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漂流した冒険者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
14/35

第14話 ダンジョン攻略 最下層

広い。


扉を抜けた瞬間、まず広さに圧倒された。天井が見えない。壁が遠い。


中央に、それはいた。


高さ六メートルを超える、岩でできた人型の魔物。全身が島の岩と同じ色をしている。関節部分だけが赤く発光していて、そこだけが生きているように見えた。


動いていない。目を閉じている。


「……眠っているのか」


「違う」とシロが低く言った。「起きている。こちらが動くのを待っている」


扉が、背後で閉じた。


『石人型魔物——ストーンゴーレムです。全身が硬質の岩で構成されています。通常の攻撃はほぼ無効。関節部の発光箇所が魔力の流通経路と思われます』


「関節部でも火球は届かないな」とファルが静かに言った。「あの硬さだと弾かれる」


「《慧眼》で確認します」


全身、岩。密度が高い。関節部の赤い発光は確かに密度が違う。でも、正確に当てないといけない。


「関節部は弱いです。ただしピンポイントで。それと——岩の内部に魔力の流れがある。関節から関節へと循環しています。一箇所を壊しても、他の関節がカバーする可能性があります」


「全部同時に壊すか、循環の起点を止めるか」とレイスが後方で言った。


「《慧眼》では起点が見えません。内部まで読めていないです」


「胸の中央だ」とドナンが言った。


全員がドナンを見た。


「どうして分かるんですか」


「石の積み方だ。全身の岩が、胸の中央から外側に向かって組まれている。起点はそこだ」


「……建築の目で見たのか」とレイスが静かに言った。


「鍛冶師の目だ。構造を見れば分かる」


「胸の中央が本当の弱点です」と言った。「ただし、胸は岩が最も厚い部分のはずです。外から叩いても届かない」


誰も、すぐには答えなかった。


ゴーレムが、目を開いた。赤い目。発光している。


「来ます」とシロが言った。



動いた瞬間、地面が揺れた。一歩の重さが違う。


「散れ!」とファルが言った。


ゴーレムの腕が振り下ろされた。地面に亀裂が入った。


「腕一本でこれか」


「胸を狙うには近づかないといけない。近づく方法を考えながら戦え」とファルが言った。


シロが前に出てゴーレムの注意を引きつける。ファルが関節部分に剣を当てた。金属音がした。


「……通らない」


「もっと圧縮が要ります」


《魔力圧縮》で火球を絞る。関節部に向けて放つ。命中。ゴーレムが少し揺らいだ。でも止まらない。


「効いてはいます。ただ足りない。今の三倍は要ります」


「左足だ」とレイスが後方から言った。「ドナンが削っていた右腕の関節と連動している。左足を攻撃すると右肩が一瞬不安定になる」


「魔力の循環が繋がっているんですか」


「そうだ。片方を崩すと、連動した部位が揺らぐ。鎖の一環を外すと全体が緩むのと同じだ」


「シロ、左足を頼みます。僕は右肩を狙います」


「分かった」


シロが左足の関節に牙を当てた。ゴーレムがよろけた。右肩の関節が、一瞬大きく発光した。


今だ——《魔力圧縮》で絞った火球を右肩に叩き込む。爆発。ゴーレムが大きく揺れた。


「効きました!」


「すぐに回復する。同じことをもう何度か——」


ゴーレムが体勢を立て直した。


今度は違う動きをした。腕を引き絞って、ためている。


「大きい攻撃が来ます」


「逃げろ!」とファルが叫んだ。


全員が散った。ゴーレムの腕が地面を叩いた。衝撃波が床を走った。全員がはじき飛ばされた。


壁に叩きつけられた。痛い。足がふらつく。


「全員、無事か」


「無事だ」「何とか」「ああ」。シロが「生きている」と言った。


ゴーレムが、ゆっくりとこちらを向いた。さっきより発光が増している。


「シロ、強化していますか」


「魔力の循環が速くなっている。時間を使うほど強くなる」


「急ぎましょう。同じ手でもう一度やります」


ゴーレムが今度は、レイスを狙った。後方にいるレイスへ、速度が上がっている。


「レイスさん、右に——」


間に合わない。


《高速移動》で割り込んだ。


ゴーレムの腕が、直撃した。骨が折れた感覚がした。壁に激突した。動けない。


ゴーレムが腕を振り上げている。


逃げられない。


暗転。



「——っ!」


同じ空間。レイスが無事だ。


「カルド」とシロが言った。


「戻ってきました。大丈夫です」


『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、極少』

『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』


光が浮かぶ。


『ゴーレム装甲理解:岩石系への攻撃精度向上』

『岩礫生成:地面の岩石を魔力で束ねて射出する』

『衝撃吸収:受けた衝撃の一部を魔力に変換する』


「《岩礫生成》」


この空間の床も壁も全部岩だ。素材は無限にある。


頭の中に感覚が流れ込む。地面の岩を魔力で引き剥がす。束ねる。圧縮する——そこに《魔力圧縮》を合わせる。岩を束ねる段階で、すでに密度を上げる。圧縮した岩礫を、さらに圧縮しながら放つ。


