第15話 ゴブリン村
朝、拠点が騒がしかった。
ドナンが岩壁に金具を打ち込む音。レイスが設計図を広げながら何かを呟く声。
「今日は北側を探索したいと思っています。まだ白紙の部分が多い」
「全員で行くか」とファルが答えた。煮出した木の実の汁を一口飲んでから立ち上がった。
「ダンジョンより楽なはずなので、体力的には問題ないです」
「現場を見ながら考えたい」とレイスが言った。
「俺も行く」とドナンが言った。作業の手を止めずに、でも立ち上がりながら。「北側の地形を見ておきたい。素材が眠っているかもしれない」
シロが「出発するなら早い方がいい」と言った。すでに入口の傍に立っている。
全員で、北へ向かった。
*
北側の森は、今まで探索した場所と少し違った。
木が太く、密度が高い。足元に苔が多く、光が届きにくくて昼間でも薄暗い。地面が湿っていて、足を下ろすたびに音がした。
「《波長理解》、どうだ」とファルが聞いた。
「反応が多い。ほとんどが小型で遠い。近くには——」
少し、引っかかった。
「……何かいる。魔物じゃない。もっと細かい波長だ」
「人間か」
「人間とも違う。でも、知性がある感じがしますね」
シロが鼻を鳴らした。「匂いがする。煙だ。火を使っている」
全員で慎重に進んだ。
木々の間から、小さな建物がいくつか見えてきた。木と泥で作られた小屋。大きさはまちまちで、丁寧に作られたものもあれば、急いで建てたような粗いものもある。
村だ。
「……こんな場所に」
「魔物の村か」とファルが低く言った。手が剣に伸びかけた。
「待って」と言った。「敵意を感じられません。怯えてる。こっちを怖がってる感じです」
「怖がっているなら逃げる。逃げていない」
「別に理由があるのでは。どちらにせよ早計だと思います」
そのとき、茂みが揺れた。
小さな影が転がるように飛び出してきた。緑色の肌。大きな耳。丸い目。
ゴブリンだった。
一匹ではない。二匹、三匹——気づけば周囲に十匹ほど集まっていた。でも誰も武器を持っていない。全員が、こちらを見て何かを言っている。
——案内人、言葉は分かるか。
『解析します。ゴブリン語系の方言です。基本的な意味は取れます』
——何て言ってる。
『「助けてくれ」「来てくれ」「早く」——繰り返しています』
「助けを求めてる」
ファルが剣から手を離した。
その中の一匹が、他より少し大きかった。年老いてはいないが、目に落ち着きがある。リーダーだろうと思った。
そのゴブリンが、僕の方に真っ直ぐ近づいてきた。胸に手を当てて、頭を下げた。
「……デルタ」
自分の名前だと分かった。
「カルドです」と答えた。
デルタが顔を上げた。目が合った。
「カルド」とデルタが繰り返した。それから、森の奥を指差した。
その方向から、地面が揺れた。
「来る」とシロが言った。
*
森の奥から現れたのは、巨大な熊型の魔物だった。
体長は四メートルを超えている。全身の毛が逆立ち、目が赤く充血している。魔力が膨れ上がり、凶暴化していた。村の方向に向かっていた。
『警告。凶暴化した大熊型魔物です。通常個体より身体能力が約二倍に増強されています。弱点を本能的に守りません』
「弱点が露出している」
《慧眼》を向ける。首の付け根。左前足の関節。腹部の毛が薄い部分。三か所、くっきりと見えた。
「首の付け根、左前足の関節、腹部の薄い部分。三か所です」
「連携で各部位を同時に崩す」とファルが言った。「シロ、左前足。ドナン、腹部。カルド、首の付け根に《魔力圧縮》を入れろ。レイスは後方で全体を見る」
そのとき、デルタが声を上げた。
他のゴブリンたちが散った。でも逃げたわけじゃない。村の方向に走りながら、石を括りつけた棒と粗末な弓を持って戻ってきた。
「……一緒に戦うつもりか」
——案内人、デルタに伝えてくれ。左前足の付け根に集中してほしい。そこが一番崩れやすい。
デルタが頷いた。他のゴブリンたちに素早く指示を出す。
魔物がこちらに気づいた。赤い目が、向いた。
「行くぞ」とファルが言った。
ファルが正面から圧力をかける。爪を剣で流し、魔物の意識を引き付ける。
同時に、シロが左前足の関節に飛びかかった。ゴブリンたちが左前足の付け根を集中して叩く。デルタが先頭に立って、一番近い場所で棒を振っている。
左前足が揺れた。
今だ。
魔力を引き込む。圧縮する。首の付け根に向けて放つ。
直撃した。
魔物が大きくよろけた。ドナンが腹部に棒を突き刺す。
「右後足、さっきから庇っている」とレイスが後方から言った。「元々傷がある。そこを崩せば動きが落ちる」
——デルタに伝えてくれ。右後足だ。
ゴブリンたちが即座に右後足へ集中した。
魔物の動きが、落ちた。
シロが首の付け根に飛びかかる。《魔力圧縮》を重ねた火球を腹部に叩き込む。ドナンが関節に棒を捻じ込む。
爆発。
魔物が倒れた。地面が揺れた。
静寂。
ゴブリンたちが、一瞬止まった。それから、一斉に声を上げた。喜びの声だった。
*
「みんな、無事ですか」
「問題ない」とファルが答えた。
「シロ」
「かすり傷だ」と、耳を少し伏せながら言った。
デルタが、こちらに向き直った。胸に手を当てて、頭を下げた。
言葉は分からなくても、意味は分かった。
森に、風が通った。
倒れた魔物の向こうで、ゴブリンたちがまだ声を上げている。デルタだけが、静かにこちらを見ていた。




