1−9影響
スティンツ島から発生した夜の闇にロミスティ王国の王は名家の貴族を緊急招集し、円卓にて議論を進めていた。
何か恐ろしいことが起きる前触れではないかと。皆、恐怖心を露わにしている。
まだ様子を見たほうがいいと言う意見と、直ぐに派遣団を形成しスティンツ島を調査したほうがいいと言う意見で真っ二つに割れる。
しばらく話は平行線のまま、収集がつかずにいたが。
1人の男の声で流れが変わる。
「自分は今一度、調査をした方がいいのではないかと考えます。正確な情報がないというのは、あまりにも心許ない。民も不安に思うはずです」
年齢は20代半ばくらいだろうか。この場の誰よりも若く、スカイブルーの瞳は濁りのない厳格さが感じられる。茶色に近い金の髪は短く切り揃われており、真面目な印象が強い男性だ。
「あの呪いの島を恐れぬとは。軍の隊長を務められているダクス殿は我らとは違い、誠に勇敢で在らせられる。それとも数少ない光魔法を受け継ぐ人間としてのご意見ですかな?」
様子を見るべきと考える腹の肥えた貴族の1人が嫌味混じりにダクスと呼んだ男に卑下た笑いを向ける。
ダクスは明らかに舐められているが、無理もない。
彼の家、エクアドーゼ公爵家はノールベルツの次に光魔法を13代目まで受け継いでいる。だが、成人した長男にも関わらずダクスは家の決定権を持っていない。
今日は風邪を引いて寝込んでいる当主、ダクスの弟の代理で来ただけなので、無遠慮に口出しするなと言いたいのだろう。
しかしダクスはその空気に呑まれず「自分は義務を果たしにきただけです」大真面目に返した。
これに貴族達は顔が引きつる。嫌味が通じない者など貴族の間では珍しいのだ。良い意味でも悪い意味でも。
公爵家相手に、どうしたものかと頭を抱えたとき、これまで静観していた男が口を挟んだ。
「私はダクス殿の意見に賛同しよう。私の場合はノールベルツ公爵家として、だがね」
ログノ・ノールベルツ。
この場の誰よりも決定権を左右する貴族が初めて声を上げた。
他の貴族達は皆、周りの出方を待ったが、彼に真っ向から対立できる者など、この国では居ないに等しい。国王でさえ難しいのだ。
もう国としての方向は固まったと言っていいかもしれないが、ダクスは睨みつけるようにログノを見た。あのノールベルツ相手にだ。
周りは自分達に不利益が起きぬよう、固唾を飲んで見守った。
「まさか貴方が自分に賛同するとは思っていませんでした。どういう風の吹き回しでしょうか」
「呪いの島などという馬鹿げた場所に国の安全が脅かされるかもしれんのだぞ?個人的な事情はこの際、忘れる方が得策ではないか?」
「貴方がそれを言いますか…」
まるで自傷するような笑みを浮かべたあと、ダクスは国王に視線を向けて、お伺いを立てる。
それに倣う形で貴族は皆、国王に注目した。
ログノの正面の席についていた国王は長く沈黙を貫いていたが、やがて口を開いた。ノールベルツ公爵家に賛同すると。
ログノは偉そうな態度を崩さずにほくそ笑む。
これで難航していたレーリア捜索の範囲を広げられる。
ロミスティ王国を隈なく探させたが手がかりは全く掴めずにいるのだ。公爵家の権力を使えば、すぐに見つかると踏んでいたというのに。
愛娘のアレリィも未だ目覚めず、ログノは内心焦っていた。
まさか呪いの島にいるとは思わなかったが、あの魔法は報告にあがっていた魔族のものと酷似している。ならばそこにいる可能性は非常に高い。
(ダクスにも協力をさせておくか)
こちらに対して怒りのこもった視線を向けてきたからこそ、レーリアが魔族に連れ去られたことを話せば快く承諾してくれるはずだ。
彼はレーリアの元婚約者なのだから。
***
突如、朝の明るさは夜の暗闇へと変化する。
男は興味深そうに口角を上げ、窓から見える米粒サイズのスティンツ島を青い瞳で眺める。
一際冷たい夜風が吹いて青い髪がサラッとなびく。
闇は未開の島を中心に広がっており、そこから離れた、この塔の形をした個人の家の周辺まで及んでいる。
珍しいこともあるものだ。あの宰相様が、これほど大規模な魔法を使うなど。
スティンツ島は大陸の人間達からは恐れられているし、そこから夜が発生したとされれば、より一層、恐怖を覚え、忌避するだろう。
恐れるあまり王国から調査団が派遣される可能性はゼロではないが島に上陸されたとしても問題はない。元より人間達が来ること自体は拒んではいないのだ。むしろ客人として手厚くもてなす流れになるはずだ。
仮に悪さをしようものなら深い森の中には魔物もいる。魔族もいる。
今後も、これまでと同じで平和は保たれたままだろう。
「つまんね…」
「もー、なんであなたがここに居るのー?早く帰ってよー」
窓枠に足を引っ掛けて外を眺める男に間延びした女性の声が責めるように話しかけた。
くるくるした緑髪が横に広がっており、ふわふわと揺れる。
本人の気質を表しているようで、男はそこに視線を向けたまま軽薄に謝る。
「あー、ごめん、ごめん。ここって高いじゃん?外を眺めるのに、こんなに最適な場所って中々ないんだよね」
「不法侵入してまですることじゃないよ〜 一応、私の家なんだからぁ許可を取ってくれないと〜」
「ははっ、一応なんだ?施錠してないもんね…」
いつものことだ。自分も大概だが、この塔の主は、ぼーっとしすぎているのだ。施錠さえしてくれていれば、わざわざ入ろうとも思わないので、このやり取りは、あと何十年かは続くだろう。
「ちょっとしたら帰るよ。1人でいてもつまんなくてさ。つい遊びに来ちゃうんだよね」
「だったらジル様のところのほうが快適でしょー?お部屋、たっくさんあるし、お祝いも兼ねてー」
「お祝い?何の話?」
「最近ララから、よく名前が出てくる人がいるんだよー、たしかレーリア様…っていう名前だったと思うけど〜、魔王様が言うには、ゆくゆくはジル様とご結婚されるお人だとかー」
「……え?あの宰相様が?? 魔王様の勘違いじゃなくて?」
男は青い瞳を丸くする。
女性が「ララにも聞いたので間違いないよー」と猫背でお茶を啜りながら伝えると、男は素っ気なく「ふーん」と返しただけだった。
しかし帰る気になったらしい。窓から外に出て、ふわっと空を飛び「またね」と手をひらひらと振って、あっさりと出ていく。
海風が心地よく体に吹くのを感じながら、男は新しいオモチャを見つけた子供の如くニヤニヤと笑った。
これは自分の退屈を紛わす面白いことだ。この暗闇と同じくらいに。
目指すはスティンツ島。
米粒サイズの島は少しずつ大きくなっていく。
「もうー、自由人なんだからぁー」
すでにその背中は女性からは見えず。
呆れた返った声が彼に届くことはなかった。




