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漂流した底辺冒険者  作者: 三幸 奨励
精霊試練編
33/49

第33話 嫌だと思った

異変に最初に気づいたのは、ネグルだった。


夜の見張りはネグルの担当だった。拠点の東側、森と開けた地の境目に立って、周囲の気配を測っていた。《波長理解》を教えてから、ネグルはそれに近いことを自分なりにやるようになっていた。スキルではなく、ただ集中することによって。


「カルド」


外に出ると、ネグルが東の方角を指していた。


「外が変だ」


——ネグルがわざわざ呼びに来るとは、嫌な予感がする。


『高濃度魔力を感知しました』


——一つか?


『複数の反応です。接近しています』


——何体だ。


『三体です。ただし、移動速度が著しく低下しています』


低下している。走っているのではなく、歩いている。あるいは——歩くのがやっとの状態か。


「行きましょう」


ネグルが「こっち」と先行した。


《波長理解》を広げた。三つの波長が近づいてくる。どれも乱れていた。怒りや敵意の波長ではなかった。消耗した、張り詰めた、それでも前に進もうとしている波長だった。


森の縁から、三つの影が出てきた。



最初に目に入ったのは、先頭の一体だった。


人間の形をしていた。背丈もほぼ人間と変わらない。ただ肌が薄く灰がかっていて、目の色が違った。暗い金色だった。髪は短く、体格は細いが骨格がしっかりしている。剣を背負い、すぐに抜ける位置に手を置いていた。


傷だらけだった。顔や腕に傷があり、服が破れている。それでも背筋が伸びて、歩き方が崩れていなかった。


後ろの女は先頭より少し小柄で、腰まである髪が深い青に近い黒をしていた。両手をわずかに前に出して、何かを探るように歩いていた。目が細く、足元を見ていた。


最後の一体が一番大きかった。肩幅があり、腕が太い。歩き方は重かったが安定していた。拠点の建物の数、出入り口の位置、こちらの人数——そういうものを素早く確認している目の動きだった。


