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漂流した冒険者  作者: 三幸 奨励
絶海孤島編
10/42

第10話 職人と呼ばれた日

拠点に戻ると、骨格ができていた。


岩壁に打ち込まれた柱が三本。それを繋ぐ横木。板材が積まれ、屋根の準備が進んでいる。


立ち止まって見上げた。朝、ここには何もなかった。岩壁と地面だけだった。それが今、柱が立ち、横木が通されている。一日でそこまで来た。


ファルが真っ先に気づいた。「……服が傷だらけだぞ」


見下ろすと、袖が裂けていて、肩のあたりに血の跡が残っていた。「魔物に少し」


「少し、に見えないが」


ファルが近づいて肩を確認した。「傷はどこだ」


「もう大丈夫です」


「大丈夫に見えない。脱いで見せろ」


上着を脱ぐと、ファルが眉をひそめた。


「……傷がない」


棘が貫いた場所。裂けた服。血の跡。でも、皮膚には何もない。


「治ったんですよ」


「今しがた魔物にやられたんだろ。こんな速さで治るはずがない」


レイスが作業の手を止めて、こちらを見ていた。ドナンも、黙って見ていた。板材を一枚、地面に置いた。作業を止めた、という合図だった。


レイスが「聞こう」と言った。


「……少し、説明してもいいですか」



火を囲んで、四人が座った。シロは少し離れた場所で聞いていた。


「どこから話せばいいかな」


「最初から」とファルが言った。


少し息を吸った。「僕は、死んでも復活します」


沈黙。


「……は?」ファルが低く言った。「冗談なら笑えないぞ」


「まったく冗談じゃないです」


三人がそれぞれ違う顔をした。ファルは眉を上げた。レイスは目を細めた。ドナンは表情を変えなかった。でも、手が止まった。


「それはスキルによるものか」とファルが言った。


「はい。《死に戻り》というスキルです。今日は骨棘猪に胸を貫かれましたが、死に戻りで元通りになりました」


「……今日も死んだのか」


「一回」


ファルが額に手を当てた。


「死に戻りの直後、短い時間だけ、理解したものをスキルとして刻み込める。それが《認識転写》というスキルです。今日はシロが気配を消す場面を見ていたので、《気配遮断》を取得しました」


「時間は戻らないのか」とレイスが静かに聞いた。


「戻りません。体だけが元に戻ります。記憶も、全部残ります」


「痛みも」


「……はい。死ぬまでは、全部感じます」


レイスが少し目を伏せた。しばらく川の音だけが続いた。


「……スキルはいくつ持っている」


「今は九つです」


「九つ!?」ファルが立ち上がった。「スキル二つで神に愛された者だぞ。三つでも英雄扱いなのに。それが……九つ?」


「はい」


「なんか、自分でもよく分からないのですが」


「よく分からないって」ファルの声が裏返りかけた。


「生まれたときは《死に戻り》だけでした。初めて発動した瞬間に《認識転写》と《案内人》が増えて、あとは死ぬたびに一つずつ増えていきました」


「……何回死んだ」とドナンが低く聞いた。


「数えていないですが、結構な回数です」


ドナンが目を閉じた。


レイスが静かに笑った。笑ったが、目は笑っていなかった。正確には、笑い方が分からなくなっている顔だった。


「カルド。君はもしかして、この世界で一番スキルを持っている人間なんじゃないか」


「……どうでしょう。調べたことがないので」


「調べたことがない」レイスが額を押さえた。ファルが深く息を吐いた。


「昨日から変な人間だとは思ってたけど。変どころの話じゃなかったな」


シロが少し離れた場所からぽつりと言った。「私が仲間になったとき、三つあると言っていた。今は九つか」


「はい。ここに来てからも増えましたね」


「……死ぬたびに強くなる。死ぬのは、怖くないのか」


少し考えた。「もちろん怖いですよ。痛いし、暗くなるし、次に目が覚めるまでの一瞬、本当に終わりかもって思いますし」


シロが短く息を吐いた。「……お前は強いな」


「強くないですよ。弱いから死んでるので。ただ、怖くてもやらなくちゃいけない時ってのは必ず来るから、そのときにやるだけです」


ファルが、静かに言った。「……それが一番難しいんだ」


誰も何も言わなかった。川の音が、続いていた。


ドナンが低く言った。「職人と同じだ。素材を理解して、道具を理解して、技を積み上げる。才能じゃない。それと同じだ」


「お前は、職人だ」


少し笑った。「……ありがとうございます」


その一言が、体の中に静かに落ちていく感じがした。才能がないと、ずっと思っていた。でもドナンには、そう見えていないらしかった。


職人。理解と経験の積み重ね。死ぬたびに技を刻み込む。そういう見方もあるのかもしれない。


「なんで話した」とファルが言った。「隠してもよかっただろ」


「隠したまま一緒にいるのが嫌だったので。国を作ろうとしてるのに、仲間に隠し事して始めたくないですしね」


ファルが短く息を吐いた。「変な人間だ」


立ち上がった。「でも」


「嫌いじゃない」


シロの耳が、ぴくりと動いた。レイスが静かに笑った。ドナンが「ああ」と短く言った。


嫌いじゃない。ここの最大級の肯定らしかった。でも不思議と、それで十分だった。



夕方、屋根が乗った。


完成ではない。壁もまだだし、内部も何もない。でも、屋根がある。雨が防げる。


全員で小屋の中に入った。岩壁を背に、板材の床。頭上に屋根。川の音が聞こえる。外の光が差し込む。


「……思ったより広い」


「最初から余裕を持たせたからな」とレイスが言った。「ここに壁を作れば部屋になる。増やすこともできる」


ドナンが床を踏んで確認した。「問題ない」


シロは入口の傍に座って、静かに外を見ていた。


「シロ、中に入らないか」


「……慣れていない」


「慣れたら入ってくれると嬉しい。強制はしませんから」


シロは何も言わなかった。でも、耳が少し内側に向いた。



夜、火を囲んだ。


「国を作るとはどういうことか、考えたことはあるか」とレイスが言った。


「強いも弱いも関係なく、生きていける場所ということは決めてます。でも、具体的な形はまだ」


「建物が必要だ。集まる場所、守る場所。それが揃って初めて国になる。今日作ったのは、その最初の一つだ」


ファルが火を見ながら言った。「私は国というものが、あまり好きではない。生まれた国が、戦争で消えた」


静かな声だった。感情が抜けている。整理された言葉だ。


「それから国というものを信じられなくなった。国とは強い者が作り、強い者が守るものだと思っていた。弱い者はその中に取り込まれるか、外に弾かれるか。どちらかしかない」


「でも」


こちらを見た。「お前の国は、魔物も入れるんだろ」


「そのつもりです。弱いから排除するとか、強いから優先するとか、そういうことをしたくない」


「……それなら、少し違うかもしれない」


それ以上は言わなかった。でも、それで十分だった。


シロが入口の傍から、少しだけ中に入ってきた。


ほんの一歩。でも確かに、屋根の下に入った。


誰も何も言わなかった。言わない方がいいと、全員が分かっているらしかった。


「今日はよく働いた」とレイスが言った。「明日は壁を作る」とドナンが言った。「明後日は東側の探索をしたい」とファルが言った。


それぞれが、もうここへの続きを考えている。その言葉の一つ一つが、砂の上に刻んだ線より深く残った。


地図を広げた。今日加わった場所に線を刻む。そのとき、案内人が言った。


『東の反応が大きくなっています』


《波長理解》を向けた。遠い。でも、確かに何かがいる。魔物の波長とも、人間の波長とも違う。もっと、古い感じがする。


「シロ、前にもこれを感じたことありますか」


「一度だけ。お前が来る前だ。あのときは、すぐに消えた」


今は消えない。仲間が増えるたびに、大きくなっている。


地図を折りたたんで、目を閉じた。


東の気配が、わずかに動いた。


……こちらへ。


シロの寝息が聞こえる。火が静かに燃えている。ファルが夜番に出ていく足音がした。


少しずつ、静かになっていく。


夜通し、それは続いていた。消えない。近づきもしない。ただ、待っている。

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