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漂流した冒険者  作者: 三幸 奨励
絶海孤島編
19/41

第19話 言葉のかたち

最初に提案したのはレイスだった。


「案内人に頼りきりでは限界がある」と、ある朝の作業中に言った。「伝言が一度案内人を通るたびに、微妙なニュアンスが削られる。今はそれでも動けているが、仲間が増えれば増えるほど、取りこぼしが大きくなる」


「共通の言葉を作るということですか」


「作るか、どちらかが覚えるか。ゴブリンに人間の言葉を教えるか、私たちがゴブリン語を覚えるか」


「両方やる、ではいけませんか」


レイスが少し考えた。「理想はそうだが、どちらかに絞った方が習得は早い。ゴブリンは三十人いる。私たちは六人だ」


「でも、六人が覚えれば済む」


「そうだ。ただ——」レイスが少し間を置いた。「ゴブリンに人間の言葉を覚えてもらう方が、この先の意味は大きいと思う。外から人間が来たとき、彼らが自分で話せる方がいい。私たちがいつでも仲介できるわけではない」


それは確かだった。「デルタと話してみます」



デルタは、「前から考えていた」と言った。


『「言葉が通じれば、もっと多くのことができる。ただ、うちの者たちにその意志があるかどうかは分からない。聞いてみないと」』


「押しつけたくはないので、やりたい者だけでいいです」


案内人が伝える。


デルタが拠点組のゴブリンたちに声をかけた。


全員が手を挙げた。


「……全員ですか」


『「仲間がやるなら俺もやる、という者が半分。本当にやりたい者が半分だ。それでいいのか」』


「十分です」


デルタが短く笑った。



教えることになったのは、主にレイスとカルドだった。


レイスは文法から入る派で、枠組みを先に伝える。カルドは使いながら覚える派で、今日使う言葉を今日教える。自然と二つの組に分かれた。


ドナンの組は道具を指差しながら単語を覚えた。ファルの組は訓練中に動作の名前を覚えた。「踏み込む」「引く」「見ろ」——ファルの指示は短い。だからかえって覚えやすかった。


最初の数週間は単語だった。コトは発音を間違えても動じなかった。間違えたまま使って、カルドが直して、もう一度使う。ガンズは木の皮にゴブリン語と人間語を並べた単語帳を作り始め、「これは正しいか」と毎日持ってきた。


一か月ほどで簡単な会話ができるようになった。


「カルド、今日どこ行く」


「北を少し見てきます」


「一人は危ない。俺も行く」


「ガンズ、今日は訓練があるでしょう」


「ファルに言う。訓練は後でいい」


「……駄目です」


「なぜ」


「ファルが怖いから」


ガンズが少し考えた。「それは、正しい」と言って、訓練に戻った。


テオはファルの動作の名前をすべて覚えると、他の訓練生に指示を出すようになった。ファルに許可を取らずに。


「勝手にやるな」


「なぜか」


「お前はまだ教えられる段階にない」


「ファルに似た」


ファルが止まった。それから、ほんの少しだけ口角を上げた。「そうかもしれない」と言って、訓練を再開した。



二か月目に入ると、複雑な話ができるようになってきた。


コトがある夜、火のそばで言った。


「カルド。一つ、聞いていい」


「どうぞ」


「国を作る、と言った。国とは、何か」


「……難しい質問です」


「分からないのか」


「分からないわけではない。でも、正確に言えるかどうか」


コトが火を見た。「俺たちの村も、国か」


「そうかもしれない。ただ、もっと大きいものを目指したいと思っています」


「大きい、とは」


「今は、人間と魔物とゴブリンが一緒にいる。でも、外の世界では、それは普通じゃない。強い者が弱い者を踏みにじることが多い。僕はそれが嫌だ。強くても弱くても、関係なく生きていける場所を作りたい」


コトが少し考えた。「それは、難しい」


「難しいです」


「でも、やる」


「やります」


コトが火を見たまま、短く言った。「俺も、やる」


「……ありがとう」


「礼はいらない。俺がやりたいからやる」


コトらしかった。



二か月が過ぎた頃には、習得は拠点組だけの話ではなくなっていた。


デルタが毎日村と拠点を往復して、覚えたことを持ち帰っていた。ベルガが「俺も覚える」と言い出して、気づけば村でも練習が始まっていた。


カルドが村を訪ねた日、ベルガが「カルド、来てくれてありがとう」と言った。発音は少し崩れていた。でも、言葉だった。ダグズが「俺も毎日やってる」と割り込んで、「えー、今日は——晴れ、です」と言った。「えーは余分だ」と伝えると、「えー」と言ってから「あ、余分だった」と言って、全員が笑った。



