2−3 4人目の魔族
ジルは形の良い眉をピクリと動かした。
現在、仕事中の彼は宰相として、玉座に腰掛ける魔王の傍に立っている。
謁見の間はどこか薄暗い。
彼の端正な顔を照らしているのは、壁に設置してあるブランケットランプの形をした照明の炎。風は吹いていないというのにユラユラと揺らめいている。
ジルはゆっくりと前方に視線を移す。僅かに見せた不快は消え、無機質な表情で見据える。
「む、来たか!」
魔王の溌剌とした声が空間に響いたあと、重厚で巨大な扉が低く鳴る。
どうやら客人が予定通り到着したらしい。
貼り付けたような笑みを浮かべたジルは、
「皆様、ようこそお越し下さいました。歓迎いたします」
穏やかな雰囲気で、もてなしをするのだった。
***
氷の塊でできた冷たい刃がレーリアに迫る。
まともに当たれば胴体を両断するほどの威力を持った魔法の剣だ。
しかし僅か数センチのところで剣は蒸発するように跡形もなく消え、レーリアには届かず。
魔族の男の子が床へ叩きつけられる。
「が…っ!」
まるで不可視の攻撃にお腹を殴られたかのようだった。酷く咳き込み、ダメージは相当だろうに、フラフラとよろめきながら起き上がる。
「えっぐいなぁ…俺の予想は当たりだったみたいだけど容赦ないじゃん」
「あの、あなたは…」
「いいね、もっと遊びたい」
問いかけようとしたレーリアを無視し、魔族の男の子から立ち込めたのは青いモヤ。周辺に充満する。
彼の手のひらには水が生まれ、レーリア目掛けて鋭く放つ。
だがそれも何かに遮られた。規模に見合わぬ爆発音が鳴り、青いモヤは霧散してゆく、呆気なく簡単に。
悲鳴が聴こえる。図書館の利用者達が騒然としだしたが、魔族の男の子はとても楽しそうで「次はどうしようかなー」と尻尾がふらふらと動く。
ララとは種類の違う無邪気さが彼にはあるようだ。
いきなり初対面の魔族に攻撃されたレーリアは驚きはしたものの、恐怖は感じていなかった。
これまでノールベルツ領で忌み嫌われてきた彼女にとって"攻撃される"のは、いっそ馴染み深いものだからだ。
(私の赤髪が気に入らなかったのかしら…)
血を彷彿とさせる色。スティンツ島で気に入らない人がいても不思議ではない。
魔族の男の子が、更なる攻撃を仕掛けようと片手を上へ掲げたとき、小さい背中がレーリアを庇うように前へ出た。
探し物の絵本を両手で持ったララだ。
「スクロル!レーリア様に何してるんですか!」
スクロルと呼ばれた魔族の男の子は片手を下ろす。軽い調子で首を傾げた。
「あーあ、せっかくララが居ない隙をついたってのに。もう戻ってきたの?」
つまらなさそうに両腕を首の後ろへ回すスクロル。
教えてもらった魔族の年齢で考えればララよりは上で、しかし大人として成熟はしていないので100歳以上200歳未満といったところだろう。
服装は至ってシンプルなV字の形がネックの真ん中に施されたチュニック。腰のベルトには単剣が刺してあった。
狼の耳と、ふさふさな尻尾さえなければ平民出の人間と間違えられるくらいには、一般的な服を着ている。
そんな彼と顔見知りであろうララ。
眉間に皺を寄せて厳しい表情を見せる。
「幻覚の魔法を使ってまでわたしを遠ざけてレーリア様を攻撃だなんて何を考えてるんですか!もしレーリア様に当たってたら…人間の皆だって居るのに!」
「えー、挨拶だよ?俺なりの。図書館を破壊しないように最小限の力でやったし、そもそも幻覚は他の皆を巻き込まない為に使ったんだ。そんなに怒る?」
呑気に欠伸までするスクロルと呼ばれた魔族は一切の悪びれを見せない。いきなり攻撃するだけなら何の問題もないと言いたげだ。倫理観がおかしい。
(この男の子が4人目ね…)
数が少ないとされる魔族に、これまでジル、ララ、魔王様、そして今スクロルと会ったレーリアだが。
