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漂流した底辺冒険者  作者: 三幸 奨励
絶海孤島編
22/53

第22話 炎のかたち

「右手を見せろ」


朝、ファルが開口一番にそう言った。手を差し出すと、指先から手首にかけてをじっと確認した。昨日の爆裂型魔物との戦いで赤くなっていた皮膚は、一晩経ってだいぶ落ち着いている。


「焼けた跡がある」ファルは手を放した。「《炎舞剣》を使ったときに自分の熱で傷めたか」


「少し。制御が甘かったと思います」


「制御できていないスキルは自分を傷つける。まずそこから直す」ファルは岩壁の前に立った。「やってみろ。ゆっくりでいい」


テオ、ガンズ、ウルジが少し離れた場所で見ていた。ドグロとバルチもいる。少し後ろにネグルが陣取っていた。


「見るなら前に来い」ファルが振り返らずに言った。


五人がぞろぞろと前に出た。ネグルだけが「俺は見るだけだ」という顔で立っている。


「《炎舞剣》」


右手に意識を集中させた。魔力を手のひらに引き込む。前回は形を固めることに必死で、熱の制御が後回しになった。今日は順番を逆にする。まず熱の範囲を決める。手のひらの、どこからどこまでが炎の領域かを確定させてから、形を作る。


じわじわと、刃の形が出来上がっていった。前回より時間がかかった。でも、手が熱くない。


「どうだ」


「熱くない」


「見せろ」ファルが近づいた。炎の刃を横から見た。「密度が低い。まだ揺れている。魔力量を絞りながら形を固める練習をしろ。威力は後でいい。今は形だ」


《威力補正》を重ねた。魔力の量を少し落とす。炎の刃が小さくなった。でも、揺れが減った。


「そっちの方がいい」ファルは腕を組んだ。「大きければいいわけじゃない。安定した刃の方が、当たったときの威力は出る。分かるか」


「分かります」


テオが前に出た。「俺も触っていいか」


「触るな。燃えるぞ」


テオが「そうか」と言って引いた。それでも目は刃から離さなかった。


「次は高速移動と組み合わせる」ファルが岩壁から少し離れた。「走りながら形を維持できるか確認する」


《高速移動》を発動した。魔力を脚に集中させながら、右手の炎の刃も保ちつづける。


走った。刃が揺れた。着地の衝撃で形が崩れかけた。建て直した。また崩れた。


「止まれ」ファルが言った。「走っているときに右手に意識が向いていない。どこを見ている」


「前を」


「前を見ながら右手も意識しろ。二つ同時にやれ」


「難しいですね」


「難しくなければ特訓する必要がない」ファルの声は淡々としていた。責めていない。ただ、正確だった。「もう一度」


ガンズが小声でドグロに言った。「カルドでも難しいのか」


「スキル一個でも気を使う。二個三個同時は神経を相当使うだろう」


もう一度走った。今度は、右手ではなく炎の「形」に意識を置くことにした。手ではなく、空間の中に刃があると思う。走りながら、その形が崩れないように空気を押さえるイメージで。


着地した。刃が揺れた。でも、崩れなかった。


「今のは保った」ファルが言った。「何が違った」


「意識の置き方を変えました。手ではなく、空間に形があると思った」


ファルが少し間を置いた。「……なるほど」腕を組んだまま、何かを考えている。「それは正しいかもしれない。剣も同じだ。刃を意識するより、切る空間を意識した方が安定する。お前は剣を持たずにそこに辿り着いた」


