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漂流した冒険者  作者: 三幸 奨励
精霊試練編
32/47

第32話 精霊の優しさ

夕方、ウンディーネがまだ拠点にいた。


帰る気配がなかった。会議室の外の石の台に座っていた。置かれているような静けさがあった。


水を持っていった。


「いりますか」


「私は水を飲まない」


自分で飲んだ。今日引いたばかりの、冷たい地下水だった。


「美味しい」


「そう」


「ウンディーネは、水を飲まないのに水の精霊なんですね」


「水の精霊だから、かな。自分で水を生成できるから、わざわざ飲まなくていい」


しばらく黙っていた。夕方の風が石の台のそばを通り過ぎた。


「一つ聞いてもいいですか」


「いいよ。答えるかどうかは別だけど」


「ノームのことです。死んでも死ななくてもどうでも良い、と言っていました。あなたも同じように思いますか」


ウンディーネはしばらく考えた。「精霊は人間の倫理に従わない、という意味なら、そう。私は人間が死ぬことを悲しまない」


「悲しみの感情はあるんですか」


「ある。でも人間の悲しみとは違う。水が引くときの感触に似ている。なくなるわけではない。別の場所に移るだけ」


「ノームは、誰かが死んだ方が面白かったかも、と言いました。残酷だと思いましたし、正直ムカつきました」


「でもノームは嘘をついていない。本当にそう思ったから言った」ウンディーネは少し首を傾けた。「残酷かどうかは、言われた側が決めること。ただ、言った側に責任がないとも言えない。どちらも正しい」


「ノームをあの子と言いましたよね。精霊に年齢はあるんですか」


「年齢というより、古さ。水は土より後から来る。雨が降って、川になって、土に染み込む。だから私はあの子より後。でもあの子は私のことを年上とは思っていない」


「ノームはどう思っているんですか」


ウンディーネは少し笑った。「あの子に聞いて」


「どうしてこんなことをしてくれたんですか。面倒だと思うなら来なければいいのに」


「嫌なら来ない。これはご褒美。私は他の子たちと違って優しいから」


「嫌じゃないです。助かります」


「それに、まだ教えるべきじゃないしね」


何かを言いかけるより先に、ウンディーネが口を開いていた。それ以上は聞けなかった。


「水の整備、ありがとうございました」


ウンディーネは少し間を置いた。「水はもともとここにあった。私はその向きを変えただけ。礼を言うなら、向きを変える場所を作った鍛冶屋に言いなさい」


「それでも、来てくれなければ分からなかったことなので」


ウンディーネはまた笑った。今度はどこか柔らかい笑い方だった。


それから水の中に消えていった。水がどこにあったわけでもないのに、ウンディーネはそちらへ向かって、見えなくなった。



気配に気づいたのは、ウンディーネが消えた直後だった。


ノームが石畳の上に立っていた。人間の子供と同じ見た目で、目だけが橙色に光っていた。


「遊びに来たよ」


「久しぶり」とノームはウンディーネの消えた方向に言った。


「久しぶりでもない」どこかからウンディーネの声がした。「この前会ったじゃない」


「私にとっては長かったの」


返事はなかった。


ノームがこちらを見た。「水、来たね」


「はい。ウンディーネが引いてくれました」


「ふうん」ノームは足元の地面を見た。「地下水脈、ちゃんと通ってる。あの大男がうまく石を積んだんだね」


「ドナンです」


「土が変わる。水が来ると土が変わる。乾いた土と濡れた土は全然違う。匂いも、重さも」


「土が喜ぶ、ということですか」


「感情じゃないよ。状態が変わる、ていう意味」ノームは少し首を傾けた。「でも変化はある」


「シルフについて教えてもらえますか。どんな精霊なのか」


「シルフは私たちとは違う」ノームはそのまま続けた。「私は土にいる。ウンディーネは水にいる。シルフは——どこにでもいる。いつもそこにいるのに、見えない」


「どこにでもいる?」


「風はどこにでも行く。土は動かない。水は流れる先がある。でも風は止まらない。だからシルフは試練の性質も違う、と思う。ただ——」


そこで止まった。


「忘れて」


前にも聞いた言葉だった。山の主人について言いかけたときと同じ言い方だった。


「ノームが言いかけることは、いつも忘れてと言いますね」


「言ってもいいことと、言わない方がいいことがある。どちらかはその時々で変わる」ノームははっきりとした声で言った。「でも、あなたたちが自分でたどり着くことはある。そのときは別の話」


「水が来ると土が崩れやすくなるよ」ノームは立ち上がった。「またね」


地面に沈んだ。静かに、足元から消えていった。後には何も残らなかった。


しばらくその場に立っていた。


夕風が一度だけ強く吹いて、すぐに止んだ。



夜、ドナンが枠の設計を始めていた。


「いつ作りますか」


「明日から始める。一週間あれば形になる」


「急がなくていいです」


「急いでない。これが好きだからだ」


それだけだった。


井戸の周りはもう静かだった。ゴブリンたちは食事に戻り、火の明かりが建物の窓から漏れていた。水面だけが、暗い中でかすかに光を返していた。


遠くから水の音が聞こえた。嵐のような豪雨のようなものが。


引いたばかりの地下水の音ではなかった。もっと遠い、別の方向から来ていた。


耳を澄ませた。もう聞こえなかった。

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