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1−6闇の中の光

 青空は夜空へと瞬く間に変わっていった。

鮮やかな花壇の花も、白い東屋も、蝶をモチーフにした噴水も。全て夜の中に佇んでいる。


(ジルの魔法…かなり大規模な…)


 どこまで影響しているのか明確ではないが、少なくともスティンツ島は暗闇に包まれているだろう。

 経緯を知らない人達は今頃、大混乱状態なのでは。


 レーリアが伺うように彼を見やれば、ジルは静かに笑みを作り「失礼」とひと言。すかさず彼女を横抱きにして抱える。

 レーリアは小さく悲鳴を上げ、咄嗟にジルの首に両腕を回し、しがみつく。


 眼鏡越しに赤黒い瞳と目が合う。ドロドロとした魔性に自分が映り込んだ。

 毎日顔を見合わせて慣れたと思っていたけれど、こんなに近いのは心臓に悪い。心が騒つく。なのに不躾にも見つめ続けてしまいそうになるのだ。

 レーリアはわざと視線を逸らす。

これはこれで失礼な態度だけれど、固まって会話もままならないよりはマシだ。

 

「あの、なんで急に…」

「私と一緒に来ていただきたくて。絶対に落とさないのでご安心ください」

「……一緒にって、どこへ?」

「空に。この島の夜を楽しみましょう」


 善は急げと言わんばかりにジルは早速、執事の1人に出かける旨を伝えて、ふわりと宙に浮かぶ。

 この時点でもレーリアは驚くばかりだったが、どんどん島から離れてゆくのだ。先ほどまで朝食に使っていた東屋は見えなくなり、ジルの屋敷は手のひらに収まるくらいに小さくなった。


 風で赤髪が不規則になびく。

 彼は絶対に落とさないと言ってくれたし、彼女を抱える腕は安定している。

 しかし抱き上げられ、空を飛ぶなど、未知の感覚だ。正直怖かった。

 レーリアはギュッと固く瞼を閉じる。

動きが止まっても、そのままでいた。

一度芽生えた恐怖心が中々抜けないのだ。


「お嬢さん、ぜひ前を見てください。これから、なかなかの光景を見られますよ」

「で、でも…」

「どうか私を信じてください。私は、貴方の命を弄ぶような真似は、絶対にしない」


 懇願するようで、意志の強さもある声だった。

謎めいた彼の本心がほんの少しだけ感じられた気がしてレーリアは恐る恐る瞼を開け、前を向く。

 

 視界に映るのは前方にあるスティンツ島の全体像。目を凝らすと土地のほとんどが森だった。

 微かに明るい町は中心に位置しており、その町を囲むように深い森がある。人間の足だと海から町に辿り着くまでに数日はかかりそうだ。


 作られた夜の暗さが増していく。

町の明りさえも見えなくなった刹那、島の至るところに沢山の小さな光が溢れて輝いた。


「……きれい」

 

 遠目からでも分かるくらい形は様々。丸かったり、四角だったりだ。薄く色が混じっていて、ララや魔王と似た色も見つけられた。

 一つ一つの光がこの暗闇の中をふわふわと動く。まるで生きているみたいで、なんだか可笑しかった。


(すごく、キラキラしてる)


 レーリアはそれだけで気後れしてしまいそうだったけれど、不思議と素直に眺めていられる。


「この光は…?」

「魔法です。実は今回のようなときだけ島全体に緊急魔法が発動するようになっていまして。ここから見える全ての光は魔法によるものなんですよ」


 この沢山の光も魔法なんて。さすが魔族が守る島だ。


「魔族って、すごいのね…」

「ありがとうございます。お嬢さんに褒めてもらえるのは誇らしくなりますね」


 大した感想でもないのにジルはニコニコとご機嫌だ。

彼に甘やかされている自覚がある分、レーリアは気を引き締めるつもりで敢えて真面目な質問を投げかける。


「緊急魔法というのは不測の事態のとき、島を守るもので合ってる?」


 名称から連想しつつも確信を得られなくて首を傾げた。

 ジルは「正解です」と言い、補足として簡単に説明してくれる。


「魔王様お手製の魔法陣を島の全体に張っております。その時々の異変に応じ、島の規模に合わせた魔法を自動で発現するので、今回は利用させていただきました」

「その…島の人達は混乱してるわよね?」

「さして問題はないですよ。確かにいきなり夜になるなど人間にとっては恐ろしいことですが、こうやって光を集めれば安らぎに繋がりますから。今頃は はしゃぐ方も出てきているかと」


