第20話 初陣
変化が起きたのは、三か月目の終わり頃だった。
シロが「東の方向から来る」と言った。「魔物だ。群れている」
「数は」
「二十を超える。小さくはない」
《波長理解》を向けた。確かに、波長が複数動いている。中型以上。統率は取れていないが、同じ方向に動いている。
「どこへ向かってますか」
「拠点の方だ。匂いを嗅ぎつけたか、縄張りを追われたか」
レイスが「ダンジョンの影響がまだ続いているかもしれない」と言った。「ゴーレムを倒してから、周辺の魔物の動きが変わっている。棲み処を失ったものが流れてきている可能性がある」
「対処する必要がある」
「放置すれば拠点に近づく」とレイスが言った。
ファルが既に立ち上がっていた。「数と種類を確認してから動く。カルド、《慧眼》で見えるか」
「距離があるので、もう少し近づけば」
「シロと先行して偵察する。全員で動く前に状況を把握する」
「分かりました」
そのとき、テオが来た。
「俺たちも行く」
ファルが振り返った。「誰が許可した」
「許可を取りに来た」
ファルが少し間を置いた。「群れだ。二十を超える。今のお前たちが出る場面ではない」
「俺たちは三か月訓練した」
「訓練と実戦は違う」
「分かってる。でも、いつか出ることになる。最初がある」
ガンズが隣に来た。ウルジも。バルチとドグロも。五人のゴブリンが並んでいた。
ファルがそれを見た。
「ファル」と言った。
「お前が聞くな。私が判断する」
「了解」
ファルが五人のゴブリンを一人ずつ見た。怯えていない。緊張はある。ただ、逃げようとする目ではない。刃を砥石に当てる前の、静かな目だった。
「テオ。自分の限界が分かるか」
「分からない。だから知りたい」
「限界を知らない者は死ぬ」
「ファルも、最初は知らなかったはずだ」
ファルが少し黙った。
「……ウルジ。お前は守る者になりたいと言ったが、守られる側になるかもしれない。それでも行くか」
「それでも行く」
「ガンズ、ドグロ、バルチ。三人は私の指示に従えるか。独断で動かないか」
三人が頷いた。ガンズだけが「どんな指示でも」と口で言った。
ファルが短く息を吐いた。「後衛だ。前には出るな。指示があるまで動くな。それを破ったら次はない」
五人が「分かった」と答えた。「行くぞ」
*
偵察の結果、中型の鉤爪獣が二十三匹いると分かった。
鉤爪獣は群れを作る魔物だ。単体では大きな脅威にならないが、数が多い。連携は取れないが、同じ方向に圧力をかけてくる。動きは速い。
「正面から当たるのは悪手だ」とレイスが言った。「地形を使う」
「東の崖沿いに誘導できる」とシロが言った。「あそこは幅が狭い。一度に来る数を絞れる」
「罠を置ける時間はあるか」とドナンが言った。
「三十分あれば仕掛けられます」
「やる」
ドナンとレイスが動いた。崖沿いの通り道に、足元を崩す罠と落石を誘発する仕掛けを設置した。グラッグがドナンの補助をした。道具の受け渡しが言葉なしで成立していた。
「準備ができた」とドナンが言った。
「では誘導する」とシロが言った。
《気配遮断》を使ったシロが群れに近づき、わざと気配を見せた。群れが反応した。追ってくる。シロが崖沿いに走った。
狭い通路に入ったところで、最初の罠が発動した。足元が崩れ、前列の三匹が転倒した。後ろが詰まる。
「今だ」
ファルが正面から入った。狭い通路の中、ファルの剣が動いた。通路の幅が一対一の距離に絞ってくれている。
「テオ、後ろを見ろ。群れが回り込もうとしたら声を出せ」
「分かった」
「ウルジ、私の左側、そこだけ見ていろ」
「分かった」
「ガンズ、ドグロ、バルチ。石を拾っておけ。私が言ったら投げろ」
「分かった」
ドナンが崖上から落石の仕掛けを解放した。大きな岩が転がり落ちて、群れの中ほどを分断した。後列が分かれた。
「カルド、後列を頼む」とファルが言った。
「了解」
《岩礫生成》を発動した。地面の石を束ね、《魔力圧縮》を乗せて後列に向けて射出する。直撃させる必要はない。散らせればいい。
群れが一瞬バラけた。シロが後列の一匹を仕留めた。ファルが前列を三匹押さえていた。
「テオ」
「一匹、左の斜面を上っている」
「シロ」「見えた」
シロが動いた。斜面を上ろうとしていた一匹が、跳びかかられて倒れた。
「ガンズ、今だ」
ガンズが石を投げた。ドグロとバルチも続けた。中型魔物には大したダメージにはならないが、視界を塞いだ。一瞬の硬直が生まれた。ファルがその隙を見逃さなかった。二匹を一度の踏み込みで仕留めた。
「ウルジ」
ウルジが左側に来ていた一匹の前に出た。武器は持っていない。ただ、ファルとその一匹の間に立った。