三体とも、消耗しきっていた。


「止まってください」


三体が止まった。


先頭の一体がこちらを見た。暗い金色の目が、測るように動いた。


「何をしにきましたか」


「すまない、水を少し分けてくれないか」声は低く、乾いていた。


「分かりました。ネグル」


「わかった。持ってくる」ネグルが全速力で井戸へ向かった。


三体の間で、わずかに何かが緩んだ。身構えたままだったが、最初の固さより少しだけ解けた。


後ろの女が少し前に出た。両手がわずかに動いた。地面を探るような動きだった。


「水脈がここにはありますね」と静かに言った。


「よく分かりましたね。最近、地下水脈を引きました」


「私は様々なものを探知するのが得意で」地面を見つめたまま、力のない声で言った。


大きな一体が一歩前に出た。「本当に水をくれるのか」


「今持ってきます」


ネグルが水の器を三つ持って戻った。受け取って、三体に手渡した。


大きな一体が受け取り、においを嗅いだ。一口飲んで、口の中で転がした。「毒はない」


女が近づいて器を受け取り、目を閉じながらゆっくりと飲んだ。噛み締めるようにしばらくそのままでいた。


先頭の一体も器を受け取り、水を飲んだ。「助かった。ありがとう」


三体の肩から、わずかに力が抜けた。


「傷がひどいですね。良ければ手当てします。着いてきてください」


三体は何も言わなかったが、着いてきた。


「ネグル、ゲンを呼んできてください」


「わかった」


会議室へ向かった。



先頭の一体を簡易式のマットに寝かせ、ゲンが処置を始めた。


「事情を聞いてもいいですか」


女が答えた。「南の森の外れに村があるのですが——ありました、という言い方が正確です。今はもうありません」


「何があったんですか」


「嵐が来た」と大きな一体が言った。「唐突に。私たちの村だけを狙ったかのように」


「周囲の森に被害はなかった。風は村の中だけを荒らした。村の外に出れば穏やかだった」女が続けた。「あの嵐には魔力が込められていました。自然な嵐ではありません」


「誰かが意図的に」


「そう思っています。証拠はありませんが」


意図的な嵐。魔力を込めた嵐。シルフの名前が頭をよぎった。でも今考えることではなかった。


「村の他の方は」


「いない」と先頭の一体が言った。短く、それだけだった。


誰も何も言わなかった。


女が地面を見て、両手を動かした。「嵐の後、水を探しました。私は地面の下で流れるものを魔力の振動によって読みます。水が動く向きを辿れば、川や水源があると考えて」


——《波長理解》に近い。


「三日だ。水なしで三日歩いた」先頭の一体が起き上がりながら言った。


「はい、これで大丈夫です」ゲンが体を支えながら言った。


「ありがとう」わずかに微笑んだ気がした。


「ゲン、ありがとうございます」


「いえ」ゲンは会議室を後にした。


「名前を聞いてもいいですか」


「正式な名前はないが、周りからはクロと呼ばれている」


「シンです」


「ホウ」


「僕はカルドといいます」


三体がそれぞれこちらを見た。


「人間か」とクロが言った。


「はい」


「なぜここにいる」


「流れ着きました。帰る方法がないので、島に残っています」


クロは少し間を置いた。「帰れないのに、ここにいるのか」


「そうです」


「……そうか」


それだけだった。



シンが地面に手を当てていた。地下水脈の流れを確かめているようで、目を閉じて何かを聞いていた。


「変わった水路ですね」


「最近引きまして、古い水脈と新しい流れが交わっています。鍛冶師が整備しました。精霊に教わった組み方です」


「鍛冶師」シンは繰り返した。「人間ですか」


「そうです。一日でやり遂げました」


シンは少し黙った。「……筋がいいですね」


ドナンが褒められた。顔には出さなかった。


ホウが拠点の建物を見ていた。「ここに何人いる」


「人間が四人、オオカミが一匹、ゴブリンが三十人ほどです」


「ゴブリンと人間が一緒にいるのか」


「はい」


「ゴブリンが従っているのか、人間が従っているのか」


「一緒にやっています。どちらでもありません」


ホウはしばらく見ていた。拠点の構造を確認したときと同じ目の動き方で、今度はこちらを確認していた。


「信じられないが」とホウが言った。「嘘をついている感じもしない」


「嘘じゃないですよ。彼らは仲間です」


クロはずっと黙っていた。背筋が伸びたままだった。


「クロさん、水いりますか」


「いらない」


クロはこちらを見た。「俺は弱いものをたくさん斬った」と言った。誰かに向けた言葉でもなかった。ただ、言った。「そして強きものに斬られた。ただそれだけだ」


誰も何も言わなかった。シンがクロを見た。ホウも見た。でも何も言わなかった。



夕刻の風が少し強くなった。木々が揺れた。次の瞬間、突風が来た。


空に雲があったわけでもなかった。風が壁のように来て、木の葉が一斉に飛んだ。


