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2–2 魔族と人間

 飲み終えた紅茶のカップをソーサーに置いたレーリアは、改めて今日の過ごし方について考えていた。


 まだスティンツ島に来て1ヶ月ほどだが、頻繁に外へ赴き、ララに案内してもらったおかげで、この島がどういう場所か分かってきたように思う。


(ここは魔族と人間が共存するスティンツ島…)


 大陸から移住してきた人間達は商業ばかりではなく農業、林業、漁業、酪農など様々な仕事に準じ、生活を送っている。

 スティンツ島は大陸に比べれば土地の面積が少なく、大半が森だ。一見すると商業だけが盛んに映るが、固定型魔法陣という、広大な離れた土地へ一瞬で移動できる仕組みが実はある。

転移魔法陣は緊急魔法陣よりも規模は小さいが、数は30個ほど。均一に点在しており、誰であっても魔法陣の中に入れば自動で発動するようになっている。

 実際に使っているところをレーリアは何度か見たことがあった。

 鼻歌を歌いながら、或いは仲間と談笑しながら。彼らも生き生きしていた。商店街で働く人達に負けないくらい。

スティンツ島では、そういう人間ばかり見かける気がする。皆、今の生活に満足しているんだ。


(移住して来た全員に不満がないなんてあり得ないとは思うけど)


 人間とは欲深い生き物だ。一つ満たされれば、次を求めるはず。いくら平和なスティンツ島でもトラブル無しではいられないだろう。 


 そう思うと疑問が浮かんだ。

小規模な事件や事故には、どう対応しているのだろうと。

島全体に影響がある場合は緊急魔法陣が作動するようになっているが、治安を維持するなら緊急魔法陣だけでは足りない気がする。


(ジルは……魔族はどうやって、この島を治めているのかしら)


 これまでスティンツ島で過ごしていても見えてこなかった部分で、レーリアはチラリとララを見やった。

 ティーセットをワゴンに乗せ、テーブルを拭くララは片付けの真っ最中。

レーリアが聞けば快く教えてくれるだろうが、彼女に頼りっぱなしな現状が気になる。

きっと、次から次へと疑問は増えてゆくだろう。その度に教えてもらうばかりで本当にいいのだろうか。


(……良くないわよね。せっかく時間があるのだし、まずは自分で調べればいいわ)


 この屋敷には多くの本を保管する部屋が備わっておりレーリアは一度だけ利用したことがある。

小さい図書館のような場所で、とても興味を惹かれた。

しかしレーリアは、これまで沢山の文字に触れてこなかった。そのため貴族のご令嬢が数日で読破するような1冊を1ヶ月かけて、やっと読み切っている。読む速度が遅すぎた。

だが焦らなくていいと、時間はあるのだと思うと苦にはならなかった。それどころか、もっと読んでみたいとさえ感じるのだ。


 早速、ララにそのことを伝えれば「レーリア様がっ…自主的に…!」と大袈裟なくらいに感激された。

涙をハンカチで拭う様はまるで保護者のよう。

 こんなに小さい子に心配されているのだと思うと、なんだか恥ずかしかった。


「私もしっかりしなきゃね。もう20歳なのだし」

「…あ、人間は20歳で成人ですもんね。うーん、20歳で大人…改めて聞くと凄く早熟で、人間って不思議です。わたしなんて100年以上生きてるのに、まだまだひよっこで」

「え…ひゃく、さい? ララが…?」


レーリアは、つい彼女は凝視してしまった。どんなに見たって10代前半の女の子にしか見えない。


「…もしかして100歳は魔族基準だと若い部類になるのかしら?」

「そうですね!200歳未満なら子供です!300歳以上で成人した大人になるんですよ?人間と全然違いますよね!」

「そうね…ほんとうに。……念の為聞いておくけどジルと魔王様は成人した大人なのよね?」

「はい!今年、魔王様は500歳になります!節目だってことで盛大な誕生祭をやる予定があるんです!」

「500……そうなのね…」


 魔族は50年だの80年だの平然と口にする。人間よりも長命なのだろうと察してはいたが、まさかこれほど差があるなんて。


(ジルは、どうなのかしら)


 300歳くらいなのか、それとも魔王と変わらない月日を生きているのか。

 ララに問いかけてみようかと思ったが、彼女はすでに"盛大な誕生祭"に思いを馳せている。

それを遮ってまで質問する気は起きなかった。


 彼が何歳にせよ、何百年も生き続けるなど人間のレーリアからするとあまりにも途方もなくて想像すら難しい。

 だからこそ、もっと知りたくなった。ジルがくれた、この自由な時間の中で。


(魔族に関する本も探してみよう…)


 なんとなく空振りで終わりそうではあるが。それならそれで「魔族の詳細が書かれた本は無い」と分かる。


 1番の謎である彼を思い浮かべながらレーリアは1日の過ごし方を決定した。

 今日だけに限らず、しばらくは本を読むばかりの日々が続きそうだ。



***



 屋敷の本を読むつもりでいたレーリアだったが、ララの提案でスティンツ島内の図書館へ行くことになった。

 スティンツ島をもっと知りたいなら間違いない場所だとお墨付きをもらい、ララと一緒に向かう。


 本当はレーリア1人で行くつもりだった。しかしララがそれを許さず「お1人で行かせるくらいなら今ここで、わたしが全部、教えちゃいますよ!」と脅し?文句を言うので結局ついてきてもらうことになったのだ。