三か月目の初め。


ほとんどのゴブリンが、日常会話を人間の言葉でこなせるようになっていた。


完璧ではない。語尾が抜けることがある。語順が崩れることがある。複雑な感情を表現しようとすると詰まることがある。でも、伝わる。案内人なしで、伝わる。


その日の朝、ネグルが起きてすぐに来た。


「カルド。おはよう」


「おはようございます、ネグル」


「今日は何をする」


「拠点の西側の壁を補強する予定です」


「俺も手伝う」


「ありがとう。ただ、今日は——」


「わかってる。隣にいるだけ」


「……分かりました」


ネグルが満足そうに隣に陣取った。


コトが遠くから見ていた。目が合った。コトが短く言った。


「おはよう、カルド」


「おはようございます、コト」


それだけで満足そうに作業に戻った。


三か月。早かったとも、長かったとも言えた。ただ、今この場所では、ゴブリンたちの声が人間の言葉で飛び交っている。それが、普通になっていた。



デルタが「早い」と言った。


「みんなが本気でやってくれたからです」


『「俺も少しは教えた」』


「デルタが最初に全員に声をかけてくれたおかげです」


デルタが短く鼻を鳴らした。それからしばらく黙って、「カルド」と言った。


「何ですか」


『「お前は、言葉を覚えさせながら、一人ひとりを見ていた。モルダは枠組みで覚える。ネグルは隣で覚える。ガンズは書いて覚える。それぞれに合わせていた」』


「気づいていましたか」


『「リーダーは気づく。……俺にはそれが難しかった。全員をひとかたまりで見てしまう」』


「デルタは全員を守っていた。それは僕にはできないことです」


デルタが少し目を細めた。


『「役割が違うのかもしれない」』


「そうかもしれません」


しばらく、火の音だけがあった。鎹と鎹が噛み合うような、そういう間だった。


デルタが立ち上がった。「村に戻る。明日また来る」


「気をつけて」


デルタが歩き出した。振り返らずに、手を上げた。



三か月目のある夜、ウルジがファルを訪ねてきた。訓練が終わった後の夕方だった。


「ファル。少し話していいか」


ファルが剣の手入れをしながら「話せ」と言った。


「俺は、戦士になりたくない」


「知っている」


「守る者になりたい。でも、守るためには強くならないといけない。それは分かっている」


「それで」


「ファルは、仲間を守れなかったことがあるか」


ファルの手が止まった。


ウルジが続けた。「悪い質問なら、忘れていい。ただ、俺はいつか仲間を守れなかったときのことを考えてしまう。そのときどうすればいいか、分からない」


ファルが剣を置いた。


「……ある」と言った。


「どうしたか」


「長い間、何もできなかった。立ち直ったのは、別の仲間ができてからだ」


ウルジが「そうか」と言った。


「それで十分か」とファルが聞いた。


「十分だ。俺が聞きたかったのは、答えではなく、ファルがどうだったかだ」


ファルが少し間を置いた。「……なぜ」


「ファルを信じているから。ファルが守れなかったことがあって、それでも今ここにいるなら、俺も同じようにできると思いたかった」


ファルが剣を手に取った。しばらく眺めた。それから、「今日は早く寝ろ」と言った。「明日は走り込みから始める。距離が伸びる」


ウルジが「分かった」と言って立ち上がった。少し歩いてから、振り返った。「ありがとう、ファル」


ファルは答えなかった。ただ、手入れを続けた。


その夜、ファルがカルドの隣に来た。


「カルド」


「何ですか」


「ウルジのことは聞いたか」


「聞いていません」


ファルが少し間を置いた。「……いい子だ」


「そうですね」


「俺が過去のことを話すと思っていたかもしれない。でも、まだ話す気にはなれない」


「それでいいです」


「いつか話す。約束はする」


「待ちます」


ファルが短く息を吐いた。「急かさないな、お前は」


「急かしても仕方ないので」


「……そういうところがある意味図太い」


「よく言われます」


ファルが立ち上がった。「もう寝る」


「お休みなさい」


ファルが歩き出した。少しだけ、歩き方が軽かった気がした。

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