 レーリアの想像よりも大事に至らないらしい。宰相のジルが全く何も考えずに大胆な行動を取るわけもなかった。

 まぁ若干、テキトーな感じもするが、これくらいのスタンスでも暮らしが成り立つほどスティンツ島は平和だ。魔族の魔法だと喜ぶ人は、かなり多いだろう。


(この光が安らぎ…)


 ジルはそう言った。

だから人間であるレーリアを連れてきてくれたんだ。


(私にとっては眩しすぎるはずなのに)


闇の中にある遠くの光は、どうしてこんなに心地いいのだろう。


 しばらくこの光景を、ジルと2人でただ眺めた。

会話はないけれど、それがまたレーリアの心に染み入る。どんよりとした灰色に一滴の白い雫がじわじわと広がっていくように。

 忘れることなどできない悲惨な過去が少しだけ遠ざかった気がした。


 やがて肌を刺すような強い風が吹く。阻害物がないせいなのか、陸地より冷たく感じられた。


「このままだとお嬢さんが風邪をひきますね。そろそろ戻りましょうか」

「ええ」


 ジルは行きよりも緩慢に空を移動する。

 もたらされたのは程よい揺れ。そして彼女に寄り添うような彼の体温や心臓の音、この暗闇。

 眠りの世界に誘われ、レーリアは、うとうとする。

しかし、このまま寝てしまうのは避けたかった。


(これ以上、面倒をかけるわけには…)


 懸命に睡魔と戦っていると闇の色が濃くなる。

彼がやったのだと察したが唇は動かず、意識が薄れてゆく。もう目を開けていられない。


 ベッドに体が横たわり、部屋についたのだと知る。

微睡のような薄い眠りの中、彼の視線を強く感じた。



***



 屋敷に帰ったジルはレーリアを彼女の部屋のベッドに寝かせ、その赤髪を愛でる。

 ここで暮らすようになってから艶が増した赤髪。随分と見違えた。


 しかし、これまでぞんざいに扱われた蓄積があるのか、貴族のご令嬢が当たり前に享受できる美しい髪とは程遠い。一般的な平民程度には回復しているが。


 正直なところジルの魔法を使えば簡単にレーリアを何の痛みもない美しいご令嬢にしてあげられる。ララから報告を受けた体の傷も跡形もなく消えるだろう。


 最初にそうしなかったのは単純に彼女の現状を屋敷の使用人に分かりやすく理解させる為だった。

 屋敷の主人が連れてきた女性に加え、不遇な扱いを受けてきた人間とあれば同情を買える。より一層、彼女に尽くそうとするだろう。

 その流れでこれまでやってきたので今さら魔法を使う必要は無さそうだ。


 ジルはレーリアの赤髪をひと束そっと持ち上げる。

出会った時から惹かれてやまない美しい色だ。

 繊細に、とくように触れてから、その指先は首へと移るが、肌に触れることなく離れてゆく。


「あなたは、どんな味がするのでしょうね。レーリア」


 獰猛でドロドロした赤黒い瞳を細くする。人間の姿が一瞬だけ揺らいだ。

 けれどジルは首を横に振って、その獣のような本能を綺麗に隠す。


「おやすみ、お嬢さん」


 扉が静かに閉まった。

 彼の気配が遠のき、暗く静まり返る部屋の中。


 瞼を上げたレーリアは、ゆっくりと体を起こしたーー

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