 人々が行き交う商店街を通る。

その賑わいの中で聴こえてきたのは昨日の魔法を話題にする複数の声だ。

『突然暗くなり恐ろしかったが沢山の魔法の光がとても美しかった』と。

『さすがは魔族の方々だ』と。口々に称えている。

 遠巻きにチラチラとこちらを気にする人がいつもより多い。

 大胆なジルの魔法は"特別な魔族"の認識を島民に強く印象付け、ますます尊敬の念を込められているようだった。


 そんな島民にララは少し居心地が悪そうにしているが、調子は崩すことなく、2人で目的の図書館まで辿り着いた。


 公園の反対方向にあり、レーリアは初めて利用する。

 建物がかなり大きい。ジルの屋敷と同じくらいありそうだ。他の施設と併設しているのかと思いきや、中は全て図書館だというのだから、ララがここを勧めてくれたのも、うなづける。


 中に入れば、均等に並んだ棚の中に本がぎっしり収まっていて、ずっと奥まで続いている。

 入り口近くに階段があり、2階にもスペースがあるようだ。

 利用者は多いが目の前の本に夢中な人ばかり。子供も騒ぐことなく静かな空間が広がっていて、ここならララも少しは気を抜けるかもしれない。


(それにしても本当に人が多いわ。スティンツ島では立場は関係なく勉学ができるのね)


 ロミスティ王国との違いを感じつつ、レーリアとララは本棚の看板を頼りに奥へ奥へと歩いていったが、壁際まで着いてしまった。

どうやら目的の情報が載っている本は2階にあるみたいだ。

 

 入り口近くの階段まで戻り、登っていけば、大きく開けた空間が広がっている。

天井が高い。3階に該当するエリアは中3階になっており、壁沿いに棚が天井近くまで設置されている。

よく見れば、そこの看板には"歴史・土地"の文字が書いてあった。


 中3階のその区画まで行くと、レーリアはざっくりとタイトルを確認してみた。

 それだけでも文字の海に呑まれそうだが、想像以上に大陸のものが多い。スティンツ島の詳細が書かれた本を探すには少々時間がかかりそうだ。


 ララはウズウズと周りを見回している。

その様子から彼女も読みたい本があるのかもとレーリアは察した。


「ララも自由にしていいのよ」


 周りに響かないよう声を潜ませて話せば、ララは少しだけレーリアに近づき同じように、ぼそぼそと喋る。

彼女の声はよく通るので問題なくレーリアの耳に届いた。


「……えっと、遠慮しておきます。わたしはレーリア様付きのメイドだから」

「でも読みたい本があるのよね?本を探しに行くときだけの少しの時間なら問題ないと思うわ。どこにあるのか場所も知っているでしょう?」

「た、たしかに。すっ、直ぐに戻ってくるので、ここに居てくださいね?レーリア様…?」


 レーリアが頷くとララは階段を小気味良く降りてゆく。

 階段を降りるまで彼女を見守ったレーリアは本棚に意識を集中させた。

 気になるものは手に取りパラパラと開いては戻す。それを繰り返していたら、この棚には並んでいないはずのタイトルが挟まっているのに気付いた。


(吸血鬼の物語…)


 レーリアはそれを棚から抜く。

 表紙には美しいお姫様と吸血鬼が寄り添い合う姿が描かれている。この表紙を見ただけでも、どんな内容か想像ができた。

 レーリアはその場で表紙をめくり中を確認する。子供向けのその中身はイラストが多く、絵本のよう。レーリアでもスラスラと読めた。


 何の打算もない純粋な恋の話…

 冷酷で残忍な吸血鬼はある日、美しいお姫様に出会う。

 その美しさに一目惚れした吸血鬼は毎夜、姫の元へ訪れては逢瀬を重ねてゆき、お姫様も彼に心を許し惹かれていった。

 吸血鬼はお姫様の血を吸うことはなかった。  

姫に惹かれれば惹かれるほど人の血を啜る自身の性質を嫌悪し否定するようになり、ついには血を飲むこと自体をやめてしまう。

 次第に衰弱してゆく吸血鬼。

 そんな彼を心から案じたお姫様。

弱りきった彼を抱きしめ、自らの唇を噛んで傷を付けたあと、彼の唇に押し付けて血を与える。

吸血鬼のあなたが好きだと、ずっと一緒に生きてゆきたいと伝えた。

 吸血鬼はこんな自分でもいいのかと涙する。お姫様に永遠の愛を誓い、首筋に噛み跡を刻み、口付けを交わす。

すると、お姫様も吸血鬼となり、消えない跡と共にいつまでも幸せに暮らした、と…


 物語の最後には手を取り、同じものを見つめながら旅をする2人の姿が描かれている。


(もしかしてララが言っていたロマンスってこれかしら?)


 だとしたら実情が違いすぎていて申し訳なく思う。

 ジルもレーリアも恋はしていない。あくまでもお互いの要求を通したら、こうなっただけだ。

 この噛み跡はジルの食欲の現れで、それを望んだレーリアの打算で付けられたもの。

恋とは程遠い。


(そもそも恋って何なのかしら。私には分からないわ)


 レーリアは何をするでもなく、最後のページを眺め続ける。お姫様と吸血鬼が手を繋いでいる様を。

 集中しすぎていたようで近づいてきた者には気づかなかった。誰かの手に本をゆるりと奪われてしまう。

 レーリアは顔を上げ、その容姿に驚き、釘付けになった。


 一つに括った青髪と同色の瞳をした17,18歳くらいの見知らぬ男の子。

 その爽やかな色味の頭には狼の耳、そしてフサフサな尻尾がユラユラと動いている。


(魔族…)


「はじめして。読書中にごめんね?宰相様の婚約者殿?」

「え?」


 ニィッと口角を上げて男は手のひらに魔力を溜め込む。

 ひやりとした空気が立ち込め、つららのような剣が生成される。

それを片手で構えると何の躊躇もなくレーリアへ向けて振った。



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