタが出てきた。全員の顔を確認した。人数を数えているような目の動き方だった。全員いることを確認してから、少し体の力を抜いた。
「これで終わりか」とデルタが言った。
「今はそのようです」
デルタはホウを見た。「お前はどう思う」
ホウはデルタを見た。昨夜より少し違う目だった。警戒が完全に消えたわけではなかったが、測り方が変わっていた。
「昨夜の嵐と同じ性質だった」とホウは言った。「だが意図が違う。昨夜のは圧があった。今日のは——圧がなかった。ただ、動きを見ていた」
「誰が」
「分からない」
デルタは黙った。それ以上は聞かなかった。
——案内人。今も感知しているか。
『魔力の痕跡を感知しています。ただし濃度は低下しています』
——そうか。
ドナンが井戸の石を確認していた。グラッグが隣で同じように見ていた。二人とも何も言わなかった。ドナンが石を一つ動かして、グラッグが別の石を押さえた。言葉なしで動いていた。
水音がした。井戸から、静かに水が流れていた。壊れていなかった。
それだけで、少し息が楽になった。
*
最終判断は僕です、と言った。言ってしまった。言ってから、少し手が止まった。本当にそう思っているかどうか、できるかどうかも分からない。でも、今の僕にはその役割をきちんと果たすしかない。
ランプを消し、窓を開けた。外の風は穏やかだった。でも、穏やかな風と、さっきまでの風が同じものかどうか、今の僕には区別できなかった。