ジルは少々例外として他の3人には漏れなく初対面で驚かされている。
花が人になったり、知らぬうちに隣に座って高笑いを響かせ話しかけてきたり、突然、攻撃を仕掛けてきたり。一筋縄ではいかない人達だ。
(そういえばジルにはイタズラみたいなことをされるのよね。朝のもそうだし、初めて会った時だって…)
魔族とは穏便に出会えないのだろうか。
皆、レーリアを驚かせないと気が済まないのだろうか。心底不思議だった。
魔族の性質についてレーリアが真面目に考えている中、スクロルの態度が目に余ったらしいララは、更に彼へ言い募った。
「スクロルは大雑把すぎです!そんなの魔王様だけで充分なんですから!ちゃんと謝ってください!レーリア様にも、人間の皆にも!」
「ははっ、ごめんね?宰相様の婚約者殿?」
言葉ばかりの謝罪だった。
とても反省しているようには見えないが、レーリアは「大丈夫よ」とひと言だけ返す。
スクロルは軽薄に笑いながらも下で状況を見守っていた図書館利用者達にも謝罪した。
レーリアの時よりも、ほんの少し「ごめん」の感情を込めて。
すると「スクロル様なら仕方ない」と口々に話し、納得した様子で皆、読書を再開した。元々、被害があるわけではないが呆気ないくらいに元の静かな空間に戻ったのだ。
(もしかして彼のこの行動は日常茶飯事なのかしら?赤髪が気に入らないからではなくて?)
魔族だからと特別扱いされているだけではなく、特有の慣れを島の住人達から感じた。
正直、強大な力を持つ魔族が騒ぎを起こしたら、もう少し怖がりそうではあるが「加減した」というのは決して意味のないものではないらしい。少なくとも動物のじゃれつきのような扱いで片付けられているのだから。
「もう!ちゃんと心を込めてください!特にレーリア様に対して失礼ですよ!」
「だってさ婚約者殿、全然怖がってないし…俺だって、もっと楽しみたかったのに、すぐ終わっちゃったし」
「自分勝手すぎです!」
「ははっ、いいじゃん、もう。一応謝ったんだからさ」
どこまでも軽薄な態度のせいでジロリとララに睨まれたスクロルは「仕方がないなぁ」とため息を吐く。
本棚の上の方から数冊取って、レーリアに「はい」と渡した。
それはスティンツ島に関する本だった。
見つけるのに手間取っていたレーリアはお礼を言いつつ受け取り、頬を綻ばせる。
これを読めばもう少しスティンツ島を知ることができるのだと思うと、嬉しくて堪らなかった。
スクロルは風変わりなものを見るかのようにレーリアへ視線を合わせる。その表情からは攻撃を仕掛けた時と同じくらいの幼さが垣間見えた。
「本を読むだけだよ?そんなに嬉しいの?」
「知りたいと思ってることを自分で調べて知れるもの。贅沢なことだわ」
「……ふーん、そんなに知りたいの?スティンツ島のこと」
やけに食いついてくるスクロルを疑問に思いながらレーリアは頷いた。
「ええ。とても興味深いわ」
「じゃあ、良い場所を案内してあげようか?本なんかより良い教材になるよ?」
「教材?場所が?」
「ちょっとスクロル?何考えてるんですか?」
「俺も純粋な好奇心を満たそうかと思って」
スクロルはレーリアの手首を掴んで宙に浮く。レーリアが小さく悲鳴を上げてもお構いなしに天窓から外へ出た。
「あっ、レーリア様をどうするつもりです!?待ってください!」
ララも慌ててスクロルに続く。
けれどビュンビュンと風を切り、かっ飛ばすスクロルには中々追いつけず、徐々に離されていった。
青い顔でカタカタと体を震わせるレーリア。
不安定な空の飛行と冷たい空気に呼吸がしづらくて拒否の声を発せられず、かといってこんな空の上で抵抗などできるわけもなく。
されるがままスクロルの案内を受けることになった。




