1−2未開の島
ジルの屋敷はレーリアの想像よりも規模が小さかった。
石でできた大きな両開きの門。色とりどりの花々が咲いた花壇、蝶をモチーフにした噴水、庭でお茶を楽しめる東屋。
使用人が寝泊まりできる別邸の宿舎と、主人が住まう屋敷はチャコールグレーの屋根を持ち、壁は石の細工が施されたレンガ造りになっていた。
アーチ状のエントランスの扉の前には執事服の男性が、門の前には門番がおり、外に出たタイミングで挨拶は済ませている。
立派な屋敷だが、これだけの設備は貴族の中では一般的だ。宰相の立場なら、もっと規模を大きくしても差し支えないだろう。
ロミスティ王国の名家の一つである、ノールベルツはとても広大な敷地を有していた。それこそ贅の限りを尽くした…
対してこちらの屋敷は必要な敷地と設備を揃えた無駄のなさと、体裁は保ってます感が窺える。
(ジルさんは、あまり良い生活に頓着してないのね)
門の入り口前で屋敷を眺めるレーリアに、空色のドレスに着替えたララが胸の前で拳をギュッと握る。
「レーリア様のことは私が責任持ってお守りしますので!安心してください!」
ララが無邪気に小さな手を差し出した。
レーリアは数秒遅れで「手を繋ぐのね」と理解して彼女の手を握り、一緒に町へ向かう。
住民に赤髪をどう思われるか心配していたけれど、皆レーリアを気に止めることなく、すれ違う。
頭に花を咲かすララのことはチラチラと見ている人がいたが悪意は感じらなかった。
植木や草花が上手く調和した住宅街を抜けたあと、レーリアは静かに胸を躍らせた。
(魔物の巣窟と同じだわ)
ここは商店街。活気があって、温かくて、楽しそうな。ハキハキとした会話がそこらじゅうで聞こえてくる。
装飾品、洋服、本、食材、菓子類など。店毎で売っている商品はレーリアにとっても新鮮で、この通りを歩くだけでも満足感がある。
「レーリア様、ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「ええ」
甘い匂いに誘われたララが向かいのお店で買い物を済ます。
その両手に持っているのは専用の紙に包まれた見たことがない洋菓子だ。
(小麦色の岩みたいな…パンにしては生地が薄めよね)
その内の1つを「レーリア様!どうぞ!」と差し出してくれたのでお礼を言って受け取る。
そのまま歩こうとしたら、正面に回り込んだララに「ぜひ食べてみてください!」と促された。
「今ここで?」
「そうですよ〜食べ歩きは散歩の基本じゃないですかぁ」
そういうものなのかとレーリアは ひと口味わってみる。外側の生地はサクッとして中身はふわふわのクリーム。とても甘い。
「美味しい、なんて名前なの?」
「シュークリームって言います!私の大好物なんですよ?レーリア様も気に入られましたか?」
「ええ、とても」
頷いたレーリアにララはニコニコしてシュークリームを頬張る。
彼女の口元にクリームがついていたので、レーリアがハンカチで拭った。
「あ、ありがとうございます、レーリア様。うう、恥ずかし…」
「ふふっ、いいえ」
癒される。こんな穏やかで居ていいのだろうか。
怖いのは、この日々を信じた瞬間に崩れてしまうこと。だから「ジルの非常食」という立場はレーリアにとって都合が良かった。
必ず壊れるのだと、その都度、思い出せるから。無駄な希望を持つよりずっといい。
そのままララと食べ歩き、商店街から公園に差し掛かる。
大きな広場の端にはベンチがあり、休憩することにしたレーリア達は、かけっ子して遊ぶ子供達を眺める。
「いいところね、ここは」
「えへへ、自慢の島なんです…!」
「島?」
「あっ、その辺のこと、まだお知らせしてないんでしたね!私が今から説明しますっ」
立ち上がったララはレーリアの正面に立つと大人のようにコホンっと咳払いをし、両手を大きく広げてみせた。
