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漂流した冒険者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
12/41

第12話 ダンジョン攻略 第一層

準備に、一週間かけた。


ファルが言った通りだった。


「魔力酔いを防ぐ道具が要る。光源も。それと——撤退の基準を決めておくこと」


「撤退の基準は何にしますか」


「誰かが魔力酔いの症状を出したら即撤退。エネルギーが全員二割を切ったら撤退。それと——」ファルが少し間を置いた。「私が撤退と言ったら撤退。異論は認めない」


「了解です」


「シロも分かったか」


シロが短く「ああ」と答えた。


「魔力酔いの症状はどんな感じになりますか」


「最初は頭が重くなる。視界が揺れる。次に判断が遅くなる。自分では気づきにくい。周りが先に気づくことが多い」


「周りが気づいたら声をかけてほしいです」


「当然だ」ファルの声のトーンが少し下がった。「もう一つ。仲間が傷ついても、無理に助けようとするな」


「……どういうことですか」


「感情で動くと、助けようとした側も死ぬ。冷静な判断が、全員を生かす唯一の方法だ」


静かな声だった。これも事実だと思った。


「一度、仲間を失ったことがあると言っていましたね」


「……ああ」


ファルはそれ以上は言わなかった。全員も、それ以上は聞かなかった。



「道具の具合は」


ドナンが棚から取り出した。小さな金属製の円盤が六つ。鈍い光を放っている。


「魔力遮断板だ。体に当てて使う。魔力の流入を三割カットする」


「完全には防げないんですか」


「防げない。ただ、酔いが出るまでの時間を稼げる」


「素材はどこで」


「川上の岩場に、魔力を通しにくい石があった。加工した」


「どこでそんな知識が」


「旅先で拾った本に載っていた」


ドナンはそれだけ言って、円盤を全員に渡した。触ると、ひんやりしている。魔力が通りにくい素材独特の感触だ。石の目が詰まっているような手触りだった。


「どこに当てるんですか」


「胸に入れておけ。ずれると意味がない」


「追加で」とドナンが言った。工具袋からさらに小さな金属片を取り出した。「これは腕に巻く。遮断板との相乗効果がある。二割ほど効率が上がる」


「それも本に載ってたんですか」


「俺が考えた」


「えっ」


「三日あれば十分だった」


全員が少し沈黙した。


「本当に、ヴァルク国の鍛冶師は違いますね」


ドナンは何も言わなかった。でも、悪い顔ではなかった。



全員の役割を決めた。


「私は後方で状況を整理する」とレイスが言った。「ドナンは——」


「近距離だ」とドナンが短く言った。


「カルドは前衛サポートということでいいか。《波長理解》と《慧眼》で弱点を伝える」とファルが言った。


「はい。《高速移動》で機動力も使えます」


「シロが索敵と前衛。私が判断と剣。それで行く」


——案内人、ダンジョン内でも機能する?


『機能します。ただし高濃度魔力環境では、一部の感知精度が落ちる可能性があります』


——どの程度?


『不明です。入ってみなければ分かりません』


正直でいいと思った。


シロが「行くか」と言った。空が晴れていた。風も穏やかだ。



ダンジョンの入口に立った。


石造りの入口が、地面から口を開けている。周囲の木々と比べると、そこだけが明らかに異質だった。暗い。底が見えない。入口から漏れる魔力が、体の表面を薄く撫でるような感触があった。


「……思ったより深いですね」


「当然だ」とファルが言った。「ダンジョンは深いから探索者が死ぬ」


「中の反応は」


「入口付近に二つ、小さいです。奥に複数。全体に霞がかかっている感じがします」


ファルが全員を見た。「入る前に確認する。撤退の合図は私の右手、こうだ」


手を水平に、すっと引く動作を見せた。「これが出たら迷わず動け。理由は後で説明する。いいな」


「了解です」「ああ」「問題ない」


ファルが入口を向いた。一歩、踏み込んだ。


空気が、変わった。重い。魔力が体を包む感覚がある。遮断板がなければ、もっと顕著だったはずだ。


入口を振り返った。外の光が、少しずつ遠ざかっていく。



「ペースを落とすな」とファルが言った。「止まると魔物が集まりやすい。常に動き続ける」


「《波長理解》、常時流します」


「シロ、前方は」


「二つ。小さい。こちらに気づいていない」


二十メートルほど進んだところで、最初の魔物が姿を見せた。小型の虫型魔物。甲殻が光っている。二匹。


「甲殻の下が弱いです。関節部分」


シロが一瞬で距離を詰めた。牙が関節に入る。一匹目、倒れた。もう一匹が向かってきたが、ファルが剣の柄で叩いて壁に叩きつけた。


「進む」。止まらなかった。


「前方、四つ。蜥蜴系です」


「シロ」


「黒鱗に近い。ただ、速い」


「動き方は外と同じだと思え。速度に慣れるまで無理するな」とファルが言った。


角を曲がった瞬間、四匹が一斉にこちらを向いた。


「首の左側と脇腹が薄いです」


シロが前に出た。ファルが並走する。二匹を同時に引きつけた。


残り二匹が右から回り込もうとした。


「右です」とレイスが後方から言った。


「ドナン」「ああ」


ドナンが右側に踏み込んだ。金属製の短い槍で、迂回しようとした一匹の側面を突く。倒れた。


もう一匹が向かってくる。《高速移動》で後退しながら、火球を収束させて脇腹に叩き込む。倒れた。


「四匹、終わりです」


「慢心するな。まだ一層だ」


「……でも、ドナンさんが強くて少し驚きました」


「鍛冶は力仕事だ」とドナンが短く言った。確かに。鉄を叩いて成形する仕事は、全身が鍛えられる。


「それぞれの強みが噛み合っています」とレイスが後方から言った。「《波長理解》で弱点が先に分かれば、シロとファルが迷わず動ける。ドナンが抜けを塞ぐ」


「噛み合っているのはレイスさんが全体を見ているからだと思います」


「買いかぶりすぎだ」とレイスが言ったが、声のトーンは悪くなかった。



第一層は思っていたより広かった。通路が何本も枝分かれしている。


「右が反応薄いです。正面は多い」


「正面だ」とファルが言った。「真っ直ぐ進める道は真っ直ぐ進む。枝分かれは帰り道で迷う」


正面の通路を進む。反応が三つ。中型。


姿が見えた。甲殻を持つ蜘蛛型の魔物。天井を歩いている。


「天井です」


「見えてる」とシロが言った。


「落ちてくる前に仕留める。弱点は」


「腹の中央です」


「シロ、引きつけろ」


シロが前に出た。魔物が反応して、落ちてくる。ファルが跳んだ。剣が、落下してくる魔物の腹を貫く。一匹目、倒れた。


二匹目がファルに向かう。「左です」。ファルが横薙ぎに払う。倒れた。三匹目はシロが既に仕留めていた。


「息が合ってきましたね」


「当然だ。三匹目は頼む、と伝えたからシロが動いた」


「いつ言ったんですか」


「目で。戦闘中は声が出せないことがある。慣れろ」


「目で指示を出すんですか。どうやって覚えればいいですか」


「戦いながら覚えろ」


それ以上の説明はなかった。でも、ファルはそういう人だと分かってきた。言葉が少ない分、伝えていることは全部本質だ。刃先が余分なものを削ぎ落としたような、そういう言い方をする人だ。



——案内人、出口が近いか。


『第一層、魔物の反応が薄くなっています。出口が近いと思われます』


「感じてた」とファルが言った。「あの光の漏れ方だ」


通路の先に、薄い光が見えた。降り口だ。石の階段が下に続いている。下から、魔力が上ってくる。第一層より濃い。


「第一層、クリアだ」とファルが言った。


「思ったより早かったな」とレイスが言った。


「ファルさんのおかげです」


「当然だ」とファルが言ったが、少し口角が上がっていた。


シロが階段の下を嗅いだ。「第二層は違う匂いがする。魔物の種類が変わる」


「どのくらい強いですか」


「外で見た奴より、強い」


「それは……」


「慣れろ」とファルが言った。


「ファルさん、さっきと同じことを言っていますね」


「お前が同じことを心配しているからだ」


返す言葉がなかった。全員で、階段を降りた。

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