第13話 ダンジョン攻略 第二層
第二層は、第一層より暗かった。天井が低い。通路が狭い。魔力が、明らかに濃い。
「遮断板の効果が落ちている感じがします」
「そうなる」とドナンが言った。「限界以上の濃度になれば、カバーしきれない。止まると体内に魔力が溜まる。動き続けろ」
「第二層は連戦になる」とファルが言った。「体力を使いすぎるな」
シロが「五匹、前方」と言った。
「行く」
今度は、第一層と違った。魔物が速い。動きが読みにくい。
「右前方、喉の下。中央、左脇腹。左後方、後脚の付け根——」
ファルが動く。シロが動く。ドナンが近距離で一匹を押さえる。
「右から二匹、別の群れが来ます」とレイスが後方から言った。
「押し切る」とファルが言った。
火球を二匹に叩き込む。一匹が怯んだ。シロが仕留める。もう一匹が突進してくる。《高速移動》で横に跳ぶ。すれ違いざまに火球。倒れた。
「全部です」
「ペースを保て」
少し進むと、また反応が来た。六匹。壁沿いに展開している。
「囲もうとしています」
「先手を打つ。カルド」
「一番右と左、首の付け根が薄いです」
「ドナン、左。私が右。シロは中央を割れ」
ファルが右端の個体に走った。
剣を大きく引いて振り抜く直前——《波長理解》に、引っかかった。
ファルの剣に、魔力が集まっている。収縮している。刃に密度を上げながら凝集して——一気に解放した。
炸裂。首の付け根が吹き飛んだ。
「……あっ」
思わず声が出た。
「カルド、動け」とレイスが後方から言った。
《高速移動》で中央の個体に向かいながら、頭の中でさっきの動作を反芻した。
魔力を集めた。縮めた。解放した。
火球でも、同じことができるんじゃないか。
今は戦闘中だ。考えるのは後でいい。
気づけば六匹全部が倒れていた。
*
「ファルさん」
「何だ」
「さっきの剣技、少し観察してしまいました。《波長理解》で」
ファルが少し眉を上げた。「だから一瞬止まったのか」
「すみません」
「邪魔にならなかったからいい。何か分かったか」
「魔力を剣に収縮させてから解放していますよね。《圧剣》って」
「そうだ。魔力を一点に絞り込んで密度を上げる。瞬間的に解放すると、斬撃の威力が跳ね上がる」
「火球でも同じことができますか」
ファルが少し間を置いた。「……やってみればいい」
「今ですか」
「次に魔物が来たら試せ。出し惜しみしても覚えられない」
頭の中で感覚を組み立てた。引き込む。縮める。密度を上げる。今まで火球を出すとき、魔力を外に押し出していた。それを逆にする。内側に引き込みながら、一点に集める。
「シロ」
「何だ」
「少し、壁に向けて試させてもらえますか。魔物が来る前に一度やってみたいです」
シロが周囲を確認した。「今は反応がない。やれ」
手のひらに魔力を集める。押し出そうとする力を、引き込む方向に変える。縮まっていく。いつもより小さく。でも密度が上がっていく感覚がある。
放った。
小さな火球が、壁に当たった。
爆発の規模が、いつもより大きかった。岩に、黒い焦げ跡が残った。普通の火球より深く、くっきりと刻まれていた。
「……入った」
「ほう」とレイスが後方で言った。「実際にやってみたのか」
「試させてもらいました。粗いですが、感覚が分かりました」
「《波長理解》で見て、即座に試す」レイスが静かに言った。「理解が早くなっているな」
「ファルさんが試せと言ったので」
「礼を言うな」とファルが言った。「感謝より練度を上げろ」
「了解です。次の魔物で使ってみます」
「状況を優先しろ。使えるかどうかは状況次第だ」
シロが「来る。六匹、前方」と言った。
カルドは手のひらの感覚を確かめながら、前に踏み出した。
*
第三層の空気は、一歩目から違った。
遮断板を通してでも、魔力が皮膚に触れてくる感覚がある。押しつけられているような重さ。呼吸するたびに、肺の中に何か濃いものが入ってくる気がした。
「……重いですね」
「最初の五分は誰でもこうなる」とファルが言った。「感覚が麻痺してくる」
「それは良いことですか」
「良くはない。動くための妥協だ」
シロが鼻を鳴らした。「匂いが変わった。縄張りがある」
「通路の中央を通れ。壁際は縄張りに入る可能性がある」
全員で通路の中央を一列になって進む。魔力灯の光が、第二層より短い範囲しか届かない。
「前方三十メートル、一つ。通路の端にいます。縄張りから出ていない」
全員で静かに通り抜けた。壁際にいた魔物は、こちらを見ていた。でも動かなかった。
「避けられました」
「常にこう上手くはいかない。こちらが攻撃的な魔力を出すと反応する。近くで戦闘すると引き寄せられることもある」とファルが言った。
通路が分岐した。左と右。《波長理解》では、どちらも霞がかかっている。
「シロ」
「左は魔物が多い。右は……奥に何かある。一匹だけだ。ただ、波長が強い」
「右に大型一体か、左に多数か。どちらを選ぶ」とファルがこちらを見た。
「右です。多数相手は消耗が読めない。一体なら集中できます」
「同意だ。行く」
*
三十メートルほど進んだところで、それが現れた。
四本脚の獣型魔物。体長は三メートルを超えている。全身の毛が所々魔力で発光していて、目が四つある。土台に埋め込まれた金具のように、通路の奥にどっしりと据わっていた。
『四眼光毛獣型魔物。全身から魔力を放射する特性があります。周囲の魔物を活性化させる効果があります』
——長引かせると縄張りの魔物が来る?
『可能性があります』
「速攻で倒します。首の右側——発光していない部分があります。そこだけ魔力が薄いです」
「シロ、引きつけろ」
シロが前に出た。魔物の四つの目が、全部シロに向いた。
魔物が突進した。速い。シロが跳んで回避する。魔物が通り過ぎる瞬間——
「今だ」とファルが言った。
ファルが首の薄い部分に剣を当てる。同時に圧縮した火球を叩き込む。魔物が怯んだ。ドナンが近距離から槍を突き刺す。
「もう一発」
再び火球。より圧縮させて。魔物がよろけた。シロが喉に牙を当てた。倒れた。
「シロ、活性化は」
「始まっていない。早く動いたおかげだ」
「行きましょう」
*
第三層を半分ほど進んだとき、通路の造りが変わった。
岩肌だった壁が、加工された石積みになっている。
「……建物だ」とレイスが言った。声のトーンが変わった。「誰かが作った」
「いつ頃のものですか」
レイスが壁に触れた。「数百年は経っている。石の組み方が精巧だ」
ドナンが接合部分を確認した。「ヴァルク国の技術に引けを取らない。一部は上だ」
全員が少し静止した。
「誰がこんな場所に」
「それが分かれば苦労はない」とレイスが言った。
通路が広くなった。部屋に入った。四方が石積みの壁。天井が高い。中央に石の台座があり、その上に石板が置かれていた。
「第二層でも文字がありましたね」
「あれは岩に刻んだものだ。これは石板に全体を埋め尽くすように書いてある。量が全然違う」
『文字パターンを記録します。照合を試みます』
しばらく待った。
『一部解析できます。「この島は境界である」「内と外を分かつ場所」「力を試される者のみが降りてくる」』
「境界」とレイスが静かに繰り返した。「内と外の境界。この島が内で、外が大陸側か」
「逆かもしれない」とファルが言った。「この島が特別な場所で、外が普通の世界とすれば」
「どちらにしても、この島には意味がある」
『別の部分に「山の頂に至る者に問いかける者がいる」という記述があります』
「他にも何か書いてありますか」
『「落ちた者よ、恐れるな。この島はお前たちを試している」……残りは解析できませんでした』
案内人の言葉をみんなに伝えた。
落ちた者。
「……私たちのことじゃないか」とファルが言った。
シロが石板を静かに見ていた。「……この島に生まれた私も、落ちた者か」
誰も答えられなかった。
「分かりません」と言った。「でも、シロがここにいることにも、意味があるかもしれません」
シロが短く息を吐いた。
「続けよう」とファルが言った。「考えるのは後でいい」
部屋を出て、通路を進む。魔力の濃度がさらに上がった。
「……頭が、少し痛いです」
「酔いが出始めている」とファルが言った。「手のひらに小さな炎を灯せ。体内の魔力を常に外に逃がし続ける。溜め込むのが一番まずい」
「そんな方法があるんですか」
「探索者の基本だ」
小さな炎を手のひらに灯した。指先でゆっくりと回す。少しだけ、頭が軽くなった。鍋の蓋を少し開けて蒸気を逃がすような、そういう感覚だった。
レイスも同じようにした。小さな光が、暗い通路に二つ浮いた。
「少し先に、通路が広くなっています。反応が三つ。今まで見た中で一番大きいです」
「行くぞ」とファルが言った。
全員が足を止めずに進んだ。