火球より遅い。でも密度が全然違う。硬いものに、硬いものを当てる。


光が消えた。


——火球は通らない。岩を使う。《魔力圧縮》と合わせれば、今まで以上の威力が出るはず。


「岩を使います」


「岩なんかで胸の中央に届くか」とファルが聞いた。


「届きます。ただし近づかないといけない。腕の間を抜ける必要があります」


ファルが少し間を置いた。「近づく隙を作る。シロ、ドナン、関節への攻撃を続けてゴーレムの注意を分散させろ。私が腕の間を切り開く。カルド、そこに入れ」


「了解です」


「一発で決めろ。二発目はない」


「分かりました」


ゴーレムが動いた。


シロが左足の関節に飛びかかった。ドナンが右腕の関節を削る。ゴーレムの動きが乱れた。


ファルが正面から踏み込んだ。


四本の腕が、ファルに向かう。一本、捌く。二本目を流す。三本目は——受けた。


「ファルさん!」


「行け!」


血が出ていた。でも、ファルは腕を振り払って前に立ち続けた。楔を打ち込んだように、その場から動かなかった。


腕の間に、一瞬隙ができた。


《高速移動》で飛び込んだ。


胸の中央。目の前だ。


地面の岩を魔力で引き剥がす。束ねる。圧縮する——さらに圧縮する。手のひらの中で、岩が縮まっていく。小さく、密度が高く、硬く。


放った。


轟音。


胸の中央に、圧縮された岩礫が突き刺さった。ゴーレムが揺れた。胸の岩に亀裂が入った。裂けた。赤い発光が一気に膨れ上がった。


「離れろ!」とファルが叫んだ。


《高速移動》で後退する。


爆発が起きた。


ゴーレムの胸から、魔力が暴発した。四方に衝撃が走った。



静寂。


砂埃が収まっていく。


ゴーレムが、崩れていた。岩が、ばらばらに散らばっている。発光は消えていた。


誰も動かなかった。しばらく経って、シロが「……終わったか」と言った。


「終わりました」


全員が、その場に座り込んだ。


「全員、無事ですか」


「生きてる」「何とか」「ああ」。ファルが腕を押さえていた。


「ファルさん、傷が」


「浅い。後で処置する」


しばらく誰も何も言わなかった。ゴーレムの残骸が、静かに転がっている。


レイスが少し息を吐いた。「《岩礫生成》を取得した瞬間に、《魔力圧縮》との組み合わせが見えていたのか」


「見えていました。取得した感覚が来た瞬間に、両方を同時に使えると分かりました」


「職人と同じだ」とドナンが言った。「技が増えると、技の組み合わせが見えてくる」


「ドナンさんらしい例えですね」


「事実だ」


「出口を探す」とファルが言った。「立てるか」


「立てます」


奥の壁に、扉があった。表面に石板と同じ文字が刻まれている。


『「試された者よ、上に還れ。問いは続く」』


「クリアで終わりじゃない、ということか」とレイスが静かに言った。


「このダンジョンは通過点です。何かのための、入口だ」


ドナンが扉に手をかけた。「行こう。立ち止まっていても答えは出ない」


扉が開いた。光が差し込んだ。



地上に出た瞬間、空気が変わった。


全員で、深く息を吸った。


夕暮れだった。オレンジ色の光が、森の上に広がっている。


「もうこんな時間か」とレイスが言った。「一日中いたんですね」


「それだけ深かった」


拠点に向かいながら、全員でゆっくり歩いた。


「カルド」とファルが言った。


「はい」


「二度も死なせてしまった」


「いえ。僕が弱かっただけです」


「そのうちの一回は、俺を守ろうとしたからだ」レイスが静かに言った。「礼を言わせてくれ。ありがとう」


「……いえ」


しばらく間があった。


シロが短く言った。「怖かった」


「シロが」


「お前が飛び込むのが見えた。止める間がなかった」


思わず足が止まった。


「シロが怖かったって、初めて聞きましたね」


「怖くないわけがない」とシロが言った。「お前が消えるかもしれないと思った」


「死に戻りがあります」


「その確信が、私にはない」


その一言が、しばらく頭の中に残った。シロにとって、僕の死は確認できない。いなくなるかもしれないという感覚を抱えながら、ずっと一緒にいてくれていたのか。


「……ありがとうございます、シロ」


シロが鼻を鳴らした。少し間があった。「……悪くなかった」


「ダンジョンが、ですか」


「ああ。嫌いじゃない」


「シロって、嫌いじゃないが最大限の肯定ですよね」


「……うるさい」


でも、耳が少し動いた。



拠点に戻った。火の光がある。


全員で火を囲んだ。


ファルの腕に巻いた布。ドナンの服の破れ。レイスの手の擦り傷。シロの毛並みのひとかたまりが抜けている。全員、傷ついている。


でも全員いる。


「今日は、ありがとうございました」


誰も「どういたしまして」とは言わなかった。


ファルが「次は死ぬな」と言った。ドナンが「ああ」と言った。レイスが「次回はもっと準備する」と言った。シロが「次も行くのか」と言った。


「多分」


「……そうか」


シロが火を見た。「なら、また行く」


それだけだった。



夜が深まった頃、《波長理解》が揺れた。


東だ。


昨夜より近い。昨夜より大きい。でも——


——今までと違う。


今まで感じていた「観察している」ような波長ではない。もっと、直接的な感覚だ。


『未識別反応の性質が変化しました。観察から、接触試行に移行している可能性があります』


——向こうから来ようとしてるってことか。


『断定できません。ただ、波長のパターンがダンジョンの石板で記録した文字パターンと一致する部分があります』


石板を作った存在と——同じか、繋がっている。


——これは敵か?


『……分かりません。ただ、今日ダンジョンをクリアしたことで何かが変わった、というのは確かです』


試された者よ、上に還れ。


——試しに合格したから、次に進んでいいってことかもしれないな。


シロの寝息が聞こえる。火が静かに燃えている。


東の気配は、今夜も続いていた。昨夜より確実に近い。でも今は、怖いより先に、会ってみたいという気持ちがあった。

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