クロが一瞬体勢を崩し、嵐の方向に向き直った。剣に手をかけた。


「魔力が込められています」シンが叫んだ。「さっきの嵐と同じです。魔力の質が同じです」


「追ってきたということですか」


「そうです」


《波長理解》を使った。風の中に魔力の流れがあった。向きがあった。方向があった。ただの嵐ではない。


「ネグル、拠点の中に」


「でも——」


「今すぐ」


ネグルが走った。


風が強くなった。クロが踏ん張り、それでも一歩後退した。さらに強くなった。


クロの体が吹き飛んだ。


横に五歩ほど転がり、膝をついた。立とうとして、立てなかった。


「クロ」とホウが叫んだ。風の中を進もうとしたが速くは動けなかった。


シンが地面に両手を当てた。風の流れが少しだけ変わった。弱い場所を作ろうとしているようだった。


走った。クロのそばに行き、腕を掴んだ。


「離せ」


「いいから掴め」


クロがわずかに驚き、腕を掴まれた。シンが作った流れの隙間を使いながら引いた。ホウが前に出て風を体で受けた。三人でクロを引きずるように建物の影に入った。


風が、止んだ。唐突に消えた。


全員が荒い息をついた。


クロが壁に背をついていた。額から血が出ていた。


「ゲンを呼んできます」


「待て、大丈夫だ」


立ち上がってこちらを見た。「あんたが助けようとする理由は何だ。俺たちは魔物だ。あんたは人間だ。助ける義理はない」


「義理とか義務とかではないですね」


「じゃあ何だ」


「困った時はお互い様。それに嵐の話を聞いて、少し嫌だと思いました。それだけです」


クロは何も言わなかった。


ホウがこちらを見た。シンもこちらを見た。


「嫌だ、か」とホウが小声で繰り返した。



朝になった。嵐は去り、空が晴れていた。


三体は拠点の外にいた。許可を得る前に、自分たちで外にとどまっていた。


外に出ると、クロが地面に座って空を見ていた。剣を横に置いていた。ホウとシンは少し離れたところで小声で話していた。


クロはこちらをじっと見た。


「嵐が来たとき、俺は弱い者を守ろうとした。その隙に強い嵐に巻き込まれた。俺が強ければ、守りながら戦えた。俺が弱かったから、守ることも戦うこともできなかった」


「……そうですか」


「それだけだ。言い訳はない」


クロは空を見た。同じように空を見た。この島に来てから、星をよく見るようになった気がした。


クロが立ち上がった。「斬るなら斬れ。俺たちを使えないと判断するなら、そうしろ。ここは弱肉強食、それがこの世界の原則だ」


一歩前に出た。クロとの距離が縮まった。暗い金色の目だった。疲れ切っていた。でも諦めていなかった。


しばらく、二人は向き合っていた。風が一度吹いた。草が揺れた。


「斬りませんよ」


クロは動かなかった。


「クロさん、シンさん、ホウさん。しばらくここにいませんか」


誰も言葉を返さなかった。


ホウがゆっくり立ち上がって歩いてきた。「良いのか」


「その代わり、三人には働いてもらいます。この島で、強いも弱いも関係なく生きていける場所を作ろうとしています。人間も魔物も関係ない」


ホウは長く、丁寧に測っていた。「……対等にやっているのか」


「そのつもりです。うまくできているかどうかはわかりません。でも、そのつもりでやっています」


「あんたは正直だな」


「嘘は苦手なもので」


「それは美点でもあり、弱点でもある」


ホウはシンを見た。シンが頷いた。ホウがクロを見た。


クロは地面に刺さった剣を引き抜いて、鞘に収めた。


シンがわずかに体の力を抜いた。ホウが短く息を吐いた。


「条件は」とホウが言った。


「今のところありません。ただ、ここで生活するなら一緒にやってもらいたい。それだけです」


「食事と寝る場はあるのか」


「食事は問題ありません。空き部屋が五つあるのでお好きな所を使ってください。狭ければドナンに伝えます」


ホウはしばらく考えた。「信じるに足るかどうか、まだ判断できない」


「それでいいです。急いで信じなくていい。長くいれば分かります」


「……長くいる前提か」


「こちらはそのつもりです」


ホウはカルドを見て、シンを見て、クロを見た。三体の間に、言葉ではない何かが通った。一瞬だった。


「今夜はここで休む。明日、また話す」


「分かりました。水と食事を持ってきます」


暗くてよく見えなかったが、ホウの表情が少し動いた気がした。



夜、地図を広げた。


三体の魔物が来た。クロ、シン、ホウ。嵐で村が壊滅して、三日間水なしで歩いてきた。シンが水脈を感知して、ここにたどり着いた。


今日の嵐と、クロたちの村を壊滅させた嵐の魔力の質が同じだとシンが言った。追ってきた、とも。


シルフの名前が頭をよぎったが、証拠はない。急いで結論を出すことでもない。


でも、また来るかもしれない。


ランプを消した。外は静かだった。ただ風が、草の上を通り過ぎていくだけだった。

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