「退け」とファルが言った。
「お前の左を守るのが役割だ」
「私が自分で対処する」
「今は俺が前にいる。ファルは前を見ろ」
ファルが一瞬だけウルジを見た。それから前を向いた。
一匹が飛びかかった。ウルジが体で受け、吹き飛んだ。でも立ち上がった。
「大丈夫か」
「骨が折れていない。問題ない」
ファルが前の二匹を仕留めて振り返った。ウルジが立っていた。足元がふらついているが、立っていた。
「……下がれ。次の役割は後ろを守ることだ」
「分かった」とウルジが言って、後退した。
戦闘が続いた。ドナンが崖上から落石を放ち続け、シロが散った群れを各個撃破し、《岩礫生成》で動きを制限し、ファルが通路の正面を押さえ、テオが全体を見て声を出し、ガンズたちが補助を続けた。
一時間ほどかかった。最後の一匹が崖下に落ちて、静かになった。
*
「負傷者の確認」とファルが言った。
ウルジが「肋骨にひびが入っているかもしれない。でも歩ける」と言った。他は擦り傷程度だった。
ファルがウルジのそばに来た。「見せろ」
ウルジが服をめくった。脇腹が赤くなっていた。
「ドナン、固定できるか」「できる」
ドナンが処置をした。
「なぜ前に出た」
「ファルの左を守るのが役割だったから」
「守る方法は、体を張る以外にもある」
「そのとき一番早いのがそれだった」
ファルが少し間を置いた。「……判断は悪くなかった。でも体の使い方を知らなすぎる。受ける前提で動くな。避けながら守れ」
「次はそうする」
「そのために訓練がある。今日は次の課題が見えたと思え」
テオが「俺は」と言った。
「声を出すのは早かった。見えていた」とファルが言った。「ただ、全体を見るとき、お前自身が止まっていた。動きながら見ることを覚えろ」
「明日から走り込みを追加する」
テオが「分かった」と頷いたが、目が「きつそうだ」と言っていた。
ガンズが「俺たちは」と聞いた。「石を投げるタイミングは合っていた。次は石の大きさを揃えておけ。今日の経験で分かったはずだ」
「分かった。次は準備してくる」
ファルが全員を見回した。「今日は生きて帰った。それが全部だ」
それだけだった。褒め言葉はない。でも、それがファルだった。
「帰る」
全員が拠点に向かって歩き出した。ウルジが少しだけゆっくり歩いた。隣にガンズが来た。支えようとしたら、ウルジが「自分で歩く」と言った。ガンズが「そうか」と言って、隣を歩き続けた。
テオが歩きながら空を見た。「次の訓練は、きつそうだ」とドグロに言った。
「お前が聞くから増えた」
「でも知っておきたかった」
「そういうやつだな」
バルチが「俺も走り込みは嫌いだ。でも、今日のことを考えると、やらないといけない気がする」と言った。
「そういうことだ」とテオが言った。
三人が並んで歩いた。
*
拠点に戻ると、残っていたゴブリンたちが出てきた。
ネグルが真っ先に来た。「怪我はない」と確認した。
「大丈夫です」
「ならいい」とネグルは言って、定位置に戻った。
コトがウルジを見た。「ひびが入っているか」
「たぶん」
「次は受けるな。死んだら、仲間が減る」
「分かった」とウルジが言った。コトが頷いた。それだけで戻った。
夜、火を囲んだ。
今日初めて実戦に出たゴブリン五人が、いつもと少し違う目をしていた。興奮でも疲弊でもない。鉄を初めて叩いた後のような、何かが変わった目だった。
デルタが来ていた。「聞いた。全員無事か」
「ウルジが少し怪我をしましたが、大丈夫です」
デルタがウルジを見た。ウルジが頷いた。デルタが全員を見回した。「よかった」と言った。それだけだった。
ファルが地面を見ていた。
「ファル」
「何だ」
「今日のゴブリンたち、どうでしたか」
「思ったより動けた。思ったより、だ。まだ足りないことばかりだ。でも、始まりとしては悪くなかった」
「ウルジのことは」
ファルが少し間を置いた。「……ばかだと思った。でも、守る者の目をしていた。あのとき、本気でそこを守るつもりだった」
「そうでしたね」
「続けてみようとは思っている」
「それで十分です」
ファルが「お前はいつも十分と言う」と言った。
「十分なので」
「……そういうところが図太い」
「よく言われます」
ファルが短く息を吐いた。シロが「寝ろ」と言った。「明日もある」
「もう少し」
「毎日そう言う」
「毎日もう少しあるので」
シロが息を抜いた。笑っているのか、呆れているのか。たぶん両方だった。
東の気配が、静かにそこにある。また会いに行かなければと思いながら、今日はそれでいいと思った。
仲間が、また少し強くなった日だった。




