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漂流した冒険者  作者: 三幸 奨励
絶海孤島編
17/42

第17話 それぞれの朝

朝、拠点が変わっていた。


正確には、数日前から少しずつ変わっていたのだが、今日はっきりそう感じた。


起き上がると、すでに外が騒がしい。


金属を叩く音。木材を組む音。案内人が「ゴブリン語で会話中」と伝えてくる。


外に出ると、ドナンが大きな岩の傍にしゃがんでいた。その隣にゴブリンたちが並んでいる。全員、ドナンの手元を食い入るように見ていた。


グラッグ、ボルク、ズリム。昨日、名前をつけた三匹だ。


全員に名前をつけ終えたのは昨夜のことだった。拠点に来た十五匹、一人ずつ顔を見て、声を聞いて、動きを見て。デルタから「名前はつけた者への誓いだ」と言われていたから、早く済ませようとは思わなかった。時間がかかったが、悪くない夜だった。


「おはようございます」


ドナンが顎でゴブリンたちを示した。「こいつら、夜明け前から来てたぞ」


「早いですね」


「俺が起きたら、もういた」


ドナンはそれだけ言って、また手元の作業に戻った。


グラッグが、ドナンの鑿の動きをじっと追っている。昨夜名前をつけるとき、胸を力強く叩いた。気に入ってくれたらしかった。


「グラッグは筋がいい。石を見る目がある」とドナンが振り返りもせずに言った。


グラッグが誇らしそうに胸を張った。案内人が伝えていなかったのに、ドナンの声のトーンで何かを察したらしかった。



レイスは北側の岩壁に向かっていた。


設計図を手に、ゴブリンたちと何かを話し合っている。その中の一匹——キズラが、設計図を指差して何かを言った。


「案内人を通して伝えましょうか」と声をかけた。


「ありがとう。少し頼む」


「ゴブリンの村で使っていた組み方があれば教えてほしい。我々の技術と合わせてより良いものができると思う」


キズラが設計図を指差した。


『「この柱の間隔、広すぎる。岩の重さに負ける」』


「どうして分かる」


『「村の小屋を百年建て続けてきた。岩の重さは体で知っている」』


「なるほど」とレイスが設計図を見直しながら言った。「ゴブリンの経験則は百年分か」


「……賑やかになりましたね」


「賑やかは良いことだ」とレイスが言った。珍しく、少し笑顔になっていた。「知恵が集まるほど、良いものができる」



ファルは広場の端にいた。


ガンズが棒を構えていた。昨夜、戦士になりたいと言った目が真剣だったので、その名前をつけた。今も同じ目をしている。


「毎朝来るんですか」


「夜明け前から待っていたこともある」とファルが、視線をガンズから離さずに言った。


ファルが棒を持って、ゆっくりと構えを示す。ガンズがじっと見る。ファルが棒を下ろした。ガンズが自分で同じ動きを試みた。ぎこちないが、さっきよりは似ている。


ファルが何も言わなかった。でも、少しだけ頷いた。


ガンズが目を輝かせた。それだけで十分らしかった。


昼過ぎに通りかかると、ファルが足の運び方を示していた。ガンズの足が広すぎた。ファルが棒の端で足をそっと押して直す。言葉はなかった。


それから、構えから一歩踏み込む。棒を前に突き出す。鍛えた動きだった。


ガンズが口を半開きにして立っていた。


「これが今日の目標だ。帰るまでに、一度だけ同じ速さで動けるようになれ」


案内人が伝えると、ガンズが棒を持ち直した。「見たい」という目ではなく、「やる」という目になっていた。


端でウルジが様子を見ていた。訓練には加わらず、じっと観察している。昨夜、戦士にはなりたくないが、仲間の傍にいたいと言ったゴブリンだ。ファルに伝えると、少し目を細めた。


「……そういう奴が一人いると、全体が強くなる」と、低い声で言った。「隣に来い」


ウルジが静かにファルの隣に立った。


「戦士の目線じゃなく、守る者の目線で見ろ。どこに隙ができるか、見えるようになる」



昼になって、全員で食事をした。


ネグルが隣に座ってきた。前日も、その前の日も、気づくと隣にいた。一番小さいゴブリンで、でも昨夜名前をつけるとき一番堂々としていた。


「ネグル、今日も早かったですね」


『「早く起きれば、カルドの隣が空いている」』


「早く起きなくたって僕の隣はガラガラですよ」


ネグルが首を傾けた。何を言われたか分からないが、悪くない反応だと判断したらしく、また食事に戻った。


デルタが向かいに座っていた。


「デルタ、今日の様子はどうですか」


デルタがゆっくりと拠点を見回した。


『「思ったより良い。最初は不安だった。人間と共に暮らすのは初めてのことだ」』


「今は」


『「職人の者たちが、ドナンのそばで朝から夜まで離れない。あれが答えだ」』


「ドナンも嫌がっていない」


『「人間は魔物を恐れると聞いていた。でも、あなたたちは違う」』


「みんなが特別なんだと思います」


デルタが静かに笑った。


『「特別な者たちが集まれば、特別な場所になる」』


「デルタ、一つ。この島に古いもの——ダンジョンの石板のような——思い当たるものはありますか」


デルタがしばらく黙った。食事の手を止めて、遠くを見ている。


『「ある。ゴブリンの間に伝わる話だ。昔々、この島には人間でも魔物でもない者たちがいた。彼らは山の頂まで道を作り、そこで何かをしていた。でも、いつの間にかいなくなった」』


「いなくなった」


『「誰も知らない。ただ、彼らが残したものはある。洞窟の壁の文字。石の構造物。そして——東の声だ」』


「東の声」


『「私たちはそう呼んでいる。夜になると聞こえる気配のことだ。何かが、いつもこちらを見ている。悪いものではないが、正体が分からない」』


「いつから」


『「私が生まれる前から、おそらく。ただ、最近変わった。以前より近い。以前より、はっきりしている」』


「僕もそれを感じている」


デルタがこちらを向いた。


『「お前たちが来てから変わった。ダンジョンをクリアしてから、特に」』


「繋がっているのかもしれない。石板には、試した者は上に還れ、と書いてあった」


デルタが静かに目を閉じた。それから、開けた。


『「ならば、近いうちに何かが起きる。仲間を増やすことだ。何が起きるかは分からない。でも、一人より二人、二人より百人の方が、どんな状況にも対応できる」』


『「それがお前の最初から言っていたことだろう」』


『「強い者も弱い者も関係なく生きていける場所を作ると」』


「忘れません」



夜になった。


火を囲む人数が増えた。二十人の輪は、以前の五人のときとは全然違う賑やかさだった。


ガンズが夕食後も棒を握ったまま素振りをしている。グラッグが今日作った石片をドナンに見せていた。ドナンが何かを言うと、グラッグが真剣な顔で頷いた。


ネグルが隣に座ってきた。


「眠くないのか」


少し考えてから答えた。


『「眠い。でも、まだここにいたい。今日も、ドナンがグラッグを褒めた。レイスがキズラの話を一生懸命書き留めていた。ファルがガンズをこっそり見ていた。全部、面白かった」』


「観察が好きなんだな」


『「デルタに言われた。お前は目が良い、と。体は小さいが、見ることは誰にも負けない」』


「いい言葉だな」


ネグルが少し胸を張った。それから、また眠そうな目になった。


「寝ろ」


ネグルが小さく何かを言って、火の近くに丸まった。すぐに寝息を立て始めた。


デルタが隣に来た。


「今日はどうでしたか」


『「良かった。特にキズラが嬉しそうだった。あの子は長い間、自分たちの知恵を誰かに渡したかったのだと思う。受け取る者がいなかっただけで」』


しばらく、火の音だけが続いた。


「他に気になることは」


デルタが少し考えてから言った。


『「村に残った者の一人が、泣いていた。来られないことが悲しかったようだ」』


「デルタはどうしたんですか」


『「村に残ることも、大事な役目だと言った。拠点が大きくなれば、いつか村と拠点の間に道ができる。その道を守る者が必要だ、と」』


「そうしたら」


『「少し、落ち着いた」』


「デルタは村の者も拠点の者も、両方見ているんですね」


『「リーダーとはそういうものだ。全員が向こうを向いているとき、一人だけ後ろを向いている者が必要だ」』


「疲れませんか」


デルタが少し目を細めた。


『「慣れた」』


短い言葉だったが、その中に長い時間が詰まっている気がした。積み上げた年月の重さが、たった一言に収まっていた。



夜が深まって、全員が眠り始めた頃、《波長理解》が揺れた。


東だ。


以前より近い。以前より大きい。


でも今夜は、いつもと違う感触があった。「観察している」という静かな気配ではなく、もっと能動的な何かだ。


——案内人。


『感知しています』


——今夜の反応は前と違う。


『パターンが変化しています。今まで一定の距離を保っていましたが、今夜は距離が縮まっています』


——敵対しているのか。


『敵対的な波長は検出されていません。ただ——』


少し間があった。


『石板の文字パターンとの一致が、今まで以上に強く出ています。波長の構造が、問いかけに近い形をしています』


試されている。


向こうは、ただ待っているわけじゃない。こちらを見て、何かを測っている。


——どのくらいの距離だ。


『森の向こうで停止しています。今夜、この位置まで来ました』


来ることはできる距離まで来て、止まっている。


——案内人、向こうに伝えることはできるか。


『波長で返答を送ることは可能です。ただし、相手が理解するかどうかは断定できません』


——試してみる価値はある。明日、会いに行く。それだけ伝えてくれ。


案内人が少し間を置いた。


『送りました』


東の気配が、揺れた。


波長が、一瞬だけ変化した。言葉ではない。でも、何かを返してきた。


——……伝わったか。


『反応がありました。内容は解析できません。ただ——』


また少し間があった。


『問いかけの波長が、強くなっています』


まだ、答えを待っている。


気配がゆっくりと遠ざかった。消えたわけじゃない。少し離れた場所で、また静かになった。


シロがいつの間にか隣に来ていた。


「こんばんは、シロ」


「さっきから感じていた」とシロが、低く静かに言った。「今夜は違う。近い」


「怖いですか」


シロが少し間を置いた。「……分からない。今まで感じていたものより、大きい。でも、悪くない。そのどちらでもある」


「僕も同じですよ」


「お前はどうするつもりだ」


「明日、少し見に行こうかと。みんなにも話すつもりです」


シロが短く息を吐いた。「……また死ぬ気か」


「会うだけなら死なないですよ。殺す気があるなら僕らはとっくに襲われてます」


「お前が『だけ』と言うとき、大抵そうならない」


「今回は本気で『だけ』です」


シロが鼻を鳴らした。「一人では行かせない」


「そうですか、心強いです」


「なら、今は寝ろ。眠れないかもしれないが、目を閉じていろ」


グラッグが石片を手に握ったまま眠っている。ネグルが丸まっている。ガンズがまだ棒を持ったまま、でも目を閉じている。


川の音が続いている。


東の気配は、まだそこにあった。


問いの答えを、待ちながら。

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