「実はここ!レーリア様がいらしたロミスティ王国ではありません!えっと、ロミスティ王国から北東に位置する島、スティンツ島なのです!」
「そこって…たしか、未開の地で有名な呪いの島…よね。人間が足を踏み入れたら最後、生きて帰れないっていう」
数十年前、捜査団を派遣して島の調査に踏み切ったことがあったという。
しかし誰も帰らず。何度増員しても結果は同じ。
ロミスティ王国も他の諸外国からも畏怖され、今では未開の地となった。
スティンツ島という名前でさえ大陸の人間には知られていない。
ララは心外だと言わんばかりにプンプンと怒る。
「呪われるなんて嘘っぱちです! みんな望んで帰らなかっただけなんですから!」
「もしかして、ここに居る人達って…」
「そうなんです! 人間は大陸に住んでた方々ばかりです!私に驚かないのも、そういう場所だって知ってるから…」
そうだ、ララは人型にはなれても明らかに人間の見た目ではない。頭に花が咲いている。
レーリアは可愛いと思っていたし、誰も彼女を邪険にする人はいなかった。赤髪さえ気にしていなかったからノールベルツ以外の地には寛容な場所があるのだと思っていた。それがまさか恐ろしいと噂される未開の島、スティンツ島だったなんて。
噂はあくまで噂に過ぎなかった。片一方の見え方でしかなく実際は居心地の良い場所だ。レーリアにとっても。
「素敵ね、魔族も人間も関係なく平和に暮らしていけるなんて」
「ジル様曰くバランスが大事だそうで!魔族って人間や魔物と比べると、ものすごーく数が少ないんですよ。だから希少性を前面に出して敬ってもらえるようにしたのだとか」
そう言われてレーリアはジルがしたことを想像する。
強力な魔法を当たり前のように扱える魔族。それが標準なのだから島の発展に大きな影響をもたらしただろう。
「ララは花の魔族なのよね。もしかして島の花を操れたりできる?」
「よく分かりましたね!全部操れますよ!枯れないように維持したりとか、違う種類のお花に変えたりとか!みんな、喜んでくれるんですよぉ」
それは防衛面でも恐ろしく力を発揮することだろう。しかも観賞用として花を町全体に咲かせれば分かりやすく平和的に人間に知ってもらえる、魔族は特別なのだと。
島にどの程度魔族がいるのか知らないが、それぞれ何かしら貢献していれば神秘的にも感じられるはずだ。
「ジルは宰相として島のことを考えているのね」
「友人も過ごしやすいって言ってるし、ジル様には本当に感謝してるんです!魔王様も弱っちい私に気さくに接してくれて!」
「そうなのね…」
ララは純粋にジルを尊敬しているみたいだ。自分とは違う。
そんな彼女が眩しくて、レーリアは曖昧に笑い、立ちあがろうとした時。
「あーはっはっはっはっ!!もっと褒めて構わんぞ?」
突然、レーリアの横から快活な男性の声が聞こえて、そちらを向けば。
いつの間にいたのだろう。
ツンツンとした金髪と、精悍な金色の瞳を持った二十代前半くらいの男性が隣に座っていた。腕を組んで、ふんぞり返っている。
一目で貴族と分かるフリル付きのブラウスに金と銀の刺繍が施された青のベスト。同色のロングマントを羽織って、がっしりとした体躯で着こなしている。
彼は、こちらがポカーンとしているのに構わず、饒舌に語り出す。
「あれは80年前か。調査に来た人間の連中に衣食住を提供してやり、ジルにもてなしの手配をさせたらコロッと態度をかえよった!しまいには住まわせてほしいなど抜かすから、条件付きで了承をしてやったな!うむ、懐かしい!」
「あの…?」
「特定の場所へ転移できる固定型魔法陣の開発が功をきしたな!この島のみならず、大陸で売り買いできるようになったことで、収入に安定化をはかることができた!提案してきたのはジルだが魔法の開発は余だ!すごいだろう!」
他にもアレをやったコレをやったと自慢げに語る彼に面食らっていたら、横からララが、こそっとレーリアに耳打ちをする。
魔王様です、と。