「偶然です」


「偶然でも、正しければいい」ファルは岩壁の方へ歩いた。「その感覚を体に叩き込め。形が崩れたら最初からやり直し」


テオが「俺たちは」と言った。


「見て覚えろ。自分の訓練に置き換えて」


テオは頷いて、カルドの動きを目で追い始めた。



午前中、繰り返した。


走って、形を維持して、踏み込んで放つ。走って、維持して、放つ。何度も繰り返すうちに、考えなくても形が出てくるようになってきた。


「踏み込みながら放てるか」とファルが言った。


「試します」


踏み込んで、岩壁に向けて炎の刃を叩きつけた。岩壁に熱の跡が残った。


「形を保ちながらできてはいるが、威力が低い。次は《魔力圧縮》と同時に」


「消耗が大きくなりますよ」


「分かっている。一回だけやれ。感覚を掴む」


《炎舞剣》に《魔力圧縮》を通した。刃の密度が上がった。熱が増した。踏み込んで岩壁に叩きつけた。今度は、深い跡が残った。


「それだ」ファルは岩壁の跡を指でなぞった。「これが本来の威力だ。《魔力圧縮》は仕留めに行く一撃に使え。乱用すると後半に響く」


「なるほど」


ファルがカルドを見た。「昨日より明らかに安定している」


褒め言葉ではなかった。ただの事実だ。でも、ファルがそう言うのは珍しい。


「ありがとうございます」


「礼はいい。続きをやれ」


ガンズが「俺たちの訓練は」と言った。


「今から始める。カルドは一人で大丈夫そうだ。お前たちは付き合え」


テオが「やっと」という顔をして立ち上がった。


——案内人、《炎舞剣》の安定度は。


『前回使用時より制御精度が向上しています。長時間の連続使用では揺れが生じる可能性がありますが、使用間隔を置くことで改善されます』


——分かった。



昼前、ファルが「休憩」と言った。


全員が倒れるように地面に座った。バルチが「足が言うことを聞かない」と言った。


「明日には少し楽になる」ファルは水を飲みながら言った。「お前は走り方が悪い。つま先で蹴りすぎている。かかとから着地して前に転がせ」


テオが「俺の走り方は」と聞いた。「悪くない。腕の振りが少し大きい」


ガンズが「俺は」と聞いた。「問題ない」


ガンズが「そうか」と満足そうにした。


ネグルの隣に座った。ネグルは訓練に参加せず、ずっと観察していた。


「ネグルは走らないのですか」


「見ている方が分かることがある」ネグルは前を向いたまま言った。「テオは走りながら周りを見るとき、目が右から左に動く。左から右には動かない。癖だと思う」


それをファルに伝えた。


ファルは少し目を細めた。「……気づいていたか」ネグルの方を見た。「お前は偵察に向いている」


ネグルは「知っている」という顔をした。



午後、シロが戻ってきた。


「拠点の北側に弱い魔物の群れがいる。小型が十五匹ほど。数が増えている。放置すると拠点に近づく可能性がある」


ファルがこちらを見た。「やるか」


「やります。《炎舞剣》の実戦確認にもなりますし」


「ゴブリン組は来るか」ファルはテオたちを見た。


テオが「行く」と即答した。ウルジだけが「足がまだ痛い」と言ってから「でも行く」と続けた。


「無理なら残れ」ファルがウルジを見た。


「動ける」


「後衛で全体を見ろ。前には出るな」


全員で北側へ向かった。



小型魔物の群れは、岩場の窪みに固まっていた。体長は膝くらいの高さ。爪が長く、地面を引っ掻く音が絶えず聞こえていた。単体では大した脅威にならないが、数が多い。


「先頭を仕留めれば残りが散る可能性がありますね」


「そうだな」ファルが言った。「《炎舞剣》で先頭を一気に潰せ。残りは私とシロで対処する。ゴブリン組は外周を固めろ。逃がすな」


《炎舞剣》を出した。午前中の練習で体が覚えた形が、すぐに出てきた。安定している。揺れていない。


「行きます」


《高速移動》を発動した。岩場を三歩で駆け抜け、群れの先頭に向けて踏み込んだ。炎の刃を叩き込んだ。先頭の三匹が吹き飛んだ。


群れが反応した。バラけた。いくつかが逃げようとした。


「テオ、右」


一瞬、間があった。テオが動いたのは、声をかけてから半歩遅れた。逃げようとした二匹のうち一匹が、岩の隙間に滑り込んだ。


「逃げた」テオが舌打ちした。


「追うな」ファルが言った。「外に出たら追い返す」


シロが左側に飛び込んだ。二匹を仕留めた。ファルが正面から三匹を押さえた。剣を使わず、柄で打った。訓練の延長として扱っている。


「ガンズ、左後ろ」


ガンズが振り返った。一匹が岩の隙間から逃げようとしていた。棒で叩いて追い払った。


《炎舞剣》をもう二度使った。どちらも形は崩れなかった。踏み込みで揺れなかった。昨日とは全然違った。


岩の隙間に逃げた一匹が、外周に出てきた。バルチが棒で叩いた。仕留めた。


最後の一匹が岩の上に逃げた。シロが跳んで仕留めた。


「終わりましたか」


「終わった」シロが岩から降りた。


全員の顔を確認した。擦り傷一つなかった。


ウルジが後ろから来た。「三匹、右の茂みに逃げようとしたのが見えた。でも声に出せなかった」


「次はしっかり報告しろ」ファルが言った。「見えているなら伝える。一人で抱えるな」


「次は声にする」


ファルがテオを見た。「右の判断が遅れていた。声をかけてから動くな。自分で見て動けるようになれ」


テオが「分かった」と言った。悔しそうな顔をしていた。


テオがこちらに近づいた。「《炎舞剣》、今日は崩れていなかった。繰り返すと体が覚える、か」


「テオも同じです。今日の走りは昨日より安定していましたよ」


テオは「そうか」という顔をした。何も言わなかった。でも少し胸を張った。



拠点に戻ると、ドナンとレイスが西壁の補強を終えていた。


「終わったか」ドナンがこちらを見た。「どうだった」


「安定してきました。実戦でも崩れなかったです」


「昨日は疲れ果てた顔だったが、今日は違う顔だ」


ドナンが作業場に戻りながら言った。「鍛冶も同じだ。素材を叩き続けると、ある日突然馴染む」


レイスが設計図から顔を上げた。「北側の魔物は」


「片付けました。また増える可能性がありますが」


「ダンジョン周辺の生態系がまだ落ち着いていない。定期的に確認が必要だ」


「そうします」


夕方、ファルがそばに来た。


「今日の《炎舞剣》。午前と午後で別のスキルみたいだったな」


「そんなに変わりましたか」


「だいぶ」ファルは少し間を置いた。「一日でここまで安定させるのは、普通じゃない」


その言葉を、すぐには返せなかった。


「ファルが教え方を変えてくれたおかげですよ。空間に形があるという発想も、ファルの言葉から得ましたし」


ファルは少し目を細めた。「私はそこまで教えていない。お前が自分で辿り着いた」


「きっかけをもらったんですよ」


ファルは何かを言いかけて、止めた。それから「明日も続きをやる」と言って自分の場所に戻った。


背中が、昨日より少し軽そうに見えた。



夜、火を囲んだ。


テオが「明日の訓練はまた走るか」と聞いた。「そうだ」ファルは答えた。


テオが「覚悟する」という顔をした。


ガンズが「俺は走りは問題ない」と言った。「お前は別の課題がある。動きながら考えることだ。止まっているときの判断は速い。だが、動きながらになると遅れる」


ガンズが「気づかなかった」と言った。少し意外そうだった。


ドグロが「俺は」と言った。「腕が下がる癖がある。構えたとき、右腕が少し落ちる。意識して保て」


ドグロが「何も言わなかったから気づかれていないと思った」という顔をした。


「全員ちゃんと見ている」ファルはそれだけ言って火を見た。


ネグルがとなりでうとうとしていた。目が半分閉じている。それでも肩がこちらに寄りかかっていた。


コトが遠くから見ていた。目が合った。短く頷いた。


「コトも来ますか」と声をかけた。


コトは少し考えた。「俺は剣じゃない」


「何がしたいですか」


「まだ分からない。でも、分かったときに教える」


「了解です」


コトは頷いて、丸まった。


火が静かに燃えている。川の音が続いている。


右手を開いて、閉じた。


今日覚えたことが、手の内側に収まっている感触があった。


ネグルが肩に寄りかかったまま、完全に眠っていた。

絶海孤島編終了

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