第1話 海の魔物に殺された
海の魔物が、僕の身体を弾き飛ばす。
呼吸が止まる。視界が回る。
光が遠のく。
——死んだ。
港町で日々小銭を稼ぐだけの底辺冒険者、カルド。
そんな僕の人生が、終わる——
……はずだった。だが僕は甲板に転がっていた。
「……は?」
咳き込んだ。海水を吐き出した。痛みはない。さっき、黒い尾に弾き飛ばされて、冷たい水の中に沈んで——確かに意識が消えたはずだ。
——なんで。
頭の奥に、声が響いた。
『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、中』
『私はスキル《案内人》です。貴方のサポートをします』
「……なんだ、それ」
無機質な声だった。感情がなかった。説明を待っている暇もない。海面がまだ揺れている。巨大な影が、まだそこにいる。
——逃げるか。戦うか。
光が来た。
一直線に伸びる白い閃光。視界が白に染まる。胸が貫かれる。熱いのに、冷たい。
また死んだ。
『スキル《死に戻り》を使用します。エネルギー残量、少』
『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』
視界の端に、淡い光が浮かぶ。
『取得候補を提示します』
『海炎魔の鱗:熱と水への耐性向上』
『魔物の魔力波長理解:魔物の気配と動きの先読み』
『低位火球の威力補正:火球の密度と威力の向上』
『エネルギー残量が少です。次の死亡時、《死に戻り》は使用できない可能性があります』
つまり、次に死んだら本当に終わる。
逃げれば助かるかもしれない。脚は動く。
別に正義感なんてない。ただ、こんなとこで終わるのが癪だった。
「……威力補正」
*
魔物は大きかった。
黒い鱗が幾重にも重なって、全身を鎧のように覆っていた。尾が一振りするだけで波が立つ。口が開くたびに、あの光が来る。
火球を放った。当たった。鱗が焦げた。それだけだった。
もう一発。また当たった。鱗の表面が赤くなった。でも、びくともしなかった。岩に水をかけているような手応えだった。
——どこかに通る場所があるはずだ。
探しながら動いた。魔物が向き直った。尾が来た。横に転がった。体勢が崩れた。
口が開いた。
——まずい。
光。
また死んだ。
『スキル《死に戻り》を使用します。エネルギー残量、極小』
『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』
視界の端に、淡い光が浮かぶ。
『取得候補を提示します』
『海炎魔の鱗:熱と水への耐性向上』
『魔物の魔力波長理解:魔物の気配と動きの先読み』
『水流制御:周囲の水流を一時的に操作する』
『エネルギー残量が極小です。次の死亡時、《死に戻り》は使用できません』
次に死んだら、本当に終わる。
「……波長理解」
*
魔物が向き直った。
——どこが通るのか。
《波長理解》を使った。
魔力が全身に薄く広がっていく感触があった。魔物の波長が来た。重くて、均一で、岩盤のような波長だった。ただ、一か所だけ違う場所があった。背鰭の根元、鱗と鱗の境目が少し薄い。そこだけ、波長が他より細かく揺れていた。
——あそこだ。
魔物が振り返った。尾が来た。
横に転がった。すれすれだった。甲板に手をついて、体を起こした。
背鰭の根元が正面にあった。
《威力補正》を乗せた火球を、限界まで絞り込んだ。掌に収まるほど小さくなった。密度だけが詰まっていた。
叩き込んだ。
一瞬、何も起きなかった。
それから、ひびが入った。
鱗の境目から亀裂が広がり、内側から光が漏れ出してきた。魔物が初めて声を上げた。甲高い、金属が擦れるような声だった。体が震えた。波が立った。
そして、崩れ落ちた。
「……やったのか?」
『敵対個体の生命反応、消失。討伐によるエネルギー回復を確認』
へたり込んだ。生きている。本当に。
「……ありがとう」
『補助が役目です』
そのときだった。
沖合が不自然に渦を巻き始めた。さっきの魔物の血が海に溶け、それを中心に渦が広がっていく。波の形が変わっていた。何かが下から押し上げているような、そういう動き方だった。
『高濃度魔力反応を感知しました』
波が壁のように立ち上がった。逃げ場がない。
飲み込